042.奉迎式典
ウェディングドレス2度目みたいだな、と思いながら、ロングトレーンのドレスを身に纏い、エマとリュドミラ、お義母様に付いて来た侍女二人に徹底的に磨かれた。
そう言えば結婚前もこんな感じでブライダルエステ受けたわぁ。
そして全体の監修はお義母様です。
お義母様の鋭い視線を受けながら、ドレスを着せられ、髪を編み込まれていく。髪担当はリュドミラです。
このロングトレーン…後ろは恐ろしく長いものの、前側は普通の長さなので、何とか歩けそうだ。
ルシアンがギリギリまで私をエスコートしてくれるらしい。本当良かった…。
「ミチルはアンクのペンダントを賜る事になっているから、首元にはアクセサリーは付けないでおくわね」
皇族とマグダレナ教会の教皇しか身に付ける事を許されないアンクを、私如きが付けるとか、コレ絶対罰当たる。間違いない。なんとかちょっとずつ溜めていた善行が吹っ飛ぶ勢いだと思う。
あぁ、お義父様も、本当に無茶するよネ…。
シルクの肘まである手袋をはめ、耳にはルシアンの瞳の色であるイエロー・ダイアモンドのイヤリングを付けた。
…コレ、初めて見るなぁ…いつの間に作ったんだろ…。
しかもカナリー・イエローだし。イエロー・ダイアモンドの中でも最高級の色ですし。
ドアをノックする音がした。
「入っても大丈夫ですか?」
ルシアンの声だった。
お義母様が頷くと、エマがドアを開けた。
黒の宮廷服を着たルシアンが立っていた。
いつも着ている宮廷服よりも意匠の凝ったもので、ちょっとした所に金糸で刺繍がほどこされてる。それと、丈が長い。とてもドレッシー!
髪も整えられてる!正装ですよ正装!
か…カッコ良い…!
ヤバイ、ちょっと緊張してきた。ルシアン見たら緊張してきた!
「ミチル?」
あああああああ!イケメンよ、それ以上近付いてくれるな!
心拍が急上昇してきたし、せっかくこんなにキレイにしてもらったのに、汗出てきたし!
私の願いも虚しく、ルシアンは私の前まで来ると、私の頰をそっと撫でた。
「…顔が赤い」
「…ルシアンの…所為です…」
「結婚式の時、こんな感じだった?」
頷くと、ルシアンは、ふふ、と笑った。
「とても、キレイですよ、ミチル」
その言葉に、顔がカッとなった。
きっと、真っ赤になってると思う。
お義母様がコロコロと笑う。
「ミチルってば、結婚して何年も経つのに、相変わらず初々しい事」
いや…本当にすみません…免疫がなかなか…。
再びドアをノックする音がした。
「セラフィナとアビスにございます。入室してもよろしいでしょうか?」
セラの声だった。
え?アビス、もうこっちに来てたの?
先程と同じように、お義母様の確認を取ってからエマがドアを開けた。
そこにはセラとアビスが立っており、式典に参加する為、宮廷服を着ている。
美形二人の宮廷服姿は、目の保養です…。
「アビス、久しぶりですね」
アビスがにっこり微笑んだ。うむ。美しいけど、何処か毒を含んだ微笑みだ。
「本日より、セラフィナに代わりまして、ご主人様の専属執事を務めさせていただきます。これまで以上に、ご主人様に心を尽くしてお仕えさせていただきます」
そう言って深々と頭を下げたアビス。
それにしても…ご主人様、ご主人様と何度も呼ばれていると、そろそろイケナイ扉を開いちゃいそうだ。
「これまで護衛騎士を務めておりましたイーギスとアメリアはその任を解き、レシャンテの元につけております。
代わりに、アレクシア皇女より、エヴァンズ公爵令嬢のオリヴィエ様を護衛騎士として賜りました。
ご面識はお有りと伺っておりますが、出発時にお顔合わせをさせていただく予定でおります」
「分かりました」
…オリヴィエ様、喜んでそうだなー…。
目をキラッキラさせたオリヴィエ様が私の前に跪き、私を姫と呼んだ。
やっぱり喜んでたーーー。
「本日よりお側に侍る事をお許し下さい、ミチル姫」
「オリヴィエ様…」
「オリヴィエ、とお呼び下さい、姫」
頰を赤く染めて喜んでるオリヴィエに、内心引いているものの、あまりに嬉しそうなその笑顔に、諦めた。
「許しますわ、オリヴィエ」
「ありがたき幸せにございます」
姫呼び久々ー、なんて思った次の瞬間、アレ?コレ、本物の姫になっちゃったんじゃね?という疑問が頭にもたげてきた。
「本物の姫になったねぇ、ミチル」
ふふふ、とお義父様が笑った。
「…ソウデスネ…」
皇族になるんだなーっていうのは、何となく、ぼんやりと思っていた。
でも、姫と呼ばれて、急に実感というか、現実味が出て来たというのか。我ながら今更?!って思うけど、急にキタのだ。
モブ気質の私としては、目立ちたくないし、苦手だし、才能も平凡だと言うのに、こんな…耐えられる気がしない…。
アァ、緊張してきた…。
「では、行こうか」
お義父様とお義母様とセラは同じ馬車に。私とルシアン、アビス、オリヴィエが同じ馬車に乗った。
緊張してる私の手をルシアンが握る。
ううううぅ…やだよー…式典出たくないよー…。
でもこの式典、私の為だけに開かれるんだよね…。
これに出ないのは、歓送迎会の主賓なのに参加しないみたいなもので、ありえないっていうか…。
しかもこの規模!!
「大丈夫ですよ」
全然大丈夫じゃないよ!
ルシアン、今すぐ女装して、ミチルですって言って私の代わりに式典に参加して来てお願い!!
「…緊張します…」
私の頰をルシアンが撫でるものの、緊張感は高まるのみ。
皇城に着かないで欲しいという私の願いも虚しく、馬車は門をくぐり、城の前に到着した。
屋敷と皇城ってば結構近いんだよね…フフ…。
オリヴィエ、アビス、ルシアンと馬車を降りて行く。私はぎゅっと目を閉じ、深呼吸した。
…もう逃げられないんだから、諦めるしかない!
私は女優!女は度胸!当たって砕けろ!って、告白か?!
自分で言っててちょっと疲れた。アホだ、自分。
ルシアンに支えてもらいながら、馬車を降りる。
トレーンは先に降りていたアビスが素早く足元に絡まないように、調整してくれた。
赤い絨毯の先には大きな扉。扉の左右には騎士の姿。
手に持つ槍を一度上げ、身体の向きを変えると、槍を下ろして大理石を鳴らした。それに合わせてゆっくりと扉が開いていく。
ルシアンに支えられながら絨毯を進む。
私の横にはルシアン。ルシアンの反対側、私よりちょっと後ろをオリヴィエ。
長い長いトレーンの後ろをセラとアビスが歩く。お願い、二人共、トレーン絶対に踏まないでね…。
城内に入ると、絨毯を挟むように並び立つ騎士達がこっちを向いていて、騎士達は一斉に踵を合わせて音をさせた。
ルシアンが立ち止まったので、私もその場に止まる。
騎士達は先程扉の前にいた騎士と同じように、剣を掲げ、絨毯に向き合うように身体の向きを変えると、剣を両手で胸に抱き、再び踵を打ち鳴らした。
…凄い。これだけの人数がいるのに、音に乱れがない。
っていうか誰が合図したんだろか、全然分からん。
ルシアンに引かれ、絨毯を進み階段の先にある謁見の間に向かう。
馬車での事前説明によると、私達以外は既に全員集まっているらしい。お義父様達も先に着いてる筈。
あぁー、どうか途中でトイレ行きたくなりませんように!
階段を上っていると、謁見の間に繋がる扉が見えて来た。
扉の前に立つ騎士が剣を掲げ、そのままの姿勢で止まった。
かなり重そうな剣に見えます。凄いなー、腕とかプルプルしないのかなー。
あー!余計な事考えてないと、緊張で死にそう!!
扉の前で立ち止まる。
ゆっくりと扉が開いていき、謁見の大広間の様子が見えてきた。
赤い絨毯の先にはアレクシア姫が階段状になっている壇の一番上の玉座に座っていた。
皇族達がこちらを向いてズラリと並び、絨毯を挟むように皇国の貴族達がこれでもかといわんばかりに並んでいる。
壁面が見えないぐらいの数の貴族がいる。
ヒィィィィィッ!!
こっ、この中を、行けと?!
本気ですか?!
ミチルはただの伯爵令嬢ですよ?!
なんだか色々間違ってこんなとこに来ちゃったけど、本来ならあり得ないんですよ?!
どっちかって言うと、あの群衆に混じってる側です!
今からでもそこに混じらせて欲しい!!
あまりの恐怖に耐えきれず、横に立つルシアンを見ると、にっこり微笑まれた。
エエェェェ!ユー、緊張してないの?!
この中を行くんだよ?!ねぇっ?!分かってます!?
「ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト様、ご入場!!」
いやーーーーーっ!!
宣言されちゃったよ!!名前呼ばれちゃったよー!!
逃げられなくなった…!!!
おおお、おたすけをー!
逃げたくて堪らないのに、ルシアンに手を引かれ、絨毯を進んで行く。
だっ、駄目だ!
周囲の貴族達を見ると緊張する!!
正面のアレクシア姫に集中しよう!そうしよう!
そうだ、それがいい!
アレクシア姫ー!
絨毯両脇の貴族達は、私が通る前に、波のように頭を垂れていく。
おぉ…緊張してるから、こっちを見ないでいただけると大変ありがたいです…!!
皇族達の前まで辿り着くと、ルシアンがその場に跪いた。
打ち合わせ通りだと、セラとアビスとオリヴィエもその場に跪いちゃってる筈。
私も跪きたいぃ!
壇の下に立っている小姓が、手に持っていた羊皮紙の巻物の蝋を折り、スルスルと羊皮紙を広げ、そこに書かれた文章を読み上げていく。
「これより、ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルトを、栄光あるディンブーラ皇国皇族に奉迎する式典を執り行う!
一同、面を上げられませ!」
背後で立ち上がったり、姿勢を正した事による衣擦れの音がした。
姫の侍従が、頭より高い位置に羊皮紙を掲げ、壇を一段ずつ上がって行く。あと一段を残した所で跪くと、更に高く羊皮紙を差し出す。
それを姫が受け取ると、侍従は礼をして、そのままの姿勢でそろそろと階段を下りる。
侍従すげー!私ならここで池田屋事件みたいに転げるよ…。
姫が玉座から立ち上がった。
私はその場で膝を折り曲げ、頭を垂れる。
この体勢辛いので、姫、早く読み上げて下さいませ…。
「カーライル王国アレクサンドリア伯爵、ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト。
前人が気が付き得なかった器の真実を突き止め、魔力の謎を一つ解き明かしたるは素晴らしき功績である。
また、転生者の知恵を用いてウィルニア教団が流布した毒物からディンブーラ皇国を守り、マグダレナ教会と共に民草の心を守る為に活動せし事、皇帝陛下に代わり皇国を預かる者として感謝の念に堪えぬ。
そして、此度はこれまで不可能とされていた植物からの魔石の抽出方法を見出すという偉業を成し遂げた。
これにより皇国における魔力不足を補う事は勿論、魔道具の普及が進み、皇国民の生活水準が向上し、民草の生活をより良きものへとする事が可能となる。
これまでの功績を認め、所縁のあるマグダレナ教会教皇であり、ディンブーラ皇国皇族であるゼファス・フラウ・オットーの養女となる事を、皇太子である私、アレクシア・ディンブーラが認めるものとする。
我が皇国七家の長に尋ねる。我が決定に異議はあるか」
一番左端に立っている御仁(頭下げてるから顔が見えない)が一歩前に出た。
「シドニア公家、異論ございませぬ」
その人が後ろに下がると、別の人が一歩前に出た。
「エヴァンズ公家も異論ありませぬ」
オリヴィエのお父さんの声だ。
声からして良い人さが滲み出てる感じ。
「異論ございません」
クレッシェン公爵の声がした。
優しい声だよね、クレッシェン公爵。
「クーデンホーフ、異論ありません」
初めて聞く家名。
あぁ、皇族になってしまったから、勉強しなくては…。貴族名鑑暗記しないと…。
「エステルハージも、当然異論ございません」
なんかカッコいいな、エステルハージとか、クーデンホーフとか。
「異論はない」
あ、バフェット公爵夫人の声だ。
「よろしい。」
姫はそう言って、オットー、と声をかける。
「は」
あ、ゼファス様の声。
「ここに、公家全ての承認が下りた。自ら、そなたの娘となる者へ、皇族の証であるアンクを授けよ」
「御意」
あ、やっと座れる!
かなりこの体勢、辛くなってきてたから、助かった!
私はその場に両膝をつき、祈るように両手を組んだ。頭は下げたままです。
姫からアンクのペンダントを受け取ったゼファス様が、私の前に立つ。
「ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルトよ、今この瞬間より、そなたは誉あるディンブーラ皇国皇族、オットー家の名を名乗る事が許された。
新しきそなたの名は、ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト・ディス・オットーである」
あー、名前伸びたなぁ…。
首にアンクが付いたペンダントがかけられた。
ゼファス様は私の前から離れ、皇族達が立つ場所に戻った。
「ミチル・レイ・アレクサンドリア・アルト・ディス・オットーよ、皇国の皇族の一人として、皇国をより良い国へと導く力となってくれる事を、私は望みます」
顔を上げ、アレクシア姫を見る。姫はちょっとだけ口元に笑みを浮かべた。
「この身、この魂をかけて、アレクシア姫をお支えし、栄えあるディンブーラ皇国の礎の一人となる事を、オットー家の名にかけて誓います」
姫は皆からも見えるようにはっきりと微笑むと、右手を掲げた。
皇族、貴族全員が一斉にその場に跪いた。
「ここに!我がディンブーラ皇国を支える大きな礎が誕生した!」
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