煉獄原城魔王召喚編 二幕 原城攻防戦 その五

 大勢の死傷者を出した幕軍の将兵たちが帰陣してもなお混乱する中、老中・松平信綱の本陣に主だった諸将が集められ、すぐさま軍議が開かれた。


 松平信綱は、諸将の前で「総攻めを延期し、干殺し戦術を再び採りたい」といきなり宣言した。


「おのおの方。原城の三方は海に囲まれ、わけても本丸の背後は断崖絶壁で脱出は不可能。左右の浜手は幕軍方の船団で固めており、海上封鎖は完璧でござる。そして、唯一陸地に面している原城正面には、当方が築いた堅牢な柵が。ただし、織田信長公を名乗る面妖な人物が原城に出現し、水野勝成の寝返りもあって将兵たちは混乱しておりますれば、再び兵糧攻めに切り替えて一揆勢の餓死あるいは全面降伏を待つのが得策かと」


 ただし、存念があるお方は遠慮せずにこの場でご発言を、この寛永かんえいの世に織田信長公などに出てこられては拙者としてもどう対処してよいのかわかりませぬ、と松平信綱は正直に心中を打ち明けた。腹を割って話し合わねば、九州諸大名が分裂するかもしれない。すでに、水野勝成が抜けているのだ。


 水野勝成と並ぶ戦歴を誇る名将・立花宗茂は、あくまでも冷静だった。なにしろ潜ってきた修羅場の数が違う。


「水野の出奔は奴の病気のようなもので、御老中が気になさる必要はありますまい。私のもとを出奔する時にも、『あんたは西国無双らしいが信長公じゃない』とかよくわからぬ理由を述べておりましたよ。そもそも、織田信長公がご存命ならば、百歳を越えておられるはず。私が戦場で見たあの者は、年の頃は四十前後。どれだけ年かさに見積もっても五十いくかいかないかという若さでした。偽者か、せいぜい信長公のお血筋を引く者というところでしょう」


 しかしながら放置していてはこの噂が九州全土、ひいては日本全土に広まります。干殺しなどは諦め、ただちに総攻めを、と立花宗茂が進言する。


 総大将は松平信綱だが、彼には実戦経験がない。軍事顧問的な立場にある水野勝成と立花宗茂の発言力は大きい。水野が抜けた今、立花宗茂が幕軍の総大将と言っていい。


「水野は、本気で幕府に敵対するつもりではありますまい。その証拠に、息子の勝俊と、福山藩兵の約半分を置いていきました。奴はかぶき者として、臍を曲げて幕府相手に最後の一戦をやり、派手に討ち死にしたいのでしょう。一種の変人ですよ」


「……ほ、ほ、ほ。水野勝成と正面からやりあうとなれば、こちらの将兵がどれほど殺されるやも知れませぬ。しかも織田信長公帰還と知って、みな浮き足だっておりますよ。倅の水野勝俊を処刑すると脅して、あのご老体に投降を勧めたほうがいいのでは?」


 黒猫を膝の上に抱きながら、いつも顔色の悪い佐賀藩主・鍋島勝茂なべしまかつしげがそう切りだしてきた。立花宗茂は思わず眉をひそめた。


「鍋島どの。あの偏屈者に、姑息な人質策など通用しない。逆効果だ」


「そうタイ! そもそも、おぬしの抜け駆けがこの大混乱の発端タイ! 御老中、俺は軍法を破った鍋島に厳罰を求めるタイ!」


 短気な福岡藩主・黒田忠之が、鍋島に食ってかかる。


「ほ、ほ、ほ。黒田どの? そちらこそ、わが軍に背後から襲いかかって同士討ちをはじめましたね。それこそ軍法違反ではありませんか?」


「にゃあ~」


「えーい、うるさいターイ! 貴様の抜け駆け部隊がわが軍の進軍の邪魔になったから排除しただけターイ! 大坂の陣で、伊達政宗だてまさむね公も神保相手に堂々とやったとね! あと、その黒猫を黙らせるタイ! 気味が悪いタイ!」


「……こやつのほうが私につきまとって離れてくれないのですよ。ほ、ほ、ほ……皆さま。決して私は化け猫に憑かれてなどおりません、おりませんとも」


 キリシタン一揆の直接の原因を作った二人――島原領主の松倉勝家まつくらかついえと、天草領主の寺沢堅高てらざわかたたかは、生きた心地もなく真っ青になって震えていた。この二人が苛烈極まるキリシタン弾圧と過酷な年貢の収奪を行ったために、領内の百姓たちが続々と一揆に参加して、かかる大騒動となったのだ。しかしよもや、キリシタン伴天連との戦いを越えて、織田信長公と戦う羽目になるとは。まさか本物だとは思えないが、これは天下大乱となる。


(われら二人は改易、あるいは切腹。下手すれば斬首を免れまい)

(キリシタンだらけの領地に封じられたのが運の尽きよ)


 この戦に勝っても負けても、二人を待ち受けるものは不名誉な死である。


 ならばせめて戦場で堂々と戦って全力を尽くし、名誉の討ち死にを遂げるのみ。相手があの水野勝成と織田信長公ならば、死んでも武士として恥にはならぬ。


「御老中。やはり、総攻めいたしましょう」

「犠牲はやむを得ません。どうかわれら二人に先鋒を。死に場所をお与えください」


 松平信綱が「そうだな」と頷こうとしたが、有馬直純ありまなおずみが「お待ちあれ」と制止した。

 有馬直純は日向延岡藩主だが、もともとは父・有馬晴信はるのぶを継いで島原を治めていた。


 有馬晴信以来、島原はキリシタンの国だった。が、幕府の禁教令に従わねば、有馬家は改易されてしまう。しかも父・有馬晴信は、収賄事件に絡んで死罪となった。家を継いだ有馬直純は、徳川家から妻を娶っており譜代並みの扱いだったために改易こそ免れたが、島原領内のキリシタン住民を弾圧せねばならず、自らキリシタン信仰を捨てて棄教。キリシタン信仰を捨てなかった自分の兄弟まで殺した。


 さすがに良心の呵責に耐えかねたのだろう。「もう島原にはいられない」と完全にノイローゼ状態となった直純は、幕府に願い出て日向への転封を特別に許可されたのだった。

 これでもう島原の地を見ることはない、とようやく平穏を取り戻した矢先の、この悪夢のような事態である。原城に籠もる一揆勢には、キリシタン棄教を拒否して日向へ着いていかなかった旧有馬家の家臣たちも多く、有馬直純は震えながら島原に参戦して彼らに投降を訴えかけたりもした。


「今日の総攻めですでに、敵味方合わせて一万人近くが死んでおります。私自身キリシタンでしたので、彼らの心情はわかっております。キリシタンは、殉教すればぱらいそへ行けると信じていますので、決して降伏いたしません。彼らはむしろ幕軍の弾圧による死を望んでいるのです。私にはもう耐えられませぬ。もう、これ以上の力攻めは……かかる混乱の発端は、わが父が島原にキリシタンの国を築いたことにあります。日本古来の神社仏閣を破壊した祟りです。死ねと言われれば、死にましょう。どうか、私に先鋒を」


「それでは、そなた自身が殉教を願っているも同然ではないか」


 有馬どのはこたびの戦ではもう使い物にならぬな、と松平信綱は首を横に振った。


「小笠原どのは、どう思われる」


 じっと押し黙って黙々と糠漬けを食べていた豊前小倉藩主・小笠原忠真おがさわらただざねに、意見を問うた。小笠原家は信濃の名門で、歴とした源氏の末裔。その上、織田信長と徳川家康を曾祖父に持つという譜代中の譜代。茶人としても陶芸者としても一級品の文化人だ。大坂の陣では一族多数が戦死する中、深手を負いながらも奇跡的に生還した武人でもある。故に幕府から厚く信頼され、九州と本州を繋ぐ最重要拠点の小倉城に封じられ、実質的な九州探題として九州一円の外様大名に睨みを利かせてきた人物である。


 また九州防衛の「要」にして、薩摩島津の北上を阻止するために建造された熊本城主の細川忠利(今は軍議の席の片隅にうずくまって「信長公怖い、信長公怖い」と震えていて、発言するどころではない)も、小笠原忠真の義弟にあたる。奇矯な父親に悩まされ続けている細川忠利にとって、小笠原忠真は頼れる兄貴分なのだ。


 しかしこの男、泰然自若と構えているが、今回の一揆掃討戦には乗り気ではなかった。たかが九州の片隅での百姓一揆に対して幕府は大げさに騒ぎすぎる、いくらなんでも老中松平信綱や水野勝成を九州に引っ張り込むことはなかろう、騒げば騒ぐほどどんどん事態は悪化していくぞ、隣国への無断出兵を禁じた「武家諸法度」なんぞ無視して一揆勃発直後にさっさと細川や島津や鍋島に出兵させて鎮圧させればすぐに終わっていた話なのに馬鹿なことになった、これでは天草島原の百姓は無駄死によ、と好物の糠漬けを食しながら戦の先行きを危惧していた。


「兵は神速を尊ぶ」という単純な原則すら、今の幕府の官僚たちにはわからぬのか。

 そして今日、かかる事態となった。小笠原忠真にしてみれば、案の定である。


「みな、落ち着け。死ぬことばかり考えてなんになる。特に細川どの。糠漬けを食べれば、気分も晴れるさ。原城にはもう、糠漬けどころか米もないのだぞ。わっはっは!」


「わはは、ではござらぬぞ。小笠原どの。お手前に策はござらぬのか。御存念を伺いたい」


「まあまあ、知恵伊豆どの。外様の軍事行動を制限した『法度』が邪魔になって初動で失敗した以上、そりゃあ戦は拡大しますよ。しかしね、織田信長公、ありゃあほんものではないでしょう。あんな若い百歳の人間などおらんでしょう。少なくとも、この世には」


「そうですな、この世には……」


「もっとも、あの世から湧いてきた人外の化生ということも! その場合、ほんものの織田信長公が本能寺から時を超えて原城へすっ飛んできたということになりますな! いや、これは困った! もしも人外なれば、それがし如きが敵う相手ではござらん! わっはっは!」


 震えていた細川忠利が「ひいいいいっ!?」と悲鳴をあげた。義弟をからかっているのだ。

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