004.ルシアンは劇物につき
王太子を捕獲し、私を祖母の名で呼んだ高齢の男性は、あの後直ぐに自分の発言を撤回、というか謝罪して去って行った。
アビスに何者かを調べて欲しいとだけお願いし、宮殿に閉じこもる事にした。
宮殿の庭だから大丈夫かと思ったのに、王太子が乱入して来るし! 強引だし!
理不尽がどうのとか言ってたけど、あの悪い意味での無邪気さからしても、多分理不尽なんじゃなくって、正当な扱いを受けてるんじゃないかなーと言う気がスル。
しかも雨が降り出したから、暇になってしまった。連日の雨。もうね、本当に暇。
何しろ旅の途中な訳だから、暇を潰せるような物がない。
予定通りなら今頃カーライルに到着している筈だった。
どうしたもんかと思っていたら、シオンが何処からか毛糸玉を転がして来たので、適当な長さに切ってあやとりを始めてみた。って言うか、本当に何処から持って来た……?
子供の時に母親から教わっただけだったけど、結構覚えてるもんだな、なんて思っていたら、クロエが目をキラキラさせて近付いて来た。
「奥様、それは何と言う遊びに御座いますか?」
あまりの目のキラキラっぷりに引きつつも、あやとりと言うのよ、と名称とやり方を教えたら、夢中になってエマと始めた。
多分あの様子だと、明日には見た事もないのを作り上げているに違いない。クロエはそう言った期待を裏切らない子です。
あやとりにも飽きたので、毛糸で簡単な人形なんかを作ってみたら、クロエがまた関心を持ったようだった。
やっぱり女子だからか、人形とか好きなのかなー。
ルシアン君1〜3号は、気が付いた時には無く、代わりにふわっふわの四角いパウダービーズクッションに変換されていた。……うむ、やはりルシアン(本体)からは逃れられなかったか……。
あの自分以外が私の側にいるのを絶対に許さないの、凄いよね。さすがヤンデレ。
ルシアン、皇都に戻ったけど、何してるのカナー。
もう6日は経ったんだよねー。
旅立った日は、ルシアンが帰って来たら絶対無視するんだとか、どうやって怒ってる事を分からせようかとか考えていた。
アビスがカップに紅茶を注ぎながら告げた。
キレイな紅色の液体が、純白のカップに映える。
「ご主人様、夜会の日程が決まりました」
ヤカイ? 何でしたっけ、ソレ?
……あぁ! ルシアンが王室に開かせるとか言ってた奴?
あれ、本当にやるの? 夜会が好きじゃないルシアンがわざわざ開いてもらおうなんて言うんだから、何かしらの目的があるのは間違いなく。
あの時の内容からして、ラルナダルト家とアドルガッサー王家との事だと言うのは分かるんだけどね。
この宮殿を、王家から取り上げようとしているのかな。
いくら現在アドルガッサー王国がカーライル王国の属国だとしても、ですよ?
祖母がラルナダルト家の出身じゃなかったら、とんでもない事じゃない? 強引にラルナダルト家から宮殿を取り上げたアドルガッサー王家と何ら変わらないのでは?
いや、でもそんな事をする人じゃないしなぁ……。何をするつもりなんだろう。
知ったからって私が何を出来る訳でもないんだけどね。
祖母は、本当にラルナダルト家の令嬢だったんだろうか?
確かに祖母が言っていた家名に、"ト"が入っていたけど。
ただ、祖母がラルナダルト家出身だとするなら、色々納得がいく部分は多い。私と二人きりの時の昔話だったり、会話がそうだ。
うちの父がどうしようもない奴に育ったのは、曾祖父母の所為だと思う。平民になど育てさせられないと祖母は息子である父の教育を取り上げられたと聞いている。聞いた時は道理で、と納得した。あの祖母が育ててこうはなるまい、と思うからだ。
私は末っ子で、生まれた時には曾祖父母は既に他界していたし、両親の関心は兄と姉にいっていたから、祖母は私に構う事が出来たのだと思う。
姉と兄は祖母の事を馬鹿にしていた。平民の癖に、って。それは曾祖父母や父から聞かされた母もそう言っていたのだろうと思う。まぁ、いつも全員、祖父に怒られていたけど。
あの祖母を見て平民に見えるというんだから、刷り込み教育というのは恐ろしい。
祖母の振る舞いは、上位貴族のそれだ。アルト家関係者になってから、上位貴族に接する機会が増えたからこそ分かるだけなんだろうか?
祖母がラルナダルト家の人で、もしラルナダルト家を継ぐ事になったりしたら、名前がまた長くなるのかなー。
ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト・ラルナダルト・ディス・オットーとか?
……そのうち舌噛む気がスル。
*****
ルシアンが10日ぶりに帰って来ると先駆けが来た。
10日ですよ、10日。二週間ですよ。
外に出ることもままならず、宮殿の中にしかいられない生活! もはや散策する場所もないぐらいですよ!
踏破しましたとも、全ての部屋を!
私が散策している間にクロエはあやとりを独自進化させた。目の前でなんか色々やってくれたけど、高速過ぎて見切れなかった。
そして日々増えていく、てるてる坊主がわりに窓にぶら下げられるブードゥー人形、ポクポンそっくりな奴……。
ルシアンが帰って来て嬉しいけど、複雑な気持ちデスヨ!!
淑女として、貴族の妻としては、旦那様の帰りを喜ぶべきなんだけども……。もやもやする訳ですよ。
せめて皇都に行く理由を教えてもらえてれば、まだ私のもやもやも少ないか、そもそも、もやもやしていないか。
何とかしてこの気持ちを分からせたい……!
でも、どうやって?
……旦那様……。
……旦那様……?
……旦那様……!
ピコーーン! 閃いた!
……コレだっ!!
淑女らしく笑顔で、ルシアンを迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様」
ルシアンは目を細めた後、笑顔になった。
……怒った!!
おかしい! 怒りたいのは私なのに、何で怒られるの?!
どうもルシアンは、わたしに旦那様と呼ばれたくないらしい。名前で呼ばれたいみたい。
「……ミチル、後でお話があります」
ま、負けてなるものか……。
「あら、旦那様はお疲れなのでしょうから、私と話すよりも休息が必要ですわ」
ミチル、負けない!
こっちだって怒ってるんだぞ!
「休息も大事ですが、愛する妻と過ごしたい」
扇子を開いて口元を隠し、うふふ、と笑う。
「その愛する妻の言葉も聞かずに皇都に行かれたのは、何処のどなただったかしら?」
顔を背ける。
ツーンだ。ツーン!
ミチルだってたまには怒るんですよーだ!
目覚めたらいないとかね! なにアレ! 酷いよね!
ルシアンの腕が腰に回される。頰に口付けが落とされそうになるのを、扇子でブロック!
「お止め下さいませ」
ルシアンの腕から逃げる。
いかんいかん! これ以上一緒にいたらなし崩しに許しちゃうからね。
「私、体調が優れませんの。旦那様にうつしてしまうといけませんから、寝室はしばらくの間別にさせて下さいませ」
宮殿は部屋がいっぱいあるので、選びたい放題ですよ!
あまりに暇だったから、毎晩違う部屋で寝てたぐらい。
私を追いかけようとしたルシアンをアビスが報告という名の足止めをするので、今のうちに逃げる。
背中にめっちゃ視線を感じるけど、振り返ったら負けだ!
逃げろ!
エマとクロエには、私がどの部屋を使うかをルシアンに教えちゃ駄目だし、皆にも徹底してね、とお願いした。
お願いしたのに!
何故、部屋にルシアンが来たのか?!
エマとクロエをちらりと見るも、二人は首を振る。
教えてない、って事だろう。
なして?!
……はっ! コンパス機能があるから、私のいる方向とか分かるんだった、このひと!!
意味ない! 必死にまいた意味なかった!!
ルシアンが二人に下がるように言った。二人は私に目配せしながら部屋を出て行く。
ちょっ、待って待って、置いて行かないで!
私もこの部屋から出たいです! 着いてく!!
しれっとエマ達に続いて部屋から出ようとしたら、腕を掴まれて引っ張られ、壁に押し付けられた。
顔を挟むようにルシアンの手が壁を押す。壁ドン! 壁ドンですよ?!
ルシアンの顔が近付いて来たので、慌てて扇子で顔を隠して顔を背ける。
「……夫から逃げようだなんて、悪い妻ですね?」
耳元で囁かれる、いつもより低音の声にひやりとしつつ、ドキドキし始める心臓。
「逃げてなどおりません」
扇子はあっさりと奪われてしまい、床に落ちる音がした。
ロイエからもらった扇子が!
頑張れ私の表情筋。
人形姫と呼ばれていた時を思い出すのだ!
なんだったら口の中も噛んじゃうもんね!
顔を背けたままでいると、顎を掴まれた。顎クイー!!
ぎゃーーーーっ!
ぎゅっと目を瞑る。
「悪い子には、お仕置きをしなくてはね?」
ひぇっ?! お仕置き?!
最近やっとされなくなった、って言うか、ルシアンが帝都に行ったからされなくなっただけか!
「悪い事など何一つしておりませんわ。妻らしく、言い付けを守って大人しく待っておりましたもの」
「……そう来ましたか」
そう来たもこう来たも無いもんね!
私は置いて行かれた挙句閉じ込められていたんです!
「ミチル」
ぅあっ!
急に声が甘くなった!!
耳にルシアンの唇が触れる感触がした。
「怒っているの? だから私を旦那様と呼んでいるの?」
顎を撫でる指が、優しく頰を撫で始めた。
こ、これはアレですか……!
押しても駄目なら引いてみろ的な……?!
「お願い、名前を呼んで?」
ぅあああああ、このイケメン、恐ろしい……!!
さっきからずっと耳元で……!!
「ミチル」と名を呼び、耳にキスをする。
しかも、それを何度も。
ヒィィィッ!!
イケメンがっ! イケメンがあああああ!!
耳があああああああああああ!!!!
へなへなとその場に座り込んだ私と、同じ視線の高さになるように屈んだルシアンはにっこり微笑んだ。
「やっと、私を見てくれましたね」
ま……負けた……。
ルシアンのお膝の上に座らされてオリマス。
はぁ……駄目でした……。
「機嫌を直して、ミチル」
言いながら笑顔でキスをしてくるルシアンに、されるがまま状態です。
あぁ、でもまだちょっと悔しいです。
「許してあげますわ、ルシアン」
ただし、と人差し指を立てる。
「今日から二週間、閨事禁止です」
目を大きく見開くルシアン。
……そんなに驚かなくても。
「……二週間……?」
そうです、と肯定する。
「ミチル、せめて一週間に……」
わざとらしく首を横に振る。
「ルシアンが私を放っておいた期間ですわ。私に寂しい思いをさせたのですもの。当然です」
皇都にいた期間と合わせれば、およそ一ヶ月の禁欲生活。
捨てられた子犬みたいな顔をしてる。いつもと違って本当に子犬になってる……!
そんなに……?!
……でも駄目!!
「……分かりました……」
お? 思ったより素直に受け入れたな。
「二週間後、楽しみにしていて下さいね?」
真っ黒い笑顔を私に向けるルシアン。
……コレは、ヤバイ。本能が、シックスセンスが訴えてオリマス。今すぐ撤回せよと。
「は、反省してらっしゃるみたいですし、一週間で良いですわ。なんでしたら、なくても……」
引き続き黒い笑顔でルシアンは言った。
「いいえ。最愛の妻に寂しい思いをさせた罰は夫として受けます」
あばばばばばば。
あかん、完全に墓穴掘った!
コレは本当にヤバイ! 絶対ヤバイ!!
夜逃げしたい!!
「愛してますよ、ミチル」
こんな怖い愛の言葉聞いた事ないよ?!
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