ラウリーレンへの裁き4

「だが、ラウリーレンは自分で羽をむしり取り格を落としたんだろ。ユーナの魔力を奪ったところで元に戻るだけなんじゃないのか」

「いいえ、ユーナの魔力を奪い続けられたとしたら元のラウリーレンよりも遥か上まで目指せるでしょう。ラウリーレンは精霊の中では最上位に近いところまで格を上げている。そうなると寿命もエルフ並みに伸びるし私が滅した後の王となる資格も得る」


 精霊王になる資格? ラウリーレンが狙っていたのはそれなのか?

 籠の中のラウリーレンはどこを見ているのか分からない、虚ろな目をして座り込んでいる。

 出会ったばかりのラウリーレンは、生意気で我儘でポポを騙しユーナの魔力を得ようとしていた。

 だが、どこか憎めないところもあった。

 ギルに従い、ギルを大事にしている様に見えたからかもしれない。

 だが今のラウリーレンはどうだろう。

 迷宮の中で出会ったラウリーレンは正気を失った様に、ユーナの魔力を欲してユーナを害そうとすら見えた。

 ただユーナの魔力を欲するだけの魔物と同じ、そこに理性等はなく契約者のギルの存在すら忘れてただ自分の欲の為だけに動いている様に見えたんだ。


「もっとも資格を得たところで、私の寿命もまだまだ尽きない。人どころかエルフでさえ永遠の先にあるのが私の死です。私の後釜を狙うのであれば神殺しをする気持ちで私に挑むしかないですけれどね」

「神殺し」

「もしヴィオがこの立場を望むのなら、いつでも相手になってあげよう」


 精霊王と戦う。

 ごくりと唾を飲み込む。

 誰も戦った事がないだろう相手と、戦える? 勝ち負けは兎も角それは胸を借りるという意味でやってみたい。


「駄目ですよ。ヴィオさん」


 くいっとユーナに袖を引っ張られて我に返る。

 俺、今何考えてた。駄目だろ精霊王と戦いたいなんて、強い相手と戦いたいと望むのは剣士なら誰でもそうかもしれないが、相手は精霊王だ。

 神殺しという、この世で最も過酷な戦いと言われるそれを決心して挑まないといけない相手に俺が敵うわけがない。

 というより、誰も彼も戦う相手と考えるのはさすがに馬鹿だ。

 それにしても、ユーナはなぜ俺を止めたんだろう。まさか、俺の考えている事を察したのか?


「ん? ヴィオは精霊王の立場を望むのかな」

「いや、それはない。自分の能力よりも過ぎた立場を望む理由が無いし、あなたと敵対する気持ちもない。ただ」

「ただ?」


 面白そうな顔で精霊王は俺を見て、次に俺の袖を引いたままのユーナに視線を移す。

 この人は俺の考え何てすでに分かっている様に見える。

 人としては三十歳の俺はオッサンで人生を折り返している様な年齢だが、精霊王の前ではまだ子供でしかないのだと、そう思われている様な目で見られている気がするんだ。


「どんなに強い人間よりも、エルフよりも、魔物よりも強いであろうあなたと戦ってみたいと、無謀にも考えてしまっただけです」


 馬鹿正直に俺は精霊王に告げてしまう。

 幼い子供が親に自分の悪戯を懺悔する様に、俺は自分の愚かな考えを懺悔する。

 遥かに格上の存在、それこそ神に等しい相手と戦いたいなんて自分の力がどの程度か把握できていないと吐露するようなものだ。


「ヴィオが私と戦いたい。それはただの興味から? 精霊王の立場が欲しいわけではなくただ戦いたいと」

「ただの人でしかない。魔物を狩ることしか知らない俺が望むには過ぎたものだと、いくら愚かな人族の俺にだってその位分かっている」


 望むのは戦う力だ。

 力が欲しい、どんな魔物も狩れる力。

 加齢で衰えを感じていても、エルフならたった三十年と笑う時間でも、人族の俺には重すぎる時間だ。

 俺はいつまで剣を握って、いつまで魔物を狩れるんだ。

 肉体が滅び土に還る前に、剣を振れなくなったら俺の命はそこで尽きてしまう気がする。

 剣士でなくなった俺は生きていく意味があるのか、迷宮に入れなくなって魔物も狩れなくなってそれでも俺は生きていく意味があるのか。

 俺に力があれば、もっともっと戦う力があればこの不安は消えるんだろうか。

 分からないけれど、不安だからこそ強いものと戦いたい。

 俺はまだ戦えると、戦いの中にいられると感じたいんだ。


「ただ戦いだけ? 精霊王と戦い等面白いことを言うのだな、ヴィオは」

「それは、トレントキングにも言われた」


 強いものと戦える事が嬉しいなんて、ギルに笑われても仕方ない。


「そうか、トレントキングがそういえば実を渡していたね。ではこの愚かな精霊の犯した罪の贖罪の一つとして約束しよう。ヴィオがこれから先千体のトレントキングを狩れたら精霊王がヴィオの相手をしよう」

「え、千体のトレントキングを狩る?」

「おや、足りないかな。では三千体にしようか」

「え、三千、あのそれだけ狩れば本当に?」


 これは喜んでいいのか、三千体って現実に狩れる数字とは思えない。


「ヴィオさん、何喜んでるんですか三千ってそんなにトレントキングと戦うつもりですか? まさか、魔物寄せの香使いませんよね?」

「ユーナ」


 ユーナが泣きそうな顔でぎゅうぎゅうと俺の腕にしがみ付く。


「駄目ですよ。三千なんて、そんな無謀なことしないで」

「無謀、無謀かもしれないが、やるだけの価値はある」


 でも一度狩れたんだから、狩れないことは無いと思うんだよ。

 トレントキングがその数だけ付き合ってくれるかどうかの方が問題だ。

 あと、トレントキングが呼べる場所に俺がすぐに来られないって問題もあるか。


「ヴィオさん、そんな嬉しそうな顔して。トレントキングですよ、分かってますか。あの時苦戦してたの、さすがの私にだって分かりますよ。あんなのを何度もなんて」

「あれはトレントを狩り過ぎて疲れていたからな。それに一度トレントキングを一人で狩ったんだから、もう対策は出来る」

「対策出来るって、そんな」


 ユーナは手を離したら俺がすぐにでもトレントキングを呼びかねないとでも言う様に、俺の腕にしがみ付いたまま離れようとしない。

 そんなに必死な顔で心配されると、馬鹿だと思うがただただ嬉しい。

 困った、俺の思考がどんどん馬鹿になっていく。


「ふふふ。人族は面白い」

「え、あ、申し訳ありません。私」


 笑う精霊王にユーナは慌てて手を離す。

 ユーナの温もりがさって、ちょっと残念だなと思いながら俺は真面目な顔で頭を下げた。


「もしも、本当に三千体のトレントキングを狩れたら、その時はどうか俺と手合わせをお願いします。何年かかろうと必ず三千体のトレントキングを狩ってみせます」

「ああ、楽しみにしている。人の一年は長いが私には一瞬と同じいくらでも待つよ」


 一瞬、一年が一瞬か。

 苦い気持ちで俺は顔を上げ、もう一度深く頭を下げた。


「さあて、余談はこの位にして当事者を呼ばなければ。ヴィオ、君にラウリーレンの転移の魔法を譲渡するからギルを呼んできてくれないか」

「転移の魔法、ラウリーレンの?」

「そう、ラウリーレン、おいで」


 精霊王は右手の平を上に向けると、そこにラウリーレンの入った籠が移動した。

 精霊王のこれは魔法なんだろうか、手を動かしただけでこんな事人族のどんな魔法使いですら出来ないと思うんだが。


「ラウリーレン、お前から転移の魔法を奪いヴィオに与える」


 籠が消え、精霊王の手の上にラウリーレンが現れた。

 羽の無いラウリーレンは、精霊王のその言葉にハッとして叫び出す。


「や、嫌よ。ラウリーレンの魔法を奪わないで、ラウリーレンの力を奪わないで」

「精霊王、俺に魔法なんて、それにただ魔法を与えると言われても」

「嫌よ止めて、ラウリーレンの力を奪わないで、ラウリーレンの力、大事な大事な力を奪わないで!!」

「ラウリーレン黙りなさい」


 ラウリーレンは無き叫んでいるというのに、精霊王の一言でその声は俺達に聞こえなくなる。


「俺に魔法、でも俺は」


 ポポと契約して使える様になった魔法はある。

 それは、自分の力で得たものじゃないが、ポポとの契約という理由があったから素直に受け入れられた。

 だが、これは意味が違う。

 ラウリーレンからの迷惑というのであれば、今の精霊王からの約束だけで俺には十分過ぎる償いだ。

 そもそもその償いでさえ、本当は俺には過分なものだ。

 実際怖い思いをしたのはユーナで、狙われたのもユーナなんだから。


「ヴィオは魔力はあまり無いが、精霊の魔法は魔素を力に使うことは出来る。つまりヴィオでも迷宮の中でならこの能力を使えるよ」

「そうではなく、俺が貰う理由がない」

「理由はある。ヴィオは気が付いていなかったみたいだけれど、ラウリーレンがもしもユーナの魔力を奪うことが成功していたとしたら、ヴィオからは同じ様に生命力を奪える様になる。なぜならヴィオはポポの契約者の一人だからね。ポポとの契約を反故にして魔力を奪える様になったラウリーレンは、同じ契約者であるヴィオからも奪える様になるんだよ。だからラウリーレンはヴィオにも償いをするべきなんだ」


 それは考えていなかった。

 ユーナの魔力だけを狙っていたと思っていたから、俺はユーナを守ればいいんだと思い込んでいたんだ。

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