014.皇都観光という名のデートその3
セラに教えてもらった宝石店に到着した。
「何かお探しですか?」
男性店員が話しかけてきた。
「緑色の宝石を探しております」
「緑色ですか。あぁ、奥様の瞳と同じ色の宝石ですね?」
そうです、と答えると、店員はにっこり微笑むと、「どうぞこちらへ」と、奥の個室に案内してくれた。
「見繕って参りますので、こちらでお寛ぎ下さいませ」
そう言って奥に消えると、間も無くしてメイドが現れてお茶を出してくれた。
4人がけのテーブルに、ルシアン、私、セラ、フィオニアで腰掛ける。
イーギスとアメリアは後ろに立つ。護衛騎士大変…。
程なくしてさっきの男性店員が戻って来た。
赤い布の上に並べられた宝石達は、同じ緑色であっても、彩度や透明度、カットの仕方も異なっている。
こういうのにハマると、宝石を買うのが止められなくなるんだろうなぁ。
だって、宝石に全く興味のない私でも、目を奪われる程、目の前の宝石達は美しい。
説明を受けながら宝石を見ていく。
エメラルドがやっぱり、一番私の瞳の色に近いのかなぁ。
このグリーンダイヤモンドはアップルグリーンで、明るすぎるし。
「グリーンダイヤモンドは、もっと濃い色の物はないのですか?」
「あるにはあるのですが…」
言い淀む様子からして、かなりお高いのかも知れぬ。
ひぇー、どのぐらい高いんだろう?
「持ってきていただけますか?」
セラが言うと、ただいま、と言って店員は奥に消えた。
だ、大丈夫だろうか…。
直ぐに店員は戻って来て、お待たせ致しました、とおずおずした様子で見せてくれた。
「こちらが、当店でお出し出来る最高級のグリーンダイヤモンド、ドレスデン・グリーンダイヤモンドにございます」
私が欲しいと思っていた色、しかも雫型ではありませんか!
欲しいなぁ…。
セラが立ち上がり、店員とひそひそ話をしたかと思うと、頷いた。店員は驚いて目を見開いている。その様子からかなりお高いのだと言う事が分かった。
「奥様はこちらの宝石をご所望です。包んで屋敷に持って来るように」
えっ、ちょっ、セラ、私に確認せずに決めないで!
…とは思うものの、貴族として今更止められないと言うか、ルシアンの手前もあって止められない。
今ここで止めたら絶対ルシアンが自分が買うって言い出すに違いない。
「…大変失礼ながら、どちらのお屋敷へ…」
「アルト伯爵家へ」
セラが言うと、店員の顔色が途端に明るくなった。
「アルト伯爵家の奥様でらっしゃいましたか!
これは大変失礼を致しました!」
急に態度が変わりましたけどー?
あー、何処の貴族だか商人だか平民だか分からないって思われてたって事?それならドレスデン・グリーンダイヤモンドを出す時のおずおずした態度も納得です。
「よろしくお願いしますね」
私がそう言うと、店員は満面の笑みで頷いた。
「ありがとうございます!」
急に居心地が悪くなったので、とっとと店を出る。
ルシアンはちょっと見たい物がある、と言っていたので、まだ店内にいる。
お店を出て、セラを見るとウインクされた。
いや!ウインクじゃなく、大丈夫なんですかね?お値段とかお値段とかお値段とか!!
「心配する事ないのに」
「私は貧乏伯爵ですよ?!(小声)」
「ダズン商会の資産と、アレクサンドリアでの税収と、皇室からの報酬で、そこらの伯爵家より資産あるわよ?」
え?
「そもそもが商会からの資産が潤沢なのよね。アレクサンドリアは借金チャラになったし、作物も売れ始めているもの」
「あの、皇室からの報酬と言うのは?」
「キース様が段取りして下さって、レイちゃんにも宮仕えに対する報酬が出ているの。ルーシー様は言わずもがなだけど」
「そ、そうなのですか?」
そうよ、とセラが頷く。
「あれぐらい買えるわよ。そもそもレイちゃんてば散財しないから」
知らなかったー。
っていうかずっとジリ貧のイメージ持ってた。
でも、きっとアビスが頑張ってくれてるから黒字なんだと思うんだよね。
アビスにも何か送ろう。何を送るか考えなくちゃ!
「良かったですわ。先程の石は、思っていた通りの色でしたから」
これで、イメージ通りのタイタックピンが作れるぞ。
「白金は私の方で手に入れておくわね」
「ありがとう、セラ」
ルシアンを待っていたら、フィオニアが出て来て言った。
「まだ少し時間がかかりそうとの事ですので、何処かで時間を潰しておいていただけると助かるとの事です」
そう言われても、行くあてもないしなぁ、なんて思っていたら、セラにファッジの美味しいお店があるから行きましょ、と誘われた。
「買い物が終わったら、またここに戻って来るわ」
セラの言葉にフィオニアが頷く。
連れて行ってもらったファッジのお店で、レモン味のファッジを買い、イーギスとアメリアに渡した。
後で食べます、と2人とも嬉しそうにしていた。ふふ。
「んー、甘くて美味しいわね」
ファッジを食べてセラが言った。
なんだろうね、本当に。セラは神様のイタズラみたいな人だよね。
何で男性なんだろうね?
いや、私的には姉ポジなんだけども。
ファッジをもごもご食べていたら、ちょっと変わった色の器を置いているお店が視界に入った。
私の視線に気付いて、セラが「あのお店が気になるの?」と聞いてくれたので頷く。
近付いてみると、ガラス工房のようだった。
作成した物も売ってるみたいだったので、入ってみる。
「いらっしゃいませ」
皇都の人にしては彫りの深い顔の人が、笑顔で迎えてくれた。
店内を見て回る。
透き通ったガラスの中に蘭の花が咲いているのを見つけた。ボヘミアングラスだったかな、そんな感じ。
アルト家の家紋は蘭だ。
「それは、タイタックピンですね」
「ステキねぇ」
「セラもそう思って?これを、お義父様とルーシーに差し上げたいですわ」
お義父様用とルシアン用に、2つ購入してお店を出る。
「そろそろ戻りましょうか」
さすがにルシアンも用は済んでるよね。
待ち合わせた場所に向かうと、二人が女性に言い寄られている?無表情なルシアンと、困った顔のフィオニア。
…何故?
ルシアンの正面に立つ淑女は贅を尽くしたドレスを着ている。横顔だけしか見えないけど、ちょっと目は釣り上がっているものの、美人だ。
横にはお仕着せを着た侍女が2人も侍っている所からして、良いお家の令嬢と見た。
近付くにつれ、話してる声が聞こえるようになった。
「アルト伯爵、そんな事をおっしゃらないで。私はお茶にお誘いしているだけですのよ?」
…えーと、ルシアンを知る淑女が、お茶に誘ってるけど、すげなくされてる、で状況あってるかな?
「エルギン侯爵令嬢のリリー様よ。皇都留学中、皇女程ではないけど、ルシアン様に言い寄っていた方の一人ね」と、私にだけ聞こえる声でセラが教えてくれた。
さすがイケメン。本当に言い寄られまくってたんだなぁ。
話しかけづらいわー、と思って見守っていたら、ルシアンが私に気付き、笑顔になった。
リリー様をするりと避けて私の前まで来ると、私のおでこにキスをする。
こら、リリー様を刺激するな!とばっちりがこっちに来るから!
「おかえりなさい。良い物は見つかりましたか?」
すっごいなこのイケメン、リリー様の事、ガン無視だよ…。
リリー様は扇子で口元を隠してるけど、激しくこっちを睨んでおります!
ほら!スルーされて怒ってるよ?!
「では、失礼します」
私の背中に手を回して去ろうとするルシアンに、尚もリリー様は言った。
「アルト伯爵の奥様もご一緒にお茶はいかが?」
えぇ…空気読もうよ。
いや、ルシアンもどうかとは思ったけどね?
挑発するような目で私を見るリリー様。
強気だわぁ。
しかも名乗りもしないんだもんなぁ…どうかと思うの、そういうの…。挨拶は大事だよ…?
まぁ、今日は偽名で行動してるから、ルシアンは名乗りたくないのかも知れないけど、ここまで来たらもう諦めた方が良さそうな気もする。
ルシアンもそう思ったのか、リリー様の方を向き直って言った。
「きちんと紹介していませんでしたね。
私の最愛の妻のミチル・レイ・アレクサンドリア・アルトです」
紹介してから私のこめかみにキスをする。
だから!リリー様を刺激しないでってば!
最愛って付ける必要あった?!
リリー様の目力が今ので違う方向に上がったから!!
紹介されたので、諦めてスカートの裾を摘んで膝を折る。
一応こちらは公爵家の人間で、爵位持ちでもあるので、頭は下げないでおく。
「ミチル、あちらはリリー・エルギン侯爵令嬢です。
私が皇都に留学していた際の、同級生です」
ルシアンの紹介にリリー様の眉がぴくりと動く。
かたや最愛の妻、かたや同級生。
お願い、本当にもう刺激しないで。リリー様が爆発したら間違いなく私にだけ被害が来そう!
「リリー・エルギンですわ。
ルシアン様が皇都留学時代には、仲良くさせていただいておりましたわ」
そう言ってリリー様もスカートの端を摘んで膝を折りはしたものの、頭は下げなかった。
隣のセラから冷気が来た。オリヴィエ様がいたら更に冷気が増しそう。
リリー様の口は笑ってるけど、目は笑ってない。
って言うかずっと睨んでる。怖いよー!!
しかも意味深な、"仲良くさせていただいておりました"発言。
浮気相手みたいな事言ってる、この令嬢!!
よくあるのは、本妻と浮気相手がバチバチと火花を散らすんだろうけど…私には到底無理な芸当であります!
目を逸らさないのがいっぱいいっぱいで、笑顔をなんとかキープするのが限度です。
「今日はようやく妻を皇都観光に連れ出せたので、色々見て回りたいと思っています」
「お茶を少し飲むのすら、私の為にお時間を割いていただく事は出来ないと?」
それでも、リリー様は食い下がる。
ルシアン…何故、いつもこう、アクの強い女性にばかり言い寄られるのですか…?
皇女より一見真っ当な言い方だから、余計にタチが悪い。
いけないとは思いつつ、ちょっと顔に出てしまっていたようで、ルシアンが私の頰を撫でた。
「限りある時間を、愛する妻にのみ使いたいという思いが、貴女にはご理解いただけないようですね」
おまえの為に使う時間はない、とはっきり言われてしまったリリー様は、さすがに返す言葉もなかったようで、顔を真っ赤にさせてぷるぷるしてる。
プライドの高い侯爵令嬢には、許しがたいよねー。
リリー様があんな言い方しなければ、さすがのルシアンもここまで言わなかったとは思う、多分だけど。
「皇都観光だなんて、田舎出身の貴女にはぴったりですわね!」
よっぽど腹に据えかねたんだね…。
そんな暴言口にするなんて。
貴女が頬を染めるルシアンも、その田舎出身なんですけれどもね。
そこは都合良く別物に変換されるのだろうか。
セラからの冷気が3割増しになりました。
ルシアンも無表情になりました。
フィオニアの笑顔が固まりました。
…うん、全員怒ったっぽい。
私は思わずため息を吐いた。
リリー様はちょっと我に返ったようで、「な、何よ…!」と言ってきた。
悪役令嬢みたいな人だなぁ。ヒロインみたいな名前だけど。
とは言え、さすがに今の発言は良くなかったと分かるだけの常識は持ち合わせているようで、ミチル安心しました。
また皇女シンシアみたいな人だったらもう、泣くよね。
「エルギン様のおっしゃる通り、辺境から参りました田舎者ですから、短い期間ではありますが、皇都の素晴らしさをしっかり見学させていただきたいと思っております。
見る物が多く、時間がありませんの。
せっかくのお茶のお誘い、大変申し訳ありませんけれど、辞退させていただきますわ」
そう言ってルシアンの顔を見る。
「参りましょう。私を案内して下さるのでしょう?」と、笑顔を向けて促すと、ルシアンはにっこり微笑み、私の瞼にキスを落として頷いた。
「えぇ、貴女を連れて行きたい場所は沢山あるんですよ」
私はリリー様にとびっきりの笑顔を向けた。
「ご機嫌よう、エルギン様」
リリー様から離れて少し進んだ所で、我慢出来なかったのか、セラとフィオニアが声を上げて笑い出した。
「…二人共、笑いすぎです」
目尻の涙を指で拭いながらセラが言った。
「だぁってぇ、あのリリー様の顔!」
「ミチル様も結構やりますね」とフィオニアも言う。
「私が皇国圏内の辺境から来た事に変わりはありませんし、何も間違った事は言っておりませんよ?」
「そこじゃないわよ。まったく相手にされてない、っていうのがリリー様に伝わった事が良かった、って言ってるのよ?」
うん、だってさ、田舎者発言に反応したら同じ土俵に上がっちゃうじゃない?
喧嘩は同じ土俵に上がらないと出来ないからね。
それにまぁ、何と言うか、絶対的アドバンテージが私にはある訳だから、表面上ぐらい負けてもいいのですよ。
あー、スッキリした!とセラは良い笑顔で言った。
私は疲れたけどね?
こうして、私の皇都観光は終わった。
なんだか散々だったよ!!
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