動き出せ4(ニック視点)

「ジョン! お、お前そんな簡単にいいのかよ。魔導書師が作った本だって安くないんだろ。ただでも貰うなんてそんなの」


 あっさりと魔導書を使ってしまったジャンに驚き、俺は大声を上げた。

 だけどジャンはあっさりとしたもんで、焦ってるのは俺みたいだ。


「物凄く高くても買うんだから同じだよ。ニックには俺が馬鹿な事しでかしたように見えるかもしれないけどさ、俺にとっては詠唱短縮は大事なんだよ。詠唱短縮の魔導書は下級中級じゃ見つからないし、上級でもめったに出ない。どんな条件を満たせば覚えられるか分からないものなんだ。詠唱短縮できる奴だってそりゃいるけど、何でできる様になったのか分からないって奴ばかりなんだから。リナは詠唱短縮も無詠唱なんてとんでもない事出来るけどさ、それだって出来る理由が分からないって言っていただろ。それ考えたら俺なんていつ覚えられるか分からないんだぞ。俺は強くなりたんだよ。絶対に強くなるんだよ! こんな機会二度とないかもしれない絶対に逃せないよ」


 そんなに貴重なのか? え、そんな貴重な奴をこの店主はジャックにくれようとしたのか。

 それってどうして。

 笑いながら俺達を見ている店主を盗み見る。

 騙されてるんじゃないよな、何かこの店主が企んでてジャックに変な魔法を覚えさせたとかじゃないよな。


「ジャック、詠唱短縮出来そうなのか。すぐに使えそうなのか」

「え、どうだろ。使えそうな気がするけど」

「お前さんは攻撃魔法以外は生活魔法だけしか覚えておらんのかの」

「ええと、初級の回復魔法は一つだけ覚えてます。他は何も俺補助魔法の類は適性が無いみたいで」


 そう言いながら、ジャックは腰のベルトにつけている解体用のナイフを取り出すと躊躇いなく指先を傷つけた。


「おい、何をやって」

「……詠唱短縮の成功のコツは魔法が上手く出来た状態を頭の中に思い浮かべることじゃよ。慣れればそんな事せんでも使える様になるんじゃが最初はそうした方が良いと言われておる」

「想像。傷が治る『癒し』出来た!」


 びっくりの一言だ。

 詠唱短縮ってこんななんだ。

 ジョンの指先が治っていくのを俺は目を見開いて、睨みつける様に見ていた。

 驚き過ぎて声が出ない、これはジョンが欲しがるはずだ。

 トリアとジョンを比べると、ジョンの詠唱はだいぶ遅くてたまに魔物からの攻撃から逃げようとして、詠唱が中断して魔法が発動出来ないなんてこともある。

 だが、攻撃魔法も今の回復魔法みたいに詠唱短縮で発動出来たら魔物を狩るのが楽になるなんてもんじゃない。


「上手く出来た様じゃな」

「ありがとうございます。出来ました、俺詠唱短縮出来ました」

「無詠唱を覚える条件は、詠唱短縮の熟練度を最高にすることじゃよ」

「え」

「無詠唱も覚えたいじゃろ。どんな乱暴に詠唱短縮で魔法を発動しても失敗なく出来る、それこそ杖さえ不要な程にそれが出来る様になる頃には無詠唱も覚えられるじゃろうて」


 杖、確かに今ジョンは杖を使っていた。

 あれ、リナも杖使ってるぞ。一回覚えたら杖があってもなくても違いがないのか?

 魔法って奥が深すぎて分からない。


「火の上級魔導書の分、金貨五十枚です。確認してください」


 ジョンは金貨五十枚をマジックバッグから出して、店主の前にある机の上に十枚ずつ置いていく。


「確かに五十枚じゃな」

「あの、詠唱短縮の魔導書はいくらだったんでしょうか。せめて何かお礼を」

「これは金貨三百枚じゃよ。魔導書を作る素材を集めるのが大変なんじゃよ」


 三百枚の声に俺は血の気が引いた。

 三百枚って俺が使ってる大盾と剣と鎧、全部新しくしてもおつりがくるぞ。

 ヴィオさんが使っていた剣だって、金貨百枚するかどうかだって言ってた。

 あれは迷宮産だから、また価値が違うけどでもそれでも三百枚は凄すぎる。

 この店主ジャンにそんな高価な物くれたのか、それって詠唱短縮の魔導書が貴重だから高いのかそれともエルフが作る魔導書だから高いのか、どっちなんだ。


「あの、俺そんな高価なの貰っちゃったら」

「お前さん森林の迷宮を攻略中なんじゃろ」

「はい」

「お礼や魔導書代として迷宮攻略までに火の上級魔導書を覚えて、水の上級魔導書も開ける様になると私に誓うのはどうじゃ」

「え」

「魔導書は私が道楽で作っている様なもんじゃし、素材も長年旅をしてきて集めたものじゃから貴重な素材だとしても、私には娯楽なんじゃよ」


 エルフの長命さは、俺には想像もつかない。

 長生きと言っても八百から千年とか幅があるらしいし、千年ってもうそれ永遠って考えていいんじゃないかと思えて来る。

 見た目で年寄りだと分かるこの店主は一体どれくらいの年月を生きたのか分からないけれど、俺達の何倍も生きてきたからこそこんな貴重な魔導書を作るのが娯楽なんて言えてしまうんだろうか。


「お前さんが魔法使いとして努力し続けるのを見守るのも、私には娯楽みたいなもの。だから金貨三百枚を借りだなんて思う必要はないってことじゃ」

「でも、あのさっきの誓うというのは」

「それまでこの水の魔導書は取って置くってことじゃよ。この町の魔法使いで上級魔導書を買いたいと来る者は殆どおらんから私も積極的に仕入れてはおらんのじゃ。この二冊は知り合いの魔導書屋が店じまいするというので譲り受けたもので、そうでなければ買う必要もないものだったんじゃ」


 それは、死蔵品に近かったってことか。

 まあでも、これからも長生きしそうだし魔導書は腐るわけでもないから他の魔導書同様いつまで店にあっても良いと思っていたんだろうな。


「分かりました。誓います。俺絶対森林の迷宮を攻略するまでに火も水も上級の魔導書が使える様になります。絶対に!」


 ジャンが叫ぶように誓った直後、ジャンの体が光に包まれた。

 な、なんだこれ。


「おやおや、珍しいこともあるもんじゃ」

「あの、い、今の何」


 おろおろとしながらジャンは店主に向け情けない声を上げた。

 今、誓ってた時は立派な感じだったってのに、すぐにいつものジャンになっちまうんだなあ。


「私の精霊が喜んでおまけをつけた様じゃな」

「お、おまけ?」

「まあ、お前さんには災難になるのかのう、水の魔法は苦手なんじゃろ」

「え、あの、はい」


 ジャンは不安そうな顔で俺を見た後、小さな声で店主に答える。

 苦手、そうだよなあ苦手というかなんていうか。本当は水の適性無いに等しいのに何故か覚えられちゃったって感じなんじゃないかとトリアは言う程なんだよな。


「中級の水の魔法を一つ覚えている筈じゃ」

「え、水の魔法?」

「そうか、鑑定の能力がないんじゃな。じゃが、魔法使いは使える魔法を思い浮かべると自分が何を使えるか分かるじゃろう」

「え、あ、はい。それなら分かる筈です。ええと……あ、確かに水茨というのが増えてます。あの、これってどういう効果の魔法なんでしょうか」


 名前だけじゃ分からないよな。

 確かどんな属性の魔法かと、魔法の名前とかは分かるけどどんな攻撃をするのかは分からないって聞いたことがある。


「……ふむ。それはまた珍妙な魔法を与えたものじゃの。発動する魔力はかなり使う様じゃが魔物を拘束する棘付きのつる草みたいなものが出るものじやな」

「水なんですよね」

「そうじゃな、魔物を拘束している間魔物から魔力を吸い出すんじゃ」

「魔力を吸い出すですか、闇魔法にあるとは聞いたことありますけど」


 そんな魔法あるのか、でも水属性なんだよな強いのかな。

 俺とジャンは店主の説明に首を傾げたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る