命をかけて<セラ視点>
ギウスとの戦争が始まった。
帝国に攻めて来たギウス軍は、予想通り騎馬隊ではなかった。白兵部隊は帝国兵の前であっけなく破れていく。
次々と増える捕虜達。
苛立ちを募らせた敵の将軍は、罠にあっさりひっかかり、捕縛された。ミチルちゃんの案だったらしく、逆オケハザマと呼んでいた。もう一人の将軍は、大旦那様を見て逃げ出した。
戦場は帝国からギウスに移行し、指揮をする者が変わった所為か、帝国の将軍は苦戦を強いられた。
騎馬隊の強みを活かした戦法で、翻弄され、負けていく。
アレクシア陛下と、皇国公家がギウスに到着した時も、戦況は不利なままだった。
遂に大旦那様が動き出してしまった。陛下が来る前に何とか出来たなら、ワタシの思い過ごしであったなら。
大旦那様が指揮をとり始めて直ぐに、戦況は好転した。
逃げたもう一人の将軍も捕縛しようとしたが、上手くいかず、落命させてしまった。
本戦前に敵戦力を削ぐ、という名目でルシアン様はギウスの飛び道具である弓を大量に消費させた。
無駄な消費を敢えてさせた。
相手が状況判断が正確に出来なくなっている間に。
「フィン」
ギウスとの本戦前夜、ワタシはフィンに会いに行った。
「兄上」
以前のような、自信に満ちた顔ではなかった。
「当主様はアレクシア様をどうするおつもりなのでしょうか」
第一声がそれなのか、と気持ちが落ち込むのを感じる。
以前のフィンなら、ルシアン様の事を口にしただろうに。
「……分からないわ。何かお考えあっての事だとは思うけどね」
沈黙が続く。
「……兄上、自分の事は自分が一番分かります」
突然の言葉にぎくりとする。
「私はサーシス家の嫡子として相応しくありません。父上達にも直にそう判断されるだろうと思います」
そう言って少し悲しそうに微笑む。
「ルシアン様の為だけに生きるつもりでした。ルシアン様に仕える自分しか想像出来なかった。
でも今ではこの有様です。ただの役立たずです。
ずっと、兄上の事を弱い方だと思っていましたが……。そうじゃなかった。弱く、愚かなのは私でした」
「フィン……」
「本戦では、私はシドニア公爵付きになりました。
当主様は私が使い物にならない事も、陛下に対して別の感情を持っている事もご存知で、私を陛下から一番遠いシドニア軍に入れたのだと思います」
それは違う、と言いたいのをぐっと飲み込む。
大旦那様は全て分かっているからこそ、その後の計画を遅滞なく進める為の手を打っているだけなのだ。
「……大旦那様のお考えはワタシ如きには分からないわ。分からないけど、フィン、悔いのないように生きれば良いわ」
「止められるかと思っていました」
苦笑した。
「自分の責務から逃げ出して弟に押し付けたワタシが、フィンを止める訳ないでしょ」
「そうでしたね」
お互いに笑い合う。
次に会った時、またこうして笑っていられるのだろうか。
本戦は長期戦の様相を呈した。
大旦那様とは思えないような戦略だった。
公家の面々も、帝国の面々も、その点は気にしていないようだった。
一見、騎馬隊のトリッキーな動きに柔軟に対応していると思われる陣形だ。疑問を抱かなくても不思議はなかった。
でも、ワタシには陛下の守りを薄くしているだけにしか見えなかった。それはワタシが、そう思い込んでしまっていたからかも知れない。
大旦那様は長期戦を好まれない。
それなのに、この陣形では長期戦は避けられない。
そうなれば何か別の思惑を持ってるとしか思えなかった。
本戦とは思えない、ジリジリとした戦闘があちこちで繰り広げられていくのみ。
兵士としては騎馬隊に蹂躙されない為、精神的にも肉体的にも楽ではあるだろうが。
夕方になり、騎馬隊が意思を持った別の生き物のように、アレクシア陛下の受け持つ南に向かって突撃した。
それは波のように、繰り返し押し寄せた。
ヴィタリー陛下の軍に配置されていたワタシは、フィンの動向を注視していた。
陛下が攻撃されていると知ったフィンは、数人の兵を連れて南に向けて駆け出したとの知らせが届く。
皇帝に弟の援助をしたいと申し出れば、快く快諾してくれた。
フィンとは逆方向から南へ向かう。反対側にも増援を頼む為だ。フィンの行動に、皇国軍は反応するだろうと思ったからだ。
軍を連れて南に到着した時には、ファランクス兵が無残にも殲滅されていた。
これを、年若い陛下に見せたのか。
大旦那様は、思った以上に陛下に対してお怒りなのかも知れない。
計画の為だけでなく、ミチルちゃんを大切に思ってらっしゃるからこそ、陛下が許せなかったのかも知れない。
南の軍は壊滅に追い込んだ騎馬隊を、ファランクスの大盾に近い装甲馬を前面にした状態で囲い込み、仕留めていく。
その間、フィンと陛下の捜索をさせた。
騎馬隊を殲滅させた後も、二人は見つからなかった。
陛下とフィンが見つかったとの報告が翌日に入り、慌てて治癒をしている病院に向かった。
そこには父上がいた。
「申し訳ありません……」
ワタシの謝罪に、父は首を横に振った。
寝台で眠るフィンは、ただ、眠っているだけに見えた。
「おまえがフィンを助ける為に動く事も、見越されての配置だろう。おまえが思った通りだろうと思う。
おまえは優秀で使い勝手が良いと、あの方は笑顔でおっしゃっていた」
ぞわりとする。
何もかも、想定内なのだろう。
ワタシが弟思いの皇帝の陣に配された事も、フィンの動向が見えやすい場所なのも、フィンが陛下から離れた位置なのも。陛下がファランクス兵の壊滅を目にして絶望していく様も、それをフィンが助ける事も、力を放出する事も。
全て。
「それでも……弟を助けられませんでした」
父は首を横に振った。
部屋を出る間際、知りたかった情報を教えてくれた。
「デューにはおまえから言われた通り、見つけて直ぐに魔石を大量に口に放り込ませるよう依頼しておいた。
それが功を奏したのだろう。何とか定着した魔力により、フィンは生き延びた」
フィンの寝台の隣に腰掛ける。
魔力の器は魂そのもの。魂が力を失えば絶命する。
一度完全に枯渇した器にどんな事が起きるのか、それに関する文書は無い。
フィンが助かったとして、どうなるのかは不明だ。
それでも、生き延びて欲しい。
「フィン……働かざる者食うべからずと言われたけど……ワタシは兄だから、養ってあげるわよ」
ベネフィス様に待機するように言われた部屋で、これからの事を考える。
ワタシはサーシス家の嫡子に戻る。フィンがあの状態では戻らざるを得ないと言うのもある。
レーゲンハイム家のダヴィドは少し苦手だ。顔合わせの際に、口説かれた。
ここの所そう言った面では平穏に過ごしていた為、久々の事に疲れた。
男だと言って直ぐ諦めてくれたのはまだ良かった。
どうしようもないのになると、それでも付き纏ってくるから困りものだ。
ラルナダルトの血を引く者のみを主人と仰ぐレーゲンハイム家とは上手くやっていきたい。
「セラフィナ、主人がお呼びだ」
ベネフィス様に呼ばれ、サロンに入る。
昨夜言われていた。
ミチルちゃんの執事に戻るようにと。
漸く、主人の元に戻れる。
二度と過ちは犯さないと誓う。
「ただいま戻りました、我が君」
命をかけても、守ると。
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