060.レイ

図書室でディンブーラ皇国の歴史書を借りた。

それから皇宮図書館に脚を運ぶ。

皇族しか入れない図書館だ。残念ながら、アビスもオリヴィエも入れない。

不思議なのは、血筋もへったくれもない偽皇族の私が入れて、皇族の血を引くオリヴィエが入れない事だ。理解に苦しむ…。


オリヴィエは公爵家だけれど、厳密に言うと皇族ではないらしい。オリヴィエのお父さんであるエヴァンズ公は皇族だそうな。もしオリヴィエが皇族だったら、セラとの婚約は無理だったらしい。自身が姫になってしまうところだった、と物凄い嫌そうに言われた。オリヴィエは姫を守る騎士になりたいからね…。

皇国の公爵家は7家あり、ルーツとしては皇族なのだそうだ。でも、曽祖父母、つまり遡って3親等までに直系皇族が含まれている場合は皇族と見做されるらしい。

あまり血が薄くならないように、濃くなり過ぎないように、調整しながら七公家は維持されているらしい。

そんな中、伯爵家出身の男性と強引に結婚した女帝は無茶苦茶だな、って思う。

純血を重んじる皇室と七公家は、女帝とその皇配との間に生まれた3人の子供との婚約を拒んだそうな。

貴族の婚姻は面倒な事が多いけど、ディンブーラ皇国も面倒くさそうだ…。


図書館の外でアビスとオリヴィエには待っていてもらい、皇宮図書館の中に入る。


入るには、なんとこの前もらったアンクが必要なんですってよ。

入り口のドアに、アンクを填められる穴があり、そこに首から下げているアンクを引っ張り出してはめると、カシン!と金属音がして、解錠された。

これ、誰かが開けたら他の人も入れるんじゃね?


中に入って、直ぐの場所に騎士が二人立っていた。

私が近付くと、首を垂れた。

複雑な気分です…。なんか色々申し訳ない…。

オリヴィエから話を聞くまでは、わーい!なんて喜んでいたんだけどね。

なんか妙に柔軟で、そうかと思えば頑ななこの国の皇族認定が理解不能ですわー。


背後でカキン、と金属同士がぶつかる音がして、振り返ると、騎士二人が持っている剣をクロスさせて、アビスとオリヴィエが通れないようにしていた。

…ズルは駄目みたい。

ドアはゆっくりと閉じられた。アビスとオリヴィエはこっちをじっと不安げに見ていた。

やめて、そんな目で見ないで。目だけなのに何かの危険なフラグが立ちそうです…!

図書館に来ただけなのに…!


よく磨かれた廊下を進んで行くと、少年と少女が立っていた。多分、男子と女子。中性的な顔立ちなんだけど、服装が男物と女物を着てるから、そうかなと。

私に気が付くと、二人はお辞儀をした。


「「ようこそお越し下さいました」」


ハモってる…!

ってまぁ、それは良いとして。


「私はハル」と少女が。

「私はエル」と少年が言った。


声を聞いて、やっぱり男女だったんだな、と思った。


「初めてお目にかかります」

「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト・ディス・オットーです」


…あ、ルシアンが手続きしてるから、そのうちアレクサンドリアは名乗れなくなるのだろうか?


二人はにっこりと微笑んだ。


「レイ様がお戻りになられた」

「ようやくレイ様がお帰りになられた」


?!

ハジメマシテですよね?!


「…どなたかと、お間違えではございませんか?」


そのレイ様と私が、似てる…とか?

いや、でもそれなら名前聞かないよね?


「レイ様のお名前は、ミチル様とおっしゃるのですね」

「ミチル様が次のレイ様なのですね」


?!

ナニコレひっかけ?!とんち?!

禅問答とか哲学とかそっち?それともナゾナゾ?!


私を誰かと間違えてる訳ではないって事?

レイ様って、何なの?


「…あの…レイ様というのは…どなたと申しますか、何の事なのでしょうか…」


恐る恐る尋ねる。


「「レイ様はレイ様です」」


分からん!!

さっぱり分からん!!


戸惑っている私を二人は気にする気配がない。

しかも揶揄ってる風でもない。


「レイ様、どうぞこちらへ」

「こちらで登録を行います」


登録?

あぁ、図書館の利用登録かな?


二人が立つ受付の前に立つと、二人が同時に手を差し出した。


え?なに?

握手とか?


「アンクをお見せ下さい」

「レイ様のアンクをこちらへ」


あ、あぁ、アンクね。

両手でバラバラに握手でもするのかと思いましたよ。

って普通に考えてそんな筈ないよね。


首に下げていたアンクを差し出すと、エルは左手を、ハルは右手を出して、二人でアンクを受け取った。


「女神マグダレナの加護を受けし者の証」


エルの右手から赤い光があふれだした。


「レイの名を持つ者の証」


ハルの左手から青い光があふれだした。


「ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト・ディス・オットーを次なるレイとお認め下さいますよう」

「我らのレイに女神マグダレナの加護をお与え下されますよう」

「「我らここに祈りを捧げん」」


二人の声が重なった瞬間、二人の手からそれぞれあふれていた光は、手から離れて浮かび、空中で絡まり合い、ぐるぐると回転した。

回転が収まったと思ったら、空中に紫色の宝石が浮かんでいた。

紫色の宝石はそのままゆっくりと下がっていき、アンクに吸収された。


…なんか突然ファンタジーなんだけれども。いや、魔力があったり、錬金術みたいなのもあったりして、それなりにファンタジーだったけど。

そもそも私、図書館に来ただけなのに何でこんな事になってるのかな…。やっぱりさっきの、何かのフラグ立ったのかな…。

大丈夫かな、私。これ、幻覚かな?妄想?それとも夢とか幻?疲労?疲労かな?


「お待たせしました、レイ様」

「レイ様のここでの登録は完了しました」


いやいや、だからレイ様って何さ?!


頭がパニックになっている私を完全無視して、二人は私にアンクを差し出した。

アンクの十字部分の真ん中に、さっき見た紫の宝石が埋め込まれていた。穴なんかなかったのにナー。

マホーかな?


図書館の利用登録なのに、随分と凝ってるよねー(現実逃避)


受け取ったアンクを首から下げる。


「そのアンクがあればこの図書館の」

「全ての本をレイ様は読む事が可能です」


「………アリガトウゴザイマス?」


なんだか色々とよく分からない。

もしかして、この図書館にあるものを読んだら分かるようになるのだろうか?

ってそんな暇私にはない。

私は"マグダレナの加護"という本の下巻が読みたかっただけなのに。


ぐるりと周囲を見渡す。

受付を中心として、すり鉢状にしたような形をした室内だ。ずらりと並ぶ本の多さに、本を見つけられるか不安になる。


「…あの」


「ご用命を承ります、レイ様」

「レイ様のお望みをお聞かせ下さい」


「"マグダレナの加護"という本を探しているのですが、ありますか?」


ハルが目をパチパチさせた。

初耳です、って事?


「その本は現在貸し出し中です」

「借りているのはエザスナ・レヌ・オットーです」


オットー?

ゼファス様のご親族だろうか?


「そうですか…下巻を借りたかったんですが…戻って来たら…」


どうやってお知らせをもらうんだろう…?


エルが目をパチパチさせる。


「下巻はあります」

「エザスナ・レヌ・オットーが借りているのは上巻です」


良かった!


「下巻をお借り出来ますか?」


「少々お待ち下さい」とエルは言って、ポーン、とボールが跳ねるように飛んで、最上階に上がった。


?!

チョージン?!


本を手にすると、またポーン、と飛んで戻って来た。


…うん、分かった。

疲れてるんだ、私。きっと、そうに違いない。確信した。

そうじゃなければこんな、人が数メートル上に、助走とか、踏み台とか、そう言った物なしに飛べる筈がナイ。


「レイ様、どうぞ」

「こちらになります、レイ様」


「…アリガトウゴザイマス…」


本を持って帰ろうとして、あ、この本って持ち出し可なのかな?という疑問がもたげてきた。


「この本は外に持ち出して大丈夫なものですか?」


「大丈夫です」

「問題ありません」


「では、お借りしていきます」


「またお越し下さい、レイ様」

「レイ様、お待ちしております」


そう言って二人はお辞儀をした。


私は本を胸に抱え、来た道を戻る。

ほんの数十分の事の筈なのに、凄い時間がかかったような疲労感がある。


騎士二人が頭を垂れると、ドアが開き、アビスとオリヴィエが駆け寄って来た。


図書館を出て、息を吐く。


「お待たせしてしまったかしら」


「いえ、時間にしたらさほどでもありませんが…ご主人様、随分お疲れのようですが、中で何が…?」


「ファンタジーに触れておりました」


「ファンタジー?」


二人が怪訝な顔をする。


話す元気がないので、ふふ、と笑ってごまかした。




精神的に疲れていた為、今日は本を読むのは止めておいた。今読んでも頭に入って来なさそうだ…。

エマとリュドミラに手伝ってもらって入浴を済ませ、夜着に着替える。


夜着の中にしまっているアンクを取り出す。

紫色の宝石は、キラキラと光っている。光の当たる角度とか一切合切無視して光ってる気がする。

っていうか、電気も消して真っ暗なのに光ってる。

あぁ、ファンタジーが続いてる。

これはあかん。早く寝ないと…。


ごろん、と、横向きになる。


ハルとエルの言う、レイ様って何なんだろうか?

たまたま私の名前に入っていた"レイ"にうっかり反応してしまったという事だろうか?


考えても全然分からん。


目を閉じているうちに、そのまま眠りについたようで、懐かしい夢を見た。


私は庭のベンチで姉に壊されてしまったうさぎのぬいぐるみを抱えて泣いていた。大切にしていた、淡いピンク色のうさぎで、いつも何処に行くにも持って歩いていた。

隣に腰掛けた祖母は、私の手の中のぬいぐるみを見て、一瞬悲しそうにした後、私の髪を優しく撫でた。

優しくて、美しい私のお祖母様。


「…また、ドリューモアに意地悪をされたのね」


私は何も言わず、ぎゅっと唇を噛んで俯いた。ぼろぼろと涙が溢れる。


「ミチル、あなたに良いものをあげましょう」


顔を上げると、祖母は優しく微笑んでいた。


「いいもの?」


そうよ、と祖母は頷いた。


「"レイ"という名を貴女にあげましょう」


「レイ?」


「お祖母様とお揃いよ」


お揃いという言葉に、それだけで私はワクワクした。


「私の名は、イルレアナ・レイ・」


強い風が吹いて、祖母の言葉は全て聞き取れなかった。

ちょうど家名の部分が聞こえなかった。かろうじて聞こえたのは、ト、という音が混じっていた。


「おばぁさまは、イリーナではないの?」


祖父は祖母をイリーナと呼ぶ。

誰もがイリーナと呼んでいる。


「本当は、イルレアナというのよ。これは、私とミチルだけの秘密よ。」


秘密と言われてドキドキする。


ふふふ、と祖母は笑った。

祖母は少女のように可憐に笑う人だった。


「貴女の髪も、瞳も、私にそっくりね。私の血が強く出ているのかも知れないわ」


そう言って私の髪を優しく、優しく撫でてくれる。


姉は、祖父と同じブラウンの髪だった。

私は祖母と同じアッシュブロンドにホーリーグリーンの瞳をしていた。


「今の私は何も持っていないから、可愛いミチルに何もあげられないの、ごめんなさいね」


悲しそうな顔をする祖母に、幼い私は慌てて首を横に振った。


「唯一あげられるのは、私の家が継ぐこの名前だけ。

レイ、貴女のこの名前は、お祖母様の一族が守り続けたものなのですよ」


幼い私には祖母の言う事はよく分からなかった。

首を傾げる私の頰を、祖母は撫でた。


「あの家を出てしまったから、貴女がこの名を用いる事はないでしょうが、もし運命が交錯する事があるならば、貴女は女神の慈愛をその身に感じる事でしょう」


「めがみさま?」


えぇ、とにっこり微笑む祖母。


「女神マグダレナ、私達を作られた尊き女神様ですよ」


そして私の名前は、ミチル・レイ・アレクサンドリアになった。

祖母は懐かしむように、私をレイと呼んだ。その名にどんな意味があったのか、教えてくれなかったけど。

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