069.ルシアン人形と衛生問題と死亡報告

ご笑納下さい、とクロエから差し出されたのは、私が密かに作りたいと思っていたルシアン人形だった。


「……っ!!」


フフフ、とクロエは微笑んだ。


「奥様が植物から採取出来る魔石をクッションの中身に転用したいとお考えなのは存じ上げておりましたので…。

いっその事、それで旦那様を模した物を作れば一石二鳥ではないかと思料致しました」


ルシアン人形を作りたいなんて口にした事はなかったのに、私が植物の魔石でクッションを作りたいと言った事からここまで…!

クロエ…恐ろしい子…!


「ありがとう、クロエ。大切にしますわ。

それにしても、これだけの魔石を集めるのは大変だったのではないかしら?」


「祖父に罰として雑草取りを命じられまして。折角ですから刈り込んだ植物から魔石を大量入手致しました」


誇らし気にドヤ顔してるけどさ、クロエ。

何やったら伯爵令嬢が罰として雑草取りとか命じられるのよ?! それを命じるレシャンテもレシャンテだけど。

お陰でパウダービーズのルシアン人形が出来た訳ですけれどもね?


クロエ作、ルシアン人形は、可愛く出来ている。ぬいぐるみ的な感じだ。

まぁ、あのイケメンさを感じるぬいぐるみとなると、等身大で作らなければならなくて、色々と大変だろうと思う。身長も結構高いし。そしてそんなものが存在する事を知ったルシアンの行動も、分かりすぎるくらいなのでいかんと思う。


あのクロエが作ったのだから、謎のギミックが施されているのではないかとあちこち触ったりして調べてみたものの、特にそれと言った物もなかった。

良かった。


今日から抱いて眠ろう。

ルシアン君1号として。

何故ナンバリングされているかと言うと、速攻でルシアンに捨てられてしまいそうだから…。

いつか新しく作った時の為にもナンバリングしておこうという寸法です。




今日はカテドラルに来ている。

ゼファス様のお仕事を代わりにやらなくなって時間的に余裕が出来たけど、ワーカーホリック気味なゼファス様が心配だからだ。


「お守りがなかなか売れないんだよね」


「新しい年の日に購入してもらえるように仕向けておりますから、今の季節は然程売れないと思いますわ」


「それだと孤児院の運営に支障を来たすよ」


そうなんだよねぇ。

どうしたもんかなぁ。


日常に必要な物を生産する事で生計を立てるのが一番良いんだけど…平民は基本的に己で何でもやるんだよね。お金がないから。我慢強いし。良いことだけど、それだけ生活にゆとりが無いとも言えるのかな。

洋服こそ買うけど、それは既に商売として存在するし、子供が作るのも限界がある。

食料にしてもそうだ。そんな簡単に出来る物ではない。

衣食住以外で、日常に必須…。


「そう言えば、エスポージトがミチルに相談したい事があるって言ってたよ。今日ミチルがここに来るって伝えたから、来るんじゃないかな」


院長が? 何だろう?


「分かりましたわ」


アビスに視線を向けると、頷いていたので、段取りを付けてくれる事だろう。


…ゼファス様といると、貴族としてのアポイントメントが木っ端微塵になっていく。

ついでに言うとエスポージトもこの辺おかしい。


「じゃ、最後の祝祭を考えて」


そこはさ、一緒に考えようとか言う所じゃない?

丸投げ過ぎない?


「お父様も一緒に考えて下さいませ」


「やだよ」とゼファス様に即答された。


返事が早すぎるし、反応が酷くない?!


「やりたいって言ったのはミチルなんだから、相談には乗るけど一緒には考えないよ」


うぐ…確かにそうなんだけどさ。

そうなんだけどもさ、そこをなんとか。


「それに、もう大体考えてあるんでしょ?」


まぁね?!


なんとなく不満なので、お土産に持参したスイートポテトを食べる。ゼファス様に渡しもせず食べる。


「ちょっと、それお土産じゃないの?」


「優しいお父様へのお土産でした」


「それなら何で食べるの?!」


ゼファス様はスイートポテトが結構好きだ。この前の収穫祭のデザートとして出したスイートポテトの殆どを平らげていたから。このお土産、独り占めしたいぐらいには好きなのは間違いない。


「優しいお父様へと申したではありませんか」


ゼファス様は何か言いたそうな顔をしたが、我慢したらしかった。

とって付けたように話し始める。


「謝肉祭だっけ?」


「そうです」


仮装っていうか、仮面を付けようかと思ってるんだよね。

収穫祭でも最終的には仮装したいんだけど、あっちはお化けとかドラキュラとか、そういうモンスター的な感じ。

謝肉祭は仮面です。カーニバルです。イメージはヴェネツィア。


「上半分の仮面を付けようかと思っているのです」


「仮面?」


「はい。布でも木製でも良いのですが」


本当の所は肉断ちをしますよー、とかいうものだった気もするけど、そんなのこっちでは無理だから、無しです。

名前だって、それっぽいから付けてるだけと言う適当さ。

皆で仲良くわいわいしようよ、というのがコンセプトだからね、うん。


「仮面付けて何するの?」


「仮装して楽しむぐらいですね」


「へぇ、仮装」


そうそう。

ヴェネツィアの謝肉祭は仮面被って、全身仮装したりするみたいだったな。

後はリオのカーニバルとかぐらいしか知らないけど。

賞金用意したら、みんなやるかな?!

…あの破廉恥な格好を?!

……ないわー…絶対あり得ないわー…。捕まるわー。提案した私が捕まるわー。


「少しずつ仮装するとしても、今年は仮面だけが良いかもね」


「そうですわね」


あ、そうだ。


「紙の仮面を孤児院で作りましょう。それを販売するんです」


「買わないよ」


「メインストリートのお店では、店員さんにも仮面を付けてもらいましょう。それで、仮面を付けていないと通れないようにするんです」


「それで?」


…駄目か。

うん、自分でも駄目だなって、言ってて思いました。買わせる理由として弱い。


仮面を付ける事と、皆で楽しむ事は変わらない。

他の点を変えてみるとか。


「謝肉祭そのものを、年の終わりの日にやるのはどうですか? 仮面を付けてみんなで集まって騒いで、そのまま新年を迎えるのです。

それでその仮面を持って教会に来たら、仮面と交換でお守りをもらえる」


そして新しい一年を迎える。

運試しにおみくじとか、どうかな。


「悪くはないけと、そもそも仮面を買わないよね」


…ふりだしに戻った!! って言うか一歩も進んでない!


民からすると、本当に効果があるかも分からない謎のお守りの為に仮面を買ったりしない。


うーん、やっぱり、ドレスコードとして仮面、仮装とするのはどうかな。

そもそも夜遅くに出歩くのはよろしくないとされてる訳なんだよね。そんな時間に出歩くのは盗人か浮気者か、飲み屋さんで呑んで遅くなっちゃった人か、警ら隊ぐらい。

それが許されるのは仮面を付けている時のみ。

普段なら不道徳とされる事も、仮面を付けて顔が見えないから、ちょっとぐらい夜更かししても良いよね、と。

だから付けてない人は警ら隊に帰らされちゃうようにするとか。


お店の人には、専用の仮面を作っておいて、ギルドから貸し出す。

防犯は徹底して、メインストリートは非日常感を前面に出して。

それで、日付けが変わって、新しい年になったら、クラッカーを鳴らして、新年を祝う。これをお店の人達にやってもらう。

どうせなら除夜の鐘よろしく、教会の鐘を鳴らすとか。深夜なのに、超迷惑。

でも、良いじゃないか。新しい年だもの。皆で祝おうよ。

花火が一番良いけどないからね。教会の鐘で、新年を知らせる。


カップルで教会に来て縁結びのお守り買えば良いじゃないか。そうだ、それが良い。

それなら売れそう。

って言うか、ルシアンと持ちたいなー。くっつきたいという意味だけじゃなく、これからも二人の縁が続きますようにのお守りですよ。


ゼファス様に説明したら、オッケーが出た。


「その非日常感は良いと思うよ。巡回は必須だけどね」


「ありがとうございます、お父様」


良いよね、非日常感。たまにだからわくわくする。

日常には終わりがない。だから疲れてしまう事もある。

それを、忘れられる時間を作れたら良いんだけど。

某テーマパークの人気の秘密は、夢と魔法の世界というか、あの非日常感が徹底されてるからだと思うんだよね。

旅行もそうだけどさ、非日常はやっぱり楽しいものです。


ようやく私から受け取れたお土産のスイートポテトを食べられたゼファス様は、ご機嫌だ。

スイーツ男子だわぁ。


ドアがノックされる。ミルヒが素早く動いてドアを開けた。


「失礼致します。エスポージト伯がお越しですが、どちらへお通ししますか」


「ここで良いよ」


「かしこまりました」


少しして、ミルヒに連れられて院長がやって来た。

私とゼファス様にお辞儀をする。


「ご機嫌よう、エスポージト伯」


院長が挨拶しようとしたのを、ゼファス様が止める。


「挨拶は良いからそこに座ったら」


失礼致します、と断ってから院長はソファに腰掛けた。


「私に用があるとか」


そう尋ねると、はい、と院長は答えて頷いた。

この人無駄話嫌いだからね。即、本題に入ろうと思います。


「孤児院の子供の中に、特に優れている者がおりまして、いずれその者が医者になってくれればと思うのですが、そうなるのはまだ先の事ですし、本人が医者になる事を望むかも分かりません」


そうなんだよねぇ。

適性があるからと言って、やりたい仕事になる訳じゃないからなぁ。


「そうこうする間にも、民は怪我をしたり、病にかかる訳です。それを何とかする手段はないものかと思いまして、殿下のお知恵を拝借出来ないかと思ったのです。

私が考えているのは、薬です」


なるほどね。


「私が知る世界では、病が酷くなるまでは、市販の薬を利用する者が多かったですね」


「薬草のようなものを使われた、と言う事ですか?」


「そうです。薬草は直ぐには使えないでしょう。乾燥させたり潰したり煮たりと、手間を必要とします。

あちらではその薬草の効果のある部分のみを抽出し、飲みやすいものにしたり、直ぐに効果が出る物も一緒に摂取させたり、薬の副作用を緩和させる物などもありました」


こっちでも薬は存在する。存在するけど、粉状だ。

無駄に健康な私はあまり薬のお世話になった事はない。

味はまぁ、基本美味しくないだろうと思う。


お医者さんも大事だけど、薬も必要だよね、確かに。


病気にならない為に衛生環境を保つ、という事になると、手洗いとかうがいとか、そういう所だろうな。

石鹸とかもあるにはあるけど、平民が普通に使える値段なのだろうか?

飲み屋さんとかの廃油ってどう処分されてるんだろう?

廃油だから匂いもありそうだなぁ。

アロマオイルでどうにかなるんだろうか?


「殿下?」


院長に話しかけられて我に返る。


「薬も大事ですが、そもそも病気にならない為にどうすれば良いのかを考えていました」


「病気にならない為ですか? それは、清潔を保つ事だと思いますが…」


「そもそも、平民は毎日入浴出来ませんよね。水は井戸から汲む」


水不足がー、ってルシアン言ってたし。


日本って、本当に衛生的な国だったなぁ。

今、貴族として生きているから不自由もなく生きてるけど、平民に生まれていたら色々と耐えられたか疑わしい。


「何を考えてるの?」


ゼファス様が私をじっと見る。


「衛生を保つには、入浴が一番だと私は思っております。湯船に浸かればそれだけで血流が良くなって、身体を温めてくれますし。衣服や食器などを清潔に保つにも水が必要になります。ですが、皇都は水源にダメージを受けており、都民の数も増えてますます水が不足します」


薬という面で、軟膏とかを作るのも良いなーって思ったんだけど、まずは清潔にしないといけない訳です。前提として。アルコール除菌もあるけど、お酒高いのかなぁ、どうかなぁ。


「水を作れば良いのですか?」


何だそんな事かーと言わんばかりの院長。

何だろう。名案でもあるのかな。


「海水を変成術で分解してはいかがですか?」


いや、それはやらないよりやった方が良いと思うけどさ、これだけの人間の生活を支えるにはそれだけ量をやらなければならない訳でさ、現実的じゃないよ。

それを伝えると、それはそうですね、考えが足りませんでした、と院長も考え込んだ。


水の問題は難しいよね。


「絶対量は足りないにしても、少しは意味があると思うよ。それに分離で生まれた塩は売れるし」


あぁ、それは確かにね。

やらないよりは、いくらかやったほうがマシだよね。

文句付けるばかりでやらないのは良くないよね。


「ですが、海水を運ぶのは大変ですわ」


「私の領地に塩湖があるよ。実はその塩湖から周囲の土中に塩分が漏れ出してちょっと被害が出てるから、実験に良いと思うよ」


なるほど。やらせたいんだな、これは。


「皇都に注ぎ込む川はちょうど私の領地を通る。そこに分解した水を注ぎ込めば僅かでも足しになるね」


なんとしてもやらせたいらしい。


「駄目ですわ、お父様。分解をすれば魔力の器が汚れます。やるとしたら1回だけ、という訳にもいかないのですから、負担が大きすぎます」


ちぇっ、とでも言いたそうに口を尖らせている。


本当に難しい問題だ。

水かぁ…。


…うん、水問題は直ぐには解決しない。でも病気や怪我は待ってくれない。


「平民でも手に入れやすい薬を作らなくてはいけませんね。それについては当家にマッドサイエンティストがおりますので、その者に相談してみますわ」


「まっどさいえんてぃすと??」


「そうですわ」


どんな薬から作っていけば良いのかを少し話し合って、院長は去って行った。


「そういえばね、皇弟、死んだよ」


「え?!」


ゼファス様の表情に変化はない。って言うかいつも通りに飄々としている。


「皇国で弔う訳にはいかないからね、冬が到来する前に帝国に返さないと、向こうも困るよねー」


「お、お父様、お待ち下さい。

あの時は死ぬ程の怪我ではなかったとおっしゃってませんでしたか?」


「そうなんだけどね。突然病状が悪化したらしくって」


淡々と語られる。


「ちなみにもう皇都から出たから」


「ええっ! 何故もっと早くにおっしゃって下さらないのですか?!」


「知ってどうするの?」


うっ!

それはそうだけど! そうなんだけど、せめて手を合わせたかったなぁ。

帰ったら花を供えよう…。


「…これから、どうなるのでしょうか」


「どうって?」


「戦争ですとか、賠償問題ですとか…」


戦争になれば、カーライルは帝国と隣接する分、被害が大きくなりそうだ。


「何の為にリオン達が潜入してると思ってるの。戦争なんかならないよ」


あ、そうでした。

そうでしたが…心配です。


「向こうも準備が整いつつあるみたいだから、そろそろじゃない?」


そろそろ。

そろそろ、何が行われるのだろうか。


「お父様は作戦の内容をご存知なんですよね?」


「うん。

面白そうなのに間近で見れなくてつまらない」


「お父様…」


「枢機卿補佐として行けば良かったかな」


教皇が自ら?! おかしいでしょ、それ!


「美貌で優秀と噂のレペンス枢機卿も見てみたかったし」


ふーん。


「…ミチルはちょっとさ、ルシアンの事が好き過ぎるんじゃないの?」


呆れた顔で言われたけど、なんでよ?!


「美貌の枢機卿だよ? 気にならないの?」


「私の目の前の方を越える美貌の持ち主なら、見てみたいですけれども」


「私?」と自分を指差すゼファス様。


「そうですわ」


普通に考えて、ゼファス様を越える顔はないだろう。

この天使な容姿を越えるって、難しいよ。

それに、容姿の優れた優秀な人、周りにいすぎてなんか、ありがたみを感じなくなって来ている。よくないわぁ。


「…嬉しくないよ?」


「褒めておりません。事実です」


「ミチルは、変な奴だよね」


「…自覚ありますわ」


淑女らしからぬ事は、重々認識しております。


ゼファス様は笑った。


詳しい事は分からない。

殿下の遺体が帝国に返されたら、どうなるんだろうか。

この前の会議では、皇帝も狙っていた皇弟だから、最悪死んでても問題ない、って言ってたけど、本当にそうなのかな。


潜入しているルシアン達は、どうなるのかな。

お義父様もいるし、ベネフィスもいるし、ルシアンもいるし、何ら問題ないんだろうけど…。


不安を消し去る事は出来なかった。

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