078.幻覚は幻覚であって妄想ではない、つまり現実

マフラーは順調です。

結局モニカは毛糸を買ってないみたいです。

もう一度買いに付き合ってと言われたけど、お断りだ!

そんなの二人で行ってらっしゃい、です。


年明けまでにルシアンのマフラーを完成させたい。

毛糸玉も4玉目に突入です。


気をつけないといけないのが、シアンの存在…。

冗談みたいだけど、本当にうちの子、毛糸玉で遊ぶんだよね。

毛糸玉ならまだいいけど、作り途中のマフラーには手を出されないように、死守です!


私の編んだマフラーをルシアンが首に巻いてくれるんだ、と思ったら、胸のあたりがふわふわする。

編んでる途中からルシアンは喜んでくれてるけど、もっと喜んでくれるかなぁ、とか。


…最近ちょっと、変だ、と自分でも思う。

私がルシアンのことを好きなのは前からだし、ルシアンのことをよく考えてたのも事実なのに。

この前の剣術大会ぐらいから、なんだか自分の気持ちが分からないというのか、持て余しているというのか。


いや、皇女に嫉妬しちゃうぐらい好きは好きなんだよ?

胸が締め付けられるような気持ちとかには、なったことなかったけどね。


「ねぇ、セラ。」


「セラは今、好きな人はいる?もしくはいた?」


ぎょっとした顔をしたかと思うと、セラはまた呆れた顔になった。


「まさかミチルちゃん…今までルシアン様のこと本気じゃなかったとか…。」


「え?前から本気で好きですわよ?」


眉間に皺を寄せ、セラはため息を吐いた。


「なるほど…。」


私の好きとみんなの好きって違うの?

こういうのって、比較しにくくない?

形もないし。

モニカの王子への想いも、なんだか私の知りたい好きとは違うような気がするし。


「ルシアン様も苦労するわねぇ。」


前にルシアンに、気長に待ちます、みたいなこと言われたことあるけど、それに近いニュアンスをセラから感じた。


「ルシアン様のことをずっと考えてるの?」


「それは以前からですよ?」


ちゃんとごはん食べてるのかなとか、寝てるのかなとか。


「まぁ、ワタシにじゃなく、ご本人に相談すればいいんじゃないかしら?怒るかも知れないけど。」


「えっ?!」


前に自分の気持ちがちゃんと伝わってなかったのか、とおしおきをされたことがある身としては、ちょっと…。


「本人にだから言いづらいことって、あるじゃありませんか?」


「嫌よ、ワタシ。惚気を延々聞かされるとか。」


そ、そうか…他の人からしたら惚気になっちゃうのか。


「本人に伝えたら、少しは変わるのかしら?」


「…間違いなく喜ぶと思うけどね。」


え、喜ぶかな?


「あ、ミチルちゃん、先日珍しいお菓子をいただいたのよ。食べない?」


珍しいお菓子?


待ってて、と言って立ち上がると部屋を出て行った。

すぐに戻って来たセラは、キャラメル包みされたお菓子を一つだけくれた。


「どうぞ☆」


「ありがとう、セラ。」


包装紙をむいて、キャラメルのように見えるお菓子をぱくりと口に入れると、セラがうふふふふふ、となんだか含みのある笑いをした。

…もしや、何か入って…?

別に今のお菓子、変な味じゃなかったよ?

お酒が入ってる風でもないし、媚薬系でもないみたいだし。普通に甘くて美味しい。


貴族同士の食事のやりとりは、危険で。

入れられてしまうのは何も毒だけではない。

相手を強引に口説き落とす為に、お酒でも媚薬でも、なんでもござれだったりする。


「ワタシが力を使うから、ルシアン様が戻られたら言うことでも練習しといたら?」


え?練習?

セラは私の手を握った。一瞬、目眩がした。


どうなんだろうな…ルシアンは、こんな話されても困る…困るのかな?困られたらどうしよう?


前から好きだけど、最近変なんです、って、頭がおかしくなったのかと思われるだけなんじゃ?


セラの能力。確か幻覚を見せられるって言ってた。

さっきの一瞬目眩がしたのは、それ?


それだと、私の見たいものが見れるってこと?

あぁ、だから、王城に行ってる筈のルシアンが目の前にいるのか…。


「ミチル?」


私の横に座るルシアンは、軽く首を傾げ、私の目を覗き込む。

濡れ羽色の髪は、ルシアンの顔立ちを目立たせるというか。そっと髪に触れると、絹糸のように滑らかな感触で、思わず手櫛を髪の間に入れてみたくなった。

するり、と抵抗なく指に梳かれる髪に羨ましくなる。無造作にあちこち向いているのに、柔らかくて、指通りはとても良い。

私のアッシュブロンドの髪は絡まりやすくて、エマやリジーがいつも丁寧に丁寧に梳かないといけないのに。


私の顔を覗き込む金色の瞳は、こちらの気持ちをいつも見透かす。神秘的ですらある瞳で。よく吸い込まれそうという表現があるけど、本当にそんな感じ。

眉毛は流線のようで、見る角度によって、冷たくも、凛々しくも、優しそうにも見える。眉毛をなぞると、ルシアンは目を少し伏せた。

睫毛長いなぁ…。人差し指でそっと睫毛に触れると、くすぐったそうにルシアンは目を細めた。

はぁ、目を細めるだけで色気が…凄いなぁ…。

こんな風にじっとルシアンの瞳を見つめることなんて、普段出来ない。


「そんなに見つめられると…さすがに恥ずかしいです。」


照れてるのか、少し困ったような顔のルシアン。


「いつも、私のことを見つめるのに?」


「ミチルはいつも、すぐに私から視線を逸らすから。」


「だって、それは…。」


それは?とルシアンが聞き返す。


「ルシアンがカッコよすぎて、ずっと見てたら心臓がおかしくなりそうで…。」


とろけそうな目で私を見る。

もう、色気がダダ漏れだよ。


「ミチルから、私は格好良く見えてますか?」


私は頷いた。


「高校の入学式で再会してから、ルシアンがあまりにカッコよくて…今でも、こんなにカッコ良い人が私の夫だって信じられないでおりますのに…はぁ…カッコ良すぎて辛いです。」


すっと通った鼻筋に、クールさが前面に出てるような薄い唇。そっと人差し指で唇をなぞり、その指を自分の唇に当てる。

ルシアンは私の手を掴むと、指先にキスをした。


「あぁ、もう、カッコ良い。遠くからきゃーきゃー言ってたかった…。」


え、という顔のルシアン。


「近くで見たいとは思わないのですか?」


「だって、それだと刺激が強すぎて…心臓がもたなさそう…。」


ルシアンはいつも私を強制終了させるから…。


「嫌だった?」


「嫌じゃないです…でも、嬉しくて恥ずかしくて頭がおかしくなりそうで…毎回好きって思わされて…もう、本当に死んじゃいそう。」


思い出したら恥ずかしくなって、握られていたままのルシアンの指に、自分の指を絡ませる。


「…今、私の方が死にそうです。」


ルシアンの言葉にびっくりする。


「ミチルの心の声が聞けると言われて来たら…自分の聞きたい言葉ばかりで、自分はもうじき死ぬのではないかという気がしてきました。」


えっ、ルシアンが死んだら嫌。


「駄目、駄目です、ルシアン。死んじゃ駄目。」


ぎゅっとルシアンの頭を抱きしめる。


「私、セラに言われたのです。ルシアンにやっと本気になったのか、って。

セラの言う本気は、やっぱり私にはよく分かりません…。

私はずっとルシアンのことが、程度とか種類は分かりませんけれど、好きでしたし…。」


ルシアンの頭から腕を離し、ルシアンの袖を掴む。


「婚約してからはルシアンが本当に自分を好きなのかとか、好きになってもらえるのかとか、皇都で誰か好きな人が出来たら捨てられちゃうんじゃないかとか…。

今思い出しても笑ってしまうほど、ルシアンのことばかり考えてました。

高校で再会してから、ルシアンは超絶イケメンになってるし…。」


「ミチル、イケメンってなんですか?」


「えっと、容姿が魅力的で素敵、って意味ですね。」


「魅力的…。」


反芻するように、ルシアンが呟く。


「毎日毎日甘い言葉をかけて下さったり、触られたり…夢でも見てるのかと思いました。この超絶イケメンが、私を口説くなんて?!…と。

ただただ、頭の中がルシアンでいっぱいで、好きとかは考えたことはありませんでしたけれど…キャロル様が私に、ルシアンは自分の側にいたいんだから邪魔するな、って言われたときに、凄い嫌で。モニカも私を守る為に悪役令嬢になってしまいそうでしたし。

あのとき、ルシアンは渡さないって、思ったのですけれど、思えばあのときから好きだったのかも…。」


色々と思い出される過去に、ため息が出る。


「キャロル様はとても可愛らしくて、ルシアンも好きになってしまうのではないかとちょっとだけ不安でしたけど…まぁ、あの方のことはすぐにどうでも良くなって…皇女がルシアンに会う為にこっちに来ると聞いて、無い頭を総動員して考えましたけど、その為に結婚を早めたのは、今思えば、独占欲だと思うのです。」


この結婚を早めたのが正解だったのか、不正解だったのかは分からないけど、ルシアンを渡したくないという思いが自分の中にあったのは間違いないと思う。


ルシアンが顔の右半分を片手で覆って目を閉じてる。

幻覚のルシアンですら、私の独白は重いのか…。


「もう、黙った方がいいですか?」


ルシアンは首を横に振る。


「大丈夫です、脳内は整理が付いてますが、感情の整理が遅れているだけなので。」


え?それ、いいの?

でも、セラが幻覚のルシアンで練習しろって言ってたし。

そうしたら、現実のルシアンに上手いこと伝えられる言い方に気付くかも知れないし。

今は過去の独白で、一番言いたいことにまだたどり着いてないし。


「皇女がカーライルに来て、ルシアンと一緒にいる姿を見て、二人が並んでる姿は絵になる程美しくて…ルシアンもご存知の通り、私は自分の容姿に自信ありませんでしたし…。」


そっと己の胸に触れる。

まだ発育途中です、私…これから育つ筈…。


「…凹凸の少ない身体ですし…そういったことに関心が高まる年齢のルシアンが、皇女の美貌と身体に気持ちがいってしまうのではないかと…そんなことをベランダで嫉妬して…見た目も胸もない上に嫉妬までして、ルシアンに嫌われてしまうと思ったらもう、消えたくなってしまって、ルシアンから逃げようとして閉じ込められて…。」


あのときは本当に申し訳ありませんでした、と謝って息を吐く。


「何度となく、ルシアンのことを好きだと自覚はしてきていたのですけれど…先日の剣術大会から、その…私の中のルシアンへの感情が…これまでと違って…。」


ルシアンは手を顔から離し、私をじっと見つめる。


「それは…?」


言葉にしようとすると、顔が熱くなる。


「上手く…伝えられそうにないのですけど…。」


「うん。」


ルシアンの手が私の頰に触れる。

私の顔が熱いから、ルシアンの手が気持ちよく感じる。


「ルシアンの姿を探してしまったり…書斎にいるルシアンに会いに行く口実を考えていたり…。

名前を呼ばれるとこう、胸の中がふわっと浮くような…ルシアンが私に微笑むたびに、好きって思うし、ルシアンに触れたいし、触れて欲しくて…。」


本当、どうしよう…。


幻覚ルシアンの反応を見ると、両手で顔を覆ってて、どんな顔をしているのか分からない。

私の見たいものを見せてくれる筈の幻覚でも、ルシアンの反応はキャパオーバーだったようだ…。

でも一番ここが大事なとこなのに…。


ねーねー、顔見せてー。

何か言ってー。


「ルシアン、何かおっしゃって?

あの、こんな私、やっぱり迷惑かしら?」


ルシアンは顔を隠したまま首を横に振る。


顔見せて欲しい。


そっと手を伸ばして、ルシアンの手を顔からはがす。

強い抵抗にあうかと思ったら、意外にすぐはずしてくれた。

そして、もの凄い珍しいことに、ルシアンの顔が赤い!

さすが!さすが私の見たい幻覚!!


「私の言葉でルシアンが赤くなってる…。」


「あれだけ煽っておいて何を…。」


煽る?


「赤い顔のルシアン、可愛いです。凄い可愛い。」


困ったように私を見返すルシアンが、また可愛くて堪らない。

幻覚、最高かも知れん。好き放題出来る上に嫌がられないよ?!

好き好き言いたい放題ですよ。


「可愛いルシアン。好き、好き、大好き。」


我慢出来なくてルシアンの頭をまた抱きしめる。

ルシアンの腕が私の腰に回される。


「私のルシアン。食べてしまいたいくらい可愛いって、言い得て妙ですわ。でも私、肉食女子じゃないから…食べられたいのほうかしら…?」


最後の方はブツブツと呟いてしまった。


びくり、とルシアンの身体が反応する。

食べたいなんて言ったからだろうと思う。


ルシアンの腕が私の脇の下を掴み、持ち上げると私を膝の上に座り直させた。


「はぁ…もう駄目…。」


「!」


幻覚ルシアンに拒否された?!


まだ少し赤みの残った顔でルシアンは私を見つめる。


「ルシアン…?」


「ミチルは自発的には私に関して言葉にして下さることは少ないですから、知りたいことではありましたが…刺激が強かった。」


あぁ、食べる食べない発言は駄目でしたか。まあ、それはそうか。

草食女子の私の発言としては、大変不適切でありました。

猛省します。


ふぅ、とルシアンは息を吐いて、私を見た顔は、いつもどおりの顔だった。


「明日は休みでいいですね?」


?なにが?


「愛する妻のお望み通り、余すことなく、食べて差し上げなくてはね?」


艶っぽい目で私を見るルシアンに、私の頭に一つの疑問がもたげてくる。


幻覚って…現実だよね…?

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