機械都市、白部屋の少年。兄は弟を思い弟は兄を思う

 世界は崩壊した。それは事実で、疑えない。

 世界はこうやって生まれ変わったけれど、何一つだって変わってないだろう。だからきっとボク達も。転生したって、何も変われないんだ。


 #####


 この都市で夢を持つのは無理だろう。機械都市は機械に支配されている。……それが兄さんの口癖だった。

 兄さんは、ボクの家族だ。大切な、大切な家族……だ。


「大丈夫かい?」

 通り過ぎるたびにみんなが言う。何に対して言っているのか、ボクには分からない。

「きっと、辛すぎたのよ」

 そう言うけど、何の事か分からない。

 でも、兄さんに会いたいだとか、家に帰りたいって言うと、みんな怖い顔をした。だから言えなかったし、それらの言葉について聞く事もできなかった。

 みんなが言うには、ボクらは『じっけんしせつ』というところにいたらしい。『ひじんどうてきな』っていう言葉がつく場合もある。けど、ボクにとってあそこは家だった。

 みんなが言うには、白い人は『かがくしゃ』らしい。同じく『ひじんどうてきな』がつく時もあるけど、ボクに言う時には『わるい』に変わる。『ひじんどうてきな』と『わるい』は同じ意味なのだろう。ならボクらの家は『わるいじっけんしせつ』とも言える。

 みんなが言うには、ボクも『ひと』らしい。これはよく分からない。『ひと』というのは白い人、みんなが言うには『かがくしゃ』の事で、ボクはボクなのに。

 みんな、難しい事を言う。分からないって言っても答えてくれない。兄さんもいないし、ここはつまらない。すごくつまらない。


 ある日、黒い人に会った。みんなには『エージェント』と呼ばれてる人だ。『エージェント』っていうのはボクを『ほご』してる『テミスコーポレーション』っていうとこにいる人の事らしいけど、多分、この『エージェント』と、この人が呼ばれる『エージェント』は別の意味だ。何となくだけど。

「……『エージェント』」

「ミスターって呼んでほしいな。……本当はマーク・レイモンドっていうけど、頭文字でミスターMrになるから、そう呼ばれるんだ。変なあだ名だよね」

「『あだな』?」

「んーと、愛称? えーと……呼び方、かな。ごめんね、あんまり言葉知らないから」

 ちょっと悲しそうに笑って、『エージェント』、じゃなくて、ミスターは言った。

「……ミスター」

「そう。あ、君の名前は?」

「けんたいばんごーぜろにーぜろさん……でも、兄さんは、グローリィって呼ぶ」

「グローリィ、ね。良い名前だ。昔の言葉で栄光って意味だよね?」

「分からない……『えいこう』って何?」

「すごい事、かな」

 じゃあ、すごいのかもしれない。分からないけど。

 それから、色々教えてもらった。『じっけんしせつ』が壊れちゃって、ボクはもう帰れないとか、『かがくしゃ』も会えない場所に行っちゃった事とか、あと、兄さんがまだ生きてる事とか。でも、兄さんは今忙しいから会えないんだって。

「どうしたら、会えるようになる?」

 帰る前のミスターに聞いたら、

「君が頑張ったらきっと会えるよ。だから、みんなの言う事にちゃんと従ってね……僕も、たまに会いに来るから」

 って言われた。だから、みんなの事をちゃんと聞こうと思った。何言ってるか分からないけど。


 #####


 兄さんに会えなくなって三年くらい経った。その頃にはもう、ぼくは自分の状況が分かるようになってきた。

 まず第一に、『実験施設』はぼくらを使ってある実験をしていた事。その実験の内容は機密だからってあまり教えてもらえなかったけど、人の脳をエネルギーに変えるものだった、ってミスターが言ってた。それは『非人道的』で『悪い』事だ。

 第二に、『研究者』は捕まったか殺されたか自殺した、って事。まぁ、悪い人達だったみたいだしね。仕方ない。

 それで、第三に。兄さんはぼくを助ける為に、この都市を壊そうとした事。そのせいで捕まってて、会えないって事。

「家族でも、会えない?」

「会えない。でも、一つだけ方法がある」

 ミスターはそう言って『裏技』を教えてくれた。それが、『テミスコーポレーション』の『エージェント』になる事、だ。

「エージェントって言っても、全員が僕のように前線に出る必要はない」

 面会室でミスターはそう言った。

「裏の仕事は沢山ある。敵の情報を集めたり、実験をして新しい武器を作ったり」

「情報を集めるって……ハッキング?」

 それなら、できる。そう言うとミスターは我が事のように嬉しそうに、僕に白紙の紙を渡した。

「ここに、名前を書いて。あとは僕が書くから」

「……名字は、ない」

「|機械仕掛けの女神様。君のお兄さんはそう名乗った」

 そう言ってミスターはメモ帳にペンを走らせる。

『Order・Deae・Ex・Machinis』……ああ、これが、兄の名前か。そういえばぼくは兄さんの名前を知らない。兄さん、って呼べる相手は兄さんしかいないのだから。

『Glory ・Deae・Ex・Machinis』。そう記すと、ミスターは満足そうに頷いた。

「じゃあ、幸運を祈っていて。僕が後は何とかするから」

「……もし失敗したら?」

「失敗しないよ」

「じゃあ、賭けようよ」

 紙をしまうミスターに一方的に言う。

「もしもあなたが失敗したら、ぼくは無断で兄さんに会いに行く。だから、もし成功したら」

「……じゃあ。成功したら、僕を手伝ってほしい」

 伸ばされた手を掴むと、すぐにミスターは去って行く。


 ぼくがテミスコーポレーションで働く事が決まったのは、それからすぐだった。

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