035.優位性
皆さん、美形から笑顔で威圧された事ありますか?
え?無いですか?
そうですよねー、普通無いですよねー。
え?何でそんな事を言うのかって?
そりゃ勿論、威圧を受けてるからですね、えぇ、私が。
目の前のイケメンは、それはそれは恐ろしい程にっこり微笑んでらっしゃいマス。
いやー、本当、上位貴族による特殊スキルだよね、笑顔による威圧…。
源之丞様が帰られた後、入浴して心身共にすっきり爽やかになり、カウチで寝る前のほうじ茶なんか飲んでまったりしていたら、
…もしかしなくても、食事会での事カナー…?
「ミチルは私の言いたい事がもう分かっているみたいで、とても助かります」
ルシアンは私の横に座ると、手に持っていたカップをあっさり奪い、テーブルに置いた。
アワワ…私の寝る前の癒しの一時が…。
片方の腕が私の腰に回され、もう片方が私の頰に触れる。
側から見たら、それはそれはラブラブに見える事でしょう!
この、笑顔の威圧さえなければ!
「ルシアン、あの…黙っていた訳ではなくてですね?」
「うん?」
魔王様が大変ご立腹です!!
でも、でも、言い訳をするなら、前世の話をしなかったのは別にわざとじゃないよー!
私の髪を一房手に取ると、優雅な仕草で口元に持っていく。
「夫婦の間に秘密は、良くないと思いませんか?」
口元は笑ってるんだけど、目がね、笑ってません。
「……ソウデスネ」
ちなみに己の名誉の為に申し上げるならば、秘密保持の割合は、ルシアン9〜10割、ミチル時々1割だと思います…。
ほぼほぼ、ルシアンが秘密保持の割合を独占。シェア100%。驚異的数字です。
「ミチルに隠し事をされていると、私は不安でたまりません」
「……ソウデスカ?」
不安っていうか、怒ってるよね?
不安通り越してるよね??
「そうですよ?」
頰を両手でロックされる。
ひっ!
「ミチルのお話、聞かせていただけると、私の不安はいくらか緩和されると思うんです」
「…アァ、ハイ」
がっちり捕まれ過ぎて、頷く事すら不可。
「ミチルが私を愛して下さってるなら、教えて下さいますよね?」
ね?と言われた時の圧で、私のHPが残り10を切りました。
うふふ、地味に瀕死。
何故にここまで怒られてるのか、ミチル分かりません。
ホワッツハプン?!状態デスー。
いっそもうデスりたいー。
「私の前世は、ここではない別の世界なのですが…この世界と類似点があると申しますか…」
こっちの世界は転生者そのものに理解があるから、まだ話せるけど、そうじゃなければこんな話出来ない。
頭イカれてると思われて病院にゴーですわ。
「燕国は、前世で私が生まれ育った国にとてもよく似ているのです。ただ、時代が違うと言うか、同じ世界ではないので、歴史も全く同じではないでしょうし、文化も違うでしょうし…」
ルシアンは私の話を黙って聞いている。
お怒りは若干緩和されたのか、ガッチリ拘束状態からは解放され、膝の上にナリマシタ。
「…あの…ルシアン…」
「色々と納得がいきました。
ミチルが小豆を好きであったり、ほうじ茶の事、簪を好む事などは全て、燕国好みではなく、過去を懐かしく思っていたからなのですね」
「そうですね…懐かしさもあるのでしょうけれど…むしろ、今の方が好きかも知れません」
前世では当たり前過ぎたのか、今ほど小豆は好きじゃなかった。
でも今はかなり好き。
「私の生きた国、日本というのですが、基本的には身分のない社会です。ですが燕国は将軍を頂点とする社会で、士農工商という階級社会です。その階級社会は、私のいた世界では150年程前の事です」
「ディンブーラ皇国のような国も、ミチルの前世に存在しましたか?」
一番近いのはプロイセン公国だろうか。
「似たような立ち位置の国はありましたが、歴史が全く違います。文化レベルが100年程前の筈なのに、冷蔵庫のような物が存在していたりと、過去の転生者による影響の所為だと思うのですが、不思議な状態です」
とか言いながら、私も規模は小さいながらも同じような事をやっているんだろうな。
「あちらには魔力がありません」
「魔力がない?…あぁ、なるほど…違うのですね、こちらとは」
頷く。
「ミチルは過去の事を思い出すのが辛いかと思っていたのですが、源之丞殿に普通に話していましたね」
「……もしかして、死因があんな形だったので、質問なさらなかったのですか?」
ルシアンは頷いた。
転生者の知識は重要だと言う割に聞いて来ないなーとは思ってたんだよね。
「まぁ…ごめんなさい、ルシアン。聞かれなかったので、わざわざ話さなかったのですけれど、聞いていただいて大丈夫ですわ。
さすがに、最期の話はあまりしたくありませんけれど」
キャロルの事で分かったんだけど、あれ、完全にトラウマになってるから。殺されてるから、むしろトラウマですとか言ってる場合じゃないんだけどさ。
「ミチルのいた、ニホンや、その他の国は、身分がないとおっしゃってましたね。どうやって平等になったのですか?」
「国によって異なりますわ。内乱の末に階級制度が廃止された国もありますし、新たな権力者によって階級制度が取り払われて平等になった国もありますから、一概には申し上げられません」
「なるほど…」
どうしたんだろう?突然…。
階級社会を脅かすような事が起きてるんだろうか?
「もし、階級社会が突然瓦解する事で発生する混乱を防ぎたいのでしたら、能力による登用を増やしていってはいかがですか?」
「能力による登用?」
「貴族だからと言って優秀な訳ではありませんから。平民であっても優秀な方は沢山いる訳ですし。
そういった優秀な人達を採用して、正当な評価をする事で、身分が全てではないと思われるかなと」
「それで上手くいくと思いますか?」
「いえ、思いません」
エヘ。
そんなの理想論だよねー。キレイゴトだよね、詭弁です。
「私の前世では、明確な身分こそありませんでしたけれど、結局それに似たものが形成されていました。
人は序列を作るのが好きです。それが全て悪だとは思いません。その為に努力出来る人もいますから。
ただ、人間はいつも同じ欲望を持つ学習能力のない愚かな生き物ですわ」
「ミチルは人が嫌いなのですか?」
「いえ?人の
先程の案で世界の全ては変えられなくても、不満を一時的にでも緩和させる事が出来ます。
それよりも、何かあったのですか?」
ルシアンから、私が植物から魔石を抽出する方法を発見した事で、貴族の優位性が失われ、階級社会の崩壊が可能性としてあり得ると説明された。
…あっちゃー…私、あかんもの発見しちゃった感じ?
「ミチルが発見せずとも、いずれ誰かに発見されてもおかしくない手法です。遅かれ早かれ、逃れられない事なのでしょう」
魔力を持つ事が貴族の優位性であり、それがあって守られるからこそ、平民は被支配階級にいる事を受け入れられる。
その前提が壊れたなら、圧政を強いられている領地の民は反発し、暴動を起こすだろう。
軍に属する兵士達は平民が多いと聞く。軍事力を持つ平民達が暴動を起こしたなら、一瞬でクーデターが完了する。
魔力しか貴族と平民に差がないのであれば、魔力による優位性を他にも見出すのが一番いいのではないだろうか。
領主になるのは別にお金持ちの平民でも良いと思う。正しい領地経営をしてくれるなら。
領民を守る為の結界を維持するのに、消費される魔石を動植物から取得するのを最低条件として、より良いものを手にする為には、貴族の魔力が絶対的に必要になる環境が作り出せれば、問題は解決する気がする。
変成術でしか作れないものなんか、その最たるものだと思うし。
冷蔵庫とかだって、魔力を電気代わりに流してるから使えるもので。
氷室なんて通年を通して作れない。作ろうとすればそもそも魔力が必要になる。循環しない。
「ノウランドのように通年を通して氷室が作りやすい領地というのは存在しますから、そういった領地で魔石を量産する事は可能になるでしょうが、その為にも大量の植物が必要になります。
刈り取って保存しておいた植物はそのまま生存した状態となるのか?その状態の植物から魔石は抽出可能なのか?検証する点が多くありますね」
なるほど?
アホな私と違って、このイケメンは色々と影響範囲やら可能性やらを調べてくれていたのだな…。
呑気に雑草から魔石取れてお小遣い稼ぎになるかも?とか考えてた私、アホ過ぎるー…。
頭の中がお花畑状態でした…本当スンマセン…。
「それで、カーネリアン先生達にも言えないのですね…。
私が余計な事をした所為で…本当に申し訳ありません…」
ルシアンの役に立ちたいとか言いながら、基本的に脚しか引っ張ってない気がする!?
ふ、とルシアンは微笑むと、私の頰を優しく撫でた。
「ミチルが謝る事ではありませんよ。平民が発見して、一気にクーデターを起こされるよりは、そうならない為の穏便な手法を考える時間を、ミチルは用意してくれたのですから」
イケメン!発言までイケメン!!
「ルシアンはどういった未来を目指したいのですか?」
「そうですね…このまま永久に貴族が支配する社会である必要性はないと思っていますが…魔力により領地を守る事が絶対でしたから、それはなかなか覆らないだろうとは思っていました」
そうだよねぇ…。
魔力の優位性を保つ為には、貴族が支配層でなくなったとしても、必要不可欠な存在になるのが一番良い。
それが一番穏便に事が進み、流血を防ぐと思う。
一度敵対関係になったものを友好な関係にするのは至難の技だ。
人の命が失われたら、それこそ泥沼になる。
たとえば、支配している一族がどうしようもない領地があったとして、その土地を王家が没収すれば、領民である平民達は王家に感謝するだろう。
そこに一代限りとして平民出身の領主を立てる、もしくは別の善良な貴族を充てがうでも良いけど、そう言った干渉をしていけば、貴族も己の立場が絶対ではないという事を認識して、領地経営を真面目にやる可能性は上がる。
魔石は王家が市場価格をコントロールする事で、出し惜しみする貴族と異常な値段で売りつけられる平民という構図は成立しなくなるから、無用な軋轢は減るとして。
魔石の安定供給として、何が出来るか?
動植物からの魔石取得が一番効率的と思われてはいけない。貴族から入手するのが最も安全であり、対価はその必要コストと思ってもらうのが良い。
貴族は、定期的に魔石を生成して販売しなくてはならない、とするのはどうかな。取り上げたりはしない。あくまでも販売してもらう。そうすれば金銭を取得する事を堂々と行えるし。
貴族はプライドの生き物だから、魔石が生成出来ても、表立って販売したりしない。秘密裏に販売されたりする所為で、値段が高騰するのだ。変な話、買い叩かれるのだ。でも販売される価格は高くて、結果として暴利を貪る平民の商人が生まれてしまう。表立って出来ない事を逆手に取ったいやらしい商売なのだ。
だからこそ、平民の魔力持ちは貴重とされ、魔石を生成する存在として希少性を持ち、キャロルのように平民でありながら貴族の子が通う学園に入り、魔道学を学び、王室の庇護下の元、魔石を供給してもらう。当然対価も払うし、これまでで言うなら、男性であれば一代限りの爵位を得たりする。これからは女性でも爵位がもらえるかもね。
これなら貧乏貴族も堂々と魔石を販売出来て懐が潤い、領地の平和も守られるし、貴族でも平民でも良いのでちゃんとした領地経営をする人が領主になる。
それを王家が主導する事で、平民の不満を解消する捌け口となり、ひいては平民が王家の味方になる。
一部の貴族が王家に反発したとしても、絶対数の多い平民を味方に付けた王家に牙を向けば、自身もタダでは済まないのだと牽制出来るかも?
とは言え、これだけだと、貴族の不満が溜まるだろうから、貴族の自尊心も満たさなくてはいけない訳だけど…。
貴族スゲエエエエエ!みたいな状況って、作るの難しくない?
懐具合が寂しい貴族は良いとして、まったく困ってないアルト家みたいな貴族には旨味がない。ここはどうしても思い付かない…。
いっそ日常生活にもっと魔道具が貴族社会にも平民の生活にも入り込むのはどうかな。
マイク●ソフトがやったみたいに、最初にめっちゃ便利なツールをタダで配って、数年かけて世界中に普及した所で、ハイ、ご利用ありがとうございます!これからは有料です!とした時には、もうそのツールなしでは立ち行かない世の中になってる。
魔道具は魔力のある貴族が変成術でしか作れないものだから、これは逆立ちしようが何しようが、平民には出来ない事だ。
頭に浮かんだ取り留めのないそう言った内容をルシアンに説明してみた所、イケメンは無言になった。っていうか、何か考えてるっぽい。
少しの間沈黙が続いたので、ルシアンのお膝から退いて、ほうじ茶を淹れ直し、ルシアンに出し、自分も癒しの時間をやり直してみる。
ほうじ茶うまー。
あー、ほうじ茶ゼリーとか作りたいわー。練乳かけて食べるの。
明日料理長に相談してみよっと。
「ミチル、ありがとう」
「どういたしまして。熱いですから、お気を付け下さいね」
ルシアンに抱き上げられて、膝の上に座らされる。
頰にキスされた。
「お茶もそうですが、今のお礼は先程聞かせて下さった話についてです。
とても、素晴らしい案です。貴族と平民の間の対立関係を生み出す事なく、王家への求心力も高め、貴族の存在価値を上げ、かつ腐敗を防止する。一つでこれだけの効果をもたらせるものはなかなかありません」
「私、少しはルシアンのお役に立てましたか?」
えぇ、とても、と微笑んでくれた笑顔にほっとして、ほうじ茶を口にする。
「…ただ、その事と、私にお話いただけなかった事は、別問題ですよ?ミチル」
アレッ?!
おかしいな、イキナリふりだしに戻った?!
「話し辛いと思って、ミチルに聞かなかったのに、あんなにあっさりと源之丞殿にはお話になるなんて…」
ええええええええええっ!
誤解だよー!!
わざわざ話さなかっただけだよー!
前世の話ばっかりするのってどうなのかなって思うじゃないですか?だから聞かれたら答える事にしてたのにーっ!!
「夜は長いですからね…ゆっくり、聞かせていただきたいです」
「…ハイ、ヨロコンデ…」
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