動き出せ5(ニック視点)
「まあ、私の精霊は闇魔法が得意だから間違ってはおらんな」
闇魔法が得意な精霊なのか、というかエルフって本当に精霊と契約しているんだ。
魔法の話よりも、エルフの店主が話す精霊の存在の方が気になる。
精霊ってエルフ以外にはおとぎ話的な存在でしかないし、実際に精霊なんて見たことないから俺には神様も精霊も同じような感覚でしかない。
神様は存在するらしい、神殿の神子と言われる人は神様と話が出来ると聞くし王都の大神殿には神子と同じように神様と話が出来る神官もいると聞く。
だけど俺は神様も見たこと無いし、勿論は無しも出来ない。
精霊の国とか精霊とか、子供の頃は孤児院の先生に『悪戯ばかりしていると精霊に連れ去られてしまうよ。精霊の国に行った子供は二度と帰って来られないのよ』と脅されたものだけど、実際にあるらしいと知ったのは冒険者になってからだもんなあ。
「どうしたんじゃ?」
「精霊、本当にいるだなって思って。あ、すみません。失礼でした」
俺が考えなしに口にした言葉で、店主の眉がぴくりと動いて慌てて謝る。
実際精霊と契約している人にこんな事言ったら、疑ってるって言ってるのと同じだよな。それって凄く失礼だ。
「まあ、人は精霊が見えないんじゃからそう思うのも当然じゃろうな。そう怒るなお前らが隠れているから、見えない者にすぐに信じろと言っても無理なんじゃよ」
店主は斜め上の方を見ながら何かに話しかけている。
「精霊と話してんのかな」
「多分。精霊さんごめんなさい。魔法くれた方に俺達失礼でした」
なぜかジョンは、俺達と言いながら見えない何かに謝っている。
だから俺も、店主が見ている方を向いて「失礼な事言ってすみませんでした」と頭を下げたんだ。
精霊の好意でジョンに魔法を与えてくれたのに、俺の言い方は失礼過ぎた。
「ふふふ。そんなに謝らんでもいいんじゃよ。見えないものを信じろという方が無理なんじゃから。それにその魔法はこやつが善意で与えたものでは無いからの」
店主は可笑しそうにそう言うと、ジョンと俺はまた首を傾げる。
精霊がジョンに魔法をくれたのが善意じゃなければ何なんだ。
だって、珍しい魔法をくれたんだろ?
「お前さんが水の魔法が苦手だと理解して、精霊はわざと難しい水の魔法をお前さんに与えたんじゃよ。さっき説明した通り上級の魔導書を開くには水属性の場合七つの中級魔法の熟練度を最高まで上げなければならんし、覚えている中級の水属性魔法もある程度まで熟練度を上げなければならんのじゃよ。つまり、今精霊が与えた魔法の熟練度も上げなければならないということじゃ」
俺達の戸惑っている顔に気がついた店主は、気の毒そうにそう説明してくれたけど、それってつまりジャンが大変ってことなのか?
「あっ」
「あの魔法は発動に魔力をかなり使うが、魔物から魔力を奪い自分のものに出来るんじゃ。でも使いこなせぬ内は失敗するのも多い。特にお前さんは水が苦手なんじゃろ?」
それは確かに善意からじゃないのかもしれないぞ、つまり、なんだ? 精霊は本気で上級魔法を覚えたいと思っているジャンを面白がって魔法をくれたのか。
それって迷惑……いや、考え方変えたらジャンが修行出来る様に力を貸してくれたんだ。
だって、上級魔法って物凄く魔力使いそうだし魔力回復薬だけじゃ足りないかもしれないもんな。
魔物から魔力吸い取れるなら助かるんじゃないかな、うん、そう考えよう。
「なあ、ジャン」
気休めにもならなそうな俺の考えを言おうとしたら、ジャンはすっごい真剣な顔で精霊がいるらしい場所を見ていた。
「ジャン?」
「お、俺頑張って使いこなせる様になります」
「だが、苦手なんじゃろう。大変じゃぞ」
「詠唱短縮も覚えらただけでありがたいのに、新しい魔法まで貰えたんですから、感謝以外の言葉なんて思いつかないですよ。俺、水属性本当に苦手なんですけど、俺達森林の迷宮が最後じゃないですから、上級迷宮目指してる魔法使いが苦手な属性があるなんて泣き言は言ってらんないです。だから精霊さん、ありがとう!」
ジャン、お前凄いよ。
俺なんて、本当は迷惑だったかもなんてこっそり思ってたのに。
そうだよな、俺達はこの町の迷宮で終わりじゃないもんな。
俺達は森林の迷宮を攻略して上級冒険者になるんだ、そしてすべての冒険者の憧れと言ってもいい場所、上級迷宮の最難関天空の迷宮を攻略するんだ。
その時はヴィオさんも一緒だ。
ヴィオさんが今どごにいるのかすら俺達は分からないけど、絶対にヴィオさんも一緒に天空の迷宮を攻略するんだ。
そうだよ、俺だって強くなる。
俺達パーティーは、俺達のパーティーはやぶさは強くなるんだ。
「ふおっふぉっふぉっ! 頼もしいじゃあないか。エルフとして長い年月生きてきたが、人族の若者は良いもんじゃ、夢がある」
店主は何度も大きく頷きながら、嬉しそうに手を叩く。
「精霊が契約者でもない人族に魔法を与えるのは珍しいんじゃよ。魔導書になることもない魔法じゃから使いこなせる様になるのは大変じゃがその心意気を忘れずに頑張るんじゃ」
「はい」
「火の上級魔導書が開けたという報告、待っておるからの」
「胸張って報告できるように頑張りますっ」
リナの言うところの、ガッツポーズというものをしながらジャンは店主に約束している。
胸の辺りで両手を握りこぶしにして気合を入れるのは、リナの癖でいつの間にかジャンもそれが感染ってしまった。
なんか気合の入り方が違うらしいけど、リナは一体誰に教えられたんだろう。
俺達に馴染みがない言動が、たまにあるんだよなあ。
「うわああっ、上級魔導書だよ。ニックどうしよう」
浮かれているのか落ち込んでいるのか、それとも焦っているのか分からない感じで、ジャンはさっきから同じ言葉を繰り返してる。
店を出てからのジャンは、なんだかおかしくなっている。
これはそうだ、落ち込んでるんじゃないな舞い上がってるんだ。
「頑張れよ、すげえ難しい目標が出来ちまったけど頑張るしかないよ」
「だよな、だよな。くううう、金貨五十枚の重みだよなあ」
ジャンは浮かれてるから忘れてるのかもしれないが、金貨三百枚の詠唱短縮という方が重いと思う。
何せ、これでトリアだけが詠唱短縮出来ないことになるんだ。
しかももう魔導書は無い。
店主がエルフの秘密だと言っていたものの一つとして、ジャンが頑張ると叫んだ後教えて貰えたけれど、トレントキングの幹の表皮がエルフの魔導書師が上級魔導書を作るためには必要なんだって。
それってトレントキングの幻の素材と言われてる奴だ。
そりゃ高いはずだよ。
そして、インクは赤龍と青龍の血を混ぜたものを使うらしい。この二つがあれば後の素材は簡単に集まるらしい。
この二つがあればって、難易度高すぎな素材なんだけどさ。
インクはまだ在庫があるから、トレントキングの素材を俺達がもし手に入れたら何でも好きな魔法の魔導書を作ってくれると約束してくれたんだけど、手に入ることなんてあるんだろうか。
「早く帰ってリナに報告して、これはギルドの保管庫に預けたほうがいいかな」
「そうだなあ、もし無くしたら次いつ手に入るか分からないもんな」
マジックバッグは各々持ってるけど、万が一ってこともある。
「そうと決まれば急いで帰る……え、ポールとドニー?」
「えっどこに、あ、本当だ」
遠くに見えた意外な組み合わせの二人に、驚いて立ち止まる。
後ろ姿だけど、見間違える筈がない二人は北門の方に向って歩いている?
「二人で依頼とか? ありえないよな」
「ないよ、あるわけない」
「まさか決闘とか?」
「まさかっ、お、追いかけよう!」
早足で歩く二人を、俺達は追い掛け始めたんだ。
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