第22話「ホームカミングpart1」
広場を出て例の馬車に揺られている間、シエラはずっと何かを考え込んでいるようだった。隣に座っているパンドラはクラークを抱きかかえたまま、静かに寝息を立てている。
パンドラの見せた遺跡のイメージと、いなくなったシエラの妹、無関係ではなさそうだが、どんな関係があるのか全く分からなかった。
それに転生前に出会ったシキのこともある。
だがリュウトには、あそこで出会った少女がシキであるということが、何よりシエラの妹であるということが理解できなかった。
ふと窓の外を見ると、馬車は市街地を抜けて、草原に設けられた一本道を走っていた。傾きかかった白っぽい太陽が、草原を黄金に照らしている。
「……できることなら、シキと一緒にここに帰りたかった」
「シエラさん……」
シエラは前かがみになって両手を組むと、決意をみなぎらせた表情でリュウトの顔を見た。
「明日、ターコイズ·ディストリクトに行く。できれば、君たちにも来てほしい。わがままなのは分かってるけど――」
「――行きますよ」
リュウトの放った言葉に、シエラは驚いたように目をぱちくりとさせた。
「俺たち、シエラさんに借りがありますから。それに俺のこととか、シキさんが何か知ってるかもしれませんし」
「不本意だがな」と、クラークが付け加える。
「おい、そういうとこだぞ」
そうか、とシエラは笑った。
「じゃあ今夜はしっかり食べて英気を養わないとね。家でイオがおいしい夕食を作って待ってるはず。さて、そろそろ着くよ」
そう言って顎で示す小さな丘の上に、家がぽつりと建っているのが見えた。風車が立ち並ぶそこに家が建っている様は、とても幻想的な風景だった。
「あれが我が家よ」
シエラの実家は二階建ての一軒家で、ベージュのファサードには赤い布のついた鈴がいくつか吊り下げられている。
そして家の真横にはトリノ號が駐機しており、ファンシーな家の隣に黒い鉄の塊が置いてあるという少しシュールな光景になってしまっていた。
家の前で馬車が停車し、シエラは少し嬉しそうに馬車を飛び出した。そして大きく伸びをすると、両手を広げて五年ぶりの空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「ここは……父さんと母さんが二人で建てた家なんだ」
「二人で?」未だに眠っているパンドラをおんぶしながら、リュウトは言った。
家を建てるのも異世界式なのか、と少し驚く。
「『歌』を使ってね。歌は古い魔術の形態なんだけど、二人はそれを使ってこれを作ったの。さぁ、入って。案内するわ」
「あぁ、また魔法ですね」
妙に納得しながら家の中に入ると、どこか懐かしいような、いい匂いが鼻孔をくすぐった。
「イオ! ただいま!」
玄関の奥からは何かを焼く音とともに、「お帰りなさいませ!」とイオの返事が返ってきた。
シエラの後ろについてリビングに向かう。テーブルの上にはすでに、夕食の準備がされていた。
「もう少々お待ちください。今、メインディッシュを準備中です」
台所から出てきたイオは、猫のような生き物のワッペンを着けた紺色のエプロンを着ていた。
「イオ、そのエプロンは?」
「ああ、これですか? これは昔シエラ様が作ってくれたものなんですよ。昔ながらの製法で、ちゃんと布を使っているんです」
「懐かしいなぁ。結構大変だったんだよ。それ」
椅子の背もたれに上着を掛けて、シエラは席に着いた。
「存じております。リュウト様たちも、席にお着きください。そろそろ焼きあがりますので」
おぶっていたパンドラを揺さぶって起こしてやると、寝ぼけ眼を擦って大きくあくびをした。
「ほらパンドラ、着いたぞ」
席に座らせてやると、リュウトも自分の席に着いた。テーブルの上にはサラダの大皿や、スープの器などが置いてある。
「さて、出来上がりましたよ」
台所からイオが運んできたのは、焼いたひき肉の塊――つまりハンバーグだった。
「イオ、これってもしかして……」
「はい。ハンバーグでございます。リュウト様の服を分析したところ、この世界で言うオールド・アースのアーカイブにたまたま載っていましてね。やはり慣れている味のほうがよいかと思ったのです」
目の前に運ばれた皿に乗っていたのは、まぎれもなくハンバーグそのものだった。まさかこんな形で見慣れたものと遭遇するとは。リュウトは思わず目頭が熱くなった。
「さて、料理も出そろったところで、そろそろ食べますか」
「シエラさん、食べる前に何か、することってあります?」
「することって……?」と、首を傾げる。
「なんか祈ったりとか、儀式めいたことをするとか……」
「ああ、そういうのは無いわね。君のところはあったの?」
「いただきますって言って、食べ物に感謝するんです」
「なるほど、じゃあ君に合わせよう」
リュウトが両掌を合わせると、シエラとイオの二人もそれに倣う。パンドラは少々困惑した表情をみせつつも手のひらを合わせた。
「じゃあ、いただきます」
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