015.タイタックピンとカルボナーラ
皇都デートは疲れた、の一言に尽きます。
甘い空気なんてほんのちょっとしかなかったよ…!
デートって、デートってもっとラブラブなものなんじゃないの?!
最後なんてルシアンに片想いの令嬢にケンカ売られて買ったしね?!まぁ、その辺に関しては悔いはないけども。
問題なのは、全然私がデートでランクアップしない事ですよ…!
私としては、デートで心理的ハードルが下がっていく予定だったんですよ。
それなのに、悪役令嬢みたいな人に会っちゃったりして、フラグとか立ってないよね?
もう、そう言うのお腹いっぱいだからね?
とりあえず、私の正面に座って圧をかけてくるルシアンをなんとかしたい。
視線を合わせたくない。
「…何故そんなに私を見つめるのですか…」
「願いが早く叶わないかなぁ、と」
そう言って私の両手を自分の手で包み、撫でてくる。
迂闊な反応が返せぬ!
早く叶うといいですね、なんて言ったら即死だよね。
叶いません、って言ったらどうなるんだろう?
…しょぼくれた子犬攻撃を仕掛けてくるか、願いを叶える為に計画してくるかどっちかだよね…。
ふふ…詰んでる…。
あの時噴水でコイン投げしようと言った自分を殴りたい。ぐーで全力で殴りたい。
話を変えよう、と思った私は、ルシアンの手から己の手を抜き取ると、買ってきたばかりのタイタックピンを取り出した。
ボヘミアングラスっぽい奴のタイタックピンだ。
「どちらがいいですか?」
片方は青いガラスに白い蘭。もう一つは緑のガラスに白い蘭。
「アルト家の家紋と同じ蘭の花ですね」
「そうです」
「選ばなかった方はどうなるのですか?」
「お義父様に差し上げようと思っています」
ルシアンはにっこり微笑み、「選べません」と答える。
…お義父様とお揃いは嫌なのかな…。うん、嫌がりそう。
そこまで考えてなかった私がバカだった。フフ…。
「…両方、お使いになって…」
差し出すと良い笑顔になった。
「ありがとう、ミチル。大切に使いますね」
お義父様ごめんなさい、お義父様への贈り物は愛息子に没収されました。
多分、お義父様が必要以上に息子をいじり倒したりするから、こういう事になるのだと思われます。
セラが白金を用意してくれたら、鎖付きのタイタックピンと、グリーンダイヤモンドのタイタックピンを作るんだ。
「ミチル、手を」
言われるままに手を出すと、ルシアンは恋人繋ぎをした。
…気に入ったのか?
「この繋ぎ方、とても気に入りました」
気に入ったのね。
「恋人繋ぎ、と言います」
「コイビトツナギ」と繰り返すと、ふふ、と微笑む。
「ミチルが私とこんな風に手を繋ぎたいと思って下さった事が嬉しいです」
直球で言われると恥ずかしい。顔が熱い…。
「ねぇ、ミチル。こっちへ来て」
え…何ですか…その甘い声は…。
目に色気が混じるので逃げたいのに、手をしっかり握られてて逃げられません…。
「ミチル?」
このまま地蔵のように動くのを拒否しても、どうせ無駄な事は分かってるのさ…。
立ち上がり、ルシアンの横に座る。
当然手は繋がれたままです。
「今日はちょっと残念な部分もありましたが、またお出かけしましょうね?」
確かに、ちょっとどうなのと思う事もあったけど、また出かけたら今度は違うかも知れない。
次はもっとデートらしくなるかも知れないもんね。
「そうですわね」
ひょいと身体の位置を動かされて、お膝の上に座る。
ですよねー?
「ルシアンって、本当にモテますのね」
しかも濃いキャラに。
「はっきりと拒絶はしているんですが…」
そう言って困ったような顔になるルシアン。
そんなルシアンの頰を撫でる。すべすべです。
これだけの美形で、家柄も申し分なく、財力もあり、文武両道。辺境の国とは言え王の覚えもめでたく、皇都においても宰相の甥で、次期皇帝の信任も厚い。
超絶優良物件過ぎて、諦めきれないだろう…。
「淑女の理想を詰め込んだような人物ですものね、ルシアンは。なかなか諦め難いのでしょう」
「私はミチルの理想通りの人間になりたかっただけで、他の方の事はどうでも良いのですが」
苦笑するルシアン。
私の理想の男になる為に、努力してくれたルシアン。
知っていた事だけど、改めて思い出すと、胸が疼く。
ルシアンの金色の瞳に、私が映る。
何度見ても、不思議な気持ちになる。
そっと指でルシアンの睫毛に触れる。
長いなー、睫毛。
私より長くないか?
睫毛美容液とか必要としなくともこの本数、この長さ。
さすがチートイケメン!
じっと見つめていたら、ルシアンの顔が近付いてきた。
目を閉じると、柔らかい感触がした。
カルボナーラが食べたい!!
突如私の中に沸き起こった空前のカルボナーラブーム!
いえ、ブームは言い過ぎました。
こっちの世界にもカルボナーラはあるんだけど、多分本場の味と言う奴で、日本で食べていたのよりさっぱり目なんだよね。
日本の、あの、これでもか!っていうぐらい濃厚なカルボナーラが食べたい!!
生クリームとベーコンとチーズと卵を厨房からもらって来て、さぁ、作るぞ、と思ったら、ルシアンが来た。
さすがですね、そのミチルセンサー。
「何か作るのですか?」
私の横に立ち、私が作業するのを見守る態勢に入るルシアン。決して邪魔にならない位置に立つのはさすがだよね。
「はい。カルボナーラを」
パスタを茹でる用に鍋にお水をはり、火にかける。お湯が沸く迄に事前準備をしておかないとね。
固形チーズをチーズグレーターで削り、厚切りベーコンを食べたい大きさに切る。
卵は卵黄と卵白に分ける。濃厚カルボナーラの場合、卵黄のみなのですよ!
ボウルに生クリーム、卵黄、削ったチーズ、胡椒を入れてよくかき混ぜておく。
調理を始めるとあっという間なので、完成したら直ぐに移せるようにお皿とフォークとスプーンも用意しておく。
お皿は昨日ルシアンに買ってもらった青いお皿ですよ!
沸騰したお湯の中にパスタを入れて湯がき始める。
後でソースと絡める時にも火を入れるから、8分茹でるタイプなら、7分ぐらいで止めておかないとね。
キッチンタイマー欲しい!!そんなものはないので、砂時計です。
ベーコンから脂が出るから、フライパンに油は入れない。
クリームと卵の濃厚さを求めてるのであって、油の濃さは求めてないっす!
低温時からベーコンを入れる。しゅわしゅわと音をさせ、脂が溶け始める。
トングでベーコンを炒めていく。はぁぁ、ベーコン超いい匂い!このまま食べたいー!でも我慢我慢。
ベーコンに火が入ったのを確認して、一度ベーコンを別のボウルに避けておく。
少しの白ワインをフライパンに残ったベーコンの脂に注ぐと、しゅわっと音をさせてアルコール分が揮発する。あとすこーしだけ、パスタを茹でてる鍋からゆで汁をお玉で掬って、フライパンに入れると、凄い勢いで沸騰した。これを入れておかないと、生クリームが入ってるから卵黄は凝固しないものの、煮詰まりすぎてしまうんだよね。
そこに生クリームと卵黄達の出番ですよー。フライパンに投入し、木ベラで混ぜていくと、火が入ってソースの外側がしゅわしゅわと泡立ち始める。避けておいたベーコンをフライパンに戻し、ソースに絡めている間に、茹で上がったパスタをフライパンに移動させ、ソースとベーコンを絡ませていく。大体1分ぐらい。
…よし、出来た!
フライパンからお皿にカルボナーラを取り分け、仕上げに残しておいた削ったチーズと胡椒を振りかけて完成です!
「出来ましたわ」
テーブルに多めに取り分けてあるルシアン用のと、私用のカルボナーラを置き、スプーンとフォークをお皿の横に添える。
私は飲まないけど、ルシアンには白ワインの入ったグラスを、私は炭酸水(驚いた事に皇都では売ってるので、買ってもらった!)の入ったグラスを置いて完成です。
椅子に座ると、嬉しそうに微笑むルシアン。
「ありがとう、ミチル。
ミチルの手料理は皇都に来てから初めてですね」
「そういえば、そうですわね。
さ、温かいうちに召し上がって」
ルシアンは白ワインを口にしてから、ミチル特製濃厚カルボナーラを口にする。
あ!口がぎゅってなった!気に入りましたね?!
「これは…日頃口にするカルボナーラよりも濃厚で、とても美味しいです」
ふふふふふふ。濃厚カルボナーラですもの!
厚めに切ったベーコンを噛むと、口の中でじゅわっと肉汁が!うま!!
「ベーコンも、絶妙な厚みですね」
そうでしょうそうでしょう。
うっすいベーコンじゃ駄目なのですよー。
「いつも料理長が作って下さるカルボナーラも美味しいのですが、あちらで食べた、この濃厚なカルボナーラが無性に食べたくなってしまって。
ルシアンにいただいたお皿にも色合いとしてちょうど良いですし、作ってみましたの」
「私はミチルのカルボナーラの方が好きです」
「ありがとう、ルシアン」
んー、我ながら美味しく出来ました!
私より多めに盛り付けておいたのに、ぺろりと平らげたルシアンは、満足げだ。
「とても美味しかったです。我儘が許されるなら、また作っていただけると、嬉しいです」
「勿論ですわ」
食べ終わって、食器類をご機嫌で洗っていたら、後ろに立ったルシアンが、私の首に何かをかけた。
「?」
「昨日、一緒に行った宝石店で、ミチルの好きそうな宝飾品を見つけたんです」
食器類を洗い終えて、鏡を見に行くと、私の小指の爪程の大きさのイエローダイヤモンドのペンダントトップが付いた、プラチナのペンダントだった。
「まぁ…!」
ルシアンは困ったように微笑むと、「ミチルの嫌いな散財をしました」と言った。
その言葉に思わず笑ってしまった。
「ルシアン、私、お金を遣う事を何でもかんでも嫌ってる訳ではないのですよ?」
「そうなんですか?」
そっとルシアンに抱きつくと、ルシアンも抱きしめ返してきた。いてて。
あんまりぎゅってしないで、食べたばっかりだからね…。
「一度きりしか使わない、記念でもなんでもないものに大金を遣うのは嫌ですけれど、日頃から使えるものは嬉しいですわ。あまり増えるのは困りますけれど。
今いただいたペンダントは、日常的に付けていても邪魔にならないものですもの。とても嬉しいです。大切にしますわ」
「なるほど、そういう基準だったんですね」
納得したようで、ルシアンは頷いた。
やっぱり誤解していたか。
夜会なんかで着るドレスは、一度きりしか着ないのが殆どで、私の夜会嫌いの原因の一つなんだよね。宝飾品はさすがにそうはならないけど。
そう言えば、皇室主催夜会が近々あるんだよねぇ…憂鬱。
ドレスも宝飾品もルシアンから贈られてはいるものの…。
あぁ、昨日のリリー様、夜会来るよねぇ。
侯爵令嬢だもんねぇ。
憂鬱さが増すー!
「どうしました?」
「もうじき、皇室主催の夜会が開かれますでしょう?」
リリー様のような、ルシアン目当ての令嬢がわんさか押し寄せるんだろうなー。
カーライル王国にいた時より押し寄せるんだろうなー。
私なんて皇都の貴族令嬢からしたら、田舎者だからね、鼻で笑われる事でしょう。
セラ達が言うように変なのを盛られるかも知れないし。
めっちゃ憂鬱!!
セラの側から離れないようにしないと!
イーギスとアメリアにも守ってもらうけど、立場的に限界がありそうだし!
「離れませんから、安心して下さい」
むしろ離れない事の方が別の危険を招きそうな気もする…。
「不安ですわ…」
不安しかない!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます