018.初めての帝国と新婚旅行?

えー、現場のミチルさん?そちらはどんな感じですか?

スタジオの皆さんこんにちは、現場のミチルです。

こちらでは、国境を越える為の関門に望んでおります!

それは、認証に時間がかかっていると言う事でしょうか?


「ミチル、馬車が動き出しますよ」


「あ、はい」


脳内実況中継して遊んでたんだけど、難なく通るらしい。


「随分、スムーズに入れるのですね」


「皇帝からの招待状がありますからね」


おぉ、水戸黄門の印籠みたいなモノがあるのですなー。


「皇帝陛下にお義父様は呼ばれたのですか?」


「招待状を書いてくれるよう頼んだそうですよ」


あぁ、なるほど?

脅したのかな?


国境を越えたら雪国でした、な訳なく。

窓の外を覗いて見る。思ったより緑は多くない。初夏なのに。


「そろそろ迎えが来る筈なんですが……」


馬車の外を眺めるのを止め、ルシアンの方を向く。

腕時計を見ている。うむ。ステキ。


「お迎えですか?」


「えぇ、スタンキナ公が来る予定なんです」


言うが早いか、外が俄かに騒ついた。

窓の外をそっと覗くと、リュドミラの姿があった。


「リュドミラ?!」




国境からかなりの距離を馬車で行った先は、結構大きな街だった。

今私がいるのは、スタンキナ公が治める領地最大の街の、領主の屋敷である。

公が治める土地は広く、街と呼ぶ物がいくつもあるらしい。


サロンに通され、スタンキナ公と対面する。隣にはリュドミラが座っている。相変わらず佳人である。

なんだかこのスタンキナ公、初めてじゃないような気がするんだよなぁ……。

不躾にもじっと見つめていた所、私の視線に気付いたスタンキナ公はソファから腰を浮かすと、膝を付いて頭を下げた。


「?!」


なっ、なして?!


「突然そんな事をしても驚くだけだよ、きちんと説明しなくては」


優雅な手付きでカップを口に運ぶお義父様。

隣に座るルシアンの視線は心なしいつもより冷たい。


え? 何?

訳が分からなくて、思わずルシアンの腕に掴まる。

すかさず顳顬にキスが……って空気読んでっ!

いや、なんかちょっと緊張はほぐれました、えぇ。


「……私は以前、レクンハイマーという名でハウミーニアに潜り込み、ウィルニア教団を興した」


あぁ、そうだった。

言われないと思い出さないとか、うっかり過ぎる。

彼が膝を付いてるのは、私がベンフラッドに誘拐されて、辱めを受けそうになった事に対するものだ。

リュドミラはドレスをぎゅっと握りしめている。父親のやった事を知ってるんだろう。


……コレ、謝られても困る……なぁ……。


スタンキナ公が続きを話そうとしたので、首を横に振った。


「聞きたくないそうだ、スタンキナ。

まぁ、しないよりはマシだが、加害者がすっきりするだけだからね、謝罪なんてものは」


「……その、通りだ」


ブリーチズをぐっと握り締めるスタンキナ公。

アレはベンフラッドが命じたものだったから、スタンキナ公は直接関係なかったとしてもね、やっぱり、はいそうですかとは思えないって言うか……。


「生涯、ミチルが困ったら駆け付けるって事でどうかな」


えー……?


「皇帝よりも優先してね」


いやいや! それは無理でしょう!


「……お義父様……それは……」


「難しい事は言ってないよ。スタンキナは2度、命を助けられていると言っても良い。

ルシアンに始末されずに生かされたし、ここにレーゲンハイム翁がいたら、殺されていると思うよ」


あぁ、銀さんがいたら、間違いないね……アウローラもそうだけど……。


「我が命は陛下に捧げたものではあるが……。返せぬ程の恩を受けたのは事実だ。

私如きがどれだけ役に立てるかは分からないが、約束しよう」


そう言って頭を下げるスタンキナ公を前に、何を言っていいものやら分からなくて、無難な言葉を口にした。


「……う……よろしく……お願いします……」




なんだかスッキリしない気持ちだった。

逃げて来たものが、追い掛けて来て、私の前に立ちはだかって来るような感じだ。

結局、逃げられないって言う事なのかな。


ぼんやりと窓の外を眺めていると、私の名を呼ぶ声と同時に後ろから抱きしめられた。

髪にキスが落とされる。


「大丈夫ですか?」


身体を捩ってルシアンに向き合うと、その胸に顔を埋める。細マッチョなので、胸とか結構逞しいんだよね。

強く抱き締められると、もやもやが少し薄れる。


皇帝に会うって事だけしか考えてなかったなぁ。

考えなくても分かる事だけど、それ以外の人もいる訳で。

自分の馬鹿さ加減に呆れる。とは言え、もう帝都入っちゃったし。これはもう、初志貫徹。目的を達成せねば。


ルシアンの手が髪を撫でる。あったかくて、気持ち良い。

こうやって、いつも私を守ってくれるんだよね。

……あぁ、そうだった。私、ルシアンを守れるようになるんだって決めてたのに。

心がほんの少しの事でグラグラ揺れる。

スタンキナ公の事を全て、現時点で受け止めるのは無理だとしても、少しずつでも、消化していかなくては。

自分の事でいっぱいいっぱいでいたら、ルシアンの事を守れる筈が無い。

ルシアンの背中に手を出して回し、自分も抱き締める。


「ミチル、そろそろ祈りの時間ではないですか?」


「あ、そうでした」


とは言え、勝手に教会に行くのもどうなのかな、と悩んでいた所、「一緒に教会に行きましょう。街並みの見学も兼ねて」と誘われた。


念の為お義父様に教会に行きたいのだと確認を取ったら、是非そうしてあげて欲しい、と、珍しく少し困った顔で言われた。


銀さんとアウローラ、オリヴィエ、アビスを連れて教会にやって来た。

この街、道の脇に雑草すら生えてないんだよね。キレイな街並みだから、そう言った所も行き届いているんだろうか?

雑草につく花も、わんさかしてなければ結構キレイだと思うんだけどな。


教会の中に入ると、何人かが祈りを捧げていた。

人がいるし、ちょっとなぁ、と思っていたら、銀さんが司教に話を付けに行ってくれた。

あ、もしかして人見知りで恥ずかしがりな私の為に人払いをー……。


「殿下、歌う許可を取りましたぞ」


そっちか!

いや、そっちも大事だけどさ。


ルシアンが私の背中を撫でる。

えぇー、そうじゃないよ、ルシアン。私は恥ずかしいんだってば。


「大丈夫。ミチルの歌はとても上手ですよ」


しばらく恥ずかしいから嫌なんだと訴えてみたものの、全員に大丈夫、大丈夫と言われてしまって、気が付いたら女神像の前に立たされていた。女神像は胸に赤い宝石が嵌め込まれていた。増幅させて反響させる奴だね。


「殿下、感謝の歌を」


観念した私は頷いて、もうすっかり覚えた歌う前の、女神の祈りの言葉を口にした。


歌い出しは何もなく、遅れて私の歌を女神像が復唱し、声が教会の中で反響していく。


毎日歌っていて、少しずつ気付いた事がある。

大気中に、キラキラした白い粒が見えるようになった。

私が歌うと、粒は揺れて私の中に入ってくるのだ。そして身体の中をぐるりぐるりと回り、歌と一緒に出て行く。金色の筋に形を変えて。

最初は靄みたいだったのに、今ではハッキリ見える。

銀さんが、それは魔素と呼ばれるものです、と教えてくれた。

錬成術は出来ないけど、歌うと錬成術と同じ事が私は出来るらしい。

あれから魔力酔いは起きてない。また寝込んだらどうしようかと内心ドキドキしていたから、安心。


「殿下、慈悲の歌を」


歌によって、何て言うのか効果が違っていて、感謝の歌は魔力が喜んでいるみたいに、踊ってるみたいに動いて、空にではなく、大地に向かって吸い込まれていく。

慈悲の歌は、女神への許しを乞うからか、空に向かっていくんだよね。


歌い終えて目を開けると、司教が膝を付いて私に向かって祈りのポーズを取ってた。


「?!」


見回すと、教会に祈りに来ていた人達も同じ格好をしていた。


ちょっ?! なんで?!


軽くパニックになっている私を、ルシアンが抱き上げた。


「騒ぎになる前に逃げましょう」


背後から呼び止めようとする声が聞こえるのを無視して、馬車に乗り込む。


いつもは銀さんとかアウローラやオリヴィエ、アビスぐらいしか側にいないから、あんな風に祈られ?てびっくりした。

歌い終えて、なんだかスッキリしてる事に気付く。

アレですかね、歌ってストレス発散的な奴ですかね。


「歌ったら、気持ちがいくらか晴れました」


「それは良かった」


「こうして普通にしている時には見えないのですけれど、歌い始めると、魔素が見えるようになったのですよ。

ルシアンにも見せてあげたいです。白く光った粒で、歌うと嬉しそうに揺れるのです」


顳顬にルシアンのキスが落ちてくる。


「それは、さぞかし美しい光景なのでしょうね」


「そうなのです」


笑顔を向けると、ルシアンも笑顔になって、嬉しくなる。


「沢山歌っておなかが空いたでしょう?おやつが用意されている筈ですから、食べましょうね」


おやつ!

腹式呼吸とか言う奴なのか、歌うとお腹が凄く空くので、おやつ嬉しい。

ルシアンがニコニコしている。


「……自分で食べますよ?」


「そう言わず」


「自分で食べれます」


「知ってます。私がミチルに食べさせたいんです。可愛い妻がお腹を空かせて動けなくなっているのですから、夫がおやつを食べさせるのは普通ですよ」


「動けますよ?!」


またそうやって!


「新婚旅行ですから」


「?!」


いつからそうなった?!

って言うか君、帝国来るの嫌がってなかった?!


「せっかくです。ミチルを存分に堪能しようと思って」


首を傾げるようにして、艶やかに微笑むルシアンに、口をパクパクさせてしまう。


「ですから、ミチルも私を味わい尽くして下さいね?」


味わうって、何よ?!

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