金勘定が好きなエルフ1

「チャールズ、その皮一枚で鎧を作った場合の効果なのかな?」


 ギルが興奮した顔でチャールズに問いかけている。

 エルフの彼は、見た目だけなら二十代前半だけれど実際はいくつなのか分からない。エルフは長命種だから見た目が年齢と合致しない。

 若い頃は何も思わなかったが、年を重ねた今は長命な彼が羨ましいと思ってしまう。


「ええと推奨品はフード付きマントですね。皮一枚がマント一着分の様です」

「毛皮はなにも効果はないのかな」

「毛皮は、なんだこれ、手触りが極上? あとは保温効果が中、断熱効果(冷気大、熱気中)とあります」


 チャールズの鑑定は、かなり詳しく見られる様だ。推奨品というのは素材をどんな風に加工するのがいいかという意味なんだろうか。

 毛皮の効果にやはりこれはユーナ用の敷物に加工しようと考える。

 冬場の野営の辛さといえば、地面からの冷えだ。俺は慣れているから何とも思わないが、ユーナは辛いだろうから少しでも温かくなるのは有難い。

 マントにしたら動きにくいだろうか、防寒用として一つ作っておいてもいいかもしれない。


「毛皮は何が出来るんだ?」

「えーと、防寒具と寝具とありますね」

「成程、ちなみにチャールズは人の鑑定もその位詳しく分かるのか?」


 チャールズの防寒具と寝具という言葉に、敷物の他にユーナ用のマントと寝具のを作ろうと決めた。今外に出していない毛皮と皮があれば作成は出来るだろう。足りなそうなら明日また狩りにいけばいいだけだ。


「俺が今までいた町のギルドの買い取り係はそんなに詳しく鑑定出来なかったと思うんだが、チャールズのはかなり細かく鑑定できるみたいだな」


 拠点にしていた町のギルドにいた職員の鑑定は、こんなに詳細は出なかったからそんなもんだと思っていたが、チャールズの鑑定だとユーナの収納とか安全地帯の能力が見えるかもしれない。

 隠すつもりは無かったが、何故か魔道具の鑑定には出てこなかった能力を、何故隠していたのかと追求されたら面倒なことになる。


「人ですか、残念ながら出来ません。人も出来たら楽しいんですけれどね。年齢と性別と能力と属性、ギルドの魔道具と同じですね。もう少し訓練すれば見えるようになるのかもしれませんが。物の鑑定は、昔から見えるもの全部鑑定していってたせいなのか、かなり細かく見える様になっただけなんです。昔から鑑定するのが大好きだったもので」

「そういうものなのか」

「鑑定したいのかい」

「……そうだな、可能性は知りたかったかな」


 ユーナに結び付けられない様に、自分の話にしてしまう。

 隠したいものを自分の失言で他者に知らせるわけにはいかない。


「可能性」

「もう三十だからな、いつまで冒険者でいられるのか分からないだろ」

「あぁ、人はそういえば三十ともなればそれなりの年齢になるんでしたね」


 自虐的にそう言えば、ギルが思い出したと言わんばかりの顔で頷いた。

 長命種のエルフには三十歳なんてまだ子供なんだろうが、人にとって三十は人生の坂を下り始めたと言ってもおかしくない。


「ヴィオさん程の人でも?」

「俺がなんだ?」


 チャールズは思わずといった感じに言葉を口にした。

 俺がなんだというんだ。

 あの迷宮であった五人には、大人の冒険者を装い指導し苦言した。

 だが、本当の俺はただの挫折者だ。


「こんなに短時間で一つ目熊の熊の手を集められる人が、もう三十だと悲観するなんて。あ、すみません。失言でした」

「いいや、話をしたのは俺だからな」


 気まずそうな顔のチャールズに、そんな大層な話じゃないと気持ちを誤魔化しつ。

 迷宮で一つ目熊を狩っていた時の叫びが本心だ。

 衰えたと分かっていて、その自覚からポール達から逃げ出した。

 ポール達に言った、足を引っ張りたくないとか、生存率がとか、そんなのすべて言い訳だ。

 本当は、ポール達からもういらないと言われるのが怖かったんだ。

 今はまだ戦えると、思っていたかった。

 今ならまだ体もそれなりには動く、だから戦える。

 そう信じたいのに、思う様に動かない体に苛ついて落ち込んだ。

 些細な怪我をする日が増えた。

 依然とは違う動きに、疲労に、落ち込む日が増えた。

 でも、今はまだ戦える。今はまだポール達と一緒に戦える。

 そう自分を誤魔化す事が出来た。


 だが一年後は、三年後は? まだ中級迷宮すら攻略出来ていないというのに、天空の迷宮を攻略するなんて俺には絶対に無理だ。

 その頃になってポール達から最後通告が出たら、俺は耐えられるだろうか。

 そんな恐怖がずっと頭の中にあったから、余計に攻略に集中出来なかったんだ。


「一つ目熊をこれだけ狩れるのにって思っているのかもしれないが、俺にとって一つ目熊はオークと変らないんだよ。一つ目熊は中級の迷宮だと下層に出る魔物だからな」


 ポール達と攻略していた迷宮では、三層目に出る魔物だった。

 一つ目熊程度で苦戦なんてしていたら、中級迷宮に死ににいくようなものだ。

 あそこではバリジスクさえ当たり前に出る魔物なんだ。


「下層」


 チャールズが驚いた様に俺を見ている。

 ギルは知っていたのだろう、表情を変えず驚いている風のチャールズを見ているだけだ。


「中級迷宮の情報は知らないか?」

「どの階層に出るかまで把握してはいませんでした。この町の迷宮ならすべて覚えていますけれど、ここは上位品は殆ど出ませんから、一つ目熊の上位品を二つも見られて、今日はいい日だなあって」

「そうか、じゃあこれも出すか」


 さっきまではしゃいでいたチャールズが、俺の一言で落ち込んでいるのを見るのが耐えられなくて、存在を忘れていたオークキングの剣を数本残してテーブルに出す。

 おまけでバジリスクの鱗も十枚程追加した。これも沢山持っているが全部は出さない。何かあった時の為に取って置くのは俺の普通だ。

 更におまけでゴブリンの剣。これはギルドへの寄付だ。

 星が上になればなるほど、後進を育てるための寄付が望まれる様になる。

 防具や武具が買えない下級の為に、ギルドが無料で貸し出し出来る武器をも、寄付の対象になっている。

 ゴブリンの剣なんて、俺にとって買い取りに出すのも恥ずかしいものだから機会があればまとめて寄付するのは当たり前のことだった。


「オークキングの剣! バジリスクの鱗!」

「買い取り出来るか」

「どっちも需要ありますから、大丈夫ですよねギルマス!」

「全部買い取りしましょう。鱗は領主に売りつけます。不足してるんですよ、鱗も」


 急に元気になったチャールズに、ギルは仕方ないなという顔で頷いた。

 ギルは金勘定に煩い奴だが、部下にはそれなりに優しい奴なのかもしれない。


「そうなのか」

「ええ、この町の迷宮ではバジリスクは出ませんから王命にはなっていません。新しい迷宮にバジリスクは出ますしそれが今回の熊の手の依頼が出た理由ですが、何しろバリジスクは必要な数より取れる数が少なすぎるもので」


 まあ、鱗は中々落ちないからなあ。

 ただ鱗一枚から出来る薬の量はかなりものもだった筈だ。


「これを持っているということは、ヴィオはバジリスクが狩れるんですね。石化の経験は?」

「ないな」


 石化解除の薬はそれなりに値段が掛かる。

 迷宮に入る度にその薬を買っていたら、採算が取れなくなる。

 迷宮で取れるものを売って金を稼いでいるのに、売る物を得るために経費を掛け過ぎては意味がないんだ。


「素晴らしい!」

「どうやって狩るんですか」

「視線が合うから石化するだけの話で、それならば見なければいいんだ」

「見なければ?」

「目をつぶって狩るんだよ」


 簡単な話なんだよなあ。

 なんで騎士達はそんなに石化しまくってるのか、お陰で俺は稼がせて貰ったけれどな。


「コカトリスは鳴き声で石化するからこの方法使えないんだがな。あれは粘土で耳を塞ぐしかないからコカトリスの方が大変だな」

「バジリスクとかコカトリスとか、話の規模が違いすぎますよぉ」


 チャールズが喚きながら鑑定し、結果を記録している。

 剣の場合は上手くすると攻撃力向上とか突いている場合があるから買い取り額が違うんだろう。


「中級迷宮ってそんな攻略の仕方をするんですか、知らなかったな」

「やったら出来たって奴だな、だがそうやっている冒険者は多かったと思うぞ」

「目を閉じて魔物を狩るとか、正気とは思えませんが」

「バジリスクは気配が大きいから見なくても狩り易いんだよ。動きも遅いからな、あれは」


 話していると中級の迷宮に行きたくなる。

 一つ目熊を狩った位じゃ満足できない。

 一つ目熊程度じゃ、俺の今の実力は分からないんだ。


「鑑定終了です。ギルマス、支払い額はこちらです。いいですか?」

「まあ、皮も毛皮も売れそうですから良しとしましょう」

「ありがとうこざいますっ! ヴィオさんに出して頂いた素材全部で、金貨二千七百三十枚になりました。内訳はこちらですがすべて買い取りさせて頂けますか」

「なんだか凄い金額になったな」


 一つ目熊の熊の手の金額が大きいからだが、それ以外もそれなりの額になった。

 でも中級迷宮で狩っていた頃に比べたら、買い取り額は少ない。

 これが下級の現実かと思いながら、大切なのは買い取り額なんかじゃないと内心で笑ってしまう。


「すべてお持ちになりますか」

「いや、全部預けておく」


 内訳をざっと確認してキルドカードをチャールズに手渡すと、マジックバッグとカードを抱えて浮かれた足取りで部屋を出ていった。

 あまりに気にしたことはないが、俺はいつも買い取り額の半分はギルドに預けていた。母親への仕送りは手元にある現金から送っていたからギルドに預けている金は意味もなく溜めているだけだ。正直な話いまいくらギルドに預けているのかすら覚えてはいなかった。


「うるさくて申し訳ありませんね。あれは珍しい素材が大好きなんですよ」

「仕事は出来る奴みたいだから、いいんじゃないか」


 珍しい素材が好きなら、あれだけ浮かれても仕方がないのか。


「ヴィオが言う様に目を閉じてバジリスクを狩るのは、騎士達には出来ないでしょうねえ。それに同行している荷物持ちもいますし」

「騎士なんか入れずに冒険者を使ったらいいんじゃないのか? 実力はどの程度あるのか知らないが、星五程度を集めたら簡単な話だろ」


 騎士達なら訓練すれば出来る様になるだろうが、荷物持ちは無理だろう。

 騎士達が難しいなら冒険者に依頼すればいいだけの話だ。 

 王都を拠点にしている冒険者なら、新しい迷宮に入りたくてウズウズしているだろうに、なんで騎士なんだ。


「それは無理でしょうね。冒険者は入れるわけにはいかないんです」

「どういうことなんだ」

「先程は近くと言いましたけれど、本当は新しい迷宮は王宮の地下に出来たんですよ」


 なんだって?

 ギルの話に俺は目を見開いたんだ。

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