貴方の秘密<アドリアナ視点>

王位継承権を持つのは全部で八人。

二条から渡された資料によれば、マグダレナ大陸に攻め込む王族はショロトルとチャルチウィトリクエを除いて六人。

チャルチウィトリクエは女性だから、そもそも継承権があった所で王にはなれない。ならば何故継承権があるのかと言えば、男性王族が絶えた時に、女性王族の子供が男子だった際に継承権を与える為だそう。そんな仕組み必要なのかと思うけど、前王の子供はショロトルしかいない。しかも成人しているにも関わらず、王位にも就かず、誰とも婚姻を結んでいない。

ショロトルに何かあれば血筋が途絶えてしまう。無駄に王族を増やすだけのようで、無駄に見えたけど、そうでもないのだと思った。増えたのがゴミのような王族ばかりでなければ。


もう一人の女性王族であるチャンティコは、マグダレナ侵攻が終わったらショロトルの妻に収まる。その為にショロトルの代理として参戦する──と言うのは建前で、赴き、他の王族と共に滅ぼされる予定と聞いている。それがショロトル側の考えだと。


チャルチウィトリクエが見逃された理由は、彼女には後ろ盾となる存在がいない。毒にもならない存在と見做されている、と言う事だ。


この計画で主要な王族はこの世から消え去る予定で、実現させる為に私とホルヘはマグダレナ侵攻に使用される戦艦を無力化させる事が当面の目標になる。


ホルヘは新技術の開発をメインとする部署に属し、私はエネルギー管理部門に属する。

新技術とひと口に言っても色々あって、武器や日常生活──王侯貴族達が便利に暮らせるようにする──に関するありとあらゆるものが開発の対象である。


今回のマグダレナ侵攻において肝になるのは艦砲かんぽうだろうと思う。装甲は以前から堅牢な物を装備する事が可能だったが、その分重量が増え、走力が低くなる。走力が下がると言う事は海上での走行において不利であり、敵の侵入や攻撃を許してしまう。いくら装甲を整えても、絶対に破れない装甲などない。

防御だけ高める訳にはいかない。攻撃手段として、海上から陸に向けて掃射する為の艦砲の開発は以前から進んでいた。従来のカノン砲は建造物や船体に攻撃する為と言うよりは、船上の設備や乗組員を殺傷する事に向いていた。

中距離カノン砲だけではなく、近距離掃射用のカロネード砲も搭載し、中距離戦、近距離戦を可能とした。


そこにきてホルヘ達が開発したのは巨大艦砲だ。艦砲を巨大化させる事で射程を伸ばし、威力が増した。

これだけでは強力な砲弾を遠くに飛ばせるだけになってしまう。命中させなければならない。命中率を上げる為には対象物との距離を正確に測定する事が必須だった。

遠く離れた物体を認識する為にホルヘ達が作ったのは、レンズ、と言う物だった。

レンズの後ろに置いたプリズムの傾斜角度で距離を測る事で、扱う者の感覚に委ねると言う職人技から、操作に慣れれば大概の者が使用出来るようになった。

距離を測り、放物線を描いて確実に対象物に着弾するように計算する。


我らイリダは技術は持っていた。でもそれを実現し、維持していくだけのエネルギーを保持出来なかった。

開発された蒸気機関は木材や石炭等の資源が枯渇しかけている現在では意味を成さない。

そこに、燕国を通してもたらされた魔石という存在。

我ら開発者は歓喜した。これさえあればこれまでエネルギーが足りずに断念していた事物が、現実の物に出来るのではないかと狂喜乱舞した。希望の星だったと言って差し支えない。

……知らなかったのだ。魔石が、マグダレナ大陸に生きる生物からしか取れない物だと言う事を。石炭と同じように、採掘される宝石のように美しい石なのだと思っていた。


私の恋人は魔石に夢を求めていた。その時はまだ、マグダレナ大陸の事も、魔石の事も分からないことだらけだった。

山程魔石を手に入れてくる、と意気込んでエテメンアンキを出発した恋人は、戻っては来たものの、彼は死を待つしかない存在になっていた。


マグダレナ大陸とその周辺に蔓延する毒。

毒はありとあらゆる場所から体内に入り込んで、内側から蝕むのだ。どんな解毒薬も効かなかった。

私の恋人も、日に日に痩せ細り、吐血して死んだ。

大陸に渡って戻って来た者達は皆、一人残らず死んだ。一様に同じ死に方をした。

原因を解明する為に解剖された。全員が全員、内臓が腐っていた。このような事が起こり得るのかと、恋人の死を受け止め切れずに呆然とする私の近くで呟いたのは誰だったのか、もはや覚えていない。

あまりの事にあの時は記憶が曖昧だ……。でも、呟かれた言葉は覚えている。


──女神の呪いだ。







魔石の事が王侯貴族に知られ、奴らは燕国に支払う金を惜しみ、毒が蔓延するマグダレナ大陸に私達研究者や、オーリーの者達を送り込んだ。

大陸に滞在した期間は関係なかった。

皆、みんな、マグダレナの毒から逃げられなかった。

それでも王侯貴族達は諦めなかった。

私達、下級国民は自国の王侯貴族からすればどうでも良い、棄民に他ならないのだとはっきりと突き付けられた気持ちだった。

これまでも思う事はあった。我ら下級国民が創造神をその名で呼ぶ事は禁じられていた。神イリダではなく、神ユーゲと呼ばねばならなかった。

汚れた者共が、高貴なる我らと同じように神の名を口にするなど許さぬと、そう言う事らしかった。

日夜研究を重ねる我らは、王侯貴族の為に働いているのに、何の価値もないのだ。便利な道具ぐらいにしか思われていない。


研究者は下級国民の中では選ばれた者達と呼ばれていた。ここに来れるようになれば未来は明るいと言われていた。

でも蓋を開けてみれば、そんなものなんて何処にもない。

あるのは奴らの気分次第で毒に塗れた世界だろうと何だろうと、命を捨てに行かねばならない現実だけ。


馬鹿馬鹿しい。

いつまでこんな日々を過ごさねばならないのか。

こんな奴らの為に私の愛する人は死んだのかと、そう思うとはらわたが煮え繰り返りそうだった。

あの頃の私は極端だった。

王侯貴族への憎しみで、国家転覆を図る為にホルヘが作ったレジスタンスに加わり、その為に精力的に活動した。

けれど、不意にどうしようもない虚無感に囚われて、身動きが出来なくなる事があった。


酔っ払いが絡んできた時、自棄になっていた私は、もうどうにでもなれと思っていた。

ケツァが私を助けた時、あまりに美しい顔だから、女性なのかと思った。でも、ケツァは手慣れた様子で酔っ払い達を叩きのめしていった。声は男性だった。


逃げた。ケツァの手を引いて。

自暴自棄になっていた私の頭が急にクリアになっていった。自分の事で巻き込んでしまったと思った。

それなのにケツァはけろりとした様子だった。


"あんなゴミみたいな奴らに負けたりするものか"


確かに一瞬であっても、相手が酔っ払っていたとしても、力量の差は明らかだった。

けれど、あの愚か者達が武器を持って集団で襲って来たら──? そう思ったらとてもじゃなかった。

絶対に駄目だと、何度も何度もケツァに言った。

つまらなさそうに私を見て、ケツァは何処かに行ってしまった。

私はそれから、怪我をした人間がいると聞けば、それがケツァではないかと気になって仕方なかった。

結論から言うと杞憂に終わった。

再会したケツァはぴんぴんとしていて、私と会った時には、こっちの事を忘れていたぐらいだった。

心配していたのにと怒れば、驚いていた。それから、やられはしない、とまた飄々とした顔で言った。


ケツァとは何度も会った。

会えるのは不定期だったけれど。何年も続いた。

恋人を失った事で出来てしまった大きな穴は、気が付けばケツァで全て埋まっていた。


城で兵士を勤めているとケツァは言った。だからあんなに強かったのかと納得した。

少年のように幼くて、純粋で、すぐ拗ねて、甘えん坊で、強気になったりするケツァ。

女性のようにも見える程に美しい顔をしているのに、ふとした表情に男らしさを感じた。

転けそうになった私を支えてくれた腕の力強さ。

美味しいと言って、熱々の屋台料理を豪快に食べて笑う。

熱いものなんて、外でしか食べられないと言って、屋台料理を好んで食べた。食堂の料理も、馬鹿みたいな騒ぎに怒ったかと思えばおおらかに受け入れたりする。


最初はお互いに好きでも何でもなかったと思う。でも、会う度に、笑顔を向けられる回数が増えて、私の事を名前で呼ぶようになって、優しさと、熱が混じった眼差しに、ケツァが私を好きなのだと言う事はわかっていた。

私も、ケツァを愛し始めていた。

何故好きだと言ってくれないのだろうと思っていた。


そんな時、王侯貴族がマグダレナ大陸への侵攻を本格的に視野に入れ始めたようだと、ホルヘから聞かされた。

戦争になれば、城の兵士であるケツァは駆り出される。

また失うのかと思ったら、耐えられないと思った。

いつもは会えなくてもその内会えるだろうと思っていた。寂しいなと感じる事はあっても、焦燥感は無かった。


会って、戦争に参加するのかを確認したかった。

行かないでと引き止めたい。

それなのに、ようやく会えたケツァは、戦争をあっさりと認め、兵士だから参加するだろうと、他人事のように言った。


ケツァを強引に引っ張って、部屋に連れ込んだ。

いつもは強気なケツァは、私のしようとしている事に気が付いているのだろう。明らかに動揺していた。

私は冷静じゃなかった。

お互いの想いを伝えあって、身体を重ねれば、縋れば、止められると思い込んでいた。

──私はケツァが欲しかった。


キスをすれば抵抗したのは最初だけで、直ぐに受け入れた。そのうちに、ケツァからもキスをされて、脳が痺れる程に嬉しかった。

私の物に出来る喜びで胸がいっぱいだった。

欲しくて欲しくて、堪らなかった。

キスしたままベッドに押し倒すと、ケツァは顔色を変えて抵抗してきた。さっきとは比べ物にならない程に、強く抵抗された。


「駄目だ、アニー!」


キスすら初めてのようだったから、怖いのかも知れない。

そう思って、安心させようと思って大丈夫よ、と言うと、ケツァの瞳が揺れた。

あぁ、やっぱり不安なんだわ。

私がリードしようと、ケツァの身体に触れていってすぐに、違和感を感じた。


……何故?


何故、ケツァの胸は、膨らんでいるの……?

実は女性だった……?


ここで止めたら、ケツァが傷付く。

それが理由で抵抗していたのに、知らない私が強引に迫ったとしたなら?

だから、私は言った。


「大丈夫よ」


その言葉は自分に向けてでもあった。


何度も言った。大丈夫だと。

ケツァに、そして、自分に。


結論で言うなら、ケツァは男性だった。

何故彼に胸があるのかは分からない。けれど間違いなく、男性だった。

この所為でケツァはこれまで、恋人が作れなかったのかも知れない。

ずっと不思議だった。我儘な所はあるけれど、総じてケツァは魅力的な男性だった。それが、これまで恋人を持った事がなさそうだった理由は、きっとここに由来する。


でも、もう平気よ。

私は貴方を受け入れるわ。

愛してるのよ、ケツァ。




*****




月のものが来ない。

妊娠したかも知れない。

あれからケツァには会えていない。

もしかしたら、後になって怖くなって、私の前に姿を現さないかも知れない。戦争に向けて忙しくなったのかも知れない。

でも、良いわ。また会えるって私は信じてる。生きてさえいれば、会える。

だから私は決めた。兵士であるケツァを絶対に戦争になんて行かせやしない。

何としても阻止してみせる。

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