煉獄原城魔王召喚編 二幕 原城攻防戦 その七

 一刻後。

 原城本丸の本陣。


 松平信綱の書状を携えた小笠原忠真からの使者を、水野勝成は「ばかも~ん!」と一喝していた。


「俺だけがおめおめと生き延びて許されると思っているのか! 俺を帰参させようと言うのならば、原城に籠もる面々を全員助命、それが最低条件じゃーっ! さらに、わが主君・織田信長公をご本人と認めよ! 戦国の覇王に相応しい大国に封じよ! 幕府には仕えぬ独立国じゃ! むろん信長公の領国では、鎖国も禁教もない! 世界と海路で繋がる楽市楽座の国を再び造るのよ! なにもかも、安土の時代の通りに戻すのじゃ! できるか? できるかあ? たかが百姓一揆を恐れてポルトガルとの国交を断絶しようなどと考えておる家光が如き小心な若僧にできるわけがなかろう! ぐわっはっは!」


 その水野勝成を制して信長が口を開く。


「鬼日向よ。われは、まるで鬼武蔵じゃな」


「いやさ。森どのならば、嗤いながら使者を斬り捨てておりまするぞ」


「まあ、そう急くでない。御使者よ、さすがにこのような条件は呑めぬであろう。夕刻までには鬼日向や森宗意軒どもと協議して、如何なる条件で降伏するか否か結論を出す故、ごゆるりと馳走など。とは申せ、百姓どもは徹底した干殺しに合うたらしく、城内には海藻くらいしか食うものはないようじゃがの」


「……は、ははっ……!」


 信長は使者を別室で待たせて、その間に「原城脱出」のための一手をひねり出すつもりである。要は時間稼ぎだ。


 使者と勝成のやりとりを眺めていた信長の隣には、未来人の別府隼人が侍っていた。使者が別室に移った直後、「俺が知っているこの先の『正史』をお教えします、信長公」と切り出す。生き延びられる可能性をたぐり寄せるために。キリシタン一揆の根切りを謀る徳川幕府が、胡散臭い自称未来人などを生かしておくはずがない。むろん、可憐な天草四郎もだ。ここは、抗う一手しかない。


「この世界は、僕の生きてきた『正史』とは同一の世界ではないので、いくらか異なる点はあると思います。それだけは承知の上で。うぬの話と事実とが食い違っておるではないか、と手打ちにしないでくださいね?」


「あーわかったわかった。いいから、さっさと話せ」


「『正史』では、幕軍はやはり総攻撃に出ます。天草四郎さんをはじめ、原城の一揆衆は全員殺されます。その数は、推定二万七千人……です」


「今日の戦ですでに半数は死ぬか、あるいはもはや戦えぬ深手を負っておる。鬼日向の家臣ども二千が新たに加わったから、残り戦力は一万五千程度というところか。交渉が決裂すれば幕軍は明日にも攻め寄せてこよう。死体を玉薬の材料にしてやる暇もないの」


「ええ、根切りです。問題はその後です。将軍徳川家光はまず、カトリック国のポルトガルとの国交を断絶します。次に、平戸から長崎の人工島・出島にオランダ商館を移動させて、オランダ人を出島に隔離し、オランダとの交易も西洋文明の知識もすべて幕府で独占しようとします。いわゆる鎖国体制の完成です」


「デアルカ。狸は、小心な奴じゃが銭勘定には細かかった。国を乗っ取られると怯えてキリシタンを禁教にしても、巨利を生む交易を自ら放棄するような阿呆ではなかった。が、三代目の小倅はそれをやるか」


「はい。徳川の治世は安定し、この状態がおよそ二百年続きます。ですが、鎖国が終わる時が来ます。日本が国を閉ざしている間に、北米新大陸にイギリスが植民地を開拓。この植民地が独立して、アメリカという新国家を建国します。アメリカの蒸気機関で動く巨大軍艦『黒船』が日本に来港して、開国を迫ります――この時点で、日本の軍備は二百年前からまったく進歩しておらず、古びた種子島と日本刀で最新兵器を備えた欧米列強諸国とやりあう羽目に。もちろん、勝てっこありません。幕府は混乱の果てに開国しますが、不平等条約を結ばされてしまい……近代化した欧米諸国に完全に追い越された日本は、どうにかして追いつくために長らく苦労することに。もとはといえば俺が苦労してきたのも、江戸幕府のせいなんですよ!」


「ふむ。それはわれの私怨じゃろうが、イギリスの植民地あがりにこの何百年も戦ばかり続けてきた日本国が震え上がるとは、ウサギとカメみたいな話じゃな。黒船、のう……」

「なにしろ鉄製の『甲鉄船』まで登場する始末ですから。日本の小さな和船じゃ、とても勝負になりません」


「……いや待て、小僧。鉄貼りの巨船を最初に造らせたのは、この儂ではないか!? そうとも。ちんまい小舟でちょこまかと海上を動き回り織田水軍の船へ容赦なく火を放ってくる毛利水軍どもをことごとく沈めるために、儂は鉄板を外装に用いた燃えぬ巨船を建造し、木津川口に浮かべたのじゃ! 航行能力はなきに等しく、船というよりは『水上要塞』であったが、その防御力、攻撃力ともに抜群であった! 見事に毛利水軍を打ち砕いてやったわ! なぜじゃ。なぜ儂の死後、日本から巨船が失われた? 日本はそもそも島国。海洋国ではないか!」


「なぜって、それはその、徳川幕府が巨船の建造を禁止したからですよ。海外交易拠点になっていた世界各地の日本人町の住民たちに『帰国禁止』を通達して、日本人の海外渡航も全面禁止に。そして、大海を航海できる巨船も建造禁止。まあ、言ってみれば海禁策です。鉄砲や大砲についてもいっさいの進化が止められ、二百年間、兵器も船も改良されることがなかったんです。すべて幕府が禁じていたんです……幕末に黒船が来るまでは」


 南蛮文化に夢中になっていた信長にとって、「鎖国」は信じがたい話だった。しかし事実、キリシタンは禁教となり、信者は弾圧され、こうして原城に立て籠もっている。島原一揆が鎮圧されたら、次は長崎からポルトガル商人を追放し国交断絶だ。ポルトガル人は交易とセットになっている布教をやめないからだ。


「儂の鉄甲船は、存在を消されたと言うのか? 種子島も大砲も、二百年間放置しておっただと? 海外にこしらえた日本人町をことごとく捨てただと? たわけっ! 阿呆がっ! ポルトガルやイスパニアが地球を一周して全世界に交易網を築きつつあった時代に、よりによって鎖国だの海禁策だの。キンカンじゃ。あのカチコチ頭のキンカンならば、主君の保身のためならばそれくらいはやりおる! 儂を焼いただけでは飽き足らず、日本をクッソつまらぬ国にしおって……! 海禁策などが成り立つのは、唐国の如き巨大な大陸国家だけではないか!」


「……あっ。唐国、つまり海禁策を採っていた明も、朝鮮に遠征してきた太閤秀吉との二度にわたる合戦ですでに疲弊しきってまして、もうすぐ女真族の清に滅ぼされます。幕府は明から援軍を要請されますが、鎖国してますから、断ります。なにしろ巨船建築禁止ですから、大陸まで軍を派遣できません。で、その清もやがて強力な軍事力を誇る西洋列強の食い物にされて……列強が清の次に目を付けたターゲットが、日本というわけです」

 潰す。徳川幕府、絶対潰す。


 信長が明智光秀への個人的な恨みを飛び越えて「徳川幕府」そのものを破壊すると決めたのは、「自らの天才的な発明・鉄甲船を無かったことにして、あまつさえ巨船の建造を禁止した」という話を隼人から聞かされたこの時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます