第57話「ライフ・イズ・イン・ユア・ハンズ」

「ダメだよ! そんなの……だってあなたのお姉ちゃんは、私だけなんだから! 他の誰かが、あなたの姉になるなんて、そんなの私が許さないから!」


 五年ぶりの妹の感触に、思わず涙がこぼれ、その声は震えていた。


「お願い! だから帰ってきてよ……お願いだから!」

「無理だよ、お姉ちゃん。だって私は……」


 シキはシエラを見ていなかったが、彼女はそれに気づかずに続ける。


「そんなことないよ! 私と二人なら、どんなことだって乗り越えられる! そしたら、またみんなであの家に帰ろう!」


 その時、天井の光が消えた。天井を覆っていた無数の光点と、それらを結ぶ線が、消えたのだ。


「リュウト君、まさか!」


 彼がやってくれた。もしかしたらこれで、全てが解決するかもしれない。


 シキの顔を見ようと、体を少し離す。


 その顔は、あの黒いマスクに覆われていた。虹色の光を返す黒曜石のようなマスク。美しいが、それと同時に冷たさもある。


「……え?」


 押し飛ばされるのと同時に、横で空を舞う右腕が見えた。正面で剣を振り上げているのは、もはやシキではなかった。


彼女の顔を覆うマスクに、シエラの驚いた表情が写る。

 

それから返す刃で体を斜めに斬り裂かれたシエラは、口から夥しい量の血を吐いた。その手についた自分の血と、剣を振り抜いたシキを驚いたように交互に見る。


そして、正面から倒れ込むようにシキの体に寄りかかった。


「シキ、どう、して……」


 激しく咳き込むのと同時に、再び血を吐き出す。シキは微動だにせず、そんなシエラのことを見下ろしただけだった。


最期にゆっくりと息を吐いた後、シエラはその場にずるずると崩れ落ちた。


 ◇◆◇


 例によって、リュウトは石ころを蹴飛ばしながら、学校からの帰途についていた。


沈みかけた太陽によってオレンジ色に染まった住宅街は、哀愁漂う雰囲気に染まっている。そしてどこからか、悲しげな歌が聞こえてきていた。


私の歌は時空を超える

私の願いは次元を超える

閉ざされた世界に閉じ込められて

何を願えばいいの?

あなたの歌を教えて

あなたの願いを教えて


その歌を聴いた途端、涙がボロボロと流れ始めた。初めて聞いたはずの声なのに、どこか聞き覚えがある。懐かしい声だ。


「……戻らないと」


 そう無意識のうちに呟きながら、リュウトは歩き出した。


この道がどこに続いているのか、それは分からない。だがそれでも、リュウトは進み続けるしかなかった。


『リュウト!』


 クラークの呼びかけに応えるように、倒れていたリュウトは大きく息を吸った。腹部に違和感がある。左手で触れると、脇腹に円形状のくぼみがあった。


 それで思い出した。リュウトはここに来る直前に、シキのビームに貫かれたのだ。


「クラーク、俺は……大丈夫なのか?」

『…………』


 クラークはしばらく黙ったままだったが、ややあって、ようやく口を開いた。


『あのビームは、ただのビームじゃなかった。あれにはウィルスが仕込まれていた。ガンに似ているが、侵食速度は比べ物にならない。オレのせいだ。本当にすまない』


二人の結びつきが強まった今、クラークからは、強い自責の念が伝わってきていた。パンドラが捕まってしまったのも、リュウトが危険な状態にあるのも、全て自分のせいだと思っている。


だがリュウトは、クラークのせいだとは思っていなかった。それどころか、この事件は誰のせいでもないように思えた。


全て善意から始まったはずなのに、このままでは終わってしまう。


なんとしても止めなくては。そして、それができるのはリュウトだけだ。


「……で、あとどれくらいもつ?」

『もって……あと数分』


 あと数分の命。そう宣告されても、リュウトの心は澄んでいた。なぜなら今は使命があるからだ。強い信念が、あるからだ。


「クラーク、俺を立ち上がらせてくれないか? うまく体が動かせないんだ」

『リュウト、お前……』

「頼むよ。俺たちが、初めてこの世界に立ち上がった時みたいにさ」


 魔導衣ローブ形態のクラークは触手をばねのように使って、リュウトはゆっくりと立ち上がらせた。


今やウィルスのせいで歩くことすら覚束ないリュウトは、壁に寄りかかりながらも、一歩ずつ、しかし着実に進み始めた。


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