煉獄原城魔王召喚編 一幕 魔王召喚 その三

 い、いけません、信長公!

 無駄死にです!

 あなたには、原城で一揆勢を率いて戦わねばならない「理由」があります!


 その男は、見慣れない西洋風の着物を着ていた。髪型も奇妙だった。なにもかもが南蛮風だが、南蛮人とも違う。年齢は二十代半ばか。おっとりしていて、小心そうで、風采の上がらない男だった。


「おう。うぬも人違い、魔王違いで召喚されたか。何者だ、うぬは」


「お、俺はその、二十一世紀の日本から間違って呼び出された被害者です! 名前は、別府隼人べっぷはやとと申します。職業はブラック企業で働く社畜。休日は趣味で歴史小説を書いてネットに投稿していた戯作者です。陣中に隠れながら、話はざっくり聞きました! だいたい状況は把握しました! これは寛永年間に起こった戦国期最後の内乱、『島原の乱』です! あと一日で原城は陥落し、二万七千の一揆衆は徳川幕府方によって皆殺しです!」


「そんなもん見ればわかるわ、阿呆が。だいたい儂を呼び出したところで、二の丸三の丸はすでに陥落。肝心の本丸も崩壊寸前。逃げようにも、背後は海に連なる断崖絶壁。もはやどうにもならぬわ! 故に腹が立ったので、儂に近寄る者はみな死への旅路の道連れとする!」


「ま、待ってください! お、俺は未来人ですよ! このスマホがなによりの証拠です! 織田信長公といえば、好奇心の塊で、異国や異世界や未来から来た人間を歓待する稀代の英雄。未来人を見れば家臣に取り立てずにはおられないお方……のはず……ですよね?」


「はあ? なにがスマホじゃ。その珍妙な鉄の板で、幕軍の兵どもを薙ぎ払えるのか? なにかこう、種子島を超えた未来的な超兵器として作動して、ばーっと一万人くらい焼き殺せるのか? ああ?」


「あ。いえ。ネットに繋がっていないので、写メの撮影くらいしか……これはカメラ機能と言いまして、本物をそっくりに撮影できるんですよ。ほら、信長公のご尊顔をばっちり保存しました! ちなみに動画撮影も可能ですよ!」


「……なにそれ。それが未来人の超文明? 儂の人相、悪くない? お前、やっぱり死にたいの?」


「ひいいっ? ああ、せめてGPS機能が使えれば……! えーと。この世界には、人工衛星、飛んでませんよね? あー、やっぱりWi-Fiもなにもかも圏外だ……! あわわ。バッテリーが切れる……」


「ケッ。なーにが未来人じゃ。つまらん。サルやヤスケくらい珍しい人間ならば、取り立ててやっても構わんが、うぬのどこが特別なのだ? 気が変わった。うぬから殺す」


「待って、待ってください! 撃たないでくださああああい! 未来人しか知らない秘密情報をお教えします! 光秀みつひでが! 生きているんですよ! 信長公を本能寺に襲撃した謀叛人の明智あけち光秀が、この時代にはまだ存命しているんです! こんなところで焼け死んでいる場合じゃないんですよ、信長公! 光秀に復讐を果たしたくないんですかあああ?」


 キンカンは儂より年上じゃぞ、生きていたら百歳を軽く越えておる、だいたいキンカンがサルに討たれたこそ狸が幕府を開いてその孫が将軍位を継いどるんだろうが、嘘つけバーカ、と信長は信じない。森宗意軒も、まるで初耳だった。「本能寺の変」を起こした直後に、明智光秀は備中から畿内へと大返ししてきた羽柴秀吉はしばひでよし(後の太閤豊臣秀吉)に討たれて死んだはずだ。


 召喚される寸前まで自宅のパソコンでネット投稿サイトに歴史小説を投稿するべくカチカチとキーボードを叩いていた別府隼人は、いわゆる歴史マニアである。ガチの歴史学者ではない。情報源はだいたいネットと市販されている歴史関連書籍、小説、コミック、そしてゲームであった。そもそも史実をそのまま小説として書いても、読者に喜ばれない。書いている側としても、楽しくはない。故に彼は、学者ならば一笑に付す「歴史ミステリー異説」を大量に「ネタ元」として抱えていた。


 別府隼人は、いきなりこの原城本陣に召喚された直後、目の前に「天草四郎」と「織田信長」を見た。奇妙なことに、天草四郎はどう見ても男装している少女だった。夢でも見ているのかと疑った。しかし、織田信長が放つその問答無用の「オーラ」を感じ取って全身が総毛立ち、すぐにこの世界が「現実」だと悟った。


 隼人は、戦争も内乱も知らない現代日本人の青年としても、屈指の小心者である。ネットで見知らぬ相手とトークバトルする度胸すらない。そんな彼が、目の前に天草四郎と織田信長がいると知った次の瞬間に、自分はなぜか織田信長と一緒に「島原の乱」の真っ最中に原城に召喚された、と理解した。そして、「生き残るため」に織田信長になにを吹き込めばいいかを考えはじめていた。捨て置けば、炎上する原城で信長は種子島を放ち、日本刀を抜いて、近寄る者たちを殺し尽くす。そして、隼人自身も巻き込まれて死ぬ。


 冗談じゃない。生き残らなければ。まずスマホを見せた。「織田信長は未来人に甘い」。これは、ネット上の歴史マニアたちや歴史転生・召喚小説のファンの間では定説になっていた。だが、案の定外れた。現実はそれほど甘くはない。


 しかし隼人の小心者ぶりは半端ではない。武器として役に立たないスマホなどでは、「本物」の織田信長を動かすことはできない、ここは修羅場の戦場なのだから、とすでに予測していた。スマホでの籠絡に失敗した場合の「手」は、もう考えてある。それは――。


「ほんとうなんでえええええす! 俺は西暦二千十九年の日本から来たんですよーっ! それは、このスマホの精密機械ぶりを見てもらえれば信じてもらえますよね? 文明が発達した二十一世紀では、戦国時代・江戸時代の歴史研究がずいぶんと進んでいるんです! 俺のような民間人ですら、大量の歴史資料を自由に閲覧できまして、学者顔負けの知識を収拾することも! 明智光秀は、織田信長公を殺した後、秀吉に敗れましたが、実は生き延びて徳川家康のもとで名を改め、徳川幕府の宰相として働いていたんですよおおおお! 家康と光秀は、信長公亡き後天下を奪い取った秀吉を倒すために手を組んだんです! 家康は秀吉の息子豊臣秀頼を大坂城に攻め殺した直後に死にましたが、光秀は百歳を越えながらまだ健在です! 奴は江戸にいます! その証拠はいっぱいありますが、とりあえず原城に押し寄せている幕軍を撃退してくださいっ! 信長公、俺が未来人として知識を提供しますから、光秀を討ちましょう!」


 そう。「明智光秀=南光坊天海説」を「史実」と言い張って、信長をその気にさせる。

 この手だった。

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