方向性定まる<言綏視点>

概ね思った通りに進んでいると言って差し支えは無い。

二条様がホルヘ殿とアドリアナ殿、それからオメテオトル殿の信頼を得て下さったは重畳。

某はアスラン王から戦争に関する情報と、オーリーの上位貴族の勢力図、イリダ王族の系譜に関する書類を受け取った。大概の事は理解したと言えよう。

若君と某が別に動いた為に双方に影が張られたが、今では某には誰も付いておらぬ。

影を付けずとも良いとの判断なのか、罠なのかは今後も注意せねばならぬ点ではある。


アスラン王から教えて頂いた話では、ショロトル──オメテオトルであり、ケツァであり、イツラコリウキである──は前イリダ王の唯一の子であったが、王の晩年間近に生まれた為に、王の従兄弟であったトラロックが世嗣の御子であるショロトルが成人する迄の繋ぎとして玉座に座ったのだそう。

棚から牡丹餅となったトラロック王は己が立場を盤石とさせる為にショロトルを亡き者にしようとするが、前イリダ王とその嫡流を守護する影によりことごとく阻止されたらしい。ショロトル成人間近においてはトラロック王の方が命を狙われる始末だったと言う。

その為、余程の事がなければ王は王宮の奥からは出てこない有様らしい。速やかに然るべき者に譲り渡せば良いものを、いつ迄も縋り付くとは、何ともはや。

鬱陶しくも愚か者は何処にでも湧く。


りとて、ショロトルが望めば直ぐに王位は奪えようものを、そうせぬ理由。出来ぬのか、為さぬのか……。

ここに、ショロトルが多重人格となった所以が隠されているのであろうなぁ。

某には教えられぬと若君は仰せであった。あの方が斯様かような物言いをすると言う事は、扱いの難しい内容と言う事。ショロトルの個人的理由であろう。


王位に全く関心がないのかと思えば、アスラン王の正妃候補筆頭を殺める。正妃候補の家はショロトルを軽んじて継承権第二位のセンテオトルに近付いた。その見せしめとして、利権を運ぶ筈であった娘がしいされたと。

いつでも王位を取ろうと思えば取れる──そう受け止められた筈。だが、今では無い。

……ならば、何時いつ


ショロトルの考えを読もうにも、狂人の振りをしている──周囲はそう見ている。何を考えているのか読めぬ。


多重人格と言う事は、それぞれが個別の思考、趣味を持つと聞く。性別すら違うのだ、趣味が異なるなど当然の事。あまりの別人振りに、アスラン王達は戸惑いを隠せなかったに違いない。

ショロトル、オメテオトル、ケツァ、イツラコリウキが何を考え、行動しているのかが問題になってくる。


多重人格の場合、主人格とは別の、全ての人格を統制する人格が生まれる事が多いとの事。

他の人格が表層に出てきている際でも、埋没する事なく、何をしているのかを認識出来る。必要に応じて止める事も可能だと言うから、凄まじいものだと思う。


ショロトルで言うならば、オメテオトルが統制する人格だろうと思料する。


アスラン王曰く、ケツァという人格はごく稀にしか出て来ないそうだ。短絡的で暴力で何事も解決しようとすると。

オメテオトルはたまに。

近頃はイツラコリウキである事が多いようである。奇妙な言葉に少女のような服装を好む。時折見せる残忍さと狡猾さが不気味なのだと、王は眉間に皺を寄せて仰せであった。


トラロック王にマグダレナ侵攻を勧めたはイツラコリウキだったとの事。オメテオトルの指示であると見るが必然。

王侯貴族を丸ごとマグダレナに向かわせる為の甘言。

イリダ建国後において、長年問題視されていたエネルギー問題を解決する手段を入手し、神イリダの威光を以て遍く知らしめ、マグダレナを栄光ある我が国の属国とする。その映えある王になる、と言った所か? それとも王位をそのまま譲るとでも言ぅたか?

単純過ぎるやも知れぬが、聞き及ぶ範囲ではトラロック王は凡人やに見える。この程度で動こう。

問題は、他の王侯貴族に何の餌を撒いたのか。

もし、ショロトルが王になる事に感心がなかったと仮定するなら、餌は王位に他ならぬであろうなぁ。

一掃する予定であるから、真実、興味が無いのかまでは確信が持てぬが……。


王位をかけた競争に、王侯貴族を放り込み、それにより挽回を図ろうとする者達、このまま利権を保持する事を望む者達がこぞって動くのは分かるが、如何いかにすればマグダレナに向かわせられる?

……否、向かわせるのは、王族だけであるとすれば?

有力者の後継者やその候補達は次代の主人を前に働こうとマグダレナ侵攻の供をしよう。

国内に残るのは、年老いた当主や女、子供。


ホルヘ殿やアドリアナ殿が革命軍を率いていると言う事実をオメテオトルが認識していたとするなら、それを使わぬ手は無い。ただ、規模が分からぬな。


アスラン王もまた動くであろうが、革命軍と衝突するは無駄の極み。

然りとてアスラン王側の動きがオメテオトルに筒抜けになるのはまらぬものではあるが……。

アスラン王を頂点とするオーリーの下位貴族達とイリダの下級国民の手を取らせるのも一興。


事が済みし後、お互いが憎しみ合う状況になればまた、無用な血が流れよう。

ここは気持ちよく、手を組んで頂くのも面白いかも知れぬなぁ。後顧の憂いも無くなると考えれば、手っ取り早い。


『……悪い事を考えているだろう』


眉間に皺を寄せて若君がおっしゃる。


『まさか、その逆に御座りまするよ。万人が幸せになれる方法を考えていただけに御座ります』


『胡散臭い……。そなたがそのような殊勝な事を願う筈が無い』


仰せの通りではある。

何だかんだと、若君も某の事を良ぅ分かっておられる。


『上に立つ者が下の者の安寧を考える事が、おかしゅう御座りまするか? 誠に遺憾に御座りますなぁ』


『それが胡散臭いと言うておるのだ。何を考えておる』


『ですから、民草の安寧に御座りますよ』


微笑んで見せると、二条様の眉間の皺が深くなった。


『若君は無駄な諍いも、無用な血もお望みであらしゃらない。それを可能とする案を考えておりまする。

民草の安寧に御座りましょうや?』


某の言葉に偽りが無いと感じ取ったのか、眉間の皺が減る。


『そのような事、可能なのか……?』


『さて……それは皆様のお働き次第』

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