009.増殖する招待客
各部署から作成を依頼された万年筆は、セラとクロエの協力もあって、順調に数を増やしている。
この前はキース先生の執務室の人達にも配って、三段トレイも作成し、既決、未決箱も作った。
カーライル王国でもさっそく作り出されているようで、カーネリアン家がせっせと作成して販売しているとのこと。
そのうち皇都の店舗でも販売するらしいので、私が皇都を離れても問題ないと思われる。
ルシアンからは万年筆がガラス製で滑るので、滑り止めが欲しいと言われて、ゴムを薄く巻きつけるようにして、滑りにくくしてみたら、ご満足いただけたようだ。
ひたすら書類整理をするステュアートの手が心配になったので、指サックも作ってみた。
すっかり私への反抗を止めたステュアートは、指サックに歓喜していた。そんなに?!
それから、印を押す時にキレイに押せるようにと、紙の下に敷くゴム板なんかもルシアンに渡してみた。
「これは?」
ただの真っ平らなゴム板を渡されても困るよね。
「印を押す際に、紙の下が木の机だと上手く押せない事があるので、このゴム板を紙の下に敷いてから印を押すと、上手く力がのって印がキレイに押せるようになります」
さっそく印を押す書類を取り出すと、ゴム板を紙の下に敷き、宰相補佐官の印を押す。
「あぁ、これは便利ですね。無駄な力が要りません。
印が上手く押せない所為で書類を再作成する手間もなくなりそうです」
続けて何枚か印を押すと、見に来たステュアートにそのまま渡していた。
パソコンやプリンターのないこの世界で、書類で失敗すると一からやり直しになって、時間やら手間を必要とする。
そう考えると、書類作成で失敗しない為の文房具類はとても有効だよねー。
アス●ルのカタログとか、もうちょっと真面目に見ておけば良かったー。
いや、見ても再現出来ないものもあるなぁ。
他にも思い付いたら作ってみよう。
ルシアンは今後も宰相になったりと、書類関連は切っても切れないだろうし。
「ルシアン、お時間をいただけないでしょうか」
「相談ですか?」
「はい、相談したい案件がありますの」
ルシアンはクロエに目配せする。クロエは頷いてお茶を用意し始めた。
「では、今から話を伺います」
「お時間をいただき申し訳ありませんわ。
マグダレナ教会が季節毎に行おうとしている祝祭についてなのですけれど」
「聖下がいらしてましたから、その件だろうとは思いましたが。それで、現皇室には人員も時間も足りませんが、どう解決する予定ですか?」
クロエが私とルシアンの前に紅茶を置いた。
彼女が得意とするのはハーブティーだ。コーディアル作成もお手の物との事。
ちなみにハイビスカスティー。さすが皇都。南の国特産のハーブティーが手に入ります。
「はい。皇室主導の祝祭にするつもりはありません。
あくまで、祝祭は教会と、皇都の民の力で何とかすべき事だと考えております。
皇都に創設されたばかりのギルドは、まだ知名度も低く、有効性も認知されておりません。
これを機にギルドが取り仕切ります」
ゼファス様達と話した内容を説明すると、ルシアンは頷き、顎に手を当てた。
「なるほど。これまで勝手に出店していたものを、皇室の意向を受けたギルドが代理として管理する。
出店に関しては申請した店のみに限り、出店の設備や他の店との摩擦などはギルドが仲立ちする。代わりに出店手数料を受け取り、実務面を請け負うギルドと教会が手数料の9割を折半で受け取り、残り1割を皇室が受け取ると。
いいのではないでしょうか」
「本当ですか?」
「皇室としてはギルドの担当者とのやりとりぐらいしか手間がかからない上に、手数料収入もありますし、娯楽の少ない民にとっても有益でしょう。
進めていただけますか?」
凄い!ルシアン様から許可が?!
抱きつきたいぐらい嬉しい!
「ありがとうございます、ルシアン」
笑いかけた瞬間、ルシアンが無表情になった。
…はっ!他の人もいる場所で表情を出してしまった!
あぁー……またやってしまった…。
「屋敷に戻りましたら、お話しましょう?」
にっこり微笑まれてしまった!
おこなの?!だって今のは不可抗力だよ!
嬉しかったんだってば!
セラを見たら苦笑していた。
「ミチルちゃんも苦労するわねぇ。
さ、マカロンでも食べて、宰相閣下に提出する為の書類を作成しましょう。
フィオニアに商人ギルドへの打診もしておくよう伝えておいてちょうだい、クロエ」
クロエは頷くと執務室を出て行った。
私はセラに渡されたマカロンを美味しくいただいてから、ざっくりと原案を考えていく。
商人ギルドは元々アルト家が立ち上げたものなので、フィオニアからの要請に二つ返事で了承を得た。
皇都になじむ為の素地までご用意いただきありがとうございますとも言われました、とフィオニアが言った。
いつの間に?!と思ったら、ゼファス様とのお茶会の後、直ぐに向かったのだそうだ。
出来る…!
私はせっせと、祝祭を開く事の意義と、開いた事によるメリット、デメリット、必要な準備等を文書にしてまとめていった。
国民感情やら経済効果、祭りにかこつけて集まった破落戸による治安の悪化が懸念されるなどなど。
書き上げた後、ルシアンに提出したら添削してくれた。
わぁ、さすがチートイケメン。
熟練官僚のようですね?っていうか、学生時代から王国でも登城して仕事してたもんなぁ、このイケメン。
しかもこのイケメン、割と努力の人だし。
「ありがとうございます、ルシアン。
お時間をいただいてしまって申し訳ありませんわ。
再作成します」
ルシアンは添削した文書を、私にではなくフローレスに渡した。
「フローレス、代筆を頼む」
フローレスはルシアンの指示を笑顔で受ける。
アレ?!
「とんでもないですわ。私は皆さま程忙しくありません。自分で書き直します」
「これも、皇国の民がこれから作っていかなくてはならない大事なものです。
素地はミチルでなければ作れませんが、より良くする為の努力、知恵はこの国の民が作っていくものです。
ですから、ここからはフローレス達が引き継ぎます」
この祝祭は、確かに皇都でしかやらない。
ついやろうとしてしまうけど、それは私の仕事ではないんだよね。
アレクサンドリアに帰ったら、アレクサンドリア独自の花祭りを作るんだ。
ラベンダー畑とか作っちゃおうかな!
「はい。わかりましたわ」
ルシアンは私の手を握ると、申し訳なさそうに眉根を寄せた。
こんな顔もイケメンですわ。全方位に死角がありません。
「すみません、ミチル。案だけ出していただいて、関わるなと言うのは、とても失礼な事だとは分かっているのですが…」
「大丈夫ですわ。こちらで皆さんが出した素晴らしい案を、アレクサンドリアで真似させていただきますから」
都市の規模が違うから無理だろうけどね。
それに、メインじゃない所で手伝うぐらいはいいよね?
クロエの淹れてくれたお茶を飲みながら、空いた時間で何をするかを考える。
書類の配達は仕事に余裕が出来た官僚達が、情報交換も兼ねて自分で行くようになったので、最近は執務室にこもりきりだ。
そうだ!
屋敷での宴は皇都と関係ないんだし、何を作るのか考えようっと。
勝手に鳥料理の日に決めたので、鳥縛りです。
チキン南蛮でしょー。
北京ダック…あひる?!いやいや、ニワトリでいいです。
皮と一緒に食べるあのさくさく、どうやって作るんだ?
あ、そう言えば、ト国では食べないのかな?北京ダック。
ただあの食べ方は脂も強いから、好き嫌いが出るかも知れないなぁ。
よだれ鶏?貴富鶏?
あ、貴富鶏いいかも。見た目も変わっていて、おめでたい感出るし。
鶏肉を蒸して、中濃ソースと和辛子を混ぜたタレに付けて食べるのも、いいね。あれ簡単で美味しくて好きなんだよね。
棒棒鶏なんかもさっぱりしていいかな。
立食パーティー形式にするなら、食べやすいものがいいけど。その辺もルシアンに相談してみよっと。
〆は親子丼とか。
カロリーが恐ろしい!!
アレクに乗りたい!
・チキン南蛮
・貴富鶏
・鶏肉の酒蒸し
・棒棒鶏
・親子丼
・温野菜
・鶏ガラスープ(つくね入り)
シェフに相談する用に料理をメモする。
「何ですか?これは」
気が付いたら、ルシアンが私のメモを手にして読み上げていた。悪戯していたのを見つかった教師と生徒みたいになってるのは何故なんだ。
「この、4つ目のは何と読むんですか?」
「バンバンジーです」
「バンバンジー?」
メモが返される。
「料理のリストのようですが?」
「はい、祝祭の日の夜に屋敷で宴をしようかと思っておりまして。ゼファス様もお呼びして。
鶏料理を振る舞おうかと思っているのですが、よろしいですか?」
構いませんよ、との回答にホッとした。
まず最初にルシアンに許可取らないといけないのに、順番逆だったわー。
「今まで食べた事のない料理ばかりですね。楽しみです」
ルシアンは健啖家だからね。是非、たっぷり食べて欲しいです!
「楽しみになさってね」
はい、と答えるとルシアンは私のおでこにキスを…。
…なんか最近、なし崩しになってませんか?!
ここ、職場!
海外だと職場でもこういうのアリなの?!
いや、でもこちらの貴族社会では、破廉恥なのでは?!
「ミチル様、セラフィナ殿から宴を催すと伺ったのですが、護衛をさせていただく事は可能ですか?」
休憩時間に現れたオリヴィエ様が、現れるなり言った。
セラをちらっと見ると、苦笑していた。
「話題の祝祭の事を尋ねられてね、原案はミチルちゃんだけど、直接関与はしないし、本人は宴に集中してる、って答えたのよ」
そうしたら宴で護衛したいになったと?!
「オリヴィエ様、当家での親しい者のみを集めた、ささやかなものですから、オリヴィエ様に護衛をしていただく必要はございませんわ。お気持ちだけ、頂戴致します」
オリヴィエ様は親しい者…と呟くと、セラを見た。
「セラフィナ殿は、ミチル様に呼ばれているのか?いや、執事としているのか?」
あー、うん…。分かりました。負けました…。
セラと自分は親しい間柄だから、参加したいとか、そんな所だろう。
「…オリヴィエ様、セラの婚約者として、宴にいらっしゃいませんこと?」
パアアァッとオリヴィエ様の顔が明るくなる。
セラはやれやれ、と言った顔をしている。
ルシアンから、独り身の官僚も宴に呼びたいと言われて、了承した。
独り身の官僚と言うのは、ステュアートとフローレスの二人だ。あの二人まだ若いもんね。
ゼファス様からも、側近を一人、顔見せも兼ねて連れて行くと連絡を受けているし。
当然セラフィナも来るし。
何処から聞きつけたのか、キース先生夫妻も来るらしいし、当初の予定より、人数が増えてる…。
私としては、親しい人達と美味しいご飯食べて、幸せーってやりたかっただけなのに…どうしてこうなった?
立食形式確定ですね。
シェフと、立食でも食べやすいように料理の供し方を決めねばー!
あと飾るお花も決めたいから、セラと相談しなくては。
簡単な宴でもそうなんだから、夜会を自宅で開くとか、凄い大変なんだろうなー…(遠い目)。
セラはウインクすると、「大丈夫よ☆」と言ってくれた。
おねーさま!
付いていきます!
「…何という…羨ましい立ち位置…!」
オリヴィエ様がセラを見て言った。
若干怒りが見えるのは何故ですか!
「ミチル様に常に帯同し、お支えし、頼られる…夢のような立ち位置ではないか」
嫉妬するポイントがおかしい!!
セラはうふふ、と笑って挑発するようにオリヴィエ様に言った。
「羨ましいでしょう?
でも、カーライルに戻れば貴女もそうなるわ」
護衛だからね、常に一緒にいるもんね。
オリヴィエ様の表情が明るくなる。
「そうだったな!」
……そこはかとなく不安…。
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