036.難しい名前

源之丞様と多岐様はそろそろイリダの都──エテメンアンキに着いた頃だろうか。

皇都に一緒に付いて行ったアビスが戻って来て、二人が無事に魔石を手に入れられたとは教えてもらったけど、船旅だし、着いてからもどうなるのか分からないような危険な場所だし。


お義父様の元に届いたト国からのイリダに関する報告書の写しがルシアンに届けられ、その複写は源之丞様にも渡されたらしい。既に調べてある事をわざわざ調べてもらうのは時間の無駄だもんね。

……で、その写しを私も見せてもらったんだけど。


ト国ってば何故かイリダ王族の名前一覧とか入手してて。やりおるなぁ、なんて思ったのも束の間。

噂のオメテオトルの名が何処にも無い。

何で?

私もセラも銀さんも、?状態。

オメテオトル何処行った? もしかしてこの情報古いのか? と思ったら半年ほど前の事だったりするし。


「どう言う事でしょう?」


「どう言う事なんでしょうね」


「!」


気が付いたら隣にルシアンが座っていた。

セラと銀さん達は既に部屋にいない。

私の鈍感レベルが人よりも上だとしても、ルシアン達のアサシンスキルが高過ぎると思うんだヨ……。


隣でにっこり微笑んでるルシアン。

この人は忙しいんだか暇なんだかよくワカラナイ……。どっちなの?

はてな?と首を傾げると、同じ方向にルシアンも首を傾げる。首を傾げただけなのにカッコいいとか、どんだけイケメンなんだね、ユー!

はぁ……たまりません……イリダの発達した文明の利器にカメラはないのかカメラは……!


燕国からの書類にはイリダの階級や支配制度、オーリーとの関係性なんかが細かに書かれていた。

ト国の書類にも同じような事が書かれていたけど、そうではない部分もあって。

それがイリダ王族の一覧だった。それぞれがどれだけの力を持ってるとか、どの上級国民と深い関係にあるとか、そう言ったのは残念ながらない。

思った以上にイリダは秘密主義であるらしく、漏れてくる情報が少ない。


だから、オメテオトルの名前が出て来なくても不思議はないのかも知れない。

オメテオトルは女の人っぽいし、この王族一覧、名前だけ見ても性別が全然分からないんだけど……もしかしたら、女性に継承権がないとか、普通にありそう。


王位継承権を持たない女性のオメテオトルが、大切に思っているこの中の男性王族を王としようとしてる……んではないんだよね……彼女は彼の為にイリダを解体しようとしてるんだし……。


王族の一覧の名を見ていく。

名前と備考?しかないから、誰がオメテオトルの彼なのか分からない。そもそも私が勝手にそう思っているだけで、本当に彼が王族なのかも、存在するのかも分からない。


「オメテオトルが大切に思う彼と言うのは、どなたなのでしょうね」


「間者から聞き出した内容からすると、この、ショロトルと言う人物のようです」


あ、そうか。

ルシアン達は間者を捕獲してるんだった。


リストでも一番上に書かれている名前だ。

順不同でないなら、王族筆頭って事?


「間者には会わせられませんので、あしからず」


唐突に言われて、思わずはい、と答える。

間者に会うと言う選択肢は私には無い。だって私、狙われてるんだよね? いくら今、間者が捕まった状態だからと言って絶対安心なんて事ある訳ないし。急に本気出して、私を捕まえて逃げるとか、無いとも言えないし。

モブな私がそんなとこ行ったらトンビに油揚げ?飛んで火にいる夏の虫?状態ですよ、間違いない!

ただでさえ徹底的に危険から避けても巻き込まれるって言うのに、何を好き好んで危険地帯に行くものか。


「理解いただけているようで安心しました。彼らはオメテオトルから、我らと手を組めるように説得するよう命を受けています。それが不可能であるなら、貴女を連れ去って来いと」


ぞわり、とする。

やっぱり、良い人じゃない! 攫って来いとか!

思わずルシアンの服を掴む。腰に腕が回され、温かさにちょっと気持ちが落ち着く。


「私はあちらの大陸に行っても何も出来ませんよ?皇位継承者とか、皇帝を連れ去って人質にするとも違うようですし……」


最近女皇に、みたいな流れが急速に出来つつあるけど、私は公家の一人だけど、皇太子では無い。だからオメテオトルが私を狙う理由はそれじゃないのだ。

……オメテオトルの考えがさっぱり分からない!


「彼らの知るミチルの情報は漠然としています。

歌う事で魔力を生み出せると言うものと、女神に愛される一族の末裔、これだけです」


女神に愛されていたのはアスペルラ姫で、私はただの末裔で、血筋の関係で歌う事で魔素を魔力に変える、その点のみチートなだけですけども?


「イルレアナ様から、何か聞いていたりは?」


首を横に振る。


「それでしたら、ニヒトの方が私より詳しいのではないでしょうか」


「レーゲンハイム翁には既に確認しました」


……と、言う事は、やっぱり私にはそれ以外のオプションはないんじゃないかなー。


「お義父様もご存知ないのですよね?」


私の問いにルシアンは頷く。


それに、アスペルラ姫の事は、銀さん達の方が詳しいだろうしなぁ……うーむ……。


スッキリしない気持ちのまま、ト国からの書類に視線を戻す。

何処かにヒントないかなー。例によって例の如く、本当はフラグ立ってたのに私が全然気が付いてない的な。

そう言った第六感的なの、欲しい。


「この、王族の一覧を見ても、名前からでは性別が全く分かりませんね」


ショロトルとか、シペ・トテックとか、センテオトルとかチャルチウィトリクエ? 舌噛みそう、トラウィスカルパンテクートリ? とか……これ何処で発音切るんだろう? 一人の人間の名前なの?!

チャンティコ? チコメコアトル??

……無理! なんか色々無理!!


リストの名前を指差しながら教えてくれる。


「チャンティコは女性ですね」


何故分かる……?!


「チャルチウィトリクエも女性です」


いや、だから何故分かる?


「ルシアン」


「はい」


「この名前の何処から女性だと?」


こんなところまでチートなの……?


ルシアンは笑った。


「ト国が王族の名を知るきっかけになったのは、現イリダ王のトナティウの即位を祝う為だったようです。

ここにそれぞれの王族に献上したものが書いてあるでしょう?」


言われた箇所を見てみると、確かに書いてある。


「その内容から性別を判断しました」


あぁ、なるほど。謎スキルかと思ったわ。


それぞれに贈られた品を見ていく。

ショロトルの部分には飾り太刀と書かれている。

チャンティコには絹織物がいくつも贈られている模様。なるほど、女性だから布を送ったって事か。

男性は基本飾り太刀のようだ。女性には布。


「この、チャンティコ、という方ですとか、チャルチウィトリクエ、という方の別名がオメテオトルだったりと言う事はないですか?」


源之丞様が二条と呼ばれるように、色んな呼び名が存在するとかさ。


「私達もその可能性を考えて、ドレイク達に質問をしましたが、違うようです」


えー?


「オメテオトルと言う方は、本当に存在するのかしら?」


ルシアンが苦笑する。


「気持ちは分かりますが、残念な事に存在しているようです」


いるのか、オメテオトル。

それなら何故このリストにいないんだい……。

出ておいで、オメテオトル。


いや、本当に。

オメテオトルって何なの? 何者なの?

いるのは分かった、認めてあげようではありませんか。いえ、上からですみません、ゴメンナサイ。

存在するのに、みんな王族だって知ってるのに、リストにいない。本名が別って事もない。

秘密の存在でもないって事?


「オメテオトル、実は王妃だったりしませんよね?」


それだと何となく辻褄が合うって言うか。

実はもう人妻で、でも大切なのはショロトルとか言う人で、このままでは添い遂げられないから、国を転覆させちゃおう!

……いや、王を何とかすれば良いもんなぁ……。


「それは無さそうですよ?」


そう言ってルシアンは私を膝の上に乗せる。


やっぱり違うのかー。


「ミチルはオメテオトルが何者なのか、気になる?」


「とても」


だって、私を誘拐しようとしている張本人だもの。

気になりますよ、そりゃあね。


「私もオメテオトルの事が気になります。あともう一人、ケツァと呼ばれる人物です」


ケツァ。良かった。名前短い……。

さっき目にした名前、何一つ頭に入って来なかったヨ……。

早口言葉かと思ったからね。

さっきの王族リストにはなかったなぁ。それだけは分かる。何処から来たの? ケツァってヒト?


「どなたなのですか?」


「オメテオトルとショロトルに近い人物だそうです」


えっ、まさかの三角関係ですか? 愛憎ドロドロとか?!

オメテオトルはショロトルが好きで、ショロトルもオメテオトルが好きで、ケツァもオメテオトルが……!


「ミチルが想像しているような関係では無いと思います」


「?!」


おかしいな、心の中だけで思った筈なのに?!

漏れてるって事?


ふふ、とルシアンは笑って、私の頬を両手で包み込む。


「ミチルは素直ですからね」


単純って事かな、つまり!

自覚はあるけども。


「ルシアンは何でもお見通しなのですね」


「ミチルの事だけね?」


え、なんかそれはきゅんときちゃう。


「お忙しくはないのですか?」


おでこにルシアンの唇が触れる。


「それなりに忙しくはありますが、ミチルとの時間は何よりも大事ですから」


「ルシアン……」


嬉しくて、申し訳なくて、言葉に困る。

何かルシアンの役に立てれば良いのに……。

皆、側にいろって言うけど、そんなの頼まれなくたってそうしますよ?

そうじゃなくてね?

もっと、他の事でもルシアンの役に立ちたい。

私が喜ばせられる事……?


「ルシアン、おなかは空いてらっしゃいませんか?」


「食べさせて下さるんですか?」


あっちにしかない料理を作るのなら、私にも出来るよ!


「勿論ですわ」


……なのにー、なーぜー、と思わず歌いたくなってしまった。

冷蔵庫に大した素材が入っていない。

そう言えばエマが、今日の夕方素材を確保します、って言ってたなー。


冷蔵庫にあるもので作れる奴と言う事で、三色丼にした。

鶏そぼろに、ほうれん草のナムルと、卵のそぼろ。

しょっぱさと、シャキシャキ感と、甘さのコラボですよ。


鶏ひき肉はすぐに固まりになっちゃうから、菜箸4本使って撹拌するようにかき混ぜる。味付けはめんつゆでよく作ってたんだけど、こっちにはそんな物ないっぽいから、酒とみりんと醤油を時間差で入れていく。

ほうれん草はフライパンでさっと湯掻き、水気を絞ってから、ごま油、塩、白いりごまで合える。

卵はいつもなら砂糖で甘くするんだけど、ルシアンは甘いの好きじゃないから、みりんで。あとお酒と、ちょっとの塩。その方が甘さが引き立つ気がスル。

炒り卵に至っては菜箸6本で撹拌。混ぜて混ぜて混ぜまくる。


丼用のお皿なんてないから、お皿に解凍して温めたごはんを広げる。ラトリア様に丼作ってもらいたいけど、貴族としてそれは駄目かな……。

鶏そぼろ、ほうれん草のナムル、卵のそぼろを混ざらないようにごはんの上にかけて、テーブルに置く。


「これは、初めていただきますね」


「色んな味が楽しめるのと、作るのも手軽なのです」


冷蔵庫にこれしか無かったのは秘密ですよ!


スプーンで掬われたお米と鶏そぼろは、ルシアンの口の中に消えた。

どうかなー。嫌いじゃない味だと思うんだけどなー。特に鶏そぼろ。


「美味しいです」


そう言ってルシアンは優しく微笑んでくれた。


「……美味しいだけでなく、彩も良いですし、食感も違って楽しめますね」


和風にしたけど、中華風も美味しいから好きだなぁ。

もやしのナムルとか、ほうれん草とか。あとあの茶色いシャキシャキした奴。


「ありがとう、ミチル。とても美味しかったです」


「なによりですわ」


ぺろりとたいらげたルシアンは、ロイエに呼ばれて、名残惜しそうに部屋を出て行った。

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