動き出せ8 (ニック視点)
「ポール達やっぱりこっちに来たのかな、どうする聞いてみるか?」
とぼとぼのろのろ、ジョンと二人北門まで歩いて来てもポール達の姿はどこにも見えない。
ゆっくり歩き過ぎたせいでもう日が落ちて、北門と門番の詰め所の辺りには篝火が灯されていたし、屋台は店じまいの準備を始めている。
この辺りは外の依頼を受ける以外は夕方以降来ることは殆ど無い、屋台以外の飲食出来る店が殆どないからなんだけど、こうしてみると夕方以降は寂しい場所だなと思う。
「おや、今日は珍しいのが続くな」
考えながら北門に近づくと、顔見知りの門番が俺達を見てぶつぶつと何かを呟いていた。
「よお、ニックにジョン。まさかこれから依頼か」
何やら考え込んでいる様子の門番の隣に立っていたもう一人の門番が、俺達に声を掛けてきた。
「いいや、あのさこっちにポール達が来なかったか」
「ああ、ポールとドニーならさっき二人でここを出て行ったが、やっぱりあいつら何かあったのか」
「何かって」
門番の問いに俺達は顔を見合わせ、ちょっとだけ焦る。
門番が気になる程二人は険悪だったとか、そういうことなんだろうか。
「何かあったというか、二人がすごい勢いでこっちの方に走っていくのが見えたから気になって追いかけて来たんだよ」
「ああ、そうだよな。二人して争う様に出て行ったから気になってたんだ」
「まあ、ポールもドニーも若いがしっかりしてるから大丈夫だとは思うがなあ。頼むから俺達に縄使わせないでくれよ」
争う様にという門番の言葉に、俺とジャックは慌てて門を出た。
まさか、決闘とかしてるんじゃないだろうな。
ポールは普段誰かに喧嘩を売るなんてことする奴じゃないけど、ドニーに対してだけは常に喧嘩腰というか縄張り争いする野良猫みたいに威嚇しまくっている。
「ニック、どうしよう。リナ呼んで来た方がいいんじゃ」
「呼びに行ってる間になんかあったらどうすんだよ。俺達で何とかするしかないよ、急ごう」
俺とジャンでポールを止められる自信は皆無だけど、リナを呼んでくる余裕は多分無いだろう。
のろのろ歩いて来た自分が恨めしい。
何やってたんだ俺。
「ポール達どこに……」
門のすぐ近くで決闘なんかしたら、凄く目立つし門番達も止めるだろう。
きょろきょろと辺りを見渡し、声がしないかと耳を澄ます。
「あ、いたっ!」
門からだいぶ離れた場所に、二人の姿が小さく見えた。なんとなく声が聞こえる程度の距離だから、あれなら門番達も気が付かないだろうって場所だ。
様子がおかしいと思われる程なのに、それだけの理性が残ってたのかとちょっと安心したのもつかの間よくよく二人を見てぎょっとした。
あれ、剣使ってないか?
うわっ、剣使ってるなんてもんじゃない、あれ戦ってるよ!
「ジャン、行くぞっ!」
「え、あ、うんっ」
門番を呼んだ方がと一瞬躊躇った後、考えを振り切って走り始める。
冒険者同士の争いは禁止されている。
武器や攻撃魔法を得意とする者達が本気で争ったら、互いに無事では済まないから当然の話だし、殺す気でやったら冗談抜きで相手は死んでしまう。
武器無しの喧嘩ならともかく、あれはまずいだろ。
「うるさいっ。お前がヴィオさんの何を知ってるって言うんだ!」
「確かに俺はヴィオさんとの付き合いは短いがなっ、拗ねていじけてるお前よりはヴィオさんの気持ち理解してんだよっ!」
凄い勢いで剣を振り回している二人は、とても剣を使っている状態だとは思えない位大声で怒鳴り合っている。
怒鳴り合ってるのに会話出来てるとか、何なんだ。
一体何が理由で喧嘩してるんだ、この二人。
近づきたくない、こんなのに巻き込まれたくない。
そういう思いはあるけれど、これ門番に見つかったら間違いなく捕まる。
とても剣の鍛錬とか誤魔化せなさそうな雰囲気で、殺す為に戦ってる様にしか見えないんだ。
「ポール止められる? 俺達二人で?」
「無理かもなあ」
走りながら途方に暮れるという器用な事を俺達はしながら、それでも一生懸命に走りやっとポール達に近づけた。
これだけ距離があれば、門番達も気にはしないかもしれない。
というか、気になっても無視して欲しい。
二人の様子が変だと思いながら見逃してくれてたんだから大丈夫だとは思うけれど、門番達に捕まって牢に入れられたら、下手すると暫く迷宮攻略禁止の罰則が科せられるかもしれないし、もっと重い罰になるかもしれない。
「無理って、でもあれ門番に見つかったらヤバイから、何とか止めないと」
「そうだな。どうしよう……」
声を掛けようにもすぐ近くまで来てるのに、俺達に気が付いていない二人はちょっとでも気を抜けば大怪我に発展しそうな勢いで打ち合っているから、簡単に声なんて掛けられない。
二人の動きを一度に止められればいいんだが、そんな上手い方法なんて……そうだ。
「ジャン、弱い水魔法とか二人の真ん中辺りに打ち込めないか」
「え、水、ええとちょっと位なら怪我しても大丈夫かな。ニック回復薬用意して」
ジャンは少し考えた後、使える魔法を思いついたのか俺に指示をしてきた。
「煩いっ、お前になんて俺の気持ち分かんねえよっ!」
「分かってたまるか、ばーかっ!」
馬鹿だアホだと子供の喧嘩の様に罵り合いながら、それでもやってるのは大剣を振り回しての決闘なんだから、こんなの見つかったら本当にヤバイ。
だけどジャンは俺の焦りには気が付かない様子で、俺がマジックバッグから回復薬を二つ取り出し準備すると「ええと、詠唱短縮出来るかな。水球、あ、出来た!」と呑気に水魔法を発動させたんだ。
「うわっ。な、なんだ」
「え、何?」
魔力操作が完璧だったのか、それとも魔力が弱すぎたのかジャンが放った水球は、二人の剣先をポンッと弾いただけで消えてしまった。
驚かすには十分だけど、これ攻撃ではない感じがするな。
「お前らこんなとこで何やってんだ、門番に捕まって罰則喰らいたいのか」
冒険者への罰則は、一般人よりもこういう場合重いんだ。ただの喧嘩でも冒険者の場合は大事になる可能性が高いからだ。
だから罰を喰らったら罰則対象の本人だけでなく、下手するとパーティーの仲間もまとめて降格処分なんて可能性もある。
「罰則なんて」
「模擬剣なら兎も角、お前らのその剣で打ち合ってて剣の鍛錬なんて言い訳出来ないって分かるだろ。そんな大声まで上げてさあ。お前ら剣を使いたいんなら、ギルドの鍛錬場使えよっ! 罰則受けたら降格処分されるかもしれないんだぞ、迷宮に入れなくなるぞっ!」
腹立ち紛れに怒鳴ると、ドニーは「悪かったよ」と口にしたけれど、ポールは不貞腐れて座り込むだけだった。
「ポール」
「俺は悪くない、こいつが突っかかってきたんだから」
「ポールッ!」
剣を鞘にしまうことすらせずに放り出し、ポールは両腕を広げ地面に仰向けに倒れ込む。
「お前、本当餓鬼だな」
「……」
「あーぁ、こんなのと一緒に捕まったら損するだけだな。ニック、ジャンお前らポール放り出していっそ俺達のところに皆で来ないか」
不貞腐れたポールは、ドニーの挑発にはのらずにただ黙って空を見ている。
日が落ちて星が出始めた空、最近は気温も下がってきたから地面に触れた部分は冷えるだろうに、そんなのお構いなしだ。
「俺達は五人でやっていくって決めてるんだ」
俺達だけで森林の迷宮を攻略して、強くなったとヴィオさんに認めてもらうんだ。
「ポールがこんなんでもか、義理堅いな」
「そういうんじゃない」
俺はそう返事をするけれど、ポールの反応はないしジャンは黙ってポールを見ているだけ。
「ヴィオさんは、こんなポールなんかに期待してるって言ってたけどさあ。それ間違いなんじゃねえのか」
「期待してる?」
ため息をつきながらポールを見下ろしているドニーは、いつものポールに突っかかってくる奴と同じには見えない。
俺達よりドニーはだいぶ年下の筈だけど、何だか逆に見えてしまう。
「ポールは凄い才能があるんだって何度聞かされたか分からねえ。ヴィオさんは俺に、お前は俺なんかじゃなくポールを目指せよって、ポールの事も俺の事も期待してるんだからって」
「ヴィオさんが……」
ヴィオさんなら、言いそうだと思う。
ヴィオさんにはまだ敵わないものの、ポールの剣の腕は確かだ。
この町の冒険者の中なら、五本はまだむりでと十本の指には確実に入るだろう。
それを言えばドニーの剣はまだまだだ。勢いはあるけど、ポールの方が上だ。
まあ、俺達が苦戦する守りの魔物をドニーは一人で狩れるんだけど、あれはまあ、うんちょっと今は考えないでおこう。
「俺はヴィオさんを尊敬してるし、勝手に剣の師匠だと思ってる。だがいくらヴィオさんがお前を凄いって言ってたとしても、お前みたいな情けない奴目標になんか出来ねえよ。俺は先に行く、絶対に森林の迷宮をお前より先に攻略してやる。お前は仲間に甘やかされてそうやってずっと立ち止まってればいい」
それだけを言うと、ドニーは俺とジャンに片手を上げて去って行った。
「ポール」
俺達がしてるのは甘やかしなんだろうか。
拗ねて落ち込んだままのポールを見守るだけじゃ、いけないんだろうか。
「俺達はお前を信じてるから」
ドニーの言葉に動揺していた俺を横に、ジャンはポールの横腹をコツンと蹴ると「お前はヴィオさんが決めたパーティーのリーダーだからな」と言い切った。
「リーダー、そうだよポール、ヴィオさんはポールに期待して、だから」
「だから、何なんだよ」
励ましたい。
落ち込んだままじゃ駄目だと、力付けたい。
だけど、俺達の気持ちはポールには届かなかったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。