068.収穫祭
収穫祭だ、ハロウィンだ!
と言う事で、私は料理長に頼んでかぼちゃを購入してもらった。
中身はくり抜いて料理に使ってもらって、外側でジャック・オー・ランタンの頭を作るのだ。
「ご主人様、これは何ですか?」
無表情に私がくり抜いて作ったかぼちゃを見るアビス。
う………っ!
こんな顔にくり抜くんだよ、と私が紙に描いたのとは、似ても似つかないかぼちゃの顔に、アビスのツッコミが入る。
「初めて作ったものだから、少しばかりくり抜き過ぎてしまったのです」
弁明する私の正面の席に、失礼しますと言って腰掛けると、小型ナイフを使って、あっさりとジャック・オー・ランタンの顔を作るアビス。
ぐぬぬぬぬ…。
このチートファミリーめっ!
「さすがですわ…アビス」
「ご主人様は、料理はお得意ですが、こういった作業は苦手なのだと認識しました」
認識しないで良いよ?!
失敗した私のかぼちゃを手にすると、アビスはあっという間に調整して、それらしいものに仕上げた。
すげー!!
「凄いです、アビス! 器用なのですね!」
「ナイフを使う事は慣れておりますので」
…小型ナイフの扱いに慣れてる執事ってなんだ…。
駄目よ、ミチル。これ以上先は未知の領域です。私の知らない世界です。
気にしちゃいかん奴です。
クロエを見ると、ム●クの叫びみたいな、ホラー感満載なかぼちゃを作ってた。何で?!
何度も色んな角度から確認して微調整している所からして、意図的に作り出された絶叫かぼちゃである事は確実だ。確信犯である。
エマの作ったかぼちゃは可愛く出来てて、心底ホッとした。リボンとか付けたいぐらいだ。
出来上がったかぼちゃは風通しの良い所で乾かす事になった。
料理長と、かぼちゃを使ったメニューを決めていく。かぼちゃだけではなく、秋の味覚を用いたものにしたい。
かぼちゃグラタン、かぼちゃコロッケ、ジャックに見立てたミートボール、ミートパイ、ハンバーグの上にのせるチーズをジャックにしたものなど。
不図した時に、寂しくなる。
あ、これ、ルシアンも好きそう、とか思ってしまった時に、どうしようもなく切なくなるのだ。
ルシアンと一緒に暮らすようになってから、2年しか経っていないのに、離れてからまだ少ししか経っていないのに、寂しい。
ラトリア様やロシェル様、アビスにオリヴィエ、レシャンテがいつも側にいてくれるから、寂しさは緩和されてる。
それでも。
それでも一人になってしまう夜に、嫌でも思い知らされるのだ。
ルシアンがいない事に。
好きで好きでどうしようもない。
恥ずかしがっていたあの時の自分を殴りたくなる。
今、目の前にルシアンがいたなら、私はルシアンに抱き付いて、キスをして、きっと、離さないと思う。
声が聞きたい。
愛の言葉なんて囁いてくれなくて良い。ただ、声を聞きたい。
もし、ワガママが許されるなら、名前を呼んで欲しい。
そして言いたい。好きって。離れたくないと言いたい。
触りたい。
触れて体温を感じたい。
抱きしめられたい。
ただひたすらに、ルシアンに、会いたい。
ルシアンの衣服をしまってあるウォークインクローゼットに忍び込んでみた。
ちょっと禁断症状が出て来ていて、寂しくてたまらなくて、ルシアンの身に付けていたものとか、ちょっとお借り出来ないかと思ったのだ。
アビスとかオリヴィエには見られたくなかったので、夜、皆が寝静まってからである。
いやー、なんかもう、自分の家なのに、なんでこんな気配消してんだろう。
ウォークインクローゼットに入ると、ふわっと、ルシアンが付けてた香水の香りがして、それだけで胸がぎゅっと締め付けられた。
宮廷に行く時の服や、チョハが並んでる。
それを着ていた時のルシアンを思い出しては、胸が切なくなって。
ルシアンがよく身に付けていたシャツを見つけて、手にしてみる。
匂いを嗅いでみると、私があげた、" L "の香りがする。
最初にあげたのはもうなくなっているだろうから、今使っているのは2代目ぐらいだろうか。
会いたい、会いたいよ、ルシアン。
涙で目の前がにじむ。
私はルシアンと違って、危険な目にも遭ってない。待ってるだけしか出来ない。
だから、寂しいだとか言う感情を持ってる自分がワガママだって分かってる。
分かってるから、我慢するから、このシャツを貸して下さい。
シャツを持って部屋に戻り、抱きしめて寝た。
せめて夢の中だけでも、ルシアンが出てきてくれれば良いのに、そんな事もなく。
ただ、少しだけよく眠れた。
見つかったら取り上げられちゃうかも。そう思った私はルシアンのシャツを隠した。
翌日の夜、隠してあったルシアンのシャツがキレイに畳まれてベッドの上に置いてあるのを見た時、ベッドの下に隠したえっちな本を見つけられて、本棚に入れられてしまった少年の気持ちが分かった気がシタ…。
いやっ、邪な気持ちはありませんよ?! ありませんけど、隠してあったのに、キレイに畳まれて置かれているとか、恥ずかしいから!!
…でも、取り上げられなくて良かった。
あ、そうだ。
夜着の上からルシアンのシャツを着てみた。
おぉ、だぶだぶだー。
最初に出会った時はそんなに変わらない体格だった…いや、私が大分横に…ゴホゴホ。
高校で再会した時には、背なんか見上げる程大きくなってて、抱きしめられた時なんて、すっぽり包まれてたし。
恋人繋ぎした時も、ルシアンの手は大きくて、指も長くて、あったかくて。
腕を伸ばすと、袖が余る。
あー、これ、あれですね。
彼シャツですわ!
見せるルシアンはいませんけど!
ルシアンは私が自分のシャツを着たりしたら、嬉しいのかな?
はー、でもそれ、あざといかなー。
なんかベビードールネグリジェの方が潔くない? 私を食べて! ってメッセージ性の強さたるや。
いやいや、でもそれが出来ない草食女子ならではの戦術と言うか…違うな、既に彼シャツは市民権を得ている。
彼シャツ姿の彼女を見たい男子も多いと聞くし。
…って何を考えてるんだ、私は…。
今日はこのまま寝てみよう。
今度こそルシアンの夢が見れるかも知れない。
(結論、見れませんでした!!)
*****
収穫祭は、成功でした。
うん、大成功と言っていいと思います。
昼には子供達に商店を回ってもらって、trick or treatをしてもらって。お菓子を沢山もらって嬉しそうに街を走り回る子供達の笑い声は、皆を笑顔にさせていた。
私は料理長に手伝ってもらって、大量に作ったクッキーを持って孤児院に行き、子供達にこれでもか! という程にお菓子をあげた。
クッキーだと日持ちがするから、一度に食べきれなくても大丈夫だな、と思って。
かぼちゃのグラタンやコロッケ、ハンバーグ…屋敷で食べるのと同じメニューを、聖職者の人達も交えて食べてもらえるようにとたっぷり作った。
あちこちに並べて置いたジャック・オー・ランタンのランプを、夜に灯す。
オレンジ色の灯りがぼんやりと浮かんで、少し怖いような、温かいような幻想的な雰囲気だった。
収穫祭を終えて屋敷に戻った私は、かぼちゃパーティにシフトした。
「ちゃんと食べてる?」
ゼファス様がかぼちゃコロッケを大量に皿にのせてやって来た。
なんなの、その量。コ●助なの?
「何なのですか、そのお皿は…」
「かぼちゃコロッケだけど?」
「見れば分かります。そうではなく、量ですわ、量」
ぱくり、と口にかぼちゃコロッケを放り込むゼファス様。
あぁ、そうか。
甘党のゼファス様には、かぼちゃコロッケは甘くて美味しいんだ。
「これ、好き。
かぼちゃグラタンも美味しかったけど、コロッケの方が食べやすくて良いね」
でしょうね。
一口サイズにしてあるからね。
「最近あんまり食べられてないんだって?」
何故それを。
「そんな事ありませんわ」
「アビスが言ってた」
…あんにゃろ…。
「……ダイエット中ですわ」
「淑女は痩せる時、とある部分からって聞いたけど、本当?」
!!!!!
ソレ、ダメ!!
これ以上無くなったら!
つるんぺたんどころか、絶壁に!!
「ミートボールが私を呼んでますわ」
「あっちにあったよ」
ゼファス様に指差された方に向かい、ミートボールを連続で5個食べてみた。
…はぁ、いかんなぁ。
絶対に心配かけてるよね。
あんまり眠れないし、食欲も湧かなくって。
こんなに繊細な人間じゃなかった筈なんだけどなぁ。
実は、ルシアンが襲われる夢を、定期的に見るのだ。
だから寝るのが怖い。
「妖精姫は、夫の無事を祈るあまり、食事も咽喉を通らない、と言われてるらしいよ」
そう言ってゼファス様はミートボールを片っ端から平らげていく。
あの口はあれか。亜空間にでも繋がってんのか?
それにしても、まだ消えてないのか! 妖精姫ってあだ名!
不名誉!
「ミチルが気に病んでも仕方ないのに。
まぁ、分かっていても不安なんでしょ?」
頷く。
「全員無事に雷帝国に入ったよ。
どうやら交渉が上手くいったみたいだ。ルシアンを狙う影はいないよ」
ゼファス様のその言葉に、身体が震えた。
本当に?
本当にもう、ルシアンの命は狙われない?
「リオンがいるし、あの悪魔のようなベネフィスもいるからね、大丈夫」
私が見るベネフィスは、いつも穏やかで優しいんだけど、一体、ベネフィスってどんな人なんだろうか。
って言うか、悪魔って…。
そんな人の元にいるセラは大丈夫なんだろうか…一抹の不安…。
何はともあれ、ルシアンが命を狙われていない事が嬉しい。
「良かったです、本当に…」
「だから、もっと食べなよ」
ゼファス様って、天邪鬼だよね。
本当は凄い優しいのに、つっけんどんな言い方で。
「はい、お父様」
手始めにこれ全部、と渡されたのはミートパイ5個で、見ただけで胸焼けした。
無理ッス!!
「一つで十分ですっ!」
今日の会は、ゼファス様、ミルヒ、ラトリア様、ロシェル様、お義母様がいる。
前回はキース先生とキャスリーン様がいたんだけど、
わずか半年の間にこんなに色んな事があるとは…。
フローレスとステュアートも誘えなかった。
ステュアートはルシアンがカーライルに戻る時に一緒に付いて来る事が決まってて、その手続きの為に色々と忙しいらしく、最近姿を見ていない。
貴族籍の移動って大変なんだなぁ。
ところで私はどんな状況なのかな。皇族なんだし、皇国籍なんだよね。
そうだそうだ、だからアレクサンドリアをアルト家に移したんだし。
「ミチル、ちゃんと食べているかしら?」
お義母様がやって来た。
「はい、お義母様。今はミートパイをいただいておりました」
ミートパイってがっつりめだよねー。
男子が好きだと思う。
ルシアンが帰って来たら、料理長にまた作ってもらおう。
「沢山食べるのよ?」
「はい」
ゼファス様にルシアンの無事を教えてもらえたお陰で、少し気持ちが落ち着いてきた。
「ルシアンがミチルを置いてどうこうなる筈がないわ」
「うんうん」
ラトリア様とロシェル様もやって来た。
「ミチルの元に戻る為なら、皆殺しにして帰って来るから大丈夫だよ」
…ソレ、全然大丈夫じゃないから!
皆殺しとかおかしいから!!
「ルシアンやお義父様達が、無事に帰って来て下さればそれで…」
だから皆殺しとかヤメテー。
あー、でも、どうしようもない時はオッケーですよ。
散々命狙われてるんだから、お相手も覚悟してるだろうし。って言うかルシアンを狙ってる事がそもそも許せませんけどね?
二人に不安はないんだろうか?
そう思って尋ねてみる。
「お二人は心配ではないのですか?」
私を励ます為にこうは言っているものの、内心は不安でいっぱいなのではないかと思ったのだ。
「ないわねぇ」
うふふ、と笑うお義母様。
まぁ、そうか。このヒトの旦那、若干人外だしな。
「ミチルに会えない状況に限界を迎えたルシアンが暴走する心配ならあるかな」
あはは、と笑うラトリア様。
それはありそうねぇ、とため息を吐くお義母様。
…いやいや、なんか動機がおかしいから。
「ルシアン様に何か起こるような状況を、皆さんがお許しになる訳がありませんもの。大丈夫ですわ」
ロシェル様はそう言って、私の肩を撫でた。
「まぁ…お痩せになったのでは? いけませんわ。
近いうちにカフェ巡りでも参りましょう」
「いいですね、たまには私も」
「女子会ですわ」
ラトリア様にピシャリと言い放つロシェル様。
怒られた大型犬みたいになってるラトリア様を見て、コロコロとお義母様は笑う。
その日の夜は、ルシアンが襲われる夢を見なかった。
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