カーライルからの旅人<ギウス国の姫視点>

暗い気持ちで、城の隅にある小屋にやって来た。

今はここに来る事だけが私の心を慰める。


歌が聞こえる。

私の大好きな歌が。


小屋の横にある小さな畑に向けて、歌う老女。

彼女が歌うと、不思議な事に植物の成長が早まるのだ。


「イリーナ」


老女──イリーナは振り返り、微笑んだ。

優しい微笑みにホッとする。


「セオラ」


私はイリーナに駆け寄った。


「さすがイリーナ! 一瞬でこんなに大きくなるなんて!」


イリーナは不思議な力を持っている。

偶然その力を使っている所を見つけて、イリーナの夫であるソルレと共に城に招いてからもう6年になる。

彼らはディンブーラ皇国からの旅行者だ。


ギウスは、ディンブーラ皇国とも、雷帝国とも関係は良くない。それは無理もない事だ。ギウスは侵略者の末裔なのだから。

しかも二人は、ギウスの鬼門であるカーライルから来たと言う。

カーライルにはギウスの英雄だった将軍を殺した、リオン・アルトがいる。

誰もがリオン・アルトを憎いと言うが、元は将軍が、父様の妹のウーリントヤ叔母と結婚したかったばかりに、功を焦り、カーライルを襲撃したのが悪いのだ。

その戦いでカーライルの宰相であり、軍師でもあったリュミエル・アルトを殺した将軍は、息子であるリオン・アルトに仇を討たれた。

恨むのは筋違いなのだ。でも、それをいくら言っても分かってもらえない。


カーライルから来たこの老夫婦がどんな扱いを受けるのかなんて、火を見るよりも明らかだった。

だから私の奴隷だと言う事にして、城の一角に住まわせている。


カーライルは長い間、ギウスの属国だった為、ギウスの言語──ロストア語が母国語である。

その為、二人とは普通に喋れるので大変有り難い。


イリーナから、育った薬草をもらう。

これでいくらか薬が作れる。本当にイリーナには頭が上がらない。


私をじっと見ているイリーナの視線に気が付く。


「イリーナ、どうしたの?」


「あの子も、セオラと同じぐらいになっただろうなと、思っていたの」


イリーナには、可愛くて仕方のない孫娘がいると言う。

他にも孫はいるものの、自分が育てた末の孫娘をどうしても贔屓してしまうと。


「ミチル、だったっけ?」


「そう。泣き虫なのよ、とても。でも我慢強い子でもあったわ。いつも思っている事を口に出さないの。

でもあの子、声にはしないだけで、口を動かしてしまうのよね」


何度聞いたか分からないミチルの話。

よっぽど会いたいのだろう。

本当なら、カーライルに帰してあげた方が良いのは分かってる。

分かっているのに、イリーナの力を手放したくない私は、あれこれ言い訳を付けてここに留まらせている。

私の嘘なんて、とっくに見抜いているだろうに。

イリーナの大切なミチルに会ったら、私はどんな顔をすれば良いのだろう。

貴女の大切な祖父母を、己の欲の為に閉じ込めていたのは私ですと、言えば良いのだろうか。

そう思うと胃の縮む思いがする。


自分の欲ばかりを通そうとする兄達を最低だと言いながら、私のしている事は褒められた事なのだろうか?

先が長くない老夫婦を閉じ込めて、愛する家族に会わせない私も、大して差などないのだ。


あぁ、最低だ。

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