ユーナと守りの魔物1

「あ、あの。どれいって奴隷? あの、人身売買的な奴隷ですか」


 人身売買的って、どういう聞き方だ。

 ユーナ、奴隷と縁遠そうだから驚いたんだろうか。


「ユーナの世界には奴隷はいないのか?」

「いないというか、いたというか。あの、本当に?」

「目につく場所に入れ墨が入っている者がいたら、罪人か奴隷だと思って間違いない」

「罪人か奴隷には入れ墨、罪人に入れ墨ってそんな時代劇みたいな……」


 茫然と言った顔でユーナが呟くが、時代劇というのはなんなんだ?

 

「あのな、驚いているところ申し訳ないんだが、奴隷は税などが払えなかった場合になる場合や犯罪で奴隷落ちする場合がある。これが基本的な奴隷だ。後は生活苦で親が子を売るってのも当たり前にある。奴隷商人っていうのがいて売り買いしているんだ。税が払えないとか犯罪で奴隷落ちした場合は鉱山等で労働になるが、親に売られたりした場合は奴隷商人が奴隷を商品として扱っている」

「……親が子を売る話は私も聞いたことあります、奴隷じゃないですけれど、昔はそういうのがあったって」

「そうか。それでここからはユーナも可能性があるから気を付けて欲しいんだが」


 ラウリーレンの件があったからあまり驚かせる様な事は言わない方がいいのかもしれないが、この先他の町に行く時に気を付けて貰うにはちゃんと教えておいた方が良い話だ。


「気を付ける? はい」

「闇奴隷商人っていうのがいて、人族や獣人関係なく攫って売り買いする奴らがいるんだ」

「攫う」

「そうだ。盗賊に襲われて盗賊が闇奴隷商人に売るとか、奴隷商人が攫うとか様々だが、ユーナ大丈夫か?」


 ユーナは困惑した表情で俺の服を掴んだ。

 やっぱり怯えさせたか? でも、教えて置かないとまずいよな。


「そういうの、どこにでもいるんですか?」

「どこにでもいる。だから気を付けないと駄目なんだ。分かるか?」

「はい。一人で人気のない通りを歩かないとかですね」

「そういうことだ」

「気を付ける。気を付け……海外ならそれなりに気を付けないといけない話だし、それと同じ、言葉が通じるだけマシ……マシじゃないわ、怖い」


 ぶつぶつとユーナは俯いて何かを呟いて、そうしてやっと顔を上げた。


「だ、大丈夫です。でも暫く外歩く時ヴィオさんと一緒でいいですか。この世界に慣れてきたと思ったし、この町にはだいぶ慣れたし一人歩き出来ると思ってたんですけれど、でも、あの」

「怖くなったか?」

「はい。一人はちょっと無理な気がしてきました。子供だって一人で歩いているのに情けないですけれど」


 へにょりと眉尻を下げて、ユーナは俺の服を掴んだまま落ち込んでいる。

 落ち込んでいるんだが、その左手には俺と同じ指輪をしていて、それは精霊の守りってだけなんだが、ユーナの世界では夫婦って意味なんだよな。

 夫婦、ユーナはその意味があるから嫌がったんだろう、それってつまり。

 なんていうか、落ち込みそうだ。

 いや、当然なんだが、落ち込むだろこれ。


「ヴィオさん?」

「頼りないかもしれないが、一緒にいるから」

「ありがとうございます。頼りなくなんかないですよ、凄く凄く頼りにしてます」


 そう言うとユーナはやっと笑顔になって、手を離した。


「じゃあ、二十層行くか」

「はい、二十層の守りの魔物はオークキングですね」

「そうだ。守りの魔物は一体しか出ない。ユーナ行けるか?」

「はい。一体ですもの大丈夫です」


 頼もしい返事が返って来た。

 確かにあの大群の後だから、一体なんてと思うかもしれない。

 三十層であの文字を確認する為には、一つ目熊を連続で狩らなければいけないから効率よく狩るなら俺みたいに魔物寄せの香を使って狩っていく事になる。

 ある程度魔物に慣れて三十層と思っていたが、この分だと明日には行けそうだしどうするかな。


「よし、じゃあ行くぞ」

「はい。風の広範囲魔法使ってみたいです」


 中々のやる気な発言に、ユーナの気持ちの変化を感じる。

 ラウリーレンの企みのお陰で魔物寄せの香を使わずに大量の魔物を狩るはめになったし、しかも突然に大量の魔物との対決だ。

 ある意味無理矢理鍛えた感じだよな、あれ。

 下級迷宮の弱い小型の魔物とはいえ、昨日は一度で大量の魔物。

 さっきは次々現れる大型の魔物。

 あんな狩り方、俺が強制的にさせたら泣かれるだろうが不可抗力と言える様な方法だからユーナも対処出来たんだろう。

 まあ、迷宮に初めて入ってあれは可哀相だったが。


「詠唱短縮で出来そうか?」

「はい、さっきも使えましたし。慌てなければ大丈夫だと思います」

「そうか、あのさ今やるっていうんじゃないんだが」


 聞くだけは聞いておこう。

 どのみち三十層ではやらないといけないんだ。


「はい」

「ユーナ、守りの魔物を魔物寄せの香を使って連続で狩るって言ったらどうする?」

「え、連続」

「ああ、理由は分かるか」

「三十層ですか」

「そうだ、ここは出ないって分かってるが、三十層の文字本物を見たいだろ?」

「見たいです。他の迷宮にもあるかもしれないんですよね、だったら行ける迷宮全部自分で確認したいです。私、その為なら泣かないし逃げないって決めました」


 そんな決断をしていたのか。

 

「でも、いきなり一つ目熊は怖いので出来れば小さい魔物で練習したいです」

「じゃあ、十層から行くか」

「十層、ホブゴブリンですね」

「そうだ、ちゃんと覚えてるな」

「昨日最後に狩った魔物ですもの。でもあの外見は怖いから、沢山出て来るのは……うーん、もう少し魔物に慣れてからにしたいかも」


 ホブゴブリンとオークキング、見た目はどっちもどっちだ。

 広範囲魔法が使えるなら、オークキングなんて脅威でも何でもない。

 

「ユーナは俺の後ろで狩り終わるの待ってるだけでいいんだぞ」

「そんな甘やかしは駄目です。私達パーティー組んでるんですよ。甘えて守られてるだけならそんなのパーティーを組んでる仲間ですなんて言えないじゃないですか」

「それはそうだが、でも怖いなら」


 無理はさせたくないんだよなあ。

 ユーナは冒険者になりたかったわけでも、迷宮に入りたいわけでもないんだし。

 

「怖いですよ。そりゃ怖いですってば。だって魔物ですよ、あんな怖い存在私が住んでいた世界にはいなかったですし、大型の動物だって私が住んでいた国では安全が確保されている場所にしかいなかったですし、でもそういうの甘えていたら駄目だって分かったんです。本気で怖いですし、外の魔物はまだ狩れそうにないですけど、でも迷宮の中の魔物は狩っても血も出なければ死体も残らないですし、無理矢理頑張れば多分大丈夫です。さっきだって出来たんですから、出来ます」


 怖いがやるしかないからって感じだろうか。

 まあ嫌でも駄目でも、ユーナ自身が文字を見るためにはやるしかないからな。

 無理しているかもしれないが、本人がやる気を出しているなら頑張って貰うか。


「分かった。でも駄目だと思ったら隠さずに言うんだぞ、約束してくれ」

「はい。約束します。ふふ、指切りしますか?」

「指、切り?」

「そうですよ。小指をこうして」


 なんだこれ、この気恥しい感じはなんなんだ。


「こうやって約束するんですよ。嘘つかないて」


 聞いたことがない歌を歌った後、ユーナは小指を繋いだまま無邪気に笑うけれどこういうのするはちょっと……はあ、俺落ちこんだり喜んだり、十代のガキじゃあるまいし何やってんだか。


「じゃあ、行くぞ」


 浮かれるな俺、馬鹿すぎるぞ。

 繋いだまま小指を離すのが寂しいとか、気持ち悪いぞ。

 自分を叱って、俺は笑顔で指を離したんだ。

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