067.円卓の騎士ならぬ七公家
円卓の騎士、ならぬ円卓の七公家。
勢揃いである。
中央に座るアレクシア姫の顔色は悪い。って言うか白い。
バフェット公爵と夫人、エヴァンズ公爵、シミオン様とゼファス様、アレクシア姫の祖父のクレッシェン公、シドニア公、クーデンホーフ公、エステルハージ公。
…私、立ち位置ドコかな…。
オットー家で良いのかな。それとも、殿下を狙ったアルト家の嫁カナ…。
アウェー! アウェー感半端ないよ!
「ミチル、こちらにおいで」
笑顔のシミオン様に呼ばれ、何故かシミオン様とゼファス様の間に座らされた。
にこにこと笑顔のまま、シミオン様が言う。
「可愛い姪になかなか会えないと思っていたから、会えて嬉しいよ」
今日呼ばれた内容的に、その発言はどうかと思いますヨ、伯父様…。
皆が怪訝な顔をしているのでは? と見回すも、焦っているというか顔色が悪いのは姫だけだ。
皇国の皇族レベルまで来ると、帝国との戦争がチラついても平常心って事かな。すごいわー。
ワインが各人の席に配られる。
えっ、どうしよう、私飲めないけど?と思ったら、私の前には明らかに別の物が置かれる。
ありがたい。ありがたいんだけど…これ…誰の手配だろう…?
「では、始めたいと思う」
開会を宣言したのはシミオン様だった。番人だからか。
…はっ! もしかして、私が逃げられないように番人兄弟で挟んだとか?!
私、何も知らないよ?!
怯えている私を無視して、会が始まった。
「レーフ殿下負傷についてだが、皇国圏内には情報が漏れないよう統制するように」と、シミオン様。
「殿下を狙っていると噂の影に見抜かれるのではありませんか?」
エステルハージ公はグラスを手に持ち、透明度でも確かめるように、ワインを見つめた。
「それは問題ない。全員がミチルの夫であるアルト伯爵を追って雷帝国に戻って行ったのを確認している」
天使の微笑みを浮かべてシミオン様が言い切った。
そうか、ルシアンはもう、雷帝国に入ったんだな…。
おなかのあたりがぎゅっと縮まる感覚がした。
しかも全員って…一体何人に襲われてるんだ…。
「では、あちらに殿下の負傷が知られる心配はないと思ってよろしいのですね?」
エステルハージ公はグラスのワインをひと口飲み、ワインをマジマジと見つめると、背後に控える侍従に何やら命じた。
「いや、敢えて知らせる予定だ」
全員が一斉にシミオン様を見る。顔を向ける者、視線だけ向ける者、さまざまだ。
「何故?」
怪訝な顔のクーデンホーフ公。
私もクーデンホーフ公の意見に同意です。
敢えて知らせる理由がさっぱり分からん。
大袈裟に思えるような、大きなため息を吐いたバフェット公は、笑みを浮かべたままのシミオン様を直視した。
「てっとり早く聞こう。これは誰の案か?」
「リオン・アルト公爵だ、バフェット公」
バフェット公は息を吐くと、背もたれに寄りかかり、両手をおなかの上で組んだ。
「隠しておらぬのか…。
では、本気で帝国を取る気か?」
「次の沈丁花の花を咲かせると言っていたよ」
沈丁花の花、皇帝の事を指しているっぽいな。
次の花…新しい皇帝を立てるって事?
「その為に殿下をここに縫い止めた、という事でしょうか?」
エステルハージ公は眼鏡の真ん中を中指でくぃっと上げた。あれはきっと癖だな。
「殿下の容態は?」
「それなりに出血はあるが、止血剤と熱の所為でよく眠っておられるよ。睡眠不足だったようだし、丁度良い」
…いや、睡眠不足解消出来て良かったね、アハハな内容じゃないと、思う…。
「アルト公のする事、誤りは無いと思っている。だが、真意を測りかねる」
クーデンホーフ公はシミオン様を真っ直ぐに見据える。シミオン様はにっこり微笑まれたままだ。
ちなみに私の隣でゼファス様はもくもくとマカロンを食べている。ノンストップマカロンである。
凄いな、この重めな空気の中で、ガン無視してマカロン爆食いとか。信じられない気持ちでゼファス様を見ていたら、私の視線に気付いたゼファス様と目があった。
ちょっとの見つめ合いの後、ゼファス様はため息を吐いてマカロンを2つくれた。
違う! 欲しくて見てたんじゃないよ?! でもありがとう?!
反対側に座るエヴァンズ公にまで渡してる。人の良さそうな顔のエヴァンズ公は、これはどうも、って受け取って美味しそうに食べてるー。
いやいや……いやいやいや……ここの席だけなんか色々おかしい。
「さっき言ったように、アルト公爵は沈丁花の次の花を咲かせたい、その為の雑草を刈り込みたいと言っていた」
「確かにこの所、彼の国の雑草が皇国圏内に入り込んでいたようですからね。ようやく皇都の根腐れの原因となった雑草もほぼ摘み採れた事ですし、方向性には異論ありませんよ」
それで?とエステルハージ公は続ける。
「アルト公は我ら七公家に何を望まれるのか? それ如何によっては、こちらも考えを改めなくてはならない」
「何も」
エステルハージ公が眉間に皺を寄せる。
「何も?」
「あの男が誰かの助力を必要とする筈があるまい」
バフェット公爵夫人がほほ、と扇子で口元を隠して笑った。夫のバフェット公が横で頷く。
「さもあらん」とクーデンホーフ公も頷いた。
シドニア公も頷く。
「ここに我らが集まるのは、今後を決定する為ではないのだろう? 守護者殿」
バフェット公はシミオン様を見て言った。シミオン様は目だけで笑う。
番人より守護者の方がカッコいいね。褒める時は守護者呼びで、馬鹿にする時は番人とか犬とかそんな感じだろうか…守られてるのに理不尽!
…ってそれは今考える事ではなかった。
シミオン様の顔を見る。この人も天使な笑顔を崩さない。
いやー、絶対腹黒いわー。人は見た目じゃないって、名言だよね…。
「さすがバフェット公、話が早くて助かる。
アルト公の企みはもう発動しており、皇都で、と言うよりも我らがすべき事は何もない。
あるのは殿下の事を皇国内には伏せたまま、殿下を帝国に謹んでお返しするだけだ」
「返す?」
これにはエステルハージ公だけでなく、クーデンホーフ公も理解に苦しむ、と言った表情だ。
「殿下は皇帝にお返しするのが筋と言うもの」
はーっ、と大きく息を吐くと、エステルハージ公は背もたれに寄り掛かり、眼鏡を外して鼻根を揉み始めた。
「理解出来ん」
クーデンホーフ公の言葉にシドニア公も頷く。
「理解も何もない」
バフェット公が息を吐きつつ答えた。
「遺体を皇帝に返せば、ミチル殿下の伴侶であり、公の嫡子であるアルト伯爵は命を狙われずに済む。
実に理にかなっている」
遺体と言う言葉に、皆騒つく。
「皇帝は、弟の命をずっと狙っていたのだからな。遺体にして返した所で、何ら問題あるまい。
むしろあちらの手間を省いたのだ。礼を言われて然るべきだろう」
「しかし、皇弟に手をかけたとなれば、皇国と帝国の間に結ばれた和平協定が破綻してしまう」
エステルハージ公の言葉に、バフェット公は、ハハハッと大きく笑った。
「エステルハージ公、お忘れか。
帝国皇帝はもう何年も前に、側近のスタンキナを遣わした。スタンキナが行ったのはウィルニア教団を立ち上げ、皇国の辺境を守るハウミーニア国を薬物を用いて陥落させ、カーライル王国も落とそうとして失敗し、遂には皇女シンシアを担ぎ上げて皇国全体を揺るがそうとしたのだ。
和平協定がどうのと言うなら、そんなものはとっくの昔に壊されているのだよ、帝国によって」
バフェット公は「スタンキナ、こちらではレクンハイマーという名だったか、オットー殿?」と言って、責めるような視線を向けた。
「私は存ぜぬ事。
それにしても、バフェット公の方が番人は向いているやも知れませんね?
どうだろう、次の代からバフェット家が番人になると言うのは?」
あまりの剣呑な雰囲気に耐えかねて、ゼファス様からもらったマカロンを口にする。
噛んだ瞬間、パキッという音がして、皆の視線が私に集中したのが分かった。
ひええええええぇぇぇ!!
「あ、それね、当たり。
チョコレートの板をクリームで挟んでみたの。どう? 美味しい?」
私が食べたマカロンについて説明し始めるゼファス様。
ちょっ、先にやらかした私もアレだけど! もうちょっと空気読んで、ゼファス様!
パチン、と扇子が強く閉じられた音が響いた。
「そのような過ぎた事はどうでも良い」
バフェット公爵夫人がぴしゃりと言った。
皆がハッとした顔でバフェット公爵夫人を見る。
「つまり、こういう事だな。
アルト公爵は己が嫡子の命が狙われている事に耐えかねて、問題の種であるレーフを遺体で返し、これまでの帝国の無礼を逆手に取って攻め込み、誰ぞ相応しい輩を帝位に就かせる、と」
是も非も口にせず、シミオン様はにっこり微笑んだ。
「答えぬか」
夫人は開いていた扇子をまたパチンと音をさせて閉じた。
「まぁ、良い。
皇国に被害が及ばぬように動いてくれると、信じているぞ?」
バフェット公爵夫人は立ち上がった。公爵も立ち上がる。
「何かあればまた呼ぶが良い」
そう言って二人は部屋を出て行った。
シドニア公も立ち上がって部屋から出て行き、エヴァンズ公はポケットからファッジの包みをゼファス様と私に渡して、美味しかったよ、と言って去って行った。
「アルト公の目論見が外れて戦いとなれば、クーデンホーフ、参戦しよう。
失礼する」
クーデンホーフ公は男前な事を言って去って行った。
はぁ、とため息を吐いてエステルハージ公は、眼鏡を指で押し上げる。
「走り出してしまったものは仕方ないですね。ただ、これまでの中途半端な状況は個人的に好ましくありませんでしたから、これを機に皇国と帝国の関係がはっきりされる事を望みます。
では、殿下、御前を失礼します」
エステルハージ公はアレクシア姫と私にお辞儀をして退室して行った。
室内に残ったのは、シミオン様、ゼファス様、姫、クレッシェン公、私の5人だ。
「お、お祖父様、私、どうすれば…」
泣きそうな顔で姫がクレッシェン公に泣き付く。
クレッシェン公は孫娘の肩を優しく撫でる。
「大丈夫だよ、アレクシア」
「ですが……」
いつのまに行ったのか、ゼファス様が姫にマカロンを差し出していた。
「これはね、さっきミチルが音をさせて顰蹙を買った板チョコ入りマカロンの、オレンジ味」
顰蹙?! 顰蹙って言った?!
酷くない? これを渡したの、ゼファス様なのに?!
「お父様っ!」
抗議の意味で声をかけると、ふん、とゼファス様に鼻で笑われた。
えぇっ?!
「その通りでしょ。もうちょっと、と言う所だったのに、ミチルが雰囲気壊すから」
えぇ?! 何を目指したの、あの展開で?!
「私としては助かったよ、ありがとう、ミチル」
シミオン様はふふ、と笑ってくれた。
「ゼファスはそうやって、人を揶揄うのをやめなさい」
苦笑するシミオン様に、ゼファス様はいつもの無表情のままで、「揶揄ってないんだけど」と、不穏な事を言う。
「姫の御心を痛めるようなご報告を申し上げた事、お詫び致します」
シミオン様は立ち上がると、姫に深々と頭を下げた。
「いえ、大丈夫です、シミオン。
何をすれば良いのか、私には分からなくて、戸惑っただけなのです」
デスヨネー?
「先程も申し上げた通り、姫に何かしていただくような事はございません。
万事恙無く進んでおります」
だから余計に怖いんだと思うんだけど…こういう感覚って、このテの人達には分かってもらえそうにないな。
それでも心配そうな姫に、私は微笑みかけた。
「私はお義父様を信じております。無論、夫であるルシアンの事も。
姫もフィオニアの事が気になってらっしゃると思いますが、今は信じて待ちましょう」
「…っ!」
姫の顔が真っ赤になった。
「ミチルって、本当に空気読まないよね」
ゼファス様に冷ややかな視線を送られる。シミオン様は苦笑いしていた。
えっ?!
最大限に空気読んだつもりです?!
「なっ、何故ミチルがそれを知っているのですかーっ?!」
………あ、これは確かに私があかんかった奴や。
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