074.戴冠式

ルシアンが帝国から戻って来てからの2ヶ月は、あっという間だった。師走並みのバタバタ感。

ようやく決まった後任に、ルシアンは容赦なく業務知識を叩き込んでいき、後任が日に日に傾きかけていくものだから、出仕拒否されては困ると、皇室が慌てて補佐を増員した。

大体は補佐は一人なのだそうだが、女帝の悪政の爪痕が酷く、補佐一人では間に合うまい、という事だった。

っていうか、たった一代でここまで帝国をおかしくするとか、どういう事よ?! とツッコミたいけれども、これにはバフェット公爵達の影響もあるらしいから、正確に言えば国を壊しかけたのは女帝だけではなかった。メーワク姉妹。


「ルシアンが優秀なのは存じ上げておりましたけれど、今回の人事で再認識しましたわ」


そう褒めると、ルシアンは笑った。


「私が優秀なのではありませんよ。

極端な表現ですが、焼け野原の掃除をするのは、とても分かりやすいでしょう? 掃除の後に私がしていた事は、絵を描いただけの事です。こんな風にしたいと言う希望を。

後任になる方は、絵に描いた物を現実の物にしなくてはなりません。しかも自分で描いた絵では無く、人が描いた絵ですから。大変だと思いますよ」


謙遜していると言うか、ルシアンは本気でそう思ってるからこれ以上ツッコまないけど、ルシアンの後任が見つからなくて困ってるという話はずっと聞いてたからね。実際、かなり優秀なんだよ、ルシアンは。努力の人でもあります。

人が作っていた物を途中で引き継ぐ大変さと言うのはあると思う。

えっ、こっから先はどう考えてたんだろう? とか、後任が確認しようにもルシアンは遠くにいるし、電話もメールもないから確認出来ないし。

大変だろうなぁ……南無。


「この為に書記官達を育てた訳ですから、彼等の助力を活かせなかったり、使いこなせないのであれば、あの方もその程度なのでしょう」


おっと手厳しい……。

まぁ、事実その通りなんだけどね。

そしてナンデこんなに手厳しいかと言えば、後任がまたしてもルシアンを引き止めにかかったからで。しかもそれがしつこいので、ルシアンの対応が塩な訳である。

それもあっての補佐官増員だった。また殺すぞ発言される前に対応したっぽかった。

って言うかさ、ルシアンが残るんだったら、君、要らないよね? というツッコミはさすがに可哀相かと思って我慢している。

不安で縋りたい気持ちは分かるんだけどね、そろそろカーライルにカエリタイです。


「良いお天気で良かったですわ」


「そうですね」


今日は遂に女帝が退位して、アレクシア姫が新帝になる日だ。つまり、戴冠式です。

曲がりなりにも皇族の仲間入りしてしまった私は、式に参加しない訳にいかず、こうして苦手な公式イベントに参加する訳です。自分が主役ではないし、姫は私と違うので大丈夫だと思うけど、こういう場で覚束ない人とか見ると、自分の事のように緊張してくるって言うか。


戴冠式は大広間にて行われ、無事に終わるとバルコニーから国民に向けて手を振る訳です。

アビス情報によると、姫は大変人気があって、既に皇城前の広場には人が集まっているとか。

国民に愛される君主とか、良いですね!


明日から一週間は毎日即位を祝賀する夜会が開かれる。皇国圏内の各国の王族もお祝いに来る。

一ヶ月間は皇都そのものがお祝いムードになるらしい。


春は目前で、今日は風も強くないし、暖かで、まさに春うららかな陽気です。

カーライルの3月はまだ少し寒さが残っているけど、皇都の3月はもう、春だ。


ドアがノックされた。

ルシアンは立ち上がると私に手を差し出す。


「行きましょう」




ルシアンは前回に引き続き、私と一緒に皇族が並ぶ列に加わっている。一人だと心細いから、大変有難いです。

大広間の最上壇には闇夜のように真っ黒いドレスを纏った女帝が玉座に腰掛けていた。とても美しい人だ。

皇女シンシアに、似ている。そう思うと、身体が強張る。

この人は自分の息子の統治を盤石にする為に、ルシアンと娘のシンシアを結婚させようとした人だ。

親心としては有りなのかも知れないけど、巻き込まれた私としては、やっぱり複雑な思いがある訳です。

皇女シンシアに関しては、キモ男の事があるので、二度と顔を見たくない。

忘れっぽい自分に感謝するけど、ふとした時に思い出す事もあるから、なかった事には出来ない。


不安が表情に出ていたのか、私の手をルシアンが握った。

見上げると、ルシアンが静かに微笑んでいた。

呼吸が楽になった。

深呼吸をして、ルシアンの手を握った。


カテドラルの鐘の音がした。一回、二回、三回……十回鐘が鳴り響き、高らかに打ち鳴らされた楽器の音が、戴冠式の開始を告げる。


大広間の扉が開け放たれて、純白のロングトレーンドレスを纏ったアレクシア姫が立っていた。

緊張しているようには見えない。さすがです。


兵士が槍を空に向けて掲げる。それを合図にして姫は真紅の絨毯を歩く。

今日、この赤い絨毯に乗っていいのは、姫だけ。


二歩進むと、女帝の侍従が手に持っている小さなベルを鳴らす。それに合わせて姫の両脇に控えている貴族が膝を折って頭を垂れる。姫は歩みを進める。侍従がベルを鳴らし、貴族が膝を折る。これを繰り返す。

皇国の貴族が、新帝に恭順の意を示すと言う意味合いを持つらしい。

どうやら、この方式は久し振りらしい。もう何十年もやっていなかったとの事だ。復刻するのは皇室の権威を取り戻す為だろうな。

長い時間をかけて姫は絨毯を進み、貴族が全て頭を垂れた。侍従がベルを一度鳴らす。エステルハージ家が頭を垂れた。次のベルが鳴り、クーデンホーフ家が頭を垂れた。

ベルが鳴る度に皇国七公家が頭を垂れ、私もオットー家の番で頭を垂れ、最後にバフェット家が頭を垂れた。


ここでようやく我等は姿勢を戻す事が許される。

あー、やばかった。ちょっと膝がプルプルし始めてました。


女帝が立ち上がり、別の侍従が真っ赤なベルベットの布を手に女帝の前に跪く。それから、教皇の式典用衣装を纏ったゼファス様が、最上壇に上がって行く。

手には大きなアンクの付いた王笏みたいな物を持っている。

今日はオットー家としてではなく、教皇として参加なのだそうだ。天使な見た目に式典用教皇服は、眩しい程に美しい。眼福でございます。写真撮りたい……。


「女神マグダレナのお導きを受け、我、ここに新たなる女皇を指名するものなり」


女帝はその場に膝を付いた。

ゼファス様はアンクを侍従に渡す。

女帝の前に立ち、彼女の頭上にある王冠を両手で掴むと、侍従の持つ赤いベルベットの上にのせた。巨大な青い宝石が嵌め込まれている。ブルーダイアモンドらしい。ホープダイヤのような呪いはないみたいだけど。

ブルーダイアモンド以外は、ダイアモンドがこれでもかと散りばめられている。青と白(というか透明というか、)で統一された王冠は清冽な感じで、なんと言うか、気高い感じがする。


「エリーゼよ、長きに渡り女神に代わりて皇国を治めし事、ご苦労であった。本日をもってその任から解放する」


「……お役目を女神マグダレナにお返し致します」


そう言って女帝は立ち上がり、ゼファス様の方を向いたまま、壇を降りて行った。

すげー!! あんなドレス着てるのに!!


ゼファス様はアンクのついた王笏?を受け取ると、アンクを両手で掴んだ状態で空に向けて掲げた。


「女神マグダレナよ、我らを作り給いし慈愛の女神よ。天地あめつちことわりを定めし尊き女神よ」


音のない大広間に、ゼファス様の声が響く。


「その右手が指し示す先に、我等は新たな光を見出しました。慈しみ深きその左手から溢れたる気高き愛は、その光に更なる力を与えました。

かくして、我等は新たな導き手を見つけ出しました」


姫は立ち上がり、ゼファス様の前まで行き、膝を付いた。


「御身に仕える者として、ここに新たなる御子を捧げます。願わくば、燦爛たる光が御子の行く先をお導き下さいますよう、祈念致します」


アンクを下ろし、王冠に付いた巨大なブルーダイアモンドに触れると、不思議な事にアンクから放たれた光がダイアモンドに吸い込まれた。


再びアンクを侍従に渡すと、ゼファス様は王冠を姫の頭にのせた。


「今、この時より、アレクシア・フセ・ディンブーラと名乗るが良い。

女神マグダレナの加護が常にあるように」


ゼファス様が壇を降り、姫、じゃなかった、アレクシア帝が立ち上がった。


「ただ今より、私は女神マグダレナより新たなる導き手となる事を認められました。この皇国に生きとし生ける者は全て、我が愛し子。

女神に代わりて、この国を守り、導く事を誓います」


姫の言葉に、全員が膝を折った。




*****




さすが新帝即位の夜会です。これまでにない程煌びやかな夜会に、夜会が得意ではない私も、浮き足立つぐらい、華やかである。

これまで嫌がらせばかり受けていた私は、皇城の大広間の装飾だとか何だとかにまで目を向ける余裕がなかった、とも言える。


「……凄いです。何処も彼処も輝いてましたわ」


貧困なボキャブラリーを露呈する感想しか口に出来ない私。ルシアンはふふ、と笑った。


「皆、頑張ってくれましたからね。そう言っていただけると、指揮していた者としては嬉しいです」


宰相代行最後のお仕事として、戴冠式と、戴冠式後の夜会はルシアンが指揮したとは聞いていた。


ひと通り挨拶も終えたので、私達は屋敷に帰った。明日も参加しないといけないからね。

程々で帰るのです。


帰りの馬車の中、安心した私は率直な感想を口にした。


「ようやく、皇都でのお勤めも終わりですのね」


ため息出ちゃうよ。


「えぇ」


やっとカーライルに帰れるんだなー。

色々あったなぁ。

皇国の令嬢に虐められたり、あんな事もあったし……皇族にさせられたり、ルシアンが命を狙われて、その解決の為に帝国に行ったりと、この一年も平和とは程遠かった……。

前世は穏やかを通り越して平坦な人生だった。最期だけ異様だっただけで。

それが転生してから一転してこの波乱に満ちた日々。

……いや、ルシアンと関わるようになってから波乱万丈になったな…?


「今年こそは、穏やかに暮らしたいです……」


カーライルに戻って、カフェで新しいお菓子を作ってみたり、家でルシアンを待ってる間にご飯作ったりして。

……今と、何か違うか……?


「ミチル?」


「ナンデモナイデス」


前世からして何ら変わっていない自分。フフ……。

でもさ、ルシアンはヤンデレだからさ、私が屋敷から出るのを嫌がる訳で。

妻としてはその望みに応えているというか。

……無理がある-自己弁護にも無理がある-。


「カーライルでの生活についてですか?」


うちのヤンデレがエスパー過ぎる件。うむ。新しいライトノベルのタイトルが出来たぞ。


「えぇ、カーライルに戻ったら何をして過ごそうかと考えておりましたの」


嘘じゃないよ。考えて地味に凹んだだけで。


「あぁ、そうだ。王太子妃がご懐妊されたそうです」


オウタイシヒ……? おうたいしひ、王太子妃……モニカ?!

ほわっ?!

モニカが妊娠?!


「まぁ……!」


なんと目出度い!

赤飯だな、これは!! 鯛の尾頭付きとか! あとは何がいいかな?! 紅白饅頭?!


「ですから今回の即位の祝いは私が代わりに行う事になりました」


王子来ないんだ?

良いのかな、結構重要だよね、国としてはさ。

宗主国である皇国皇帝が変わったって言うのにさ?


「またこちらに来られても本当に邪魔なので」


……アァ、この前の、根に持って……?

確かに王子が屋敷に滞在ってなったら、私、恥ずかしくてルシアンからちょっと逃げちゃうかも。

って言うか! ルシアンが所構わずいちゃついて来るのがけしからんのであってだな!

アルト家の使用人は超優秀だからさ、私とルシアンが一緒にいるとスッと何処かに姿をくらますんだよね。

王子はそうはしないだろうし。

……えっ! 私の所為? いや、でもさ?!


「王太子も、妃の側にいたいという思いがおありでしたから、双方にメリットがあったという事です」


win-winデスネー。


それにしても、モニカが妊娠! 御懐妊!

国を挙げての御祝いですね?!

もうオープンになってるのかな? 妊娠とか出産とか知識ぜんっぜんないから分かんないんだけど、安定期?とやらには入ったのだろうか??


「まだ非公開ですよ」


ありがとう、エスパールシアン。


……と言う事はですよ、まだオープンにもなってないって事は、安定期迎えてないって可能性が大で。

モニカとしても体調的にも精神的にも支えは必要だよね。

ルシアンの願望が大半を占めていたとしても、良い仕事してますね。


ついこの前19歳になったばかりだと言うのに、もう母親になるのかー。凄いなー!

王子は他に兄弟もいないから、何人か子供欲しいってなると、やっぱり若いうちから、ってなるのかな。

前世と違って平均寿命も短そうだしね。そうなると出産は早めに、だよね。


私も貴族として生まれ、公爵家に嫁いだ訳だから、アルト家とアレクサンドリア家の後継ぎを産まなくちゃいけないんだよね。アレクサンドリアはアルト家に統合されたから、子供は一人で大丈夫なのか?


そう言えば前に、ゼファス様が私とルシアンの子と、シミオン様の子を結婚させたいとか何とか言ってたような……。


「子供が、欲しくなりました?」


「!」


ルシアンが無表情に私を見つめていた。おや、無表情珍しいね?


「子供が出来て、更にミチルとの時間が奪われるのかと思うと、貴族の義務とは言え、耐え難い」


そう来ると思ってましたよ!!

ヤンデレですからね。猫にも嫉妬するんだから、己の子供にも嫉妬するだろうなとは思ってました。


……ルシアンと私の間の子かぁ……ちょっと、いや、全然想像付かないけど……。


「ルシアンに似た子供が良いですわ」


めっちゃ可愛がるよね、そんなの。


「ぞっとしない話です」


「ご自身に似た子供ですよ? 可愛くないのですか?」


「私に似た性格はどうかと思います」


自覚あるんだ?!

ミチル、ちょっと驚き。


「ミチルに似た子が望ましいですね」


えぇ? やだよ、そんなの。

やだやだ。


「その方がまだ可愛がれそうな気がします」


まだって……。まだって言われたよ……?

どう言うことなの……。


「私はルシアンとの子を可愛がるつもりですよ?」


そう言うと、ルシアンが困ったような顔をする。

私の頰を両手で挟む。


「私との時間は?」


「そこなの?!」


思わず素が出てしまった。いかんいかん。


「ミチル、先日も言ったでしょう。私は後手に回っているのだと。時間はいくらあっても足りないんです」


「おっしゃってましたけど……」


ぎゅっと抱き締められる。


「もう、ずっとこうしていたい」


きたきた、ルシアンは乙女だからね。


「ルシアンがお勤めの時に子供は可愛がる事にします」


母(私)との交流はそれで良いとして、父(ルシアン)との交流、どうしよう?

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