革命<源之丞視点>

エテメンアンキの第六層。イリダの王侯貴族が利用する店など、施設が建ち並ぶ階層だ。

イリダの下級国民達は、高級店を次々と襲撃した。逃げ惑う店の関係者。叩き壊される扉、壁、贅を尽くした装飾。悲鳴、怒声があちらこちらから聞こえてくる。


不快感しかない。

例え相手が極悪非道だとしても、暴力を振るわれて当然とは、思えぬ。

甘いと言われるのは分かる。自分がされたとしても、暴力を振るえる気がしないのは、それ程の絶望を感じた事がないからなのかも知れぬ。

──されど、止めはせぬ。正義は人の数だけある。

ただ、自分が関わった事の顛末を、見届けねばならぬと思う。


「始まりましたな」


隣で話す言綏の表情は、僅かに硬く、いつものような余裕は感じられなかった。


「そろそろオーリーの民達も加わる筈に御座ります」


地下層に住むオーリーの民達がこちらに来るには、大門と呼ばれる大扉を開けねばならないらしい。その大扉は、イリダの下級国民によって解放される運びとなっている。

階下から、獣の咆哮のような雄叫びが、地鳴りのように聞こえた。

この国はもう終わる──そう確信した。




オーリーの群衆は、瞬く間に第六層を破壊した。

この日の為にアスラン王とホルヘ殿達が連携していたのもあってか、オーリーの民とイリダの下級国民は衝突する事はなかった。


「七層と八層、九層を超えて十層に向かう!!」


ホルヘ殿が高さのある台の上に立ち、声を張り上げた。

その言葉に、多くの者が声を上げて賛同し、拳を天に向けた。


私と言綏は、ホルヘ殿達と行動を共にする事になっていた。上に向かう階段を上って行く。


七層と八層は研究施設。九層はオーリーの下位貴族が住む階層である。下位貴族達は群衆を受け入れ、食べ物などを提供した。貴族とは名ばかりの、質素な生活を強いられている彼らにとっても、食料は貴重である。それをオーリーの民や、イリダの下級国民達に振る舞う。

これはアスラン王からの頼みであると聞いている。


下位貴族はアスラン王を支持し、イリダ転覆の為に協力していた者達だ。

長い時を経て、彼らの努力が漸く結実しようとしている。


「……かつてはイリダとオーリーを結び付けようとして失敗し、王国を追われたは我らが祖先。奇縁と言うのか、因果は廻るのだな」


「左様に御座りますな。ご覧下さりませ、若君。扉が打ち破られまする」


九層と十層の間には、中門と呼ばれる大扉が存在する。

イリダの王侯貴族、オーリーの上位貴族達は、下級国民やオーリー達下位貴族が自分達の領域に入る事を拒み、大扉は常に閉じられている。

その扉目掛けて、巨大な円柱状のものが、衝突する。六層の中央広場には四阿(あずまや)があった。その柱だろう。

衝突した瞬間、扉はしなりはしたものの、破れはしなかった。されど、二度、三度と柱が扉に当たる衝撃に、形を変えていった。歪み、凹み、あちら側の光が漏れる。


扉の向こう側からも声がする。

今にも破られんとする扉を補強する為に、物を持って来いと叫んでいる。


「間に合いますまい」


言綏の言葉に頷く。


扉と柱が衝突する度に、床が揺れた。

先に崩壊したのは、扉では無く、扉を支える壁面であった。

ミシミシミシ、と脳に刺さる音をさせ、十層と九層を隔てる障壁は崩れ落ちた。


悲鳴と共に逃げ惑う上級国民達。それを追うように下級国民とオーリーの民達が十一層に雪崩れ込む。

上級国民──つまりイリダの貴族の事であるが、彼らの中でも階級はあり、上位貴族と下位貴族に分かれている。

十一層はイリダの下位貴族の居住区域である。

下位と言っても、その懐の豊かさはかなりの物であるようで、これで下位なのかと思う程の煌びやかな屋敷が並ぶ。


「抵抗して攻撃して来た場合は容赦するな! 投降した者に危害は加えるな!」


屋敷から引き摺り出された貴族達を、取り囲む。


ホルヘ殿の言葉に、反抗する声が上がる。

何故この者達を攻撃してはならないのかと。

そうだそうだと沸き起こる声が、波のように広がっていく。


「コイツらが始めた戦争の結果 如何(いかん)では、オレ達は再び支配される側になる可能性がある!」


その言葉に、その場が水を打ったように静かになった。


「かつてオーリーの民達が戦争に負け、莫大な賠償を支払わされたように、もし仮にイリダがマグダレナに負けた場合は、賠償を払う側になる。賠償には命が含まれる事も良くある事だ。そうなった時の為に、コイツらを生かしておきたい」


民は知らない。

この戦争が真にどういう目的を持って始められたものなのか。その向かう先は何処なのかを。

ホルヘ殿の言葉に、民達は冷静さを取り戻していった。捕らえられた貴族の男は、嘲笑うようにこちらを口汚く罵り始めた。


「下賤の者共め! 我らイリダがマグダレナ如きに敗れる筈も無い! 勝ち戦をおさめて戻ったなら、貴様らなど、一瞬にして地に伏せる事になろう!」


「……その時が来るよう、祈ってると良い」


祈らねばならぬ程に有り得ないと返され、男は眉間に皺を寄せ、気付き、顔色を失う。

まさか、と小さく返す。

ホルヘ殿の顔を見て、指を指すと、口をパクパクとさせる。彼が何者なのかが分かったのであろう。


「牢にでも放り込んでおいてくれ」


貴族達は拘束され、何処かに連れて行かれる。

ホルヘ殿は言った。


「皆、残るはあと二階層だ! ここから上は兵士が守っている! これまでのような勢いでは進めない! 身を守る物を着けてくれ! 怪我をしないでくれ、生き残ってくれ!」


おお! と声を上げる群衆。


その時、上の階層から集団が降りて来た。兵士が先制攻撃をしかけて来たのかと、皆が固唾を飲む。


武装した集団が、こちらと一定の距離を保って止まった。緊張が走る。

隣の言綏が扇子を広げて扇ぎ出したのを見て、あちらの兵士では無いのだと分かる。


集団の中央から、人の波が割れるようにして現れたのは、アスラン王であった。


「すまぬ、十二層の制圧に時間がかかった所為で遅くなった」


王の言葉にホルヘ殿は首を振り、助かりました、と返す。


「我らは非武装。この上は武装していなければ難しい階層ですから」


十二層はイリダの上位貴族、オーリーの王族の領域になる。当然の事ながら、兵士が多く存在する。

それを、アスラン王達が制圧してくれた事は、武力を持たないイリダの下級国民や、オーリーの民達にとって朗報である。


ホルヘ殿とアスラン王は、目で合図をし、並んで横に立った。アスラン王が一歩前へ出る。


「皆、我らの話を聞いてくれ!」


群衆の視線がアスラン王に注がれる。


「我らオーリーは、ホルヘ殿率いるイリダの革命に全面的に協力する! それは、延(ひ)いては我らオーリーの為である! この腐敗した体勢を打破した後は、イリダとオーリーが良き隣人として歩めるよう、全力を尽くすと誓おう!」


王の言葉に呼応するように、オーリーの民達が声を上げた。アスラン王がホルヘ殿に目配せをすると、王と入れ替わるようにホルヘ殿が一歩前に出て、息を吸い、胸に手を当てた。


「イリダは、生まれ変わらなくてはならない! これまでのような、支配する、支配されると言ったものではなく!

出だしに躓いてしまった為に拗れてしまったオーリーとの関係を、正さなくては我らに未来はない!

どちらが優れている、優れていないなどと言う、一面だけで物を判断してはならない!

マグダレナに対してもそうだ! 彼らの持つ魔石を奪うのではなく、共に協力していければ、より良い未来を作れるとオレは信じてる! キレイ事と笑ってくれ! 間違っていたら教えて欲しい! 皆で一緒に、新しいイリダを作っていって欲しい!」


イリダの群衆から歓声が上がった。

アスラン王とホルヘ殿は視線を交わし、頷き合った。


「武装している我らが先に入ろう。何があるか分からぬ、皆、心してくれ!」


海のように広がる群衆の叫びに、エテメンアンキが揺れたように感じた。

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