ラウリーレンへの裁き5

「俺から生命力を奪うつもりだった? 体力では無く生命力を奪おうと?」


 ユーナがポポに魔力を分け与える様に、俺はポポに体力を与えている。

 体力は生命力というものの一部だと考えられている。体力と魔力と知力それらを合わせたものが生命力と言われているんだが、ラウリーレンは俺からそれを奪おうとしていたのか?

 

「ユーナの魔力は清らかで力強い、ヴィオの生命力は逞しく温かい。精霊が人の生命力を得ると体力が回復するだけでなく使わなかった知力と魔力で精霊の寿命そのものが延びる。ポポが死にかけた時ユーナの魔力を貰いヴィオの体力を貰っていましたよね。ユーナの魔力が強かったのは勿論の事、ヴィオが体力だと思いあの時与えていたのはヴィオの生命力だったから、ポポは数度の生まれ変わりを経験したかのように死の淵から蘇ったんだと分かった。もしもポポの契約者があなた達以外だったとしたら、生命の雫を数個使ったとしてもポポは助からなかったかもしれない」


 俺は体力を与えたつもりだったが、生命力を与えていたのか?

 それで、ポポは助かったのか。


「ヴィオの生命力だけでは魔力が足りなかったけれど、それはユーナの魔力で十分過ぎる程に補っていた。ポポはそのお陰で何度も何度も生まれ変わったのと同じ力を付けて、今回最終契約を行い再度生まれ変わり、中位の精霊になった」


 中位の精霊、力が弱い一番下の格しか持たない弱い精霊だったポポがそこまで強くなれたのか。


「ある意味ラウリーレンのお陰とも言えるが、それは結果でしかない。ラウリーレンの罪は重い。生まれたばかりの精霊を騙し、命を危険にさらした罪。契約者を裏切り自ら羽をむしり取り逃げた罪。他の精霊の契約者であるユーナとヴィオから魔力と生命力を盗もうとした罪。どれも罪深く精霊として恥ずかしい行いだ」

「それは、そうだな」

「だから、ヴィオもラウリーレンから償いを受けるべきなんだよ。でもラウリーレンの能力や魔法でヴィオに向いているものは少なくてね。ヴィオはすでに癒しの泉を覚えているから回復系の魔法は不要、攻撃魔法はヴィオはあっても使いたくないでしょうし、剣に使える精霊の爪もヴィオはすでに覚えている」


 精霊王の話を聞く限り、俺は自分が必要な魔法を覚えている様に思う。

 そもそも、俺にとっての魔法は生活魔法程度だから、ポポとの契約で得た癒しの泉でさえ俺には過剰な能力だ。


「だったら、転移の魔法は妥当なのか」


 ラウリーレンから魔法を奪う事が償いになるというなら、俺がラウリーレンから何か魔法を貰うのはそうなんだろう。

 何となく上手く誤魔化されている気がするが、精霊王の裁きの結果でもあるんだろうから納得するしかないか。


「では、ヴィオに魔法を移します」

「ああ」


 声は聞こえないものの、ラウリーレンは未だ精霊王の手の上で叫び続けている。

 手を振り回し、髪を振り乱し叫ぶのにラウリーレンは精霊王の手の上からどこにも逃げられずただ声なき声を上げ叫び続けている。

 

「ラウリーレン、その罪を己の力で償いを」


 精霊王の冷ややかな声の後、ラウリーレンから小さな光の玉が抜け俺の体へと入った。

 俺は、他の魔法を試しに使った時と同じように自分の能力を確認すると、確かに転移の魔法が俺の中にあると分かった。


「ヴィオ、魔法は移りましたね」

「ああ、俺は転移の魔法を覚えた様だ」


 俺の返事に精霊王は満足そうに頷き、ラウリーレンは精霊王の手の上で崩れ落ちる様にしゃがみ込んでしまった。

 小さな良く出来た人形の様なラウリーレンの姿は、今さらに小さくなった様に見えるのは俺の目の錯覚だろうか。

 ぽたぽたとラウリーレンの目から涙が落ちていくのは気の毒で、でも多分これは自業自得でしかない。


「あなたの罪を自分で償っただけですよ、ラウリーレン。そして償いはまだ終わっていない」


 泣くラウリーレンに精霊王は容赦ない言葉で責め続けるけれど、俺もユーナもどうすることも出来ない。

 

「ヴィオ、転移の魔法の詠唱は出来ますね」

「ああ、出来ると思う」

「では、ラウリーレンの契約者であるギルを呼んできてください。こちらに来る時はあなたでは魔法を発動出来ないでしょうから。ギルの魔法でここに戻って来て下さい。いいですか」

「分かった。ギルのいる場所を考えて発動すればいいんだな」

「そうです。ユーナはこちらに、ヴィオは初めて転移の魔法を使うのですから最初から二人は危ないでしょう」


 精霊王に手招かれ、ユーナは戸惑いながら俺から離れて精霊王の近くへと歩く。

 確かに初めて転移するのに、ユーナ付きは怖いし精霊王の近くなら安心だろう。


「使い方は問題ありませんね」


 精霊王の問いに頷いて、頭の中に転移の魔法の呪文を思い浮かべる。

 なぜか分からないけれど、ちゃんと魔法の使い方が分かる。

 精霊の爪や癒しの泉の時よりも、はっきりと俺はこの魔法が使えると分かるのは何故なんだろう。


「ユーナ行ってくる。すぐに戻るから」

「はい、気を付けて」


 不安そうなユーナに笑い掛けた後、深呼吸を一つしてから口を開く。


「……甘い花の蜜、綺麗な小石、光る苔、くるくる回る金の指輪……かの場所への道を開け精霊の門」


 これはギルが使っていた魔法と同じだ。

 魔法陣が現れてやがて何かに引っ張られる様に俺の体は、魔法陣の中に引き込まれて行った。






「ヴィオ、どうしました」

「ギル、驚かないのか?」

「いえ、十分驚いていますよ。あなたいつから転移が魔法を使える様になったんですか」


 俺が転移の魔法でギルの元に飛ぶと、冒険者ギルドの執務室でギルはラウリーレンの羽を机の上に置き眺めていた。

 俺が現れてもギルは少し眉を動かしただけで特に驚いた様子は無かったから、不思議に思って尋ねると、ギルは視線を羽へと戻してしまった。


「なんで俺がこの魔法使える様になったと思う?」

「ポポとの絆があります。ユーナだけでなくヴィオも精霊魔法を覚えてもおかしくはありません。使える使えないはあるでしょうし、必要かどうかも分かりませんが」

「……これは、ラウリーレンの魔法だ。精霊王がラウリーレンから俺に移した」


 息を深く吸い、ゆっくりと吐いてから俺はそうギルに告げた。


 愚かな精霊、馬鹿なラウリーレン。


 何度も何度もギルは俺の前でそう言って、ラウリーレンの片羽を奪い籠へと押し込めた。冷ややかな目でラウリーレンを見て籠へ押し込めたんだ。

 でも、それでもラウリーレンの羽は残していた。

 机の上には一対の羽。

 ギルが奪ったラウリーレンの羽と、ラウリーレン自身がむしり取ったもの。

 両方揃ってギルの前にある。

 俺には分からない、ギルとラウリーレンの絆がその羽の様に思えて仕方ない。


「ラウリーレンは精霊王のところにいる。俺達を騙してユーナの魔力と生命力を奪い取ろうとして、俺が捕まえたからだ」

「……そうですか、それでは自業自得ですね。では、これももういらない」

 

 そう言うとギルは羽に手を伸ばすから、俺はギルの手を掴む。


「駄目だ。ギル」

「何故止めるんですか。こんなものもう残しておく必要は無いでしょう。ラウリーレンは羽を自ら捨てたのです。それはもう生まれ変わる必要はないと宣言したのと同じです。私との約束を忘れ、いいえ約束などもうどうでもいい私から去る為に羽を捨てたのですから」


 約束とギルは言った。

 それがどんなものか俺は知らないが、今ここで羽を壊したらギルはこれから先ずっと後悔し続ける気がする。


「あるよ、残しておく意味はある。それが無くなったらラウリーレンは生まれ変われなくなるんだろ。考えてみろよ、あいつが自ら生まれ変わる機会を無くすわけないだろ、あいつはそんな奴じゃない。羽を捨て隠れた振りをして俺達を騙す機会を狙っていたんだぞ。生まれ変わりを諦めたならそんな事しないだろ」


 泣きそうに歪められたギルの顔、それを見ながら俺はギルの手を掴んだまま首を横に振る。


「ラウリーレンは罪を犯した。だが、まだお前の契約精霊だし裁きを下すのは精霊王だ。精霊王がラウリーレンに羽を不要と言うならそれに従うしかないだろうが、今はまだ駄目だ。ギル一人の考えで一時の感情で取り返しのつかない事をするなよ」

「ですが、ラウリーレンは罪を。ヴィオとユーナを害そうと」

「それは分かってる。俺だって許してはいない。だが、俺もユーナも無事だった」


 複雑だ。

 複雑な心境としか言えないが、俺は裁きを精霊王に任せると決めた。

 俺が今出来る事は、ギルを精霊王とラウリーレンの前に連れていくことだけだ。


「精霊王がお前を連れて来いってさ、ギル転移の魔法を使ってくれ。俺と一緒に精霊王のところに」


 ギルの手を離すと、ラウリーレンの羽をそっと抱きしめながらギルは転移の魔法を使ったんだ。


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