悪事の証拠と不吉な知らせ<セラ視点>

帝国貴族の4割は大公派。スタンキナが属していた皇帝派が3割。無所属が3割となっている。

正妃も側妃も大公派閥から受け入れてはいるものの、誰一人子を産んでいない為、大公派が思う程幅を利かせられていないのが現状のようだ。

皇帝も叔父である大公を粗末には扱わないものの、傀儡にもならない様子で、皇帝は大公に取り込まれてはいないと大半の貴族は見ている。


その証拠に、皇帝は事実上不可能と言われている、カーライル攻略を2度に渡って大公に命じた。

大公が皇帝の命に背いて城に閉じこもった事により、大公が皇帝に牙を剥くのか、病気の振りをして閉じこもり続けるのか、注目を集めている。


病気の言い訳も大公の状況を緩和させてくれはしなかった。むしろ悪化した。

大公が病を口にしてからひと月後、皇帝は正妃に、たった一人の父親なのだから、側で看病してはどうかと提案してから、顔を合わせていない。


正妃の座から降ろそうとしているのではないか-。

だからこそ、正妃は頑なに城から出ず、ひたすら皇帝に会いたいと手紙を送り続けているらしい。

夫である皇帝を慕い、病床の父を憂う悲劇の正妃と噂されているが、何処まで真実かは微妙な所だろう。

当然と言うべきか、大公派閥に属する側妃達の元へも訪れてはいないようだ。


それどころか、離宮に皇帝一人で行ってしまったものだから、二人の溝は誰が見ても明らかで、もはや修復不能とも言われている。それはつまり、皇帝と大公の関係性をそのまま表していると見られる。

大公も皇帝もそれぞれが城に閉じこもってしまった為、我慢比べか、それとも、大公をあぶり出す為かとも言われている。

何故かと言えば、皇帝は離宮に大公派ではない貴族の娘を呼び寄せたと言う。

皇帝には種が無いと言われているが、分からないものだ。

かつて30人の妃を娶った皇帝がいたが、ずっと後継者に恵まれず、種無しと揶揄されていた。

しかし、最後の一人を迎えて直ぐに子供が出来た。

人々は30人目の妃の腹の子は、皇帝の子ではなく、不義の子だと噂した。

だが、どうしてどうして、生まれた子供は皇帝に瓜二つだった。しかもその後も立て続けに子を身籠り、最終的には4人の子をもうけた。

相性、という奴なのだろう。

過去の事例を見ても、一概には言えない、とも言える。

もし、これでこの貴族の娘との間に子供でも出来たなら、正妃の立場は完全に失われる。

それを妨害しようと大公が動くのではないかと睨んでいるのだろう。


大公は事実健康体であるし、皇帝との我慢比べが大層ストレスになったようだ。

気分次第で殴られたり、解雇されたりといった事案が増え、大公の城の使用人は激減していったという。

己の派閥からも紹介で使用人を雇ったものの、同じような扱いを続けた為、長くは続かず、使用人の人数は減少の一途を辿っている。


私とベネフィス様は、スタンキナの旧友の、何処にも属さない貴族の紹介を得て大公の城に入り込んだ。

入り込みはしたが、あからさまに探るような真似はしない。

アルト家の、つまりリオン様の影に探らせたが、大公自身は影を持っていない。

であれば、影達に大公の城にある不正の証拠を暴かせれば良い、とベネフィス様は判断なさり、ベネフィス様は執事として働き、私も執事として働いている。

流石としか言いようがないが、ベネフィス様はあっという間に大公に気に入られた。

大公の機嫌が悪くなりそうになれば、直ぐに気を紛らせるような提案をし、大公が知りたい情報があれば調べ、着実に執事としての地位を確立していった。

こんなあからさまに優秀な人間が自分の側に現れれば、いくらか疑っても良さそうなものなのに、大公は疑う様子はなかった。

何故なら、ベネフィス様は常に大公の側にいた。これがもし、大公の目を盗んで不正の証拠を探ろうとしていたなら、大公とて疑っただろう。

だが、ベネフィス様は数として数えられていない人間が調べ物をする方が効率的だろうと言って、影に調査を任せていた。

結果として、私とベネフィス様は大公の機嫌を取るだけで、不正の証拠を難なく集めていった。




「セラフィナ」


「はい、ベネフィス様」


「おまえは優秀であるが故に、他者を信用しない。それ故に何処までを他者に任せて良いのかの見極めが出来ていない。己で全てを行う事は不可能と知れ。

ミチル様の執事として生きていくという事は、下の者を上手く使いこなせなくては話にならない。その為にも他者の能力を出来るだけ早く判断出来るようになれ。

おまえは元々人の心の機微には聡い。気質と能力の判断が付けば、目の前の人間をどう使えば良いのかが分かるようになる。

それから視点を変えろ。おまえは主観で物を見ているが、鳥の目のように俯瞰しろ。それが出来なければ再びミチル様に危険が及ぶ。

人は基本的に己の価値観でしか物を図れぬものだ。その尺度を見抜け。そうでなければ相手を出し抜く事は不可能だ。尺度で分かりづらければこう言えば良いか。その者の欲を知れ、欲こそ行動原理となる。

そうすれば俯瞰した際に点にしか見えなかった物の間に線が出来、関係性が見えてくる。その上で考えられる可能性を全て網羅しろ。

嫌とは言わせん。それが出来なければミチル様の元には帰れんと思え」


ベネフィス様も、ルフト家当主歴代屈指と言われている。

稀代の天才当主と呼ばれるリオン様に仕えるにはこれぐらい当然の事なのだろう。

サーシス家は諜報を得意とする一族だ。入手した情報から判断する事はあまりしない。

己の考えを滲ませたまま報告すれば、判断を誤らせる事にもなるからだ。

だからひたすら情報を入手する。ルシアン様に仕えるのであれば、それで良かったのだろうが、私が仕えるのはミチルちゃんだ。

彼女に判断せよと望むのは無理だ。そこを補えるようにならなければならない。これまでよりももっと。正確に。


「精進致します」


私は、この容姿の所為で人の欲に触れる事が多かった。汚らわしい欲を、人からぶつけられる事が多かった。

だから逃げていた。人と接する事を。

その結果、見誤った。見つけ出せたにも関わらず、私の目は両目を見開いておらず、片目で見ていた。

それでは見つけられるものも見落とす。その結果が、2度に渡るミチルちゃんの身に起きた危機だ。

私の心の弱さが招いた事だ。もう2度とミチルちゃんの身を危険に晒したりはしない。




早馬が大公の元にやって来た。


もたらされた手紙を読み、大公は目を輝かせた。


「運が向いてきたぞ!」


届いたのは、皇弟の死を知らせるものだった。

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