第54話「エコー」

 揺れが収まった礼拝堂の中では、にらみ合いが続いていた。


「シキ、こうなることが分かってたの?」

「だとしたら、何?」


シキはぞっとするような冷たい声で答えた。シエラは言った。


「やめておくなら今のうち、ってことよ」


シエラとリュウトは剣を引き抜く。それに応えるようにシキもぐるりと振り返ると、腰に佩いている剣――黒い刀身に、オレンジに光る刃を持つ片刃剣だ――を引き抜いた。


各々の剣を引き抜いた三人。青い光に包まれた礼拝堂の空気が張り詰める。いまだかつてない緊張感に、リュウトは唾を飲み込んだ。


そしてほぼ同時に三人は走り出した。シキは横に薙ぐような斬撃を繰り出し、シエラがそれを防ぐ。その隙にリュウトは斜め下からすくい上げるように、逆袈裟懸けに斬りつけた。

斜めに回転しながら後退し、リュウトの斬撃を避けるシキ。その勢いで剣を振り払い、リュウトを狙うが、バック宙でそれを回避した。


着地したリュウトは、唇を舐めて湿らせた。この一瞬の攻防で、シキの強さは痛いほど分かった。しかし、今のリュウトは昔とは違う。この体は精神の延長そのものだ。自分の思い通りに動かせる。


シエラとリュウトはお互いに顔を見合わせて、同時に攻撃を開始した。息の合った連続攻撃にシキはそれらを防ぎつつも、じりじりと後退し始めていた。


目的はシキを倒すことではなく、あくまでもパンドラの奪還だ。そうすれば、シキの暴走を少なくとも終わらせることはできる。彼女を救うのは、その後でも遅くはない。


シキを追い詰め、パンドラのいる揺り籠へと続く通路に近づいていく。しかし、リュウトには違和感があった。これでは簡単すぎる。わざわざここにおびき寄せておきながら、あまりにも簡単だ。


その時、シキがニヤリと笑った。


殺気を感じたリュウトがとっさに首を左に反らすと、そのすぐ横を熱線が駆け抜けていった。シキの背中から伸びた副腕、その先にあるつぼみのような部分から、ビームが発射されていたのだ。


これに気づくのにあとコンマ数秒遅れていたら、今頃リュウトの顔には綺麗な穴が開いていただろう。


すぐさま後ろに飛びのいて、サファイアの長椅子の陰に隠れる。右頬に触れるが、外傷はない。わずかに表皮が焼かれただけだ。シエラもつぼみから放たれたビームを避けると、バック転で後ろに下がり、剣を構えた。


「あーあ、惜しかったなぁ……」


 そう笑いながら両手を広げると、背中から伸びた三本の副腕がうねうねと蠢いた。それはリュウトの魔導衣ローブ、つまりはクラークの触手と似ているが、その性質はあまりにも異なっていた。


 クラークのものは相手を縛ったり、固めて防御にも使えるものだが、シキのものは完全に攻撃に特化している。あのビームをまともに喰らえば、いくら魔導衣ローブとは言えども貫通してしまうかもしれない。


「焼けちゃえ!」


 シキが叫ぶと、三つのつぼみはそれぞれ異なる方向に向けて、でたらめにビームを照射し始めた。リュウトが隠れていた長椅子は、そのビームによって切断され、床に黒い焦げ跡を残した。


 幼児の落書きのような焦げ跡が礼拝堂を汚し、シエラがその光軸の間を縫ってシキに接近する。シキはあえてそれを防ぎ、シエラをその場に釘付けにした。一瞬だが、つぼみが方向転換するのには十分すぎる時間だった。


 つぼみが一斉にシエラの方向に向き、その砲口が白く臨界する。しかしリュウトは、これがシエラの作戦の一部であることに気づいた。今、シキの意識はシエラに注がれている。つまり、あのつぼみは完全に無防備。


「やらせるかッ!」


 飛び上がり、その副腕を切断する。


 一本、二本……そして三本目!


 ぎょっとしたシキの視線がリュウトに注がれる。斬られたつぼみが落ちるのと同時に、シエラが鍔迫り合いを制して、シキを押しのけた。着地と同時に長椅子を蹴って、リュウトがシキに接近する。そして大上段から剣を振り下ろした。


 だがシキは副腕を伸ばすと、切断された面で白羽取りのように、剣を両側から押さえてしまった。


すかさずシエラが再び攻勢を仕掛けて、シキと切り結ぶ。シキは剣ごとリュウトの身体をぐっと引っ張って近づけると、空いた手で首を掴んでシエラめがけて投げ飛ばした。

 

ぶつかった二人はもつれあうようにして床を転がる。そこに同時にとどめを刺そうとしたシキがジャンプして、上方から剣を突き刺す。二人は体に剣が突き刺さる寸前に左右に転がってそれを回避した。


 すぐさまリュウトは立ち上がると、剣を下から斜め上に振り上げた。シキの剣が弾き飛ばされ、空を舞う。


間髪入れずにリュウトの突きが放たれるが、シキは向かってきた切っ先を手の甲で逸らす。そして自らの剣をキャッチして逆手に持つと、回転しながらリュウトの脇腹を切り裂いた。


「クソッ……!」


 くるくると回りながらリュウトの背後に移動したシキに向き直ろうとしたが、それよりも早く回し蹴りが捕らえ、勢い良く吹き飛ばされた。バラバラになった長椅子を蹴散らして壁に激突、深い青の壁面に蜘蛛の巣上のヒビが入る。


 その衝撃で、一瞬気を失いかけたリュウトだが、傷の痛みでどうにか正気を保った。ずるずると滑り落ち、壁に寄りかかるように座り込む。


 幸い傷はそこまで深くなく、クラークがすぐさま傷口を塞いだ。だが痛みは、リアルな感覚を伴ってリュウトを襲った。


 その目の前で、鍔迫り合いをしていたシエラが競り負けてたたらを踏む。そこに間髪入れずにシキの剣が迫る。


 リュウトは痛む体に鞭を打って立ち上がると、剣を振り下ろそうとするシキの前に立ちふさがった。


 そしてシュエルヴで、振り下ろされた剣を受け止めた。


 その瞬間、体中に電撃が迸る。


(お姉ちゃん! どうして私を愛してくれないの!)


 頭の中に声が響き、その背後からシエラが迫る。


「シエラさん、ダメだ!」


 リュウトは今にもシキを殺してしまいそうな勢いのシエラに向かって、手を伸ばした。

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