第4話 た、タ〇がねえ! チンも……(原文ママ)

 俺たちが観覧車に乗った頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。観覧車が動くと、次第に街も光も小さくなって、地に足をつけていた時とは違う景色に変わっていく。観覧車に乗ったんだから当たり前だろうと思うのかもしれないけれど、考えるのと体験するのでは全く違う。


「きれいですね……」


 それは演技でもなく、口を突いて出た言葉だった。


 もし親父と来ていたら、『わぁ~、親父の事を突き落としたくなってきたなぁ』とか言うのだろうけれど、今は違う。横にテイがいて、彼も目を輝かせて夜景を見ていた。


「どうでしたか? 今日は?」


 思わず俺はそんなことを聞いていた。我ながら気持ち悪いが、少しだけ口元がゆるんでいる。さて、どんな答えが出てくるかなぁと思って俺は横を向くと、予想外の状況にぎょっとした。


 何故なら、テイがボロボロと大粒の涙を流していたからだ。口元を抑えて、嗚咽おえつするのをこらえているようだった。なんだか、苦しそうだった。


「………………ッ!」


「え、え、え!! だ、大丈夫ですか?!」


 流石に慌てる俺。何かまずい事を言っただろうか。もしかして俺の言葉が公募だけの関係だと思われたのだろうか。はたまた、何かを要求する様な言葉として汲まれてしまったのだろうか。俺にはそんなつもりはない。そんなつもりはないから泣かないで欲しかった。変な風に考えて欲しくなかった。今日を楽しいと思ったままで居て欲しかった。


 そんな時に、


「……いえ、楽しすぎたんです」


 テイは絞り出すような声でこんなことを告げたのだ。一体、どうしたのだろう。俺がおろおろしていると、テイは意を決したように息を整えてから、とんでもない事を始めたのであった。


「……え?」


 カチャカチャと、テイから何か金属音がする。何だと思って見てみれば、なんとテイは腰ベルトを外そうとしているではないか。


「ええええええええええええええええええ?!?!?!?!」


 俺は思わず絶叫し、腰を抜かす。目の前で起きている事態が理解できず、飲み込めず、俺は混乱するばかりであった。


 さて、ここで問題です。密室の中でズボンを下ろして男女がすることってなーんだ。残念、ここでは大人の事情で答えられません。……ってそんなことを考えている場合じゃねぇ! なになに? 何事? このまま俺は襲われてしまうの? 男としてあるべき何かを失ってしまうの? 四つん這いになるの? ヨツンヴァインになるの?!


 俺の頭の中で色々な考えが浮かんでは弾ける。訳が分からなくなって、身体が固まって動けない。人間、意外に非常時になると何もできなくなるものだ。そして、ついにテイはベルトを外してズボンに手を掛ける。


「じ、実はッ……!!」


「う、うわあああああああああああ!!!!」


 南無三! ジーザス! グーテンモルゲン! 誰でもいいから俺のお尻を守ってくれ!!!


 ……と、思っていたら想定外の出来事が起こる。俺は目の前に現れたそれを見て、目ん玉を丸くした。


 純白の逆三角形。そこにはちょこんと可愛らしいリボンが付いている。なんとテイはチノパンの下に真っ白い可愛らしい女性ものの下着を穿いていたのだ。もちろん、そんなものを穿いている理由など一つしかなくて、顔を真っ赤にしているテイはこんな事を口にするのであった。


「ボク……女、なんだ……」


「………………へ? ええええええええええええええええええ?!?!?!?!」


 まさかの展開に気が動転してしまう。ちくしょう。俺が騙していたつもりが、騙されていたって言うのかよ。そりゃあ、男との縁談にも興味がないはずだ。だって、女の子なのだから。


 そして、テイはまたチノパンを穿きなおす。彼もとい彼女は泣いているからなのか、恥ずかしさなのか顔を真っ赤にしていた。俺もさすがに顔が赤くなる。目の前で女の子にパンツ見せられておかしくならない男子がいるわけない。


 すると、テイは自身の事についてゆっくりと語りだした。


「……騙してごめんなさい。四星家には男の子がいない。つまりは後継ぎがいないんだ。さらに、父は養子を迎えることを嫌がっていた。そこで、父はボクを男に仕立てることにした。けれど、それも最近になってバレそうになって、父はこんなふざけたことを企画したんです……!」


 なんて話だ。俺の親父がした所業よりひどい。つまりは、彼女は生まれてから男を演じさせられていたと言うのか。そして、テイは話を続ける。彼女の言葉はだんだん熱を帯びてきた。


「ボクもあなたみたいに髪を伸ばしてみたかった。お洒落だって……ボクはっ……普通の生活をしたかった……! だから、今まであった女性はボクの妬みの対象でしかなかった。それに加えて、彼女たちは全てボクの財産とか家柄目的で、ボクを見てくれる人はいなかった! でも、ミサさんだけは……私の事を想ってくれた……! だけれどもっ……!」


 すると、テイは俺に突然すがる様に抱きついてきた。目に一層の涙を浮かべ、それはすぐにぽろぽろと流れ出した。今までため込んでいた想いと共に、彼女が彼女として我慢してきたものを吐き出すように、テイは泣きじゃくりながら俺に言葉をぶつけるのであった。


「ボクは……女の子なんだ……! ミサさんと一緒にはいられないし、いるべきじゃないないんだ……でも、そう考えると……涙が止まらないんだッ……!」


「安心しろ」


 ふと、低く、優しい声がした。


「……え?」


 それを聞いたテイはハッとして、左右を見る。でも、声の主らしき人はそこにはいない。いるハズが無い。今この状況で、こんな言葉を掛けられる人なんて、一人しかいないのだから。


「言ったよな。デートとか男女とか誰かに言われたからとか、そんなの関係ないって」


 そう、俺が言ったんだ。


 俺は随分とつまらない事を考えていたものだ。俺も、何かと下らない境界線を自分で引いて、諦めて、一歩引いていた。男だからどうとか、女だからどうだとか、関係なかったのだ。一番大切なことは、その人にそう思って欲しいかだから。


 だから、俺は言葉を続ける。今日の俺と彼女の関係を、嘘にしない為に。


「俺も女じゃない…………男なんだ」


 その言葉を聞いて、テイは俺の方に顔を向ける。テイは驚いたような顔をしていた。そりゃあ、当たり前だろう。こんな美少女が男だっていうのだから。まぁ、それはさておき、テイは少し戸惑ったような混乱したような様子をしている。だから俺はついこんなことを口にしてしまった。


「あー……証拠、見せた方が良いか?」


 するとテイは顔を真っ赤にして、激しく首を左右に振る。冷静に考えれば当たり前だ。まぁまぁ、それもさておいて、俺はテイの肩に手を置いた。そして、更にこんな言葉を告げる。俺もちょっと照れ臭かったけれど、テイに喜んで欲しいから。


「まぁなんだ。俺だってさ、好きでこんな格好をしているわけじゃなくてさ、あー、だから…………でもテイがまた遊びたいって言うんなら、また呼んでくれよ。それにお前の親父だって、いつかは考えが変わるかもしれない。それまで、付き合うからさ」


 そうすると、テイはしばらくキョトンとしていたけれど、ちょっとしてから小さく首を縦に振った。


 それを見て俺は笑みをこぼす。そして、それにつられてなのか、テイも思わず笑みをこぼしたのであった。もうその後は、テイが悲しい顔をすることも、泣き出す事もなかった。


「今日はありがとう。本当に楽しかった」


 二人で観覧車を降りてから、テイは俺にそう告げた。またテイは男の子のふりをしている。まぁ、別にいいし、何だか悪い気もしない。イヤ、そっち系に目覚めたわけじゃないけどさ。


「こちらこそ、ありがとうございました! また、誘ってくださいね」


 俺も女の子のふりをして別れの言葉を告げる。なんだか、そうしていればまた会える気がしたから。


 しかし、俺もテイも、互いに見事に騙されたものだ。まぁ、分かっていても騙されたままでいよう。


 この関係が続くまでは、絶対に。

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