014.捧歌と増幅装置
日々祈りを捧げる事をルシアンに報告したら反対されるかと思いきや、あっさりと許可が得られた。
何でだろうと思っていたら、私が倒れた事を知って乗り込んで来たいぶし銀さんが、ルシアンに説明したからだった。
ルシアンはルシアンで、私が転生者である事と、これまでの経緯を説明したようだった。
曰く、レーゲンハイム翁のような、腹に一本くくった人には誠実に接しないと痛い目を見ます、だそうです。言わんとする事は何となく分かる。
お義父様とは違う意味で、敵に回しちゃいけない人だな、って思う。
「カーライルにはとんと縁がありませんでしたが、なかなかどうして、良い国にございます」
いぶし銀さん……長いから銀さんでいいや。
銀さんは私の部屋に来て、アウローラと並んでお茶を飲んでる。オリヴィエは休憩中。
縁側か、ここは縁側なのか。
「お祖父様、お戻りにならなくてよろしいのですか? お祖父様なくしてはまとまらぬのではありませんか?」
「そうも思ったが、いつまでもこの老体に頼りきりと言う訳にもいくまい。今は己の力で鋭意努力すべき時だろう。そうしなければ成長せず、せっかくの公家の配慮も意味をなさず、カーライルに呑まれるだけだ」
銀さんの言葉にアウローラは苦笑した。
見た目通り、銀さんは厳しめだ。
「失敗したら死なん程度には助けてやる。
それよりも、ようやくこうしてラルナダルト家の再興が叶ったのだ。殿下のお側に侍る事こそ、レーゲンハイムの本分なのだぞ、アウローラ」
「心得ております」
はいはい、と頷くアウローラ。
仲良いなーこの二人。
アウローラ、お祖父ちゃん子っぽいな。
「殿下はイルレアナ様から捧歌の手ほどきを受けておられん。私の知りうる限りを殿下に伝授するのをおまえも見届けよ。ラルナダルト家の存続が叶ったのだ、絶やしてはならん」
「勿論にございます。よろしくお願い致します」
二人のやりとりを、ふんふん、と頷きながらポテチを食べる私。
急にポテチが食べたくなってしまってさ。
アレクサンドリアから届いた新じゃがをスライスして、水にさらしつつ塩味を浸け、揚げてみたんだけど、これが思っていた以上に美味しくて止まらない。固揚げ的な感じ。
のり塩にしようかと思ったんだけど、歯にノリが付くとか、淑女としていかんから諦めた。
次はコンソメにしたいんだけど。コンソメスープ濃いめに浸けたら出来るだろうか?
「殿下、食べ過ぎです」
銀さんにストップを食らいました。
やっぱり食べ過ぎに気付いてたか。残念。
「はい」
スミマセン。
そう言えば、アウローラとオリヴィエがいつの間にか和解?していた。
その事をルシアンに言ったら、「だから大丈夫だと言ったでしょう?」と、訳知り顔で言われて、拗ねた私にルシアンは笑いながら言った。
「オリヴィエはアウローラがミチルに向ける視線を見ていて、心からミチルに従ってるようには見えなかったんでしょう。ですが今はアウローラも自分の仕える主人はミチルだと分かっていますからね」
あー、そう言う……。
って言うか私、全然気付いてなかったと言ったら、「とても巧妙に隠していましたからね」とフォローされた。
私……多分直ぐに暗殺されるタイプ……。
「ご主人様」
アビスが手紙を持ってやって来た。
「王太子妃様からです」
モニカから!
手紙の封を切り、中から便箋を取り出す。
ものすっごいまわりくどい書き方をされてたけど、一言で言うと、遊びに来てね、だった。
「ご都合の良い日を教えていただいて、その日にお伺いしますと返して下さいませ」
恭しくお辞儀をし、アビスは部屋を出て行った。
「今部屋を出て行った、殿下の執事ですが」
銀さんがポテチを食べ始めた。
「なかなかの使い手だと、かねてより思っておりました」
アルト家が用意する人達は皆、標準を激しく上回るからねー。
「盆暗が殿下と婚姻をなどと言い出した時に、影より先に
うんうん、と頷きポテチをつまむアウローラ。
口に入れた瞬間、目をキラキラさせて続けてもう1枚口に入れていた。お気に召したらしい。
盆暗って、アドルガッサーの王太子だよね。
あの3本の
只者ではないと思ってたけど、やっぱりアビスも普通のイケメンじゃないんだ……!
そしてそれを見切ってるこの二人は何者なんだ……。
……私の周りに普通がいない件。
「さて、殿下。捧歌のお時間です」
屋敷の庭ででも歌うのかと思っていたら、馬車で教会に連れて行かれた。
あらかじめ人払いをされた状態で、教会の聖堂に入る。
わざわざ教会で?! そんなのヤダ! と抵抗したら、お義父様からの命令らしいよ。
……なんで?
お義父様の命令って言うのがもう、すこぶる怪しいよね。
怪しさ大爆発だよね。
「ニヒト」
ニヒトと言うのは銀さんの名前である。
「お義父様は何故、教会で歌うようにお命じになられたのか、伺っていて?」
「殿下、女神像をご覧下さい」
顔を上げる。
女神が両手を広げている。
胸には真紅の宝石が嵌め込まれている。
「あの宝石が殿下の歌を増幅させます。殿下自身が身に付けられる訳ではございませんから、殿下のお身体にも負担はかかりません」
ほうほう。それは有り難い事ですわー。
って言うか、お義父様、何処まで知ってんの?!
そんな私の疑問を素早く感じ取り、銀さんが言った。
「アルト公は大概の事をご存知でした」
コホンと咳払いすると、「歌はいずれ知れる事ですので、伝えました」と言われた。
なるほど。
魔王に知らぬ事なし、と……。
「では、殿下、私の言葉を復唱なさって下さい」
「分かりました」
「"女神マグダレナよ、我らを作り給いし慈愛の女神よ。
「"女神マグダレナよ、我らを作り給いし慈愛の女神よ。
「"御身が与え給いし慈しみ、深き愛を、ここに御身を讃える歌にてお返し致します"」
「"御身が与え給いし慈しみ、深き愛を、ここに御身を讃える歌にてお返し致します"」
「殿下、慈悲の歌を」
慈悲の歌。祖母から教えてもらった歌の中でも、一番練習させられたものだ。
「"尊き方 女神マグダレナ
我 御身より給いし慈しみ
深き愛を受けてここにおります
慈悲深き方 女神マグダレナ
我 御身の赦しを乞う為
この身を捧げんとしてここにおります"」
私が歌い始めると、女神像の胸の宝石の中心に光が集まっていき、復唱するように、私の歌う声が繰り返された。
「"どうぞ赦しを
愚かな我等に 慈悲を
いと気高く深き懐に
いつかまた 抱かれる事を願う"」
歌が反響する。
パイプオルガンのように、教会全体に響く。
「"気高き方 女神マグダレナ
我等の心よりの感謝が
我等の心よりの贖罪が
御身の胸に 届く事を祈ります"」
繰り返し反響した歌は、空に向かうように上っていった。
不思議な現象に呆然としていると、銀さんとアウローラも、オリヴィエも呆然としていた。アビスは無表情だった。
拍手が突然鳴り響いて、びっくりして音のした方に目を向けると、お義父様とルシアンがいた。
……いつからそこにいたし。
聖堂のベンチから立ち上がると、二人は私の元にやって来た。
……妙な気まずさがありますけど?
そんな私を無視して、お義父様が話し始めた。
「実に素晴らしいね。ミチルにこんな特技があったとは知らなかったよ」
「……私も最近知りましたわ」
また、お義父様の掌の上で転がされていたパターンですか?
「そんな顔をされるとうっかり全部話してしまいたくなるね」
話したまえよ、吐きたまえよ、全部!
「ミチルのカフェの個室を借りているから、そこに行こうか」
カフェの個室に入る。
お義父様は迷うなぁ、と言った後、全部一つずつ持って来てくれるかな? と、端から端まで下さるかしら的オーダーをしていた。
ちなみにお残しは許さんよ?
飲み物とスイーツがこれでもかとテーブルに並ぶ。
どれから食べたものか、と思っていた私の口に、ルシアンが苺を入れて来た。
しまった! ルシアンの存在を失念していた!
「ディンブーラ皇家と公家が純血を保つ理由は、分かったのではないかな?」
皇家と公家は女神から選ばれた者達の末裔。
ラルナダルト家は歌で祈りを捧げる力を持っている。ラルナダルトの血を引かない人間が歌った所で何の意味もないと言う。
他の公家は普通に祈りを捧げる訳だけど、多分、ここでも血がモノを言うのだろう。
だから薄めてはならない。決してオーリーの血を入れてはならない。
「むぐ」
今度はストロベリーマカロンを口に入れられた。
ちょっと、ルシアン! 私、話を聞いてるんだけど?!
って、美味しいな、ストロベリーマカロン。もっと食べたい。
「何故、女神に祈りが必要なのか、知っているかね? レーゲンハイム翁?」
「アスペルラ姫が、国を分裂した事を、女神に赦しを乞う為だと聞いているが」
「レーゲンハイムですらそう伝わっているとはね」
お義父様の言葉に、銀さんの眉がピクリと動いた。
「残念ながらそれは正解ではない。
魔力が何故我等マグダレナの民に備わっているのか、考えた事はないかい?」
女神が自らの民へ与えた加護だと言う事しか知らない。何故かなんて考えた事なかった。そういうものなんだと思っていたから。
「一番上の神オーリーは、己が民に力と勇気を与えた。
その下の神イリダは、己が民に知恵と探究心を与えた。
末の神マグダレナは、民に魔力を与えた。
漠然としていると思わないかい? 魔力とは何の為に与えられた力なのか?」
そこまで言うと、お義父様は胸ポケットから懐中時計を取り出した。
「残念だが時間のようだ。せっかくのお茶会だけど、これにて失礼するよ。
季節限定らしいから、楽しむと良いよ」
言うだけ言って逃げたお義父様が憎たらしい。
全然聞き出せていないではないか。
ルシアンは気にした様子もなく、私の口にせっせとスイーツを運ぶ。
「ルシアンッ」
ふふ、とルシアンは笑った。
「父にしては、随分ヒントをくれたものです」
え? と思った私の口にヴァヴァロワが。
苺味美味しいけどさ!
「ルシアンは、分かったのですか?」
「そうですね。大筋」
凄いな、このイケメン?!
もぐもぐ。うま。
「私は今少しヒントが欲しいですね」
アウローラが言った。
食べきれないから一緒に食べてくれとお願いして、オリヴィエとアウローラに席に着いてもらった。
二人とも美味しそうに季節限定ストロベリースイーツを堪能している。
皇家と公家の血統主義は理解したよ。
祈りの為に必要なんだって事は。
「公家の方達も、アレクシア様も、祈りを捧げてらっしゃるのかしら?」
「していませんよ」
「それは、大丈夫なのですか?」
もう満腹なので、お茶を飲む事にした。
「大丈夫ではありませんが、何とかなっています」
「?」
大丈夫じゃないのに何とかなってる? なんのこっちゃ?
「捧げ方は、一つではない、と言う事です」
??
「父が、ミチルに何をやらせようとしているのかは何となく予測がつきましたが、その手段が不明なままですし、何の為に帝都にミチルを連れて行こうとしているのか、分かりません」
「分かったのですか? 何なのですか?」
「確証が得られたら説明しますが、先日父が言った通り、危険はありません。それはお約束出来ます」
うぬぅ……。
「レーゲンハイム翁、帝都へ一緒に来て欲しい」
「勿論にございます、ルシアン様」
銀さんは力強く頷いた。
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