動きだせ6(ニック視点)
「なあ、なんか喧嘩してないか。あれ」
「そんな感じするよな。っていうか、足はえぇよ。なんだよあれ走ってんのか」
ポールとドニーが一緒にいるのがおかしいのに、町中を速足歩いているっていうよりむしろもう走っている。
二人とも背が高い上に重い鎧を身に着けている、そんな二人が町中を走っていたら それだけでも目立つというのに、離れている俺達にも怒鳴ってる様な声が聞こえてくるんだから注目をあびまくっている。何やってんだあの二人。
「やっぱ町の外行くみたいだ、もうすぐ日が暮れるってのに」
「北門からどこに行くつもりだ」
北門周辺は見晴らしがいい草原があるだけだ。
隣町から来た馬車や人が町の中に入る為の順番待ちをするためだけの場所で、夕方を過ぎればあまり門の外を歩く者はいなくなる。
そんな場所に二人は何の用があるっていうんだろう。
「二人で何か依頼とか」
「こんな時間に? しかもあの二人が?」
そんなのあり得ない。
冒険者の昇級条件には勿論ギルドの依頼を一定数受けるというのがあるから、何か依頼を受けたと言う可能性が全くないわけじゃないけど、そうだとしてもあの二人が一緒に依頼を受けるなんてあるわけない。
この間、迷宮でドニーが俺達に苦言した一件を抜きにしてもあの二人は仲が悪いんだから。
「俺達も走るか」
「あれ見て放っておけないよな。仕方ない走るか」
大盾や杖はマジックバッグに仕舞い、仕方なく走りだす。
暫く走るけれど、ポール達はどんどん先に行ってしまいおいつけない。
「ニック、早いっ」
「大丈夫か、俺先に行って見てこようか」
「大丈夫だけど、ニック走るの早くなってないか」
ポール達を見失いそうだから急ぎたいのに、ジョンが音を上げた。
「そうかな」
そうかな、なんて言いながら俺には自覚があった。
ヴィオさんがいなくなり、ドニーに自分達の不甲斐なさを自覚させられたあの後、俺は毎朝リナと朝の鍛錬を開始したからだ。
リナと共に走り、リナがやっていた怪しい運動(リナはラジオ体操というんだと教えてくれたけれど、ラジオってどういう意味なのか分からない)を一緒にやってから素振りをする。
最初は早起きが辛くて、走る意味とはとかこの運動何の為にと眠い頭で考えながらやっていたけれど、朝早く起きる為に夜だらだらと飲み続けるのを止めて早めに寝る様になったら、それだけで体調が良くなったし、毎朝の鍛錬のお陰で多分体力も今までより付いてきた。
ヴィオさんてお酒飲まない人だったんだけど、それお酒が苦手なんじゃなく飲んだ次の日動きが鈍くなるのが嫌から飲まなかったんだとリナに教えられて、驚き以上に何で教えてくれなかったんだろうという気持ちになった。
ヴィオさんは、飲めないんじゃなく飲まない理由があるなんて思わなかったんだよ。
だって、良いもの食べて酒を飲むのって稼いでる冒険者って感じするし、そういうのも含めて大人だなって思ってたところもある。
俺やポールなんか、肉しか食わないってよくリナに怒られるけれど、ヴィオさんは野菜も沢山食べてたし、拠点に居る時は早寝早起きで何ていうかちょっと年寄りっぽいなって密かに思ってた。
ヴィオさん俺達と歳が離れているから、やっぱり違うのかなあって。
それが全部体のために意識してやってたなんて分かるわけないよ。
「なんか、ニック変わった感じがする」
「変わった?」
「うん、もしかしてリナと何かあった?」
「リナと、どういう意味だよ」
ジョンは何が言いたいんだ?
「だって、最近朝早く二人で出掛けてるだろ」
「え、気が付いてたのか」
「ポールがね、それで俺に聞いてきた」
ポール、俺と同じくらい朝が弱かったくせに、いつ気がついたんだよ。
「朝早く二人で何してんだろって、物凄く気にしてた」
「はあ、馬鹿らしい」
ジャンの話に気がそれで立ち止まる。
気にしてたなら、俺みたいに後をつけたら良かったし、そうじゃないなら俺に聞けばいいのにあいつ何なんだ。
「ニック?」
「鍛錬だよ、リナがずっとヴィオさんとしてたんだって、ヴィオさんが居なくなっても一人でリナは町の外を走って素振りしてた。だから今は俺もしてる。早起きしなきゃいけないから、ダラダラ酒飲むのも止めたし早く寝るようにもなったんだよ」
ため息付きつつ話す。
ポールもジョンも気にしていたのに聞かずにいたのかと思うと、なんかガックリくる。
「朝の鍛錬したからって強くなれるわけじゃないとは思うけどな。今度はさぼらないって決めたんだ」
「え、それって、え? だからリナってあんなに動けるのか」
俺の決心よりジョンの関心はリナらしい。
まあ、一緒に迷宮に入るようになって俺達皆リナの動きに驚いたもんな。
正直な話、ギルドの依頼だけ受けて後は家事をしてくれてたリナが、迷宮で一日動き回っても大丈夫だとは思ってなかった。
荷物はマジックバッグがあるから重いものなんてないけど、魔物を狩りながら迷宮の中を動き回るのは慣れないと物凄く疲れるんだ。
魔素が濃いせいで独特の疲れ方をするんだけど、リナは疲れたともゆっくり歩いてとも言わず俺達に遅れることなく動けたんだ。
「知ってるか、リナは単独でオーク狩れるんだぞ。しかも短剣で」
「嘘だろ」
「本当。外の奴だけどさ、でも驚くだろ」
「うん」
ジョンはビックリしすぎて、ポールを追う気力なんかすっかり無くなったみたいだ。
「リナが、オークを狩るのか」
「そうだよ。俺はリナは弱いって決めつけてたけど気持ちは、多分俺達の誰よりも強いんだと思うよ」
「そうなのかも。でもニック言ってくれても良くないか、鍛錬始めたなら始めたってさ」
「言えるかそんなの。何ていうんだよ、強くなりたいから朝の鍛錬を始めたって。そんなの恥ずかしくて言えるか」
言わばこれは、俺の恥。
昔サボって、それをリナに指摘されて悔しくて、リナにまで置いていかれる気がして再開した。それだけ。
だけど、始めたらなんか楽しくて、家でダラダラしてるよりよっぽど良いって思うんだ。
「なんだよ、なんで言えないんだよ」
「恥ずかしいからだよ。覚えてるか分からないが、俺達昔は皆でヴィオさんに朝、剣の指導してもらってたよな」
「え、あ、うん」
「だけど俺は昔から朝が弱くて、段々面倒になってやらなくなった。お前らもそうだろ」
「……うん」
それはジョンも覚えてたんだろう。
最初にサボった日、ヴィオさんに叱られるかとビクビクしてた。
ヴィオさんは何も言わなくて、リナは何か言いたげに俺を見ていた。
次の日はちゃんと起きた、その次の日も。だけど前日の迷宮攻略が大変だったとか、寝るのが遅かったからとか理由をつけてサボり始めたんだ。
それでもヴィオさんは何も言わなくて、だから俺は完全に止めてしまったんだ。
「あの時、ヴィオさんは俺達がサボり始めても何も言わなかった。それを気にしたリナが聞いたら俺達はもう大人だからって強制はしないんだって、そうヴィオさんは言ってたらしい。不要なのも必要なのも自分でもう決められるからって」
そんなの、俺は考えてなかった。
面倒で、ただ怠けたくて、それだけ。
「リナにそれを教えられて、恥ずかしかった」
「ニック」
「朝の鍛錬を続けたら強くなれるのか、そんなの分からないよ。でも、俺はそれが分からないから止めたんじゃなく、サボりたくて止めてしまっただけなんだ。何も考えず面倒で止めてしまっただけなんだよ」
迷宮に入って攻略を頑張ればいいんだと、いつの間にか思うようになった。
事前に調べるのも、ヴィオさんが何でも知ってるからって甘えていて。
何か足りないと焦りながら、でも自分を変えようなんて努力は何もしていなかった。
あの日、あの朝、リナに思い知らされたんだよ、俺は馬鹿だったって。
「ヴィオさんが居なくなってから気が付いて、もう一度鍛錬を始めたって、そんなの胸張って言ったり出来ないよ。過去の自分は馬鹿だったけどこれから頑張るんだなんて、言えるわけないよ」
自嘲気味に言う俺の告白に、ジョンはただ黙っているだけだったんだ。
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ギフトありがとうございます。
急に涼しくなったと思ったら、体調崩しました。
皆様も季節の変わり目ご自愛下さいませ。
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