043.誤解ですっ!

式典を終えた私は、屋敷に戻って来た。ドレスも脱いでワンピースに着替えてひと息。

生きて帰って来れましたー!

…でも確実に私の寿命は縮まったな。


祝賀パーティーは後日改めてシテクレルらしい。結構デスヨー…。イラナイデスヨー。のーさんきゅー!!


…とは言え、とりあえず第一関門は突破したので、ホッとしている。

後はもう、野となれ山となれー状態。


「だからあの時、素直に私の娘になっておけば良かったのに」


テーブルの上に並んでいるマカロンを口に放り込みながら、ゼファス様が言った。

ユー、何ちゃっかり来ちゃってんですか!?


「普通にお考え下さいませ、ゼファス様。皇族の方から養子にと言われて軽い気持ちで受ける筈ございませんわ」


真に受けるバカはいないよ!

本気だったみたいだけど。


「いつも破天荒な発見やら提案をする割に、そういう所は常識的だよね、ミチルは」


それって褒めてないよね?!

貶してるよね?!


「ちなみに、お父様だよ。

ホラ、ミチル、呼んでみてよ」


にやり、と笑ってゼファス様は私を見る。


「………お父様」


うふふふふふふ、と嬉しそうに笑うゼファス様。

そんなに嬉しいの?!何で?!

もしかして、そんなに私の事を気に入ってくれてた?!


「いやぁ、これで、教会の仕事、ミチルに頼み放題じゃない?!」


それか!!それだな?!

っていうかそれが目的だったんじゃ?!


思わずため息がこぼれる。


「それにしても、ルシアンが義理の息子になるとは。

つまらん人生だと思ったけど、意外に面白い事になってきたなぁ」


ゼファス様の言葉に、ルシアンはにこりと微笑んだ。


「これから、よろしくお願い致します、義父上」


おぉ、これまでよりルシアンがゼファス様に対して愛想が良い…。義父効果か。


「リオン」


ゼファス様は身を乗り出すようにお義父様に話しかけた。

お義父様はアビスが淹れたト国茶を飲んでる。


「なにかな?」


「オドレイ達、単純に始末するの?しないでしょ?」


ゼファス様、何を期待してるんですか…?

しかも期待方向が激しく不穏…。


「あぁ、その事か。そこはホラ、適任者がいるから、お任せしているよ」


そう言って、お義父様はルシアンを見て、ね?と首を傾げた。ルシアンは頷いた。

適任者て…。


そうそう、とゼファス様が言う。


「今、カテドラルの建て直しをしているじゃない?

地下室が見つかって、凄いものが発見されたんだよ」


地下室で凄いものって聞くと、嫌な予感しかしないんですけど…。


「鉄の処女」


拷問具きたーーー!!!!

拷問具の代表格じゃないですか?!

っていうかそれが教会の地下に?!どういう事?!


「ねぇ、ルシアン、使う?」


天使な見た目な癖に無茶苦茶残酷な事を聞いてくる。

ワクワクしているゼファス様に、ルシアンは苦笑する。


「いえ、さすがにそんな酷い事は…」


「えー?じゃあ何するの?

エルギン親子だってまだ処罰してないじゃない?エルギン一族の処罰だって未確定だし」


つまらなさそうに、それこそぶーぶーという効果音が付いてそうな反応をするゼファス様。


ねぇねぇ、貴方、曲がりなりにも教皇でしょ。立場的にはさ、罪を憎んで人を憎まずみたいな事言わないの?

え?私の処罰感情?許さないですよ?絶対。

当たり前ですよ…ギッタンギッタンにしてやりたいです。


「あっちではさ、どんな刑罰があったの?」


ちょうど脳内でオドレイ侯爵を江戸時代の拷問に使用した、ギザギザにされた石の上に正座させようとしていた所、ゼファス様に話題を振られた。


「刑罰ですか…?」


現代は人道的見地から残酷な刑罰はないからなぁ…。


「過去に行われていた刑罰について、知ってる範囲でお話しますね」


うんうん、と頷くゼファス様。

もしかしてこの人、ソッチ系なのかな?!スプラッタ系で笑えちゃう人。


「斬首された後に首を3日間公共の場に晒されるとか、生きたまま木に磔にして、槍で刺して処刑した後晒すとか、馬二頭にそれぞれ片足ずつ引かせて引き裂く、みたいなものがあったようです。

熱せられた鉄の棒に抱きつかせるとか、蛇などがうじゃうじゃしている穴の中に生きたまま放り込むといった刑罰を行う国もあったみたいで」


皆が何とも言えない顔でこっちを見てる。


えっ?!何でそんな反応?!

鉄の処女とかだって大概だよ?!

初めて聞いた時衝撃だったし!


「普通に、処分させていただく予定です」


ねぇ、ルシアン、今、何で普通を強調したの?ねぇ、何で?

って言うか、私が思い付いた刑罰じゃないよ?!ちょっとちょっと皆誤解してない?!


「ミチル、何人かなら、回せますよ?」


いやいやいや!

何こっそり言ってんですか、ルシアン?!


「過去の刑罰をお話しただけですよ?!」


待ってーーーーー!!!




アレクシア姫の立太子のお祝いを終えた王子とモニカが、屋敷に訪れたのはおやつ時だった。


アビスが淹れてくれた緑茶と、料理長が作ってくれた羊羹を二人に出すと、初めて見る羊羹に引いていた。

確かにね。真っ黒だもんね。


「ミチル、これは何ですの?」


「羊羹というもので、あんこを固めた物です」


厳密に言ったら違うかもだけど、多分、そんな感じ!


私がひと口食べると、モニカも恐る恐る手を出す。

モニカは和菓子もイケる口だから、羊羹も嫌いじゃないと思うんだけどなー。


咀嚼するたびにモニカの顔が明るくなっていくのを、隣の王子がガン見してる。ガン見しすぎ。モニカの事好きすぎ。

モニカラブな王子はラーニングしたね。モニカは羊羹が好き、って。インプット完了ですよ。


「ミチル、私のも食べますか?」


ルシアンは甘いものが得意じゃないからね。ありがたくいただいてしまおうっと。


「よろしいのですか?」


「えぇ。はい、あーん」


そう言ってルシアンは羊羹を私の口元に運ぶ。


えぇ?!

そこに、そこに置いといて!

勝手に食べるからね?!


「自分で食べられますから、置いておいて下さいませ」


それにまだ、羊羹は残ってる筈だし!


そんな私の希望を打ち砕くようにアビスが言った。


「ご主人様、残りはレシャンテ様が全て召し上がってしまいました。しかも、当主様から頂戴した小豆もこれで最後となります」


「!」


試されてる…!?

おまえの小豆愛は、この程度なのかと!?

…ってそんな訳ない!


「さ、ミチル」


でも、だって、モニカ達がいるんだよ?!

いなければ、食べられるけどっ。


「何を恥ずかしがってるのですか?いつも食べさせているでしょう?」


やめて、バラさないで!!


まぁ、とモニカが頰を赤らめる。


「あいもかわらず、ルシアン様のミチル溺愛は絶好調ですわね」


うふふふふ、と笑うモニカに、王子が、「私もモニカを溺愛しているつもりだよ?」と甘い声で言った。

途端にモニカの顔が真っ赤になった。


「な…っ!ジーク!!」


うむ…。他人のこういうのって、生温く見ていられて、平和でいいわー。

私は本来モブですからね、これが正しいポジションですよ、本当に。


「新婚ですものね」


お熱いですわー、なんて笑ってみたりする。


「ミチル、私達も新婚ですよ?」


ぎゅっ、と手を握られてしまう。

あ、コレやぶ蛇?!


顔を真っ赤にしながら、モニカは別の話題を振った。

ナイスです、グッジョブですモニカ!


「それにしても、まさかミチルが皇族になるなんて、思いもよりませんでしたわっ」


あー、それはねー、誰よりも私がそう思ってますよー。


私も頷く。


「アルト家の(闇の)力を思い知りました」


ルシアンが苦笑しながら、口に羊羹を運んできて、強引に食べさせられた。


エッ、おまえはこれでも黙って食ってろ的な?!


…多分さっきの自分達も新婚ですよ、を流したから羊羹攻めが開始したに違いない。


「違いますよ。公爵家からの申し出です。ミチルがまた大きな発見をしましたから、皇室がミチルを取り込みたくなったのでしょうね」


違うと言いたいのに、口の中に大きめの羊羹を入れられてしまった為、喋れない。今喋っても、モゴモゴ音になりそうだ。


恨めしく思いながらルシアンを見ると、優しい顔で、美味しい?と聞いてくる。

事実美味しいので頷くしかない。


「今回の発表には本当に驚いたよ」


気が付いたら王子までひと口サイズにカットした羊羹をモニカに食べさせている。モニカは顔を赤くさせながら食べている。


なんなんだ、このおかしな図は?!


「はい、あーん」


ルシアン、と抗議する為に空いた口に羊羹が詰め込まれる。


「むぐ」


「ちゃんと噛んで下さいね?」


お母さんか!

って言うか強引に食べさせといて何言ってんですか!


「この件については、各国は様子見をすると思います。

皇国はその試金石になるのではないでしょうか」


「ではカーライルも様子見をする事にしよう」


羊羹を食べ終えたので、緑茶を飲む。


あぁ、美味しかった。不本意な部分は多々あったけど、羊羹に罪はない。


「そうだ、皇都にカーネリアン先生がいらしてる筈だが、もうお会いしたか?」


モニカに羊羹を餌付けし終えて満足したのか、良い笑顔で王子が聞いてきた。


そう、先生とはまだ会えてないんだよー。


「それが…」


植物から魔石が抽出可能になった事を隠しておかねばならなかった為、まだ会えてないのだと説明すると、二人は頷いた。


「まぁ、発見した内容が内容だけに、先生に会いづらいというのは、分かる」


もう公表してしまったから、会っていいのかな?


ルシアンをちらと見ると、頷いてる。私の聞きたかった事を察知したらしい。


「もう構いませんよ」


良かったー。先生のお誘いをお断りしたの心苦しかったんだよね。


「ルシアン様、お願いがありますの」


モニカが身を乗り出してルシアンを見つめる。


「…何でしょうか?」


「今夜は、ミチルと同室にさせて下さいませんか?」


皇都に来るという事だったので、二人を屋敷に招待したのだ。皇都滞在中、二人はうちの屋敷にいる。


モニカの目がキラッキラしてるから、あれですね。間違いなく、ガールズトークがしたいんでしょう。

ルシアンはジークを見た。


「私は構いませんが、ジークは大丈夫ですか?」


ジークもにっこり微笑むと、「二人のように同室同衾する気はないけど、ルシアンとは話したい事があるからね、私としても嬉しいよ」と答えた。


…なんか、王子が前より腹黒くなった気がする。




私もモニカも、入浴を済ませて夜着を着ている。

さすがに夫婦の寝室、という訳にはいかないので、私専用の部屋で今夜は寝る。


モニカが結婚してからもこんなお泊まり会が出来るとは思ってなかったー。

そう言うと、何を言ってますの、と返されてしまった。


「カーライルに戻られてからも可能ですわよ」


そうなの?


「もう、察しが悪いですわね。ミチルは皇族になったのですよ?カーライルの屋敷は警備を厚くする為に色々なされている筈ですわ」


oh…ソウデスネ、そうでしたそうでした。

うっかり皇族になってしまったのですよ。なんちゃって皇族ですけども。


「ですから、王太子妃になった私が訪問しても、警備的にも立場的にもなんら問題ありませんわ。無論、ミチルが王城に来て下さっても大丈夫ですわ」


えぇ…そうなのか…そりゃそうか…。


「…申し訳ありませんわ…まだ、自分の置かれた状況に順応出来ていないようです」


モニカはうんうん、と頷くと、無理もありませんわ、と答える。


「本当に突然の事でしたものね。最初、ジークから伺った時は何を言われているのか分かりませんでしたもの。

ミチルが皇族に見初められて、ルシアン様と離縁させられてしまったのかと。そんな事になったら血の雨が降る、と思っていたら、まさかの養子入りですから驚きました。

皇族の養子だなんて、嫁入りよりも難易度高いですわよ、ミチル」


「…色々、お断りはしていたのですけれど…お義父様が暗躍されたのではないかしら…」


大魔王が動いたんだと思うんだよね。確実に。


うんうん、とモニカも頷く。


あー、なんかこうしてると日常が戻って来たような感覚がする。日常っていうか、カーライルでの日々と言うか。


「それでミチル、最近はいかがですの?」


なにが?


「?」


「もぅっ!こう言った事は本当に察しが悪いんですから!

ルシアン様とですわっ」


散々見ていただいた通りデスヨ。


「以前よりも甘くなったりですとか、そう言うのは?」


言われた瞬間、顔が熱くなった。

そんな私を見てモニカが楽しそうに微笑む。


「まぁぁ、あの上を行く甘さと言うと、どんな感じですの?」


「も、モニカこそ、王子に溺愛されてると言われてませんでしたか?」


モニカはポッと頰を赤らめる。


ぬ!何か反応が愛され女子!

そこはかとなく漂う余裕?!


「大切に…していただいておりますわ…」


何その思わせぶりな間は?

ちょっとちょっとちょっと、詳しく聞きたいですよ?!


「モニカが…大人の階段を登ってしまいましたわ…」


「大人の階段と言うなら、ミチルの方が先ですわよ?」


「そう言う事ではなくてっ」


うふふ、とモニカは微笑むと、私の頰をつんつんする。


「や、やめて下さいませっ」


勝ち負けじゃないんだけど、何か負けてる気がするっ!


あー、でも、二人共人妻なんだよねー。凄いわぁ。

ヒトヅマですよ、ヒトヅマ。


「モニカ、夫婦になった実感はわきましたか?」


「ありますわよ。朝食をご一緒しますし、夕食も何かない限りは共に食べますもの」


「そうですわね。それで一緒に眠って、朝一番に顔を見るんですものね」


うちの場合は朝、ルシアンがショートスリーパーの所為で目覚めた時にはいないけどね。


「?寝室は別ですわよ?」


…アレ?


「…訪れのある日は、朝食後に使いがやって来ますでしょう?」


んんん?王族だから違うのかな?

あー、ドラマで見た後宮ハレムもそんな感じだったかもー。


「王族は大変ですわね」


言った後、二人共無言になった。


…あー、なんか色々思い出してきた。

そうだ、貴族の夫婦って一緒に寝ないんだよね。

夫が妻の寝室を訪れるの。両親もそうだった…。


王族も、貴族も、一夫多妻が原則だから、毎日同じベッドで一緒に寝るとか、ないんだった。

そうだった、そうでした。


「もしかして、ミチルは毎晩同衾なさってるのですか?」


その言葉に顔が熱くなる。


ルシアンと結婚してから、ずっと同じ部屋で一緒に寝てたから、それに慣れきっていたけど、そんな訳ないんだよね。


モニカの目がキラキラしてる。

ねぇ、それ、何にキラキラしてんの?!


「さすがアルト家!さすがルシアン様!」


アルト家は一夫一妻が原則だから、ルシアンもそうなってるのか、ルシアンだからそうなのかはワカラナイ…。


「愛ですわぁ」


コイバナ大好きモニカの心を刺激したようだ…。


「それにしても、タフですわね?」


「?!何を想像なさってるのですか?!」


ちょっと待って!本当待って!!


モニカの肩を掴んでガクガク揺する。

うふふふふ、とモニカは微笑む。


「もっ、モニカーっ、誤解ですー!!」

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