織田信長バース ~召喚された全信長中最強の魔王信長とともに、徳川幕府と戦い天下布武~

春日みかげ(在野)

煉獄原城魔王召喚編 一幕 魔王召喚 その一

 寛永かんえい十五年二月二十七日。

 大坂の陣から二十余年が過ぎた、江戸幕府三代将軍・徳川家光とくがわいえみつの治世の時代。


 領主の苛烈な圧政とキリシタン弾圧に耐えかねて蜂起し、九州島原しまばらの原城に立て籠もったキリシタン一揆軍二万七千は、幕軍総督の老中松平信綱まつだいらのぶつなによる「干殺し」戦法によって飢餓地獄へと落ち、この日、十二万を越える幕軍の総攻撃を受けて阿鼻叫喚の様相を呈していた。


 原城は、三方を海と断崖に囲まれた巨大な堅城で、攻め手は一方向からしか攻めかかれない。多大な被害を被ってきた幕軍は、原城と諸藩軍勢の陣との間に長大な柵を立て、海上には軍船を浮かべて海路・陸路の双方を遮断し、一揆軍の兵糧が尽きるのを待っていた。


 そしてついに、兵糧が尽きて一揆軍の士気が弱まった原城へと、最後の総攻撃を仕掛けてきたのであった。


 本丸に立て籠もる総大将は若干十六歳の美少年・天草あまくさフランシスコ四郎しろう

 赤い髪の持ち主で、彫りが深い顔立ちからもわかるように、天草四郎はポルトガル人の父を持つ混血児であった。ポルトガル人と日本人の混血児は、二年前に「鎖国」を目指していた幕府の命によって日本からことごとく追放されているのだが、一部が九州の長崎に潜伏していた。この時期、長崎にはまだ、ポルトガル商人たちが船で出入りしていたのである。四郎もその一人だ。


 一揆軍の軍師役は、オランダ帰りの旧小西家家臣、もり宗意軒そういけん。かつて太閤秀吉の唐入りの際に乗っていた船が難破し、南蛮に渡り、明にても修行を続けてきたという怪しげな経歴の持ち主。キリシタンでありながら、魔術の本場ヨーロッパで「アンチキリスト」の知識も豊富に身につけてきたいう希有な怪僧である。


 長崎で出会った天草四郎に、南蛮や明で修得した奇術を教え、「神の子」としてプロデュースし、「まもなくこの世の終末が訪れる」という終末思想を九州に広めて、島原・天草のキリシタンたちを蜂起させた張本人だ。


 一揆軍の指揮は、旧小西家や旧有馬家といったかつてのキリシタン大名に仕えてきた歴戦の武士たちが仕切っている。それ故、ただの百姓の集まりではない。しかもその多くはキリシタンで、奇跡を起こす「神の子」四郎のカリスマもあって実に統率が取れていた。幕軍が原城の攻略に手こずり、力押しを諦めて兵糧攻めに切り替えたのも、一揆軍が強かったからだ。

 が、後詰めなくして落ちない城はない。


 森宗意軒たちは、長崎のポルトガル船団が海から原城を救いに来てくれる日を待ち続けて、原城に籠城してきたのだ。

 だが、ポルトガル船団は幕府から「ポルトガルとの国交を断行する」と告げられることを恐れて、ついに来なかった――原城に籠もるキリシタンを見捨てたのである。


 その上、「知恵伊豆」と称される老中松平信綱、実戦経験こそないが策略に長けた能吏のうりだった。オランダ船に原城の海上からの砲撃を要請し、連日実行させたのだ。オランダはプロテスタントの国で、日本とは貿易だけの関係で布教は行わない。しかもオランダとポルトガルはアジア交易を巡る仇敵同士。平戸のオランダ商館に滞在していたカピタンは、知恵伊豆の要請を受けて原城のキリシタンを砲撃した――。


 このオランダ船が放った大砲の弾が四郎に当たったその日から、原城の士気は落ちた。

 四郎は奇跡の子でも神の子でもなく、不死身でもない、と一揆軍の面々が知ってしまったのである。森宗意軒のオランダ仕込みの奇術は、オランダの大砲によって種を明かされてしまったと言っていい。


「四郎さま。鉄砲はなお五百挺あれど、玉薬がほとんど尽き果てております。二の丸三の丸に、佐賀鍋島軍、熊本細川軍が、福岡黒田軍等が殺到中。幕軍を率いる知恵伊豆は女子供も容赦なく斬り捨て、原城のキリシタンを一人残らず根切りにする所存。この本丸も、あと一日保ちますまい」


「……みな、殺されてしまうのか。私を信じたために。神の奇跡は起こらないのか、宗意軒」


「起こることを信じて、拙者はこれまで手を尽くして参りましたがのう。なにも起こりませぬ。どうやら……カトリックは邪宗門であったようですじゃ。オランダ人が言うておった通りに」


「……私は嫌だ。耐えられない。せめて女子供だけでも生かして原城から落ちさせられないのか」


「落ちよと命じて落ちる者はみな、すでに落ちております。ここに残りし二万七千の民は、四郎さまとともに殉教してぱらいそへ逝くつもりなのですじゃ」


「私が誠に神の子ならば、ぱらいそへ逝けるだろう。だが宗意軒。私は偽者だ。幻術と奇術を覚えているだけの、ただの子供にすぎない」


「無論、拙者は知っておりますじゃ。みなも、四郎さまがオランダ船の砲撃を浴びた際に、薄々気づいておりますですが……『四郎さまは死んでなお復活される、神の子として』と申し聞かせておりますじゃ」


 なぜそのような余計なことを、と四郎は宗意軒を叱りつけたくなった。みな、私など見限って落ちてしまえばよかったのだ。


「私がキリシタンになったのは、ただ父に憧れていたからだ。父の国・ポルトガルに憧れていたからだ。いつか海を渡って、父と再会したいと、そう願ったからだ……でも、もう、わからなくなった。ほんとうに、殉教とは正しい死に方なのか。人間など、死ねばそれで終わりなのではないか。キリシタンの教えは、ほんとうに正しいのか。ぱらいそなどというものが、ほんとうにあるのか。正直に答えよ、宗意軒」


「……カトリックは、異教徒とプロテスタントはアンチキリスト。死ねば地獄行き。カトリックだけがぱらいそへ行けると称しております。ですが、プロテスタントも同じことを。カトリックこそがアンチキリストで、死ねば地獄行きと……」


「イエスは十字架に架けられて死んだ後、復活して弟子たちにその姿を見せたという。死後の復活と魂の不滅こそ、キリシタンが殉教を救いと信じる理由ではないか。原城の民がなお私を信じ続け殉教を選んだのも、イエスの復活の逸話があるからだろう。聖書に記されているイエスの復活の逸話は、誠なのか」


「……どうでしょうなあ。イエスはいざ知らず、どれほど敬虔な信者であろうとも、死んで蘇る者などおりませぬ。神に逆らう反自然の術、外道の法を用いぬ限り」


「外道の法……?」


「左様。アンチキリストの魔術にございますじゃ。されどこの魔術を用いれば、術士は悪魔に魂を売り渡さねばならず、もはやキリシタンではなくなる」


「……そのような外法は……私には、使えない」


 原城のあちこちに展開する阿鼻叫喚の火炎地獄を呆然と眺めながら、十六歳の天草四郎は薄い唇を噛み破っていた。日本人として生きることを諦めて長崎から呂宋ルソンへ渡るか、キリシタンの同士たちとともに日本人として生きるか。元来、争いごとの嫌いな四郎は呂宋行きを望んでいた。


だが旧小西家臣団の老いたキリシタン武士たちから、

「島原、有馬の領主どもは苛烈な年貢を取り立て、転ばないキリシタンを無残な形で処刑し続けております。どうかわれらの総大将として、救世主として、お立ちください」

 と頼み込まれて、一揆の首謀者の一人・旧小西家臣の益田甚兵衛ますだじんべえの養子となり、森宗意軒が本を描いた「芝居」の駒として動いた。四郎のもとに九州のキリシタンを糾合し、九州諸藩の藩主たちが江戸に詰めている隙に武装蜂起して長崎を奪い、ポルトガルと結んで割拠する。幕府に無断で隣国に出兵することを禁じた「武家諸法度」があるため、九州諸藩は初動に立ち後れる。長崎は必ず獲れる。もしも事敗れれば、長崎から呂宋へと亡命する。それが、森宗意軒たちの「計画」だった。


 だが、出来合いの一揆軍は、初動で手間取った。天草組と島原組の歩調を合わせることで精一杯で、長崎奪取はならなかった。そうこうしているうちに江戸から藩主の子息たちが続々と九州に舞い戻り、四郎たちは地元島原の原城に籠城するしかなくなった。善戦したがポルトガルからの救援はなく、かえってオランダ船の砲撃を受ける始末。さらに、原城が落ちないことに焦った将軍徳川家光は、江戸に留めていた九州諸藩の「藩主」たちをいっせいに九州へと帰らせて、老中松平信綱の指揮下で原城を攻めよ、と命じた。


 その中には、豊臣秀吉から「西国無双」と激賞された歴戦の勇将・柳川やながわ藩主立花宗茂たちばなむねしげや、徳川家康の従兄弟で武田との戦の折に「覇王」織田信長おだのぶながから直々に感状を受けた伝説の「かぶき者」水野勝成みずのかつなりといった古強者、戦国時代最後のいくさ人が含まれている。


 天下太平の江戸で育てられた二代目三代目とは違い、彼ら「初代」は戦慣れしている。総大将の松平信綱には実戦経験がなくとも、彼ら老将の進言に耳を傾けていれば、自ずと原城は落とせた。


 事実、今、原城は落城しようとしている。

 本丸に籠もる四郎のもとに、続々と悲報が届く。


「二の丸出丸を守っていた田崎刑部どの、深手を負われてご自害!」

「二の丸を固めていた山善左衛門どの、侵入してきた幕兵と交戦し討ち死に!」

「同じく千束善右衛門どのも討ち死になされました!」

「大矢野松右衛門どの、幕府方の武将と一騎打ちの末、壮絶な御最期!」


 まず二の丸出丸が落ち、早くも二の丸まで侵攻されていた。森宗意軒とともに「天草五人衆」として一揆を主導してきた武将たちが、続々と討ち死にしていく。むろん、彼らが率いていた一揆軍の民たちの運命は言うまでもない。


 戦って死んでいく男たちはまだいい。幕軍の侵入を前にした女子供たちは、炎の中に自らの身体を投じて「殉教」する道を選びはじめていた。祈りの言葉を呟きながら、生きながらにして焼死していくのである。城内に突入した幕軍の兵士たちのほうが、この異様な光景に戸惑っていた。


 四郎は、生まれながらに鋭敏な子である。

 この悲壮な地獄絵図を本丸から見下ろすや否や、幼い頃から抱いてきたかたくなな信仰心を、人間としての「本能」が乗り越えた。


「止めよ。止めよ、宗意軒! キリシタンの自殺は禁じられているはず! カトリックの教義が正しければ、彼女たちはみな地獄へ行く……! 教義が間違っていれば……」


「……ただ灰に帰るだけでございますなあ、四郎さま。いずれにせよ」


「みな、ぱらいそへは行けぬ! 私の罪だ。私は……ありもせぬ『神の奇跡』などを信じて、このような一揆を起こすべきではなかった! 宗意軒。わが首を刎ねよ。私一人の首で、全員を助命できるのならば……!」


「知恵伊豆どのも、そうお考えだった時期もありますたのう。じゃが、わしらは幕軍の降伏の誘いをことごとく蹴ってきましたじゃ。四郎さまを捕らえて知恵伊豆に差し出し、城内の全員を助命しようと動いた裏切り者もおりましたが、その企みは阻止いたしました」


「……そのようなことが? 聞いていない! そんな機会があったのならば、私はただちに一人で幕軍のもとへ降伏していた。磔にされ首を晒し、二万七千の民を救った! それでこそ『神の子』ではないか。私はやはり、ただのお飾りだったというのか、宗意軒?」


「いいえ。この宗意軒とて、止められなんだですじゃ。この一揆は、合議制故。『多数決』によって、降伏はせず、四郎さまの首は差し出さず、われら全員で『殉教』仕り神の国へ旅立とうと決まり申したじゃ。その結果が、この原城根切り。事態はもはや手遅れでございますじゃ、四郎さま」


「……『偽者の神の子』が……彼女たちを……大勢の子供たちを……ことごとく、地獄の業火に……! これでは私は、アンチキリストではないか! あ、あ……! なんという浅慮な……私はただ、海の彼方におられる父上に……一目お会いしたく……」


 四郎は、顔を覆って泣いた。徳川幕府め。将軍家光め。穢れた混血児には、日本で生きる資格などない、ただちに日本から出て行け、永久に神国に戻るな、などとよくも。私は、自分が日本人扱いされぬことが悔しかった。だから、日本に居残って、九州に生きる場所を求め続けた。その結果が、この……。


 ついに、本丸にも幕軍の将兵たちが突入してきた。

 四郎を守る武将たちが、いっせいに武具を手にして立ち上がる。その中には、四郎の養父・益田甚兵衛もいる。益田甚兵衛ますだじんべえもまた、覚悟の上での蜂起であった。キリシタンの妻子ことごとくを幕府の人質として囚われている。四郎の真の血統を幕府方に知らせぬため、四郎を自らの「息子」として迎え、妻子を犠牲にしたのだ。妻も子もみな承知の上である。


「四郎。決して本陣には誰も入れぬ。この苦難に耐えよ。悪魔の囁きに負けるな。必ず、奇跡は起こる」

「……義父上……申し訳ございませぬ」


 後方で総攻めを眺めていたはずの水野勝成軍が、いつの間にか本丸へと侵入を開始していた。どうやら、佐賀の鍋島軍が軍法を破って勝手に「抜け駆け」したらしい。そのため、「鍋島に功績を盗られるぞ」と慌てた細川軍や水野軍、黒田軍が一斉に原城へと突入してきたのだ。ひたすらに力押しで、策もなにもない。幕軍側にも、壮絶な死傷者が出ている。


 本丸ではじまった乱戦の中。

 四郎は、(もはやこれまで。やはり、神の奇跡などなにも起こらない! 神は……神は、いなかったのだ……! 原城に籠もった二万七千のキリシタンは……無駄死にだ……! 私が殺したのだ! この、私が……!)と絶望していた。


 どれほど悔いても、悔い足りない。


「ひとつだけ窮地を逃れ得る最後の方法が残されておりますじゃ、四郎さま」


 森宗意軒が、原城本丸に掲げられていた「黄金の逆さ十字架」のもとに四郎を連れ、しわがれた声で囁いた。


「四郎さまが神への信仰心を捨て、魂を売るのです。転ぶのです。ただし、幕府に転ぶのではありませんじゃ。外道の法、アンチキリストの魔術を用いて、神に逆らいし堕天使を――『悪魔王るしふぇる』を召喚いたしまする。魔王一体で、万人を薙ぎ払えましょう。それで、みなを救えまする」


「そ、そなたは……宗意軒」


「最後の最後の手段ですじゃ。拙者も、『神の奇跡』を待望し、この土壇場まで受難に耐えておりましたじゃ。ですが、そのようなものはなかった。オランダ人たちの言うていた通りに。十字架に架かり神の子として死ぬも、悪魔に魂を売って魔王を召喚するも、同じことですぞ四郎さま。『民を救いたい』というその願いを叶えるためならば――手段などは論ずるに及ばずですじゃ。すべては、『結果』のみ! 『結果』こそが『正義』であり、『勝者』こそが『歴史』! イエスはたしかに、うまくやり通しましたじゃ。十字架上での刑死という恥辱を、復活の逸話によって神の子の勝利という物語に書き換えた! ですが、オランダで最先端の医学を学んだ拙者にはわかりまする。人が、死して復活するはずがない! 左様な現象は、自然の理に反しておりますじゃ! 奇跡とは、常に等価交換! 代償を反自然の王に――悪魔に与えねばならぬもの! イエスもまた、悪魔に魂を売って外法を用いたに違いありませぬ! それが」


 旧教国新教国唐国のすべてを見聞してきたこの老いたる軍師が行き着いた結論にございますじゃ、と森宗意軒は叫んでいた。

 馬鹿な。宗意軒はキリシタンの本場南蛮で青春を過ごしてきた筋金入りのキリシタン武士ではなかったのか。アンチキリスト思想をも、日本に持ち帰っていたのか。神はこの原城で敗北し、悪魔が勝利するのか。四郎は震えた。


「あなたの純潔の血を、この黄金の逆さ十字架に捧げなされ、拙者が唱える通りに呪文を詠唱しなされ。四郎さま」


「……それだけは、私には……私には……」


 私一人の魂と、原城に籠もる幾多の民の命。迷うべきではない。だが、そう簡単に信仰心を捨てられようか。この赤い髪は、わが肉体に南蛮人の父の血が流れている証に他ならない。父の母国ポルトガルは、敬虔なカトリック教徒の国家、「神の国」だ。その父から生まれた私が、棄教するだけならばいざしらず、アンチキリストに堕するなど――。


 しかし、四郎の迷いは、次の瞬間には吹っ切れていた。


「ぐ、ぐおおおおおおっ……! し、四郎……にっ……逃げよおおおおっ! 断崖から海を渡り、天草へ逃げよ……!」


 息子を守らんと本陣の入り口に仁王立ちし、槍を手に戦い続けていた養父・益田甚兵衛が、激闘の果てに幕軍兵の槍に滅多刺しにされ、致命傷を負ったのだ。


 益田甚兵衛とともに戦っていた蘆塚忠右衛門もまた銃撃され、継戦不能に。


 二人は、「……四郎よ。済まぬ。われらはここまでぞ」「どうかお逃げください。神の奇跡が起こることを。アメン」と叫びながら、全身に油を浴び、互いに刺し違えて息絶えた。息絶えながら、自らの身体に火をつけて炎上した。本陣の入り口を塞ぎ、四郎に脱出する最後の機会を与えようとしたのだ。


 本陣の背後は、断崖絶壁である。島原の海へ飛び込めば、命はない。四郎が海を歩いたという「海渡」の伝説は、森宗意軒が聖書のイエスの逸話を参考に捏造したものにすぎない。


 わかっていたはずだ。義父上も。蘆塚忠右衛門も。「神の奇跡」など、この地上の世界には起こりえないということを! それなのに。それでもなお。私に、ほんの僅かでも、生き延びる機会を与えようと――!


「……義父上……! う。うわ。うわああああああっ!」


 この瞬間に、四郎は「堕ちた」。


 老将・水野勝成の嫡子・水野勝俊みずのかつとし率いる水野軍の兵士たちが、炎の柱を乗り越えて続々と本陣へ殺到してくる中。


「宗意軒! 私は、棄教するぞ……! 原城の民を救うためならば、義父上の仇、徳川幕府を滅ぼすためならば、私は望んで冥府魔道に堕ちる! われに魔王を召喚させよ、宗意軒!」


「……御意。玉体に、刃を滑らせていただきます。拙者がオランダより持ち帰りしこの『忌まわしき反聖遺物』黄金の逆さ十字架に、四郎さまの『処女の血』を注ぐのです。魔王を召喚する外道の呪文を、詠唱するのです。それで、異界への扉が開きますじゃ。エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。我は求め訴えたり。さんしやる二。こんたろす五。くさぐさの。でうすのたから。しずめしずむる」


「……処女の血が……悪魔との契約には、必要なのか。それで私を男装させたのか」

「御意」


 ここに。

 天草四郎は、神を捨てた。

 信仰を捨てた。

 悪魔に、魂を売った。

 黄金の逆さ十字架に、自らの手首から「血」を注いだ。



「エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。我は求め訴えたり。さんしやる二。こんたろす五。くさぐさの。でうすのたから。しずめしずむる」


 出でよ、暁の堕天使よ、地獄の魔王るしふぇるよ、わが忠実なる僕となり幕軍十二万を薙ぎ払い退却させたまえ、原城の罪なき民たちを救いたまえ。



 来た。

「光」ではなく、「地獄の業火」とともに、それは来た。

 天空から堕ちた一筋の雷が、黄金の逆さ十字架を直撃し、真っ二つに裂いた。


 そして。

 燃えあがる十字架のもとに、一人の痩せた背の高い「男」が立っていた――。

 年齢は、四十か、五十手前か。髭はほぼなく、面長の顔は青白く、髪の毛は乱れた総髪。

 血に塗れた南蛮渡来の甲冑を身にまとい、その腕に一挺の種子島を握りしめていた。

 四郎も、宗意軒も、本陣へと飛び込んできていた水野家の兵士たちも。

 誰もが、その「男」の異様な目を、直視できなかった。

 魔眼か、邪眼か。

 睨まれた者を畏怖させずにはおかない凄まじい「眼力」。落雷とともに十字架から弾き飛ばされていた四郎は思わず、震えながら顔を伏せた。

 一揆勢の根切りなどとうに見飽きた、と呟きながら、男は名を名乗っていた。


「儂を呼んだのはうぬか、転びキリシタンの小娘よ。魔王は魔王でも、魔王違いであるな。わが官位は、無位無冠。仏敵にして朝敵にして先刻本能寺でキンカン如きに焼き払われて高転びに転んだばかりの第六天の魔王よ。我が名は信長。織田信長おだのぶなが――デ、アル」

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