獲物<ベネフィス視点>

イリダに潜入している多岐殿から報告が届いた。

主人が手紙を読みながら飲めるよう、新しい紅茶を淹れる。


複数枚に及ぶ便箋は、全て燕国の言語で書かれているようだ。

少しの後、報告を読み終えた主人は、便箋をテーブルに置くと淹れたばかりの紅茶に口を付けた。


「なかなかに面白い事になっているよ」


面白い事?


笑う主人。表情から読み取れる事は殆どない為、機嫌だけ確認する。悪くはないようだ。


「開戦は春に持ち越しになったよ。計画に狂いはないが、情報の共有はせねばならないね」


「皇嗣殿下と公家の方々への面会の手配を致します。帝国とギウス国へは差し支えのない範囲を書き写した物を送付すると言う事で宜しゅうございますか」


「勿論」


「ルシアン様とミチル様もお呼び致しますか」


いや、と答えて便箋に視線を向ける。


「同じものをルシアンにも送ったと書いてあるし、わざわざ呼び付けるまでもないだろう。ゼファスは膨れそうだけどね」


ゼファス様はミチル様を溺愛されているから、会えないとなると確かに機嫌を損ねるだろう。


「計画通りに行けば、イリダとオーリーは関係性を向上させて決着を迎える」


支配層イリダ被支配層オーリーの関係を向上させて決着。


「協力して革命でも起こすのですか?」


「そうだよ。そうして共通の敵を倒せば、いくらかなりと情は湧くだろう」


春を待つのは革命の機運を国全体に広げる為、と言った所か?


「マグダレナ侵攻の為の戦艦に莫大な費用がかかり、国民に重税がかかる。春まで待てば、国民の不満がピークに達すると言う計算なのだろうね」


「そのように都合良く進むものでしょうか」


起爆剤になる物も用意していると言う事か?

確かに重税により民は喘いでいそうだが、そもそもの国力と言う物がある。戦争が長期化でもしない限り、難しいだろう。


「そうだね。でも革命を起こさせたいのは彼だけじゃない」


多岐殿だけでは無いと言う意味なら、オメテオトルもそう考えていると言う事か。私自身の持つ情報が少な過ぎて判断出来んが。


「三者三様に動いているとは言え、最終地点が同じだからね、余程の事がなければ失敗はあり得ない」


楽しそうに笑う主人に、目を細める。


「……何か、ご懸念事項でもございましたか?」


「盤面の駒を動かすのは一人では無い。複数の人間が同じ事を為そうとすれば、どうなると思う? 別の駒が同じマスを目指したら?」


そこまで言って紅茶を飲み出した。これ以上は何も言うつもりが無いようだ。


この口振りからして、主人の中では何かが起こると言う確信があるのだと分かる。




ギウス族長と帝国皇帝へ、開戦に関する知らせをしたためる為、多岐殿の報告に目を通す。


ルシアン様のご友人である燕国公方の嫡子 源之丞様は、オメテオトルと革命を目指すホルヘなる人物との橋渡しをした。

ホルヘは下級国民であり、イリダ王直轄の研究所で筆頭研究員を務めており、マグダレナ侵攻の要となる戦艦に携わる。


オメテオトルの計画では、イリダとオーリーにとって害にしかならないゴミを戦艦に放り込む。無力化とまではいかずとも、その攻撃力と装甲にホルヘ達が手を加える事で弱体化した戦艦ならば、イリダに技術面で劣る我等マグダレナでも殲滅出来ると言う算段のようだ。

マグダレナ連合軍に敗れたイリダは敗戦国となり、オーリーを解放する。

主人やルシアン様が予想されていた通りの計画だ。


ホルヘの計画は革命を起こし、国家を転覆させる。もし失敗したら燕国に亡命させて欲しいと源之丞様に打診する為に近付いたようだ。随分杜撰な計画だと思ったが、戦争を止める為の捨て身の作戦だったのだろう。戦争ともなれば、一番に犠牲になるのは下の者からだ。


多岐殿はオーリーのアスラン王と接触し、オメテオトルの案に便乗する形で後押ししつつ、革命後の双方の国が安定する為に注力しているようだ。

アスラン王とホルヘを結び付け、イリダ大陸の毒を無害化する為の研究を進めながら、表向き開戦に向けて準備していると思わせる。その為に増税をイリダ王に促して国民の不満を煽る。


これだけでは、春に国民が蜂起するとは思えないのだが、主人はそれを否定しなかった。革命を起こしたい人間は一人じゃ無いと言った。


現在の登場人物は、オメテオトル、アスラン王、ホルヘ。この三人が主要人物。源之丞様も多岐殿も後方支援。

アスラン王とホルヘが手を組んだからと言って、オーリー側は全員が賛同するとして、イリダの下級国民のメリットが見えにくい。


春を待つ。春に何がある?

芽吹く季節。

……食糧か?

傲慢な者共は戦艦に食糧を詰め込む? 長期戦を予想して? いや、それはない。それなりに詰め込むだろうが、全てではない。マグダレナを下に見る奴等がそのような目線を持つ筈が無い。


だが、そう思わせて食糧を隠せば? 増税に食糧難ともなれば、民の苛立ちは日に日に募る。

その場合はオメテオトルも無事では済むまい。どうする? ここに来て民に媚びを売るか?


……アスラン王の監視人の腕を主人は何故一度落とした?

アルト家の拘束を逃れる事は容易い事では無い。

監視人達は主人の管理下にはない。ルシアン様の管理下にある。

その監視人に敢えて接触。その事自体は大した事では無い。傷付けた事も、いつもの気まぐれにも見える。


仮定の話として、ルシアン様があの者達を情報収集以外に利用するつもりでいるなら?

何に利用する? いや、何に使える?


……エテメンアンキに戻す?

戻して何に使う?


ルシアン様は何を考えている? どういった事を考える方だった?

ある時から主人はルシアン様に対する評価を変えた。それはいつだった?


主人の予想よりも早くに秘匿していた情報を入手し、ラルナダルトを継いだ時。アルト家を皇国公家入りさせても主人は腹を立てたりはしなかった。

むしろ苦笑いを浮かべながら、己の所為だと仰せだった。


ルシアン様は帝国での事も、ギウスでの事も、全て主人やミチル様を立てるようにして、ご自身の事を滲ませもしなかった。

主人の功績を見せられぬ息子ロイエの体たらくを冷ややかに見ていたが、そもそもがルシアン様の望みであられたなら?


──ミチル様。

ルシアン様のミチル様への執着は、アルト家男子だとしても異常だ。

全ての行動原理がミチル様に繋がる程に。

そのルシアン様が、理由はどうあれ、ミチル様に接触をしようとしているオメテオトルをそのままにしておく筈が無い。

オメテオトルが女だとしても、身体は男であり、主人格は男、他にも男の人格が入っているならば。


監視人はそもそもアスラン王の為に行動する者達だ。

オメテオトルの手の者として動いていても、根底はそこにある。

そこを利用する?

ミチル様にオメテオトルを近付かせない為に監視人達を逆に送り込んだとするなら?

──私が思い付く事を主人が気付かぬ筈も無い。


帝国皇帝宛とギウス族長宛の手紙、皇嗣殿下、公家へ召集の知らせを用意し、主人の元に戻る。


「ルシアンも私を出し抜くようになってきただろう?」


私を見て主人は笑った。


「燕国の定期船は既にイリダに向かった。まぁ、ルシアンも直ぐにはオメテオトルを始末はしないだろう」


それに、と主人は続けた。


「そうするだろうと思ったからこそ、彼の腕を一度落としたのだよ、ベネフィス」


気まぐれに動いているようで、全てが計算づくの主人が、あのような事をするには何かあるだろうとは思っていた。


冷ややかに見つめると、主人は笑った。


「ルシアンのやり方は、相手が逃げおおせる事を前提に組まれていく。オメテオトルは必ず始末されるだろうね。ミチルに目を付けた時点で、もうルシアンの獲物なんだよ。うちのお姫様を守ってるのは騎士ではなく、猛獣だからね」


父親で良かったよ、と言いながら、「必ずルシアンが仕止めるだろうから、こちらもその後が計画しやすくなるというものだ。優秀な息子と言うのは、良いものだね」と笑った。


デューが主人のグラスに赤ワインを注ぐ。

ワインを口に近付け、香りを楽しむように目を閉じる。


「アルト家に仇為す者は、許さないよ」


楽しそうに笑う主人に、小さく息を吐いてから頭を下げた。


「イエス、御主人様マイロード

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