025.魔力の枯渇
「アレクシア陛下とフィオニアが見つかっていない」
お義父様の言葉に、僅かに期待する。
逃げ切れているかも知れないって事?
「フィオニアが乗っていた馬は脚を折られて死んでいるのが発見されている。血痕もあった。
騎馬隊から徒歩で逃げ切れるとは思えない。城に連れ去られた可能性も否定は出来ない」
ギウスは、緑が全然ない。
森なんかがあれば、そこに逃げ込む事も出来そうだけど、それすら出来ない。
「助けには……」
皇国の皇帝の一大事なんだから、助けに行くんだよね……?
「城に潜入するのであればルシアンが行く」
「!」
ルシアンを見ると、無表情のまま頷いた。思わず服を掴むと、ルシアンは嬉しそうに微笑んだ。
今嬉しそうにする所じゃないから!
お義父様に視線を戻す。
「何故、ルシアンなのですか?」
ルシアンは訓練された兵士ではないのに。
「間違いなく完遂する事が分かっているからだよ」
確かにルシアンは強いんだろうと思う。でも、敵の本拠地に行かせるなんて……!
「私も行きます!」
お義父様は困った顔をする。
馬鹿な事を言ってるのは分かってる。
でも、そんな所に行かせられない!
本当に行きたい訳じゃなくて、行かせたくなくて、わざと言った。
「それは認められないね。
じゃあ、別の事を考えるとしよう」
お義父様は軽く息を吐いた。
「デュー」
何処からか、デューが出て来た。
リアル忍び!!
「武器庫に火を放ち、混乱に乗じて厩舎を解放しておいで。明日には全てを終わらせよう」
デューはかしこまりました、と答えて消えてしまった。
おやすみ、と言ってお義父様も行ってしまう。
えっ! どーゆー事?!
混乱してる私にルシアンが言った。
「多分、父は私に行かせて今夜中に終わらせるつもりだったんでしょう」
邪魔しちゃったって事?!
ルシアンは笑った。
「大丈夫ですよ、今夜も明日も大差ありません。
それに、私も父も、フィオニアが捕まっているとは考えていません」
「え?」
「フィオニアはアルト一門の男です。簡単には捕まりません。そうなるぐらいなら自刃します」
「アレクシア様がいるから、大人しく捕まったとは……」
「女性が敵兵に捕まったらどうなるか、ミチルも知っているでしょう?」
そうだよね……。
じゃあ、何処かに隠れているって事?
「気になるでしょうが、今はデューに任せて寝ましょう」
「眠れない?」
ベッドに潜り込んだけど、脳が膨張しているみたいな感じだ。疲れているのに、変に冴えてしまって、眠くならない。
ルシアンの手が私の髪を撫でる。
「お義父様は、何故あれだけの大軍がありながら、一斉に攻め込まなかったのですか?」
わざと軍を8つに分けた意味。
「カーライル軍であれば、一斉に行動させたでしょうが、今回の軍は帝国と皇国からの軍です。連合軍を統制するのは容易い事ではありません。
騎馬隊と対戦する際は、その点がとても重要になります。僅かな隙があれば突破されてしまいますから」
なるほど……。
それで隊を分けて、騎馬隊の動きに直ぐ反応出来るようにしたのか。
「アレクシア様の隊は、騎馬隊の集中攻撃を受けたのですか……?」
ルシアンが頷く。
「東西のレーフ軍とオットー軍が駆け付ける時間を作らせないように、連続して攻撃を仕掛けてきました」
「南軍が壊滅した後、襲撃して来たギウス軍はどうなったのですか?」
「レーフ軍、オットー軍、ソコロフ軍、クーデンホーフ軍に包囲されて壊滅しました」
あっちも捨て身の作戦に出たんだ……。
南軍に甚大な被害が出たとは言え、騎馬隊の殆どを殲滅。
連合軍の勝ちになるのか。
「明日には……戦争は終わるのですか……?」
「デューが父の命令を遂行すれば、武器も馬もなくなりますから、降伏するより他はありません。
明日の昼には和解の使者を立てるでしょう」
ただ、とルシアンは言葉を切った。
「戦争が終われば、敗戦国は戦勝国に賠償をしなくてはなりません。
ギウスはそれに耐え得るだけのものがない。ギウスは国として滅び、ギウスの民は平民よりも下の立場になるでしょう」
奴隷は禁止されているけど、事実上そうなるって事?
生きていくのすらギリギリなのに。
たとえ資源が戻ったとしても、ずっと奴隷のまま?
それはどのぐらい先か分からないけど、いつかまた、別の戦争の火種になるだけな気がする。
……何が正しい?
違うな。正義なんて、人の数だけあるんだ。
公平なんてものも存在しない。
分からない。分からないよ。
何も言わず、ルシアンは私を抱き締めた。
目をつぶって、ルシアンの胸に耳を当てた。心臓の鼓動が耳を通して身体に伝わる。
朝方になって、ようやく眠りにつくことが出来た。
「ミチル」
あぁ、これは夢だな、と分かった。
祖母が私に優しく微笑む。
「思いは必ず届きます。だから、諦めてはいけません」
でも、と私は反論する。
「イリダの民が攻めてきたら、それを止める為に、私はこの大陸で生まれ育った平民達を犠牲にしなくてはいけないんです」
頭では分かっている。他に手段が見つからなければそれしかないんだと。
でも、そんな重要な事を決める一人が私なのはおかしい。
人の命を背負う覚悟も無い人間が、決定権を持つなんて。
「全てを無にするのは神ではありません。人の心がそうするのです。
希望を持ち続けなさい」
希望……そんなの……。
「気にしているだろうから、教えてあげよう」
食堂での朝食が始まって直ぐに、お義父様が言った。
気にしてるのが顔に出ちゃってただろうか。
寝不足で頭がボーっとする。
「武器庫内の武器は全て焼却した。厩舎の馬も逃した。
大規模な戦闘はこれで不可能になった。
今はあちらも事態の収拾に手間取っているだろうから、昼頃に使者を送る予定でいるよ」
ルシアンが話したのと同じ事をお義父様も言う。
「私の予想だけれどね、和解は受け入れられず、ギウスは全員で死ぬ選択を選ぶと思うよ」
「!」
お義父様はいつもと変わらぬ様子で紅茶を飲む。
「アレクシア陛下が人質にでもなっていれば状況は変わっただろうが」
その言い方だと、アレクシア様とフィオニアが見つかったように聞こえる。期待を抱いてしまう。
お義父様を見ると、頷いた。
「今朝方、二人は見つかった」
「!!」
「怪我はしているものの、命に別状はない」
「良かった……!」
あぁ、良かった……!
「フィオニアは分からないけどね」
え?
「全身に矢傷がある。ロイエとクロエが治療に当たっているが、傷も深く、毒らしきものも塗布されていた。
熱も酷い。今夜が山場だろうね」
ザッと血の気が引く。
いつも飄々として、ルシアンを喜ばせる為に私に変な事をするフィオニアしか、想像付かない。
フィオニアが、山場? 死ぬかも知れない?
「……アレクシア様は?」
「フィオニアに付きっ切りだそうだよ。
ご自身も怪我をされてるから、安静にして欲しいんだけど、まぁ、仕方ないかな」
昼に和解の為に送られた使者は、話は聞いてもらえたものの、素気無く帰された。門は固く閉ざされて、二度と開かなかったと言う。
お義父様の言う通りになれば、このままでは城内の人達全員で、心中してしまう。
……そんなの、駄目だ。
交渉役の使者が拒否されてしまったと言うから、こちらの話は聞いてもらえない可能性が高い。
「お義父様」
「何かな?」
「ギウス軍の捕虜に、お願いをしたいのです」
上手く行くかは分からないけど、行かない可能性の方が高い。でも、何もしないで後悔したくない。
それは私の主義主張に反する。どうやったって後悔はするんだから、やるべき事はやってから後悔したい。
「捕虜に何をさせたいのかな?」
「歌って欲しいのです」
ルシアンとお義父様が同時に歌?と聞き返す。
「捕虜達は毎日夜になると歌っていました。色んな歌の中で、とても印象に残った歌があったのです」
「それは、魂がどうのという、あの歌の事ですか?」
一緒に聴いていたルシアンは直ぐに分かってくれたようだ。
「少しでも捕虜がおかしな行動を取ったら、皆殺しにするけど、それで構わないね?」
私は頷いた。
宜しい、とお義父様は頷き、ベネフィスに合図を送った。
ベネフィスも頷くと、部屋を出て行った。
段取りをしに行ってくれたのだろう。
ノックされる。
入りなさい、とお義父様が答えると、ドアが開いた。
ドアの向こうに立つ人を見た瞬間、思わず立ち上がってしまった。
「セラ……!!」
見間違える筈がない。
水色の髪。ロイヤルパープルの瞳。
セラは食堂に入って来て、深々とお辞儀をした。
「ベネフィスがもう要らないと言うからね、飼い主に返そうと言う事になったんだよ」
椅子から離れ、セラの前に立つ。
相変わらず、性別を無視した美貌だけど、随分と痩せてしまった。それだけ、ベネフィスの元は大変だったと言う事だと思う。
「セラ……」
「ただいま戻りました、我が君」
微笑むセラに、涙が堪えられなかった。
「相変わらず泣き虫ねぇ、ミチルちゃんは」
昔と変わらないその口調に、ずっと固まっていた心の一部が弛んでいくのを感じた。
「……おかえりなさい、セラ」
セラが戻った事で、アビスは私ではなくルシアンに付く事になった。フィオニアがあんな状態だからだろうと思う。
ルシアンはアビスとフィオニアの元に向かった。
「セラ、フィオニアの元には?」
久々にセラの淹れてくれたお茶を飲んでる。
以前と変わらぬ染み渡る味です。
「会って来たわ。意識はなかったけど」
意識が無い。
そのひと言に胸が詰まる。
「でも、最期に会えて良かったわ」
最期──……。
「使われた毒はね、即効性のあるモノではなかったの。
ギウスは陛下を生かしたまま捕まえる気だったんでしょうね。ロイエが言うには、麻痺系の毒らしいわ。
だから、もしかしたら命は助かるかも知れない。助かったとしても後遺症は残る可能性がある。
……身体はね、何とでもなるのよ、案外ね」
身体は?
「隠れる場所のないギウスで、二人が見つからずに済んだのは何故なのか、気になるでしょう?」
それは、気になっていた事だ。
素直に頷く。
「ワタシに力があるように、フィンにもあるのは知ってるわね?」
頷く。
セラは幻覚で、フィオニアは暗示だ。
「この力は触れた相手にしか使わないのよ、本来。
……触れてないのに、周囲の人間に暗示をかけたんだと思うわ」
「え? まさか、それで助かった……?」
「出来ない事ではないの。でも、それは精神にも身体にも負担をかけるの。だからどうしようもない時以外は使わないわ。命をかける時ぐらいしかね」
「……使うとどうなるのですか?」
そもそも、サーシス家の能力のメカニズムはどうなっているのだろうか……。
「魔力の一種なのよ、これも。
相手に触れ、自分の魔力を相手に流し込むの。上手くいく相手といかない人間の差は不明だったんだけど、ミチルちゃんが解明してくれたわ」
え? 私?
「魔力の器の位置によるのよ。ワタシは鳩尾のあたりにあるの。同じ位置に器を持つ人間や、器のない人間には効果が出やすいわ。
でも、器の位置が違う相手だと魔力が馴染みにくいみたいで、かからなかったり、かかっても直ぐに解けてしまうの。
ギウスの民にはよく効いたと思うわ」
言われると納得がいくというか。
亜族を治すのも、同じ色の魔石を摂取させるのが良いのだ。多分それと似た仕組みなんだろう。
「触れずに力を使うと言う事は、体内の魔力を通常よりも多く放出すると言う事。それを加減なく使えば、体内の魔力は枯渇してしまう」
魔力が枯渇する──……。
魔力の器は魂そのもの。
その魔力を限界まで放出する。
……無事で、ある筈が無い。
しかも身体は毒も受けている。
「後から、魔力を摂取したらどうなりますか?」
亜族にそうするように。
「やったみたい。ただ、発見されるまで時間がかかっているから、どうなるか分からないのよ……」
何て言っていいのか、分からない。
早期発見早期治療ではないけど、脳梗塞などで倒れた時も、直ぐに対応出来れば助かる可能性が格段に上がると言う。
セラは苦笑いを浮かべる。
「フィンの今回の行動はね、命令違反なのよ」
「え?」
命令違反?
「シドニア公の動きを把握しておけ、それがリオン様から与えられた任務よ。
騎馬隊が南に向かって行くのを察知して、助けに行ったのよ」
胸が痛くなる。
あのフィオニアが、アレクシア様の危険を察知して、助けに行った。
頑なに想いを認めないでいたのに。
「結果としてアレクシア陛下の御命を守りきった訳だけど、命令違反を犯した事には変わりはないの。終わりよければ全て良しとは、いかないの」
ゲームとは違うもんね……。
でも、フィオニアがそんな当たり前の事に気付かない筈が無い訳で、分かっていて、助けに行ったんだろうと思う。
セラも同じ結論に達したのだろう。
「それでも、助けたかったのね」
助かって欲しい。
ようやく、フィオニアが自分の気持ちをアレクシア様に向けたのに。
それが最後なんて、嫌だ。そんなの嫌だ。
湿っぽい話をしちゃったわ、と言うと、セラは微笑んだ。
少し悲しそうな微笑みだ。
「ミチルちゃん、捕虜にさせたい事を聞かせてくれる?」
息を吐き、大きく吸った。
気持ちを、切り替えなくては。
「その前に、少しだけあちらの話をしていいですか?」
勿論よ、とセラが頷き、銀さんも頷いた。
四面楚歌の話をざっとする。
「その逆をやりたいって事かしら?」
「そうです」
さすがセラ!
「上手く行かないかも知れません。でも、このままも嫌なのです」
うーん……とセラは唸る。
「祈りの儀式の事があっても、そう思うの?」
「それでも」
勝手だとは思う。
生かしておいて、後になってまた命を奪うかも、なんて。
命を何だと思ってるんだと言われても仕方ない。
でも、命は替えがきかないから、出来る限り生きていて欲しい。
「無茶苦茶なのは、分かっているのです。勝手だとも思います。
いずれ死ぬのなら、今の方が彼等にとっても尊厳のある死なのかも知れません。
でも、助かるかも知れないなら、助けたいと思うのです。仕方ないとは言いたくない」
仕方ないって言葉は、自分が言うならいい。でも、人には言われたくない。
「いいんじゃないかしら?」
軽い返事だった。
セラを見る。
「以前言ってたじゃない。後悔の少ない生き方がしたいって。だから良いのよ、それで。悩んだ末にそう思ったんでしょ?」
頷く。
「命を弄びたいと思ったのではなくて、助けたいからそうするんでしょ?」
頷く。
涙が出そう。
「正解なんてないわよ。
それにね、間違っても良いわ。
ここにいる人間に、ミチルちゃんを責める奴なんていないわよ。皆、ミチルちゃんがこの件でどれ程胸を痛めているのか知ってるもの」
駄目だった。
我慢出来なかった。
涙が溢れた。
「そんな人間がいたとしたら、妻の苦しみを少しでも和らげる為だけに寝る間も惜しんでいる誰かさんに始末されるだけよねぇ」
うふふ、とセラは笑った。
笑えない、笑えないよ、セラ……!
「セラフィナ殿といったな。
口調が気に入らんと思っていたが、どうしてどうして、殿下のお気持ちをよく汲まれておるな」
銀さんが唐突にセラに絡み?褒め?始めた。
「お褒めいただきありがとうございます」
にっこり微笑むセラ。
うむ、と銀さんが頷き、何故か握手を始めた。
……えっと……仲良くなる分には問題ない……よね?
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