ユーナと守りの魔物2

「一体ですね」

「そりゃ、守りの魔物は普通は一体だ。十層だってそうだったろ」

「そうですよね、さっきの事があるのでつい」


 二十層に足を踏み入れて、奥にみえたオークキングの姿にユーナは呆けた様に声を出すから笑ってしまう。

 昨日十層の守りの魔物を狩ったことなんか忘れちまったのか?

 一つ目熊とオークキングが次々と出てきたさっきのあれがおかしいんだからな。


「呆けてないで魔法の準備して、すぐに攻撃がくるぞ」


 言っている間にオークキングは間合いを詰めてこようとする。

 剣士の場合はこちらからも仕掛けるが、魔法使いであるユーナはその場から動かずに詠唱短縮で魔法を使うだけだ。

 俺は魔法の邪魔にならない位置にずれて、打ち漏らした場合に備えて剣を構える。


「いきます。疾風の刃!」


 風の刃の熟練度が最高まで上がり覚えたのは、風属性の中級魔法疾風の刃だった。これは大人二人が両手を広げた位大きさの鎌を風が作り、それを横にした様な形のまま魔物数体を纏めて攻撃する魔法だ。

 この魔法は中級魔法の中では、魔力消費量が多いし魔力を多く必要とする分発動も遅いと以前聞いたことがある。

 これを覚えても一日に何度も使える魔法じゃないらしいが、ユーナは十九層で連発して使っていた。

 

「グォオオオッ!!」


 吠えるオークキングは疾風の刃の威力によろめき動きを止めるが、一撃では倒せなかったみたいだ。

 オークキングは革の鎧を装備していて、魔法が当たったのがその鎧の部分だったのが良く無かったんだろう。

 下級魔法の風の刃は思い通りの場所目掛けて攻撃出来ている様だったが、まだ慣れていない分制御が甘いんだろう。


「ユーナ、首を狙え。今よりほんの少し上だ」

「はいっ。疾風の刃!」


 一旦歩みを止めたオークキングは、怒り狂った様な声を上げながら走って来る。

 そう広くない二十層で、オークキングの速さは脅威になる。

 この迷宮でなかなか二十層を攻略出来ないのはこのオークキングの素早さのせいだった。


「よし、いいぞっ」


 今度は確実に首を狙い、ユーナの魔法はオークキングの首を刈り取った。

 ごろりと落ちたオークキングの首、それが地面についてすぐ体が消え後には魔石と素材が残った。


「な、何とか狩れました。あんな風に勢いよく迫って来られると焦っちゃいます。怖すぎです、オークキング」

「その割に落ち着いていたようだが」

「そんな事ありませんよ。背後からは魔物が来ないって分かっているし、もし外してもヴィオさんが絶対に助けてくれるって信じてるから出来ただけです」

「そうか、ほら魔石と他の素材だ」


 ユーナに魔石と素材を手渡す。

 守りの魔物を一体狩っただけで素材も落ちているのは、もしかすると下の層で攻撃を受けることなく魔物を狩り続けていたからなのか。

 魔物を攻撃を受けずに狩り続けると素材が落ちやすくなるから魔物寄せの香を使って魔物を狩り続けるんだが、層が違ってもそれが続くかどうか検証した奴はいなかった筈だ。

 昨日も今日もユーナは攻撃を受けることなく魔物を狩っていた。

 確かにユーナが狩った魔物は素材を沢山落としていた様に思うが、それがユーナの幸運の問題なのか魔物の攻撃を受けずに連続して狩ったからなのかが分からない。

 素材の落ちる落ちないは、その人の幸運が大きく関わるという説もあるから、その辺りが分からないんだよな。

 だが下の層で狩ったのも連続して狩った状態とみなされるのなら、大量に二十九層で魔物を狩り続けて、三十層で守りの魔物を一体狩っただけであの文字が出現するだろうか。

 原理としては素材が落ちるのが多くなるのも、三十層の文字が出て来るのも同じ様な気がするが、あの場所で大量に狩らないと駄目なんだろうか。


「ヴィオさん、どうかしましたか」

「ユーナが狩った時は素材が良く落ちるなと思ってさ」

「そうなんですか」

「ああ、普通は守りの魔物を狩っても魔石以外はなかなか落ちないんだ」


 だから一つ目熊の熊の手もなかなか集まらなかった。

 あれを狩れるパーティーが殆どいなかったというのもあるが、一つ目熊を狩れるパーティーもなかなか熊の手が落ちずに苦労していたと聞く。

 熊の手で稼ごうとしている程度のパーティーの実力では、一つ目熊一体だけでも狩るのは大変だろうし、それを熊の手が落ちるまで繰り返すのはきつかっただろう。

 大抵のパーティーは守りの魔物を自分達が無傷で狩るなんて難しい。

 回復薬や防具の修理代なんかを考えると、守りの魔物の素材はそんなに旨味のあるものじゃない筈だ。

 そう考えると攻撃を受けることで素材が落ちる確率が下がるのであれば、守りの魔物の素材が落ちにくいと言われる理由も分かる。

 

「昨日十層の守りの魔物を狩った時も魔石と一緒に素材が落ちてましたけれど、そういうものじゃないってことですか」

「ああ、他の魔物もそうだが特に守りの魔物の素材目当ての場合、何度かやらないと落ちないってのが常識だ」

「ヴィオさんが熊の手を集めたのって、そうすると相当大変?」


 ユーナが首を傾げながら聞いてくる様子は優しげだが、両手に持っているのは今狩ったばかりのオークキングの魔石と素材だ。こんな優しげな笑顔をしている女性の下級冒険者が一人で狩れる魔物じゃない。

 ユーナの実力なら名付の下級迷宮でもいけるかもしれない。

 ユーナの場合、心配なのは魔力切れとか魔法の腕よりも魔物の見た目と虫の方か。虫系の魔物が出る迷宮もあるからなあ、悩ましいところだ。


「普通の方法で集めようとするとそうなるな。そもそも普通は一旦この層をでて外なり下の層に戻るなりしないといけないからな」


 その手間が面倒だから、魔物寄せの香を使ったのが始まりなんだ。

 まあ、常識外れなことをしたってだけで、自慢できることじゃない。


「ヴィオさんがおかしなことをして熊の手を集めたっていうのは、良く分かります。自ら延々と魔物を呼んで狩り続けるとか、どれだけ自分の腕に自信があるんだが分からないことしますよね。しかも一人でやるとか」

「やってみたら出来たんだよ、それに効果時間が短い香なら出現する魔物の数の調整も楽だしな」

「やってみたら出来たとか、そういう感覚がおかしすぎますよ」


 オークキングの魔石と素材をマジックバッグにしまいながら、ユーナは大きなため息をついて俺の顔を睨む様に見上げる。


「話に聞いていただけだともしかしたら怖くないし簡単なのかもって誤解しそうになりますけれど、トレントを大量に狩った時にも思いましたけれど全然そんなことないですよ。簡単じゃないし楽じゃないし、怖いし怖いしすっごく怖いです」


 なんだそれ。

 片手は杖を持ったままだが、拳を握りしめて怖い怖いと力説しているがユーナ結構あっさりと今狩ったじゃないか。


「ユーナも行けそうだけどな。やってみたら簡単だったって言うんじゃないか」


 さっき大量の魔物狩り続けられたんだし、出来そうな気がするんだよな。


「ヴィオさん、私が昨日迷宮に初めて入ったって忘れてませんか? 不思議な文字の事を考えたらそういう狩り方が出来る様にならないと駄目だと分かってますけれど、怖いものは怖いんですからね。出来たから大丈夫っていう事じゃないですからね」


 それは、確かにそうか。

 こういうところが俺は良く無いんだろうな。


「ヴィオさんが魔物寄せの香で大量のトレントに囲まれてたのは、もうトラウマ、ええと心の傷になってるんですからね。あれを突然見せられた方の気持ちも理解して下さいっ。ほら、思い出しただけで涙出て来ちゃったじゃないですか。あの時どれだけ怖かったと思ってるんですか、もう本当にヴィオさん信じられない」


 そう言うとユーナの目から突然涙が零れ落ちた。

 え、ちょっと待て、なんで今泣くんだ。

 思い出しただけで涙が出るとか、そんなに怖い思いをさせてたのか?


「ユーナ、ごめん。悪かった、俺が悪かったから」


 悪いと言いながら、今のは何が悪かったのか実際には良く分かってない。

 トレントの件って、でもあの時俺には傷一つ無かったし、無事だったしああいう狩り方だってのはもうユーナも理解してるんだよな?


「悪かったユーナ、もう泣かないでくれ。ほら、俺別にあの時だって怪我したりしなかっただろ。ユーナが怖いなら無理にさせたりしないから、泣くなって」

「……そうじゃありません。私がやるのが嫌なんじゃなくて、あの時物凄く怖かったの思い出したら、涙が止まらなくなっちゃっただけなんです。だって、あれヴィオさんトレントに襲われてる様にしか見えなくて、あんな戦い方平気でするなんて、もうヴィオさん本当に信じられないっ。ヴィオさんが怪我したらもっともっと泣きますからね、絶対に怪我したりしちゃ駄目なんですからねっ」


 ユーナ、何言ってんだ、魔物寄せの香を使うのが怖いって話じゃなかったのか? 違う方向に話が行ってないか?

 ボロボロと泣いて、涙を落として俺が怪我したら泣くとか言われたら、もう必死に謝るしかないだろ。


「ごめんな、ユーナ」


 魔物寄せの香はこれからも使うけど、なるべく泣かせない方法を考えよう。

 ユーナを慰めながら俺は見当違いな方向に答えを探してたんだ。

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