027.覚悟

族長達が城から出て直ぐに、ギウスの人達が周りを取り囲んで泣いて喜んでいるのを見て、やっぱりこれが正解だったんだと思った。


「嬉しそうですね」


「嬉しいです」


それは良かった、と言ってルシアンは私のおでこにキスの嵐を降らせる。

ちょっ! ここ、お外だから!

セラも生温かい視線送ってないで、止めて!


抵抗しようとした所、セオラがやって来た。

祖父母と一緒に。


「--っ!!」


声にならない悲鳴を上げた私は、必死にルシアンの顔を押し返す。


「レイ? この方は?」


久々の再会なのに、夫にキスされまくりな破廉恥場面を見られた!!


「ルシアン、いい加減に止めて下さいませっ!」


気にせず私の顳顬にキスを落としてきやがりますよ!

セオラの顔が赤いよ!!

待って! 私は同類じゃないです! 私は公共の場で破廉恥行為に及ぶような人間ではないのにーっ!


「お祖父様、お祖母様、こ、これはですね……っ」


あらあらうふふ、と祖母は笑うし、祖父はルシアンをじっと見つめるし、ルシアンは笑顔のまま祖父を見返すし。


ルシアンは私の腰から腕を離し、胸に手を当てて祖父母に挨拶をした。


「初めてお目にかかります。私はルシアン・アルト・ディル・ラルナダルト、ミチルの夫です」


お祖母様が目を見開く。


「レイ、貴女……」


潰された筈のラルナダルトを継いだから驚いてるよね。


「いつ婚姻を?」


あぁ、そっか。そうだった。

まずそこからだった。


「十六の年に、訳あってアルト家嫡子のルシアンと婚姻を結びました」


まぁまぁ、と祖母は言う。


「カーライルでも名門のアルト家との婚姻だなんて……訳とは何なのかしら?」


笑顔でルシアンを見る祖母の目が怖い!


「名、欲しさではありませんね?」


あぁ、そうでした。そっちもありました!

色々あり過ぎて、何て説明すれば良いんだ?

婚約して、皇女対策で卒業前に結婚して、スキップして卒業して皇都行って、皇都の貴族に嫌がらせされて皇族の養子に入り、そしたら本物の皇族でした、って?

……ないわー……。

全て事実なのにおかし過ぎるわー……。


「私がミチルを愛し、婚姻を求めました」


そう言ってルシアンは私に微笑む。

ぅあっ! 愛してるっていつも言われてるけど、家族の前で言われると違う恥ずかしさが!


「ミチルを守る為、私がミチルを失わない為に、無理を言って在学中に婚姻を結びました」


恥ずかしい! 恥ずかしいよ!!

両手で頰を触ると、めっちゃ熱い。

愛の告白を皆の前でしてるルシアンが、しれっとしてるのが、毎回の事ながら納得いかん! 羞恥心は何処に置いて来たの?!


「レイはどうなのかしら?」


ふぁっ?!


「貴族の結婚は契約的なものや利害が付き纏うもの。

ましてやアレクサンドリア家よりも格上のアルト侯爵家との婚姻。貴女の意思を無視してあの子は決めたのではないの?」


おぉ、さすが。あの愚父の考えてる事をよく見抜いてますね! その通りです!

でも、でもですね。

私はルシアンの事が好きでして。


「あの……」


人前で、本人もいる前で、言わされるなんて…!

これなんて羞恥プレイなの……!

恥ずか死ぬ。これは、恥ずか死ねるよ……!!


そっと祖母の耳に顔を寄せて、祖母にだけ聞こえるように言った。


「ルシアンを、愛しております」


私の答えに祖母はにっこり微笑んだ。


「それなら安心しました」


良かった……! 納得してくれて……!

皆の前で言わないと駄目とか、そう言うのを求められたらどうしようかと……!

本当にもう、何の公開処刑かと思いマシタヨ……。


「私達がカーライルから離れている間に、色々あったようですね」


そう言って祖母は、私の後ろに目をやる。


「そこにいるのは、ニヒトでしょう?」


銀さんは祖母の前まで行き、跪いた。


「イルレアナ様、大変ご無沙汰しております。

ご無事なお姿を再び目にする事が出来、この上ない喜びを感じております」


「相変わらず固いわね、ニヒトは」


「今も昔も、イルレアナ様は……我が主人に御座います」


二人のやりとりを見ていて、やっぱり色々あったんだろうな、と感じる。

ラルナダルト家の血統の話なんかを聞いてる感じだと、二人は婚約者とか、そんなんだったんじゃないかなぁ……と。


一連の出来事がなかったら、私は生まれてないんだろうなぁ。もし生まれてても、アドルガッサーで生まれている訳で、いや、アドルガッサーとも限らなのか。そうしたらルシアンとは会えなかったのか。


ミチルとしての人生は二十年弱だけど、自分の親や祖父母がいるから今の自分がある訳なんだよね。

そう考えるとなかなか、感慨深いものが…。


「それにしても、レイとルシアン様はいつもあぁなのかしら?」


はっ!?


気が付いたらまた、ルシアンに抱き締められて髪にキスされまくりだ。

祖父の視線が刺さる。

怒って……る……?


「ひ孫は?」


そこ?!


「そう遠くないかと」と満足気に銀さんが答える。


銀さんがそれ答えるんだ…?!


まだ早……くもないのか……モニカ妊娠中だし。こっちの世界だし。


……子供か……皆の命が失われる選択をしておきながら、私は子を持ったりして良いのかな。

血筋的には絶対なんだけど。


「こればかりは授かりものですからね。私も子は一人しか出来ませんでしたし」


うんうん、と頷くと、祖母は私達の様子をじっと見ていたセオラの肩を撫でた。


「セオラ、貴女も素敵な方とご縁があると良いわね」


「わっ! 私はっ!」


顔を真っ赤にしてアワアワしているセオラを見て、生温い気持ちになる。

……うん、久々にモブの気持ちを味わっております。

いいわぁ、いつもこうしてメインキャラのきゃっきゃうふふを見る側でいたい……!




お祭り騒ぎの後の、満足感と喪失感のようなものを感じながら、ベッドに潜り込む。


お義父様はあんな軽く賠償問題を話していたけど、実際は帝国と皇国公家も加わって、末恐ろしい賠償に発展するのではないだろうか。


ギウスとの戦争が終わって、ホッとしてるけど、これからの事を考えると、どうしても気持ちが沈んでいく。


"アンク"はある。"天秤"は魔道研究院の院長が持っている。"杖"は手に入った。

儀式に必要な神器は揃った。揃ってしまった。


祈りは女神に捧げるもので、本来の祈りは魔力を循環させる事でこの大陸を潤すもの。

けれど、それを一定条件で使用すると、マグダレナの民以外を排除出来る。この大陸に生きる者の半数以上が、マグダレナの民ではない。

イリダを排除する為の祈りは、イリダ以外の多くの命を犠牲にする。


私の侍女であるエマも、皇都で知り合った職人達も、ゼファス様の侍従であるミルヒも、燕国の源之丞様も。

助けたギウスの人達も。


でも、そうしなければ、この大陸は蹂躙される。

マグダレナの民は捕らえられて、魔力という名のエネルギーを生み出す存在として捕まってしまうだろうと。

私は、誰よりも魔力を生み出せる存在として捕まり、子を産まされる道具になる。


考えるだけで、腹の底からじわりじわりと恐怖が湧いてくる。

あの時見せられた魔石。殺されて魔石を奪われた人達。

人を人と思わぬイリダ。


遠く離れた大陸にありながら、こうして渡航すると言う事は、その点においてもこちらよりも技術は進歩していると言う事だ。

知恵と探究心を持ち、己の大陸と引き換えにオーリーから勝ちを奪う。その容赦のなさ。


人間をエネルギーとして使う事が出来るだけの技術を既に構築したのか。少なくとも魔石を利用する術はもう、持っているのだ。

遅かれ早かれ、そこに行き着く。

マグダレナの民は家畜にされてしまい、それ以外の民達は、奴隷のように使われてしまうのではないだろうか。

かつて見た海外の映画のようだ。


何と言うか、倫理観が異なる。

マグダレナの民にだって残酷さはあるだろうけど、倫理観がそれを抑止する。

その倫理観が全く無い、もしくはこちらとは違う倫理観の持ち主達。


私達から魔石を買い取るでもなく、最初から奪おうとする行動に出ている。

それが彼らの本質をよく表していると思う。


お義父様とルシアンは、イリダをどう排除するつもりでいるんだろう。

この大陸に入り込んだ者を対処するだけなら、祈りの儀式でどうこう、と言う話にはならないんだろう。

確信の無い事を口にする人達じゃない。ある程度の予測が立っているか、解読した文章にそう言った事が仄めかされるかハッキリ書かれていたのか。


──怖い。


分からない事だらけで。

分かっているのは、酷い未来だけで。


──怖いよ。


エマは、受け入れると言った。

全ての民がそう思ってくれる筈もない。

思ってくれたから良いと言う事でもない。


その後、眠りに入った私は、また祖母の夢を見た。


希望を捨ててはいけないと言われた。


炊き出しの後、屋敷に一緒に戻った祖父母には、ざっとだけど、何が起きているのかを話した。


その時、前に見た夢と同じように祖母は言った。


希望を持ち続けなさい、と。

希望を捨ててはいけないと。


同じ事をまた、夢の中で言われる。

私の心の迷いが、弱さが、きっとこの夢を何度も見せるんだろうな。


公家の人達だって、選択はしたものの、辛い筈。

私が辛いのも、当然の事。

これは必要な苦しみ。


勝手でごめんなさい。

……あぁ、そうか。

私は、最初から迷っていなかったんだ。

もうずっと、祈る事を決めていたのだろう。

だって、祈れない、とは思ってなかった。

祈りたくない、命を奪いたくない、って。

奪う前提で考えていた。

他に方法があるんじゃないかとか、そこに至らないのだ。


皇帝を責めておきながら、大差無い。

彼は一人の為にその力を使った。

助かる人数が多いから許される、と言うものではない。

だって、皇帝も私も、同じ理由なのだ。

自分にとって大切な人を守る為に、力を使う。


でも、ごめんなさい。

私は祈ります。

私にとってかけがえのない人達を守る為に。




目覚めると、至近距離にルシアンの顔があった。

……また、寝てる私を見てたのか……。


「大丈夫ですか?」


頰を撫でられる。


「魘されてましたか?」


「少し」


ルシアンの胸に顔を埋める。

体温と香りに同時に包まれて、抱き締められる腕の強さに幸せを感じる。


「ルシアン」


「はい」


「ルシアン、好きです」


大好き。


「私も、ミチルを愛しています」


「私もです」


好きで好きで、仕方がない。

こんなにも誰かを好きになるなんて思わなかった。

こんなにも、愚かになるなんて思わなかった。


恋とは落ちるもの。

恋とは欲しがるもの。

愛は与えるもの。

誰かが前にそんな事を言っていた。

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