090.ホワイトデー

卒業式も終わり、晴れて?大人の仲間入り?になるのかな。

髪もアップにするようになったし。

リュドミラは髪をいじるのが好きみたいで、私の面倒なアッシュブロンドの髪を丁寧に丁寧に手入れしてくれて、それはそれはキレイに結い上げてくれるのだ。

ルシアンが皇都の出店で買って来てくれた簪を、日替わりでドレスに合うように挿してくれる。

何となく、お人形さん遊びの延長のような雰囲気も感じる。きっとそう。


皇都にはエマとリュドミラも付いて来てもらう。

あれ以来リュドミラは大分落ち着いている。

と言うか、ようやく自分の想い人とルシアンが別人であると言うことが自分の中で腹落ちしたらしく、頰を染めることもなく、侍女として私によく尽くしてくれる。

一時はどうなることかと思ったけど、とりあえず良かった。本当に…。


そして今日はホワイトデー。

先日ルシアンから3倍返しと宣言されてしまって、朝から戦々恐々としております。


そして朝からお義父様とラトリア様も来てます。

ルシアンが超不機嫌です…。ハハ…。


「それで、ハウミーニア国で、小豆の栽培を始めようと思うんだよ。ミチルが小豆好きだし、卒業祝いに。食べられるのはまだ先になるけどね。」


にこにこしながらお義父様が言う。


いや、小豆は好きだけどさ、私が小豆好きだからとかいう理由はどうかと思う。冗談だよね?


ふふふ、とお義父様は微笑む。


「まぁ、ミチルが小豆好きというのは、理由の半分ぐらいなんだけどね。

ハウミーニアは平地も多くて乾燥した気候だからね、小豆の栽培が向いてるようなんだ。

ウィルニア教団が蔓延してしまった所為で、みんなまともに働かなくなってしまって、耕作放棄地も増えてしまっているから、いっそのこと区画整理からやり直そうという話になってね。

従来通りの穀物も作ることは作るけど、周辺諸国には無いものを栽培し、外貨を稼がないといけない。」


併呑という名の押し付けをくらってしまったカーライル王国は、早急に旧ハウミーニア国領の建て直しを余儀なくされているらしい。

アレクサンドリア領で栽培している、ウィルニア教団の薬物を中和する薬草は、優先的にハウミーニア国に送られることになった。


「それで、ロイエから聞いたんだけど、ホワイトデーは倍返しなんだって?だから、倍にしてみたよ。」


振り返ってロイエを見ると、目を閉じてた。

私と目を合わさない気だな?!


お義父様が私に下さったのは、どらやきと、きんつばと、マカロン三種がたっぷり入ったバスケットだった。

しかもこのバスケット可愛い!中に私の大好きな青い布が敷いてあって、バスケットに縫い付けてある。蓋も付いてるし!

食べ終わっても使えそう!


「父上が甘い物をミチルに渡すとおっしゃっていたから、私からは工芸茶にしたよ。

あ、勿論倍返しだから、安心してね?」


ラトリア様にまで倍返しが伝わってる?!

ロイエを見ると、顔を背けてた。

おのれ…。


ラトリア様が下さったのは、以前私と契約したシュリアナの工芸茶だった。それと、白磁の茶器、4点セット。ティーポットにティーコージーまで付いてる!

茶葉そのものはアレクサンドリア領のもので、花はレンブラント領のシュリアナを使っている。

カフェでも出しているのだけど、女性に大人気で、ホワイトデーのお返しにとかなり売れているとの報告を受けた。


「これは…白磁ですね?

凄い…こんなに薄い茶器を、もう作れるようになってらっしゃるのですね。」


ラトリア様は笑顔で頷いた。


「ト国との交易も、磁器に関する情報交換も順調でね。

白磁の器を色々作っているところなんだよ。」


青磁も好きだけど、白磁も好き。

このシンプルな美しさがいいんだよね。

何処か柔らかみのある色というのか。


国内での磁器の売り上げも上々だし、生産も安定してきているとのこと。

サルタニアには申し訳ないけど、国内で器が生産出来るようになって本当良かった。


ロイエからは扇子をプレゼントされた。


「皇都では夜会に参加される事も増えることと思いますので、ご活用下さいませ。」


持ち手から白檀の香りのする、燕国の扇子だった。

色合いも淡い桜色で、とても可愛らしい。ところどころ散りばめられてるの金箔だよね?

多分だけどこれ、きっと高い…。確か金箔は燕国独自の技術だった筈…。

周囲に倍返しと広めただけあって、高価なのを用意してきたな、ロイエ…。


「まぁ…ありがとう、ロイエ。ステキな扇子だわ。」


私が持ってる扇子、鉄扇だけだからね。

普通の扇子は嬉しいです!

ただ、皇都で夜会に参加することになるのがひたすらに憂鬱なだけで…。


「アビスからも届いております。直接お渡しに上がれず申し訳ございませんと一筆ありました。」


アビスまで!

そんな、いいのに!


アビスからは螺鈿の宝石箱。

虹色の貝殻が埋め込まれているのに、表面上はとても滑らかで、とても触り心地が良い。

えぇ…これもめっちゃ高価じゃない?どうなってるの?!




自室に戻った私を待っていたのはセラで、ため息を吐いている。

毎日見てるけど、本当に美しい。飽きない。

肌のキメも細かく、睫毛も長く、髪も艶々で。

これで何故男なのかと。神様のイタズラが過ぎると思う。


「どうしたの?セラ。」


「ミチルちゃんへのお返しに、ルシアン様にリボンでも付けてお渡ししようかと思ったんだけど、さすがにそうもいかないでしょ?」


ひっ!!


「…それはどうかと思うわ…。」


ルシアンが悪ノリしてリボンを首に付けてきそうで…。

女子がホラ、私を食べて☆的なのの逆をあのイケメンがやるってことでしょ?


…あの…イケメンが…首にリボンを…笑顔で…。


…吐血!


「ちょっとミチルちゃん?!顔が真っ赤よ?!」


「セラの所為ですっ!」


妄想だけで気絶しそうになったので、慌てて頭に上った血を下げるべく、氷を入れた冷たい飲み物を口にする。


深呼吸深呼吸。

平常心平常心。


はー、淑女として、夫の破廉恥な姿を想像して鼻血とか気絶とか、あり得ないからね!

もう、大人なのだから!

いや、今までもギリギリで己の理性を保ってはいるけれどもですね!


「甘い物はリオン様が贈るとおっしゃってるし、お茶と茶器はラトリア様が用意するとおっしゃってたし、ロイエからは扇子でしょう?アビスは宝石箱。

同じ物を差し上げる訳にはいかないじゃない?」


…何故、その情報をみんなで共有してるの…?

あ、ホワイトデーそのものが初めてだから、何を返すかを話しあったのかな?


「悩んだ結果、ミチルちゃんからどんな香りがしたら嬉しいかをルシアン様に確認して、ホワイトムスクの石鹸にしたわよ。」


え?それ、喜ぶのルシアンなんじゃ?

何故私の好きな香りを聞かないの?

いや、ホワイトムスクは好きだけどね??

ツッコミどころしかないけど、もしかしてツッコミ待ちなの?


そしてホワイトムスクの石鹸って皇都でしか手に入らないよね?

めっちゃ高いって聞いたよ??


「そんな訳だから、早速湯に浸かってきてくれるかしら?」


どんな訳?!


セラがパンパン、と手を叩くと、エマとリュドミラが現れて、あれよあれよと言う間にお風呂に入れられてしまい、セラからのお返しらしいホワイトムスクの香りのする石鹸で身体を丹念に洗われ、全身に香油を付けてマッサージされて、髪も艶々サラサラになるようにクリーム付けられたし、爪も手入れされて、挙句ベビードールみたいなネグリジェを着させられて、真っ昼間から寝室に閉じ込められたけど?!


ホワイトデーなのに?!

これ、どう考えても、ルシアンの為になってない?!

おかしくない?!色々おかしいってば!

途中まで豪華過ぎるお返しではあったものの、素晴らしいホワイトデーだったんですよ!

それがセラのあたりから急におかしくなって、何故こうなる?!


ドアが開き、ルシアンが入って来るなり、私の横に座る。

私はこんなベビードールみたいなネグリジェ恥ずかしくて堪らないから、シーツに頭からくるまっている。


「ホワイトムスクの香りですね。良い香りです。」


簡単にシーツも奪われてしまった。


「あっ!駄目!」


ベビードールのようなネグリジェ姿の私を見て、ルシアンはうっとりした顔を私に向ける。

恥ずかしいので体育座りする私。ベッドで体育座り。

この、色気のなさ!

でも良いの!駄目なの、絶対に!この姿勢は崩さぬ!


「このネグリジェも可愛いですね。」


私の首の後ろの紐をいじるのは止めてくれたまえ!


慌てて首の後ろの紐を両手で隠す。


解かせないぞ!


「…ルシアンが購入なさったのですか…?」


「いえ、フィオニアが。前のもフィオニアが選びました。」


「?!」


どういうこと?!


「私とミチルの仲がより深まるように、と言っていましたよ。今回は三週間も離れていたので、ミチルの機嫌を損ねているといけないから、ちょっと刺激強めだとか何とか言っていた気がします。」


いや、それ、私の機嫌じゃなく、ルシアンの機嫌なんじゃ…?

どう考えても、今、機嫌が良いのルシアンだよね?

私、こんなハードなネグリジェ欲しがったこと、ないからね?!


「前側がとても素晴らしいことになってるから、お楽しみに、と言われたのですが…。」


…そう、私が体育座りな理由はそこにある。


このベビードールネグリジェは、上半身は首の後ろの紐を解けば露わになってしまうし、って言うか、ブラのような感じで谷間部分が見える形だし(谷間なんてないけど!)、その下に至っては、正面にスリットがざっくり入っていて、挙句下着が丸見えなのだ!!長さも太ももの付け根ぐらいまでしかないし!!

けん怠期なご夫婦に強めな刺激ならまだしも!

こんな…こんな破廉恥な…!!


フィオニア様め!

絶対許さん!こんな、こんな破廉恥ネグリジェをルシアンに持たせるなんて!


入浴させられた後、私が着れるものは下着とこのベビードールネグリジェオンリーで!

選択の余地なし!私の意思ではないの!この破廉恥ネグリジェは!!


「他のネグリジェの方が良かったですか?何枚かいただいたのですが、セラにどんなのが良いか聞かれて、セラの趣味に任せたのですが…。」


サーシス家兄弟め!


「それにしても」と言ってルシアンは苦笑する。


「私からの贈り物の所為で、昼間からこんな姿にさせられてしまったのですね。すみません、ミチル。」


ルシアンからの贈り物…?


「これですよ。」


そう言ってルシアンの手が私の左足首に触れる。

プラチナにシトリンクォーツが付いたアンクレットを身に付けているのだ。

エマに付けられた時、珍しいなとは思っていたのだけど、ルシアンからのプレゼントだったのか。


アンクレットは素足に付けるものだし、淑女が素足になるのはベッドの上か入浴時ぐらいだから、それでこんなことに…。


あぁ、そうか。

だから、シトリンクォーツなんだ。

ルシアンの瞳と同じ色の宝石が付いてるんだから、そこで察するべきだった。

ベビードールネグリジェの凄さに恐れ慄いてて、アンクレットにあまり意識がいかなかった。


足首のアンクレットを、触る。

細かい鎖で、金属とは思えない程にサラサラと動く。

シトリンクォーツがよく見えないので、女の子座りし、ルシアンの瞳と同じ色の宝石を手に取る。

アンクレット用だからだと思うけど、大きすぎず、でも純度の高そうな、曇りのない石が、3つ並んでるいる。


ルシアンからの、初めてのホワイトデーの贈り物。

そう思うと嬉しくて、笑み溢れてしまう。


あ、お礼を言わなくては、と思って顔を上げると、ルシアンが私の身体の方を見ていた。


「なるほど…。これは確かに、前側が…。」


ルシアンの口元に笑みが浮かび、視線に艶が混じる。


しまった!!


慌ててシーツに手を伸ばしてかぶったものの、ルシアンの手が私の左足首を掴んだ。

ルシアンの唇がアンクレットと、足首に触れる。


ひぃっ。

オタスケヲー!!


「3倍返しですものね?」


「意味が違いますわっ!これじゃ!」


ルシアンがあっさりと私に跨る。


「これじゃ?」


「私の為ではなく、ルシアンの為のホワイトデーではありませんかっ。」


シーツをかぶったことが逆に仇になって、上から押さえつけられてしまった。


「では、ミチルはどんなホワイトデーがお望みですか?

出来る限りお望みに添うように努力しますよ?」


えぇっ?!

私の、望み?!


「そんなのありません!ありませんから!このアンクレットだけで、本当に十分過ぎるくらい嬉しいです!」


「ですが先日、ネグリジェを着ても何もしなかったと怒ってらっしゃいましたよね?」


あっ、あれは…!

そう言う意味では!


「額面通り受け取っては、愛する妻の潜在的な欲求を満たせないのだとよく分かりましたからね…。」


潜在的な欲求て!

ないから!そんなのないですから!!


いいいいい、しれっとシャツ脱がないで!


誰か助けてー!

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