煉獄原城魔王召喚編 二幕 原城攻防戦 その一

 この時、原城総攻撃の先頭に立って本丸へ突入していた齢七十五の老将・水野勝成みずのかつなりは、例外的に九州の大名ではない。備後福山藩の藩主である。


 島原の乱鎮圧に手を焼いた将軍徳川家光とくがわいえみつは、自らの腹心・老中松平信綱まつだいらのぶつなを総大将として九州へ派遣し、さらに江戸に留めていた細川・黒田ら九州雄藩の諸大名を九州へ向かわせたが、なお不安だった。「知恵伊豆」松平信綱は能吏だが実戦経験がないし、九州の外様大名たちを江戸から解き放ってしまえば、いつ何時裏切るかわからない。とりわけ、黒田と島津は信用ならない。


 そこで「特例」として九州へ駆り出されたのが、老いてますます盛んな猛将・水野勝成だった。


 なにしろ、徳川家康の従兄弟という血筋である。

 武名も、かぶき者としての悪名も、凄まじい。「戦国武将最強」の呼び声も高い。

 十六歳の頃、織田信長おだのぶながに仕えて高天神城たかてんじんじょう攻めで奮戦し、「若武者ぶり天晴れデアル」と信長自身から感状を受けたという戦国最後の古強者。


 信長の横死後は従兄弟の家康いえやすに仕えたが、乱暴なかぶき者だったため父親の怒りを買って出奔し、以後、父が死ぬまでの約十五年間、あちこちの大名に仕えては揉め事を起こして出奔すること数度。文字通り八方破れのかぶき者人生を過ごし、父の死後にようやく家督を相続。大謀叛人・明智光秀あけちみつひでの官位として忌み嫌われていた「日向守」を平然と受けて自ら戦場で「鬼日向であるぞ」と名乗っていたというから、やはり尋常な男ではない。


 大坂の陣では徳川方として参戦して、後藤又兵衛ごとうまたべえ真田幸村さなだゆきむらを撃破するという大功を挙げたが、家康から「大将なのに一番槍はやめろ」と忠告されていたにもかかわらずこれを無視して自ら一番槍を果たしたために、家康の不興を買ったとも言う。


 この男、誰に仕えても主君におもねることなく我を貫くため、主君とことごとく衝突する。性分からして、かぶき者であった。それ故、これほどの武将でありながら十万石に留まったと言える。一方、このような無法者が殺されなかったのは、とにかく問答無用に戦に強い突出した実力があり、さらに「家康の従兄弟」という貴種だったためだ。ただし秀吉だけは、無礼な勝成を殺そうと刺客を放ったという。


 その水野勝成、この頃は幕府の西の押さえとして柄にもなく「名君」のふりをして岡山地方の備後福山藩を統治していたが、「頼む、島原のキリシタン一揆を鎮圧してくれ」と家光から命じられて「これが俺の最後の戦になるだろう。一番槍をつけてくれるわ!」と腕をさすりながら一路島原へ乗り込んできた。


 だが、さしものかぶき者も、総攻撃予定の日には、自らは陣屋に留まり、原城攻めの軍勢は息子の勝俊かつとしに率いさせる予定であった。「お互いにもう若くはありませんし、一揆勢の大半は百姓ですから、首を盗っても歴戦のいくさ人の誉れにはなりますまい。武功のないご子息に手柄を譲ってはどうでしょう」と常に冷静沈着な老将・立花宗茂たちばなむねしげに諫められたのである。立花宗茂は水野勝成とは真逆の、人間の出来た男だ。かつて水野勝成は、この立花宗茂に仕官していたことがある。「あんたは真面目すぎらあ」と出奔したので仕官は長続きしなかったが、一宿一飯の恩義がある。どうにも断り切れなかった。


 が、血気に逸る鍋島勢が取り決めを無視して抜け駆けをやらかし、諸将が慌てて原城総攻めにかかったのを見て、気が変わった。


「ハ! やはり抜け駆けしたもの勝ちではないか、馬鹿らしい! 名将ヅラして陣屋に籠もっておるなど、やめたやめた。この俺、鬼日向が本丸に一番乗りを果たして天草四郎を討つわ! ぐわっはははははは!」


 そう雄叫びを上げながら原城へと突入した。父親にはまるで似ず、品行方正な息子の勝俊が「父上! 私にお任せくださいと言っておりましたのに!」と制止するが、すでに戦闘状態に入った勝成は聞かない。


「なんてことだ。これが根切りか。武士同士の戦だった大坂の陣とはなにもかも違いすぎる。ああ、女子供までが犠牲に……まるで地獄だ」と涙目になっておろおろする勝俊を「ならば急ぐぞ。大将を討てばしまいじゃ」と叱咤し引きずり回しながら、槍を呻らせ血煙をあげて本丸へと踏み込み、自ら天草四郎本陣の場所を突き止めて、「うおおおおお! 御大将はここかあああ! 鬼日向、いざ参る! 俺こそが、戦国最強のかぶき者! 一番槍は水野勝成じゃあああああ!」と本陣内へと突撃した。


 しかしそこで、水野勝成は信じがたい「者」を見た。

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