煉獄原城魔王召喚編 二幕 原城攻防戦 その六

「お、小笠原どの。総攻めして勝てるか否か、保証はできぬと?」


「伴天連の妖術が織田信長公を召喚したとしか思えぬ異常事態ですからな。あの八方破れの水野爺さんは、今まで無茶苦茶を重ねてきたがあの通り生き延び続けておる。獣のような嗅覚の持ち主なんでしょうなあ。その爺さんが、幕軍から出奔して原城に籠もったということは」


「……水野勝成は、一揆軍に勝機あり、と考えていると? さりとて、原城は孤立無援。後詰めはありえぬはずだが……」


「わが愚弟細川どのの怯えぶりをご覧あれ。大勢の兵士たちも怯えておるようです。一揆の責任者の松倉、寺沢、有馬はもはや討ち死にすることしか頭になく、彼らに先鋒を命ずれば不吉この上なし。さりとて黒田どのと鍋島どのは、またぞろ同士討ちをやりかねぬ。困りましたな、わっはっは!」


「それでは、このまま城を囲んでの干殺しが安全策と?」


「いやあ。それはいけません。時間が経てば経つほど、原城に呼応する輩が出てくる危険性は高まるばかり。今頃、きゃつらはすでに単なるキリシタン一揆衆ではなくなり、織田信長公率いる『織田軍』と化しておるでしょう! 捨て置けば各地で豊臣の残党がまたぞろ湧いてくるということも! 信長公といえば、桶狭間で今川の大軍を奇襲し今川義元公を討ち取った雷電の如きお方。しかも一身これ胆のかぶき者水野勝成がついておりますれば、いかなる無茶をやらかすか。知恵伊豆どの、夜討ち朝駆けにご注意あれ」


 要は「ことをお急ぎあれ」ということか、と松平信綱は頭を抱えた。小笠原どのはこの戦をどこまで真面目に考えているのか、よくわからぬ。雲を掴むような捉えどころのない男だ。が、彼が大名統制やキリシタン狩りに躍起になっている幕府の武断政治を遠回しに叱責していることだけは、わかった。


「ええと。僕も発言していいですか、御老中。平戸から参りました、若干十六歳の松浦重信まつらしげのぶです。あの~。天草を守らせている島津軍を、島原へ呼びつけては? いまだ薩摩一国だけは戦国時代のまんまです。蛮勇を誇る島津軍ならば、人外の化生だろうがなんだろうが、容赦なくやっちゃってくれるのでは?」


 松浦重信は、九州の海を荒らし回っていた海賊大名「松浦党」の末裔で、肥前平戸藩四代目の少年だ。平戸はオランダ商館を構えており、松浦家はオランダとの交易をほぼ独占している。四代目となっても、本質は海賊兼交易商のままである。美少年だがいかにも抜け目がなさそうで、知恵者の松平信綱は(一揆を片付ければ、次は松浦とオランダを引き離さねばならぬな。オランダ交易の権益を外様に委ねている現状は危険だ)とすでに次の手として平戸の弱体化を考えていたほどである。


「松浦どの。薩摩からはすでに千人ほどの部隊を呼んでいる。これ以上の加勢は不要にござる」


「でも、この軍議にも呼んでませんし、大島津を放置していていいんでしょうかね~? 僕なんか百名ほどの手勢しか率いていないのに、ちゃっかり軍議にお呼ばれしてます。島津家久しまづいえひささまは短気で過激極まるお方。臍を曲げられたら厄介ですよ?」


「問題ない。島津家当主・島津家久は危篤状態で、もはや余命いくばくもない。故に島津軍は動きたくとも動けぬのだ。これが、島津を天草に留めている理由のひとつである」


 薩摩の島津は、徳川幕府にとって、萩の毛利と並ぶ「仮想敵国」である。しかも島津側も徳川には関ヶ原以来恨み骨髄で、幕府方が薩摩に間諜を放っても一人たりとも戻ってこない。薩摩は「国内鎖国」状態なのだ。表向きは徳川に忠誠を誓いつつも、半ば独立していると言っていい。


「じゃあ、いいですけどね~。そうですねえ。もしもこの島原で織田信長公と島津が手を握ったら、僕たちは壊滅だあ」


 まさか。冗談ではない。そうなれば、まさしく天下大乱ではないか。


「……やはり、悠長には構えておられぬか。急がねばならぬな……小笠原どの。ただちに使者を立てて、水野勝成に『帰参』を呼びかけてくださらぬか。ご子息には必ず備後福山藩を継がせ、決して水野家の誰も罪には問わぬ、特別に出奔の罪を不問に付す、と訴えてくだされ」


「承知。しかし、知恵伊豆どの。無駄ですよ。あの爺さんは人の言うことなど聞きませんよ。聞かせられるとすれば、それこそあやつの最初の主君・織田信長公くらいでしょうなあ」


「……原城の信長公は偽者である。子供の天草四郎はただのお飾り。さらに、一揆軍を率いていた旧小西・有馬家の武将たちの大半は今日の戦で討ち果たしてござる。水野勝成さえ帰参すれば、総攻めの難易度は大幅に下がる。帰参せねば、やむを得ません。明日の朝から総攻めにかかり、原城に籠もる一揆勢を偽信長公ともども根切りにすることと致す――」


「ははあ。そうそう、兵は神速を尊びます。ですが、水野の爺さんが神妙に帰参すれば?」


「……明日一揆勢を根切りにする方針は、変わらず。織田信長公を旗頭にした以上、もはや天草四郎が投降しようが一人として見過ごせますまい。たとえ拙者が一揆勢を助命しても、江戸の上様や春日局かすがのつぼねさま、そして天海てんかい僧正が決して許しませぬ故。徳川家はもともと、織田家、いや、織田信長公の同盟者。かつての神君家康公は、事実上は信長公の家臣のようなもので、信長公こそが誠の覇者にして天下人でござった。あの本能寺の変がなければ――天下は信長公のもの。幕府としては、信長公が生きていてはいけないのです。絶対に」


「……左様ですか。春日局さまは、斎藤利三さいとうとしみつどのの娘さんでしたなあ。でしたら、そりゃあそうでしょうなあ~。ならば、それがしが『まあまあ、今回はケンカ両成敗で』と根切りに反対しようとも、結局は根切りしか選択肢がない。気は進みませぬが、ここですべて終わりにしたほうがマシですなあ」


「小笠原どの。もしも明日ですべてを片付けられねば?」


「左様ですなあ。幕藩体制は、崩壊いたしましょう。この島原が、蟻の一穴となって」


 この小笠原忠真の凄みのある言葉を聞いた松平信綱の顔から、血の気が引いていた。


「まあまあ、糠漬けでも食いなされ。あんたは切れ者だが真面目すぎる。考えすぎる癖は身体に毒ですぞ。わっはっは!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます