悲観的になるよりも

「そんなに泣かないでくれ、ユーナに泣かれると困る。俺考えなしでごめんな」


 そう謝りながらトレントキングといつからやり合おうかとか、ユーナを泣かせるなら内緒で行くしかないかとか考えているんだから、俺には誠意ってもんがないと自分でも思う。

 精霊王と戦う機会を得られるかもしれない。

 そんな夢みたいな話を三千体のトレントキングを狩れたらと精霊王自身が約束してくれたんだから、その機会をふいにするなんて出来ない。

 トレントキングに実を貰った時にはそもそも自力で境い目の森に行く方法が無かったから、いつか行けたらいいな程度にしか思っていなかったが、ラウリーレンのやらかしのせいで転移の魔法を俺が使える様になった。

 魔力が殆ど無い俺がこの魔法を使えるのは、魔素の豊富な迷宮の中のみという制限はつくが、トレントキングのいる場所も迷宮だし日常的に迷宮に入っている。

 つまりトレントキングと戦う為の行き来が転移の魔法で簡単に出来る様になったから、一番の問題が解消さてしまったんだ。

 こんなの、すぐにでも戦いに行きたいと思って当然だろ。


「ヴィオさんは別に考えなしじゃないです。嫌になるくらい強気でそれが実力が伴っている強気なお陰で、強くなることに関して方法に躊躇くなっているのが怖いっていうだけです」

「それは……冒険者ってそういうものだからな」


 くすんと鼻を鳴らしながらユーナは、それ結局考えなしを肯定してないか? って感じのことを言い始めるから、言い訳にもならない言い訳をごにょごにょとするしかない。

 強さを求めるのが冒険者ってそれは多分違う、そんなのは一部の冒険者だけだ。

 俺は、生きるための金稼ぎの為だった冒険者の生活が、いつの間にか目標が天空の迷宮を攻略することになり強くなりたいと願う様になった。

 だが大抵の冒険者は、自分が生きる為の糧を得る術として冒険者をやっている奴が多い。

 生活をするだけなら迷宮なんて入らずに外の依頼を受けていればいいそこそこの腕があれば贅沢な暮らしは無理でも毎日腹いっぱい食える生活が出来る程度には稼げるんだ。

 だけどそれだけじゃ、俺は満足出来ないんだよ。

 

「冒険者だからだけじゃなく、俺は強くなりたいって思うしその為なら何でもするつもりだし、いままでそうやってやって来た。だが俺はもう三十で、体の衰えを考えるとこれからは結構厳しいんだけどな。年には勝てない」

「三十歳が問題、ですか? 年?」


 俺が話す内にユーナはやっと泣き止んだものの、意外なところで首を傾げた。

 俺はもう三十のオッサンで、冒険者としてはあと五年もしたら能力は段違いに下降するだろう。

 今だって年齢による衰えを感じ、限界を感じたからこそ俺はポール達の足を引っ張らない様にパーティーを抜け一人になった。

 だけど冒険者を辞めて何か他の仕事を、なんてそこまで吹っ切るのはまだ無理だって分かった。

 俺は骨の髄まで冒険者で、少しでも強くなりたいまだ強い冒険者でいたいという気持ちが捨てられない。

 天空の迷宮に行く夢を諦めて、ポール達と離れたんだからすべて諦めて違う道を探し始めなきゃいけないというのに、ユーナと出会って二人で旅をすると約束して、不思議な文字の件があるから迷宮にもこれから入らなきゃいけないという理由まで出来てしまった。

 それを困ると思うより、精霊王と戦えるかもしれない。まだ強くなれるかもしれないと喜んですらいる。

 年齢が、体の衰えがと嘆きながらそれでも俺は迷宮に入り続けたい、いつか天空の迷宮に行く夢を捨てられないんだ。

 

「こちらの世界ってもしかして亡くなるの早かったりしますか、平均寿命とか……この世界って」

「平均寿命?」

「はい、あ、そういえば冒険者にも定年ってありますか?」

「それはどういうものだ?」


 俺の答えにユーナは驚いた様に目を見張り暫く考え込んだ後、その場にしゃがみ込んだ。


「ここって魔物の警戒は?」

「基本的には守りの魔物を狩った後は、一旦外に出ない限りは出て来ない。魔物寄せの香を使うと何故か出てくるが」

「そうですか、じゃあ休憩しましょう」

「ああ、そうだな」


 目元を赤くし鼻をくすんと鳴らしながら、ユーナはマジックバッグの中から手付きの籠を取り出すと葉に包んだ平たいパンの様な物を手渡してきた。

 いきなり何を始めたんだ、ここで腹ごしらえかと苦笑しながらも美味そうな匂いに腹が空いてたんだと気が付いた。 


「ヴィオさんは、お茶とスープはどちらがいいですか。スープはお芋とトマトと二種類ありますよ。お芋の方は牛乳味です」

「芋の方かな、お茶も後で貰えると嬉しい。このパンは、なんかいい匂いがするな」


 カリカリした表面はこんがりといい色になっていて、油の匂いが食欲を掻き立てる。

 

「中に具を入れて、油で焼いてあるんですけれど。どうですか?」

「食べていいのか」

「はい。沢山作りました。中身こぼれやすいので気をつけて下さいね」


 スープの入った椀を用意して籠の蓋の部分に置くと、ユーナも同じくパンを手に取り二つに割ってみせた。


「ぎっしりだな」


 薄いパンの中にこれでもかと具が入っているのが見えて、思わず喉が鳴る。

 ユーナの作るのは何食べても美味いんだ。

 

「オーク肉を細かくして、刻んだ野菜と一緒に味付けしたものです。こっちの中身は黒糖と刻んだクルミです」

 

 パンに甘い黒糖を入れてあるなんて、珍しい物を作ったものだが、まずはこっちだな。


「美味い、肉の汁をパンが吸ってるのがいい」


 作りたてをすぐマジックバッグの中に入れたんだろう、パンはまだ熱々で噛み締めると肉汁が口の中いっぱいに広がった。


「ふふ、良かったです。スープもどうぞ」

「ありがとう」


 立ったままの俺に、ユーナはしゃがみこんだままスープの碗を手渡してくれる。

 泣いたせいで目元が赤くなっているが、それを気にせずにユーナも食べ始める。

 なんで急に休憩なんて言い出したのか分からないが、食べ始めてみるといくらでも食えそうだった。

 ラウリーレンのことで色々あった後、こっちに戻ってきて攻略してたんだから疲れもするし腹もへるか。


「ヴィオさん、覚えていますか、何があっても腹は減る。辛くても悲しくても、腹一杯食ったら元気になれる」

「ん?」

「ヴィオさん、最初の日にそうやって私に食べ物をくれたの。忘れちゃいました?」


 しゃがみこんだまま、ユーナはパンを齧りながら俺を見上げている。


「そう、だった……かな」


 覚えてると言うのはなんていうか面映ゆい感じがするし、覚えていないと言い切るのは何だか違う気がしてとろりとしたスープを飲みながら言葉を濁す。


「この世界に来てから、何度も何度も思い出すんです。あの時のこと」

「あの時のことを」


 何度も思い出す?

 あの時の、あの言葉を、それはどうして。


「悲しくて辛くて混乱してて、真っ暗なところで一人で泣いてて、一言で言うなら絶望になるのかな、そんな感じだったのにヴィオさんは呑気に食べ物渡してくるし、腹一杯になれば元気になるとか言い始めるし、私あの時実は少し混乱してました」


 それは、何ていうか気遣えなくて申し訳なかったとしか言えない。

 リナにはよく「ヴィオさん、そういうとこですよ」と怒られたが、性質が変わらないもんはどうしようもないからなあ。


「戸惑う判明、ヴィオさんの優しさにも気がついて、こんなに優しくて頼りになるヴィオさんが一緒にいてくれるんだって凄く安心もしました。だから、ここが私が暮らしていた世界じゃないんだとか、両親も兄も友達もこの世界のどこにもいないんだとか思う度に凄く寂しくて悲しくて辛くって、なんで私ここに来ちゃったんだろうって何度も何度もそう思ったけれど、その度にヴィオさんが励ましてくれたあの夜を思い出してたんです」


 そんな大層なもんじゃない。

 ただ、一人で泣いていたのが気の毒で、それだけだ。

 それにしても、なんでユーナはいきなりこんな話を始めたんだろう。

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