020.感謝祭

今日は、感謝祭初日です。

と言っても、お祭りそのものは2日しかやらないんだけどね。

長くやり過ぎても、短過ぎても良くないから、2日間だけにしてみた。2日間と3日間で迷って、ちょっと足りないぐらいがちょうど良い筈!と言う事で、2日間。

ギルドの人達も大変だし、通常のお店もある出店の人達の事も考えると、妥当かなと。


初めての感謝祭と言う事で、皇都の人達もどこか浮かれているようだった。

お祭りという非日常は、魅力的だよね!


各国の寄付を受けて、マグダレナ教会のカテドラルは現在建築中なので、完成するまではこれまでの教会で祝福を行う。

歴史のある建造物で、確かに古臭さはあるものの、だからこその威厳というのか、そういったものを感じる。


祝祭の内容を決めてから、宣伝しまくっていたお陰で、かなりの人達に知ってもらえていたようで、教会前には長い長い行列が出来ているらしい。

見てきた司祭が教えてくれた。


私は企画者として見届けたかったので、教会に来ております!ただ、教会関係者ではないので、隠れて見てる。ゼファス様と。


明日はお休み取れるって言うから、ルシアンとお祭りを見るんだー!

一緒に出店を見て回るのだ。お祭りデートですよ!


大聖堂の鐘が鳴り、観音開きのドアを司祭二人が同時に開けると、ドアの向こう側に、行列が見えた。

おぉ!凄い!凄い数だよ!!


「並んでお入り下さい」


「順番に祝福を行います」


シスターや司祭にそう言われているので、駆け込むような人はいない。

そもそも、初めての事でおっかなびっくりなのもあると思う。


「凄い人数だね。こんなに来るなんて思わなかったよ」


隣でぽつりと呟いたゼファス様の言葉に、私も頷く。


「私も、こんなに来ていただけるなんて思ってもみませんでしたわ」


ゼファス様は祝福をしない。した方が良いかと聞かれたけど、しない方が良いと答えた。

司教、もしくは司祭にやってもらう。

各地の村では大体司祭がやるだろうから、それに合わせようというのもあるし、階級的に人数が多いのも、司教、司祭クラスだから、皇都の人数を相手すると考えたら、この階級の人達に頑張ってもらうのがベスト。


横並びに司教が8人立ち、フォーク並びに順番に空いた司教の前に立ち、祝福を受ける。


「それにしても、このフォーク並び、結構いいね。不公平感が出ない」


「今回のは直ぐに終わる祝福ですが、ものによっては時間のかかるものがありますものね」


そうすると、やたらサクサク進む列と、なかなか進まない列が出来て並ぶ側のイライラが募るのだ。


平民達には説教などはしても煙たがられるだけなので、祈りの言葉だけにしてもらった。


訪れた者は持ってきた花を司教に渡す。花屋で買ったものでもよく、道端で摘んだものでもいい。


「女神マグダレナの祝福がありますように」


司教が祝福を与え、眉間に香油を指の腹で付ける。

子供であれば、クッキーを1枚もらえる。


大量に作られたクッキーは、子供用だ。

ゼファス様曰く、シスターや司祭達全員で作ったらしい。


シンプルな祭事にしたから、どんどん人がはけていく。


うんうん、いいねいいね。


人が減って来たら、祝福を与える司教達の数も減らしていき、みんなで花びらを作る方に手伝いに行くのだ。

もらった花をね、裏で花びらをちぎって袋に入れるのですよ。残った茎どうしようかなー。凄い量だと思うんだけど、何か有効活用する方法ないかなぁ。

ゼファス様--教皇聖下が大通りを専用の馬車でゆっくり進みながら、その花びらをまいて行くのだ。


花びらをまく時間はギルドを通して出店の人達に伝えてある。花びらが食べ物にかかったら困るからねー。


「正午の鐘が鳴り終えたら、嫌だけど花をばらまいてくるよ。嫌だけど」


不満そうに言うゼファス様に、うふふ、と笑いかえす。


「適度な労働は良い疲労感になりますわ。きっとチキン南蛮が前回よりも美味しく感じられる筈です」


「そなたは何としても私を働かせたいのだな」


じとり、とゼファス様は私を睨む。

さすが天使。睨んでも麗しいだけですね。

うちのルシアンが睨むと、相手が凍りつきますからね。

一度も睨まれた事はないけど、睨まれてる人を横で見てるだけで冷やっとしたからね…。

おもにラトリア様だね。

あの人も大概懲りないから。


「何をおっしゃるのです。ゼファス様がいつもいつも暇だの面白い事が欲しいだのおっしゃるから、こうして、ゼファス様しか出来ない事を考えたのではありませんか」


私にしか出来ない事?と聞き返された。


「ゼファス様はお美しいですもの」


「男に美しいなど、褒め言葉になると思っているのか?」


もしかしてゼファス様もセラと同じように、女性に、美しすぎて嫌味だとか言われちゃった人?


「まぁ!これだけの美貌を持って、しかも皇族という高貴なお立場でお生まれになって、何をわがままをおっしゃるのですか?美しいものを美しいと申し上げる事の何が悪いのです?」


「美しさなど、何の役に立つと言うのか」


うん、これは絶対なんか言われた事があるな。


「どなたかに何か言われた事がございますの?」


ぷい、とゼファス様は顔を背ける。


否定しないし、そうなんだね、やっぱり。


「私の姉は、私をずっと醜いと言い続けておりましたのよ」


驚いてゼファス様はこっちを向いた。


「ミチルを?それ程までにそなたの姉は美しいのか?」


「私の家族は姉よりも私の見た目を褒めましたから、そうではないみたいですわ。姉はそれが許せなかったようで、虐められましたけれど。

私自身ではよく分かりません。醜いと言われ過ぎて、己に関する美醜に関する感覚がおかしくなっておりますので」


何と答えていいのか分からないのか、ゼファス様は口を結んだ。


「姉があそこまで執拗に私をいじめたのは、嫉妬なのでしょうね。

私からすれば、姉の髪の色も瞳も、美しくて好きだったのですけれど、そう言ったら同情するなと怒られてしまって。虐めが酷くなってしまって」


あれは地雷スイッチを踏み抜いたよな、と自分でも思う。

言っちゃいけない言葉だよね。だって、上から目線に取られちゃうもんね。事実そう取られたし。


「…なにが言いたいの?」


…はて?

話してるうちに、言いたい事が抜けてしまった。

…アレ?結構良い事言おうと思った筈だったのにな。


「…なんでしょうね?」


「はぁっ?!」


えへ、と笑ってごまかす。


「えーっと、あれです、どなたに何をおっしゃられたか存じ上げませんけれど、言わせておけば良いではありませんか、そんなの負け犬の遠吠えですわよ」


「負け犬?」


私は頷く。


「貴族にとって、美しさも魅力の一つですもの。

大体、姿形だけで人を幸せな気持ちにさせられるってなかなか出来る事ではありませんわよ?

それをけなす方は、ゼファス様の美しさに嫉妬しただけですわ。完全に負け犬ですわよ」


…アレ?でも、この人皇族だし、そんな人に見た目を悪く言える人なんて、そうそういない筈?


私の疑問に答えるようにゼファス様は言った。


「…長兄だ」


「え?」


「私を、見た目だけのうつけ者と言ったのは」


ぐはっ!やばい、私今、皇族侮辱したよね?!

不敬罪で逮捕されちゃうかも?!


焦った私を見てゼファス様が苦笑した。


「そうか、負け犬か」


悲しいような、おかしいような、つまり、傷ついた顔をするゼファス様は、その瞬間は年上には見えなかった。

思わず頭を撫でそうになって、そもそも不敬だし、そんな事したってバレたらゼファス様がルシアンに消されちゃうかもしれないので、やめておいた。


「過去のゼファス様の事は、私には分かりませんけれど、私は今のゼファス様が好きですわ」


足がしびれたー。

ずっと屈んで見てたんだよね。


正午を知らせる鐘が鳴り始めた。

私は立ち上がった。ゼファス様は私を見上げた。


「苦しい事、悲しい事、楽しかった事、色んな経験をしたから今のゼファス様がいて、私もいます。

私は今の自分が嫌いじゃないですわ。ですからゼファス様も、ご自身の事を嫌いにならないで下さいませ」


鐘はまだ鳴り響く。


「さ、お兄様が嫉妬する程の美貌を、皇都の民達に見せつけてやりましょう」


天使の見た目を遺憾なく発揮するのだ!


「…ミチル、やっぱり私の子になりなよ」


「どうしてそうなりますの?!」




ぶーぶー文句を言っていた割に、ゼファス様はパレード専用の馬車に乗った途端、慈悲深い教皇の顔になり、花びらをまいて行った。

その姿は本当に美しくて、天使が花びらをばらまいているとしか思えなかった。


「ちょっとミチルちゃん、何で泣きそうになってるのよ」


呆れたようにセラに言われた。


「だって、あの美しさ、凄いですわ。本当に天使が舞い降りたみたいです」


やだー、ゼファス様ファンクラブ作りたくなってきたー。

いや、そんな事したら本当にルシアンがゼファス様を抹殺しそうだから作らないけど。

本当に出来てもおかしくないぐらいに、天使ゼファスは美しい!


「ミチルちゃんに美しいって言われるのは、何故だか嫌じゃないのよねぇ」


セラが首を傾げながら言った。


「他の人に言われるのは嫌なの?」


セラは頷いた。


「大体不愉快ね」


褒められて不愉快に感じる時は、相手が本心から言ってないとか、そういう事だよね。


「下心が見えるからでは?私は毎日、セラは今日も美しい、って思ってますからねっ」


ドヤァ。


「そんな自信満々に言われてもね?」


そう言いながら、セラは満更でもなさそうである。


「不思議よねぇ、ミチルちゃんって。人の心の中にスルッと入り込んできて」


入ってる?


「え?お邪魔してます?」


ふふふ、とセラは笑った。


「まぁ、あのルシアン様を陥落させたんだもの、大概の人間なんて赤子の手を捻るようなものよね、ミチルちゃんからすれば」


もしもし?何の話をしてますか?

さっぱり話が分からん。

そんな特殊技能を持ってるんだとしたら、前世の私の人生はもっとラクだった筈ー?

ヒロインみたいじゃないですか、そのスルッと人の心に入ってくとか。


「よく分かりません」


「うん、ミチルちゃんはそれでいいのよ、きっと」


「鈍感でいいって事ですか?」


「今、割といい話してたわよね?空気壊さないでよ」


まったくもー、と言って、セラは出店で買ってきたらしい、ファッジを一つくれた。


「祝祭限定のストロベリーファッジですって」


「わぁ!ありがとう、セラ!」


苺ー!春だもんね!


さっそくファッジを口に入れる。もごもご。

あぁ、甘い!でも苺のすっぱさが!!


「美味しいでしょう?ゼファス様、甘いものお好きみたいだから、ゼファス様のも買っておいたわ☆」


「さすが私のセラ!素晴らしいですわ!」


ふふふ、とセラは笑った。


「嬉しいけど、それ、ルシアン様の前で言わないでね、あとオリヴィエの前でも」


殺されるわぁ、と言ってセラが笑う。


確かにな。


大量にばらまかれた花びらは、邪魔にならないように、ギルドの人達が定期的に掃除して回収した。


「ねぇ、セラ」


「なぁに?」


「動物から魔石が取れるではありませんか?同じように草花からも取れないのかしら?」


うーん、と唸る。


「動物は命を失うと魔石を落とすけど、植物の場合の、明確な命を失うって、どのあたりなのかしらね」


「あぁ、そうですわね。一部分を摘んでしまっても、新しく芽が出たりもしますものね」


そうなのよ、とセラが頷く。


「蒸留したら、石の形とまではいかなくても、何か出来たりすればいいのに」


あれだけの花をそのまま燃やすだけと言うのもねぇ、なんだか罪悪感がわく。

他に方法がなかったら、肥料にするとかどうかな。


「そういうのはワタシはあんまり詳しくないから、クロエに聞いてみたら?」


あぁ、そうか!マッドサイエンティストが身近にいたよ!

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