074.剣術大会決勝
まだ、さっきの試合のドキドキが収まらないまま、ジェラルドとフィオニア様の試合が始まろうとしている。
モニカはすっきりした顔で、試合を見ている。
私の予想では、モニカは、結果に関わらず、殿下にちゅーすると思う。
いつもからかわれる私としては、ちょっとここで一矢報いたい。
「モニカ、殿下にご褒美をあげるおつもりでしょう?」
一瞬でモニカの顔が真っ赤になった。
ふぉふぉふぉ、可愛いのぅ!
「ミチル、次の次の土の日、女子会ですわよ?」
え?
「いえ、ちょっと私、当分忙しくて…。」
待て待て!
どう考えても、報告する内容の重さが私の方が重すぎるだろう!
だから却下ですよ!
「いつでもお待ち申し上げてよ?」
怖い!モニカ様が怖い!!
一矢報いるどころか墓穴掘っただけだった!
「ホ、ホラ、試合ガハジマリマスヨ!」
ジェラルドとフィオニア様が所定の位置に立つ。
余裕な表情のフィオニア様とは対照的に、ジェラルドの表情は固い。
まぁ…フィオニア様、何やってくるのか全然分からないもんなぁ…。
「始め!」
二人とも、動かないまま数分が経過した。
もし動くとしてもジェラルドではないかと思っていたら、フィオニア様がスタスタと歩いてジェラルドに近付いていく。
間合いを詰められないようにとジェラルドは後ろに下がる。あまり下がり過ぎれば観客席の壁に当たって、逆に追い詰められてしまう格好になる。
ジェラルドもそれに気付いたのだろうと思う。
剣を構え、弾かれたようにフィオニア様に向かって駆けて行く。
フィオニア様も構える。
激しい衝突音の後に、鍔迫り合いではなく、何度も切り結ぶ音が響く。
ジェラルドの剣は重い筈。それを一つずつフィオニア様は受け、弾いていく。
何度目かのぶつかり合いの末、鍔迫り合いになり、フィオニア様が捕まった。
ぐぐぐぐぐ…とジェラルドの剣が押していき、剣がフィオニア様の顔に近付く。
次の瞬間、フィオニア様の剣がくるりと回転し、ジェラルドの剣が弾かれると、ジェラルドはすぐに後ろに下がり、ジェラルドの喉元を狙ったフィオニア様の剣は空を切る。
誰も声を発することなく、試合の行方を見守る。
な…なんて試合…。
っていうか、フィオニア様強すぎない?!
騎士団長の息子がこんな押されるなんておかしくないか?!
いや、違うな。相性が悪いのか?!
突然フィオニア様が間合いを詰め、ジェラルドに剣を叩き込む。ジェラルドが受けるとすぐに剣を離し、またすぐに叩き込む、叩き込む。
イライラした様子のジェラルドが反撃をしようと強く踏み込んだ瞬間に、フィオニア様は懐に入り、ジェラルドの首筋に剣先を当てた。
「勝者、フィオニア!」
歓声が闘技場に広がった。
予想外の展開に、どよめきが起こる。
一瞬だ。
勝敗を決める瞬間は一瞬。
煽られて苛立ち、冷静さを失った瞬間に終わる。
セラとの予想通り、決勝戦はルシアンとフィオニア様の対決。
さっきのがフィオニア様の本気なのかは分からないけど、ジェラルドを翻弄していたのは確かで、トリッキーな戦い方だと思う。
「一時間の休憩後に決勝戦らしいですわ。」
自分が出場するでもないのに、緊張しまくってる私からすると、一時間の休憩は辛い。
でも、フィオニア様は今戦ったばかりだから、休憩は必要だよね。
分かってるのに、落ち着かない。
「もう、ミチルが出場する訳でもないのに、もう少し落ち着いて。」
モニカは笑って言うと、私の頭を撫でた。
うぅ、モニカせんせー!無理ですー!!
「分かってはいるのですが…落ち着かないのです…。」
今、ルシアンは何してるのかな。
緊張…はしてなさそうだな。むしろ私の方が緊張してる自信があるよ…。
次は、次こそは応援したい。
頑張って声を出さねば!
で、でも、何て声をかければ?
頑張って!かな?
ご武運を!とか?戦に出るんじゃないのに変か…。
ファイト!…ファイトって言葉知らないよね…。
勝ったらご褒美ですよ!とか言ったらみんなに何それ?って思われるだろうし、ああああああ、思いつかないぃぃ。
うぅ…何だろう、何がいいんだろう…。
ぐるぐる考えてみても、一向に良い言葉が浮かんで来ない。
「ミチル、もうすぐですわよ!」
「?!」
えぇ?!もう?!
ちょっと待って、私まだルシアンを応援する言葉を思い付いていないのに!!
闘技場にルシアンとフィオニア様がやって来た。
にこやかに話しかけるフィオニア様を見てると、これから対決する二人とは到底思えない…。
なんなんだろう、あの二人の落ち着きは…。
こっちはこんなに緊張しまくってると言うのに。
いえ、勝手に緊張してるんですけどね?
歓声が上がり、あちこちからルシアンやフィオニア様の名前を呼ぶ声が聞こえる。
所定の位置に二人が立つ。
始まってしまう…!
気が付いたら立ち上がっていた。
「ルシアン…!」
ルシアンが私を見た。
「頑張って…!!」
色々考えたけど、私の口から出たのはその言葉だけで。
上手いことなんて全然言えなかった。
考えてみたらそんな才能私にはない。無理でした!!
ルシアンは頷き、微笑んだ。
きゃーーーっ!という女子生徒の黄色い悲鳴が響く。
優勝は、してもしなくてもいい。
ご褒美なんていくらでもあげるから。
だから、だからどうか怪我をしないで欲しい。
ベンチに座り、祈るように手を握った。
神さま、どうかルシアンが怪我をしませんように!
どうかルシアンを守って下さい!!
「始め!」
ルシアンとフィオニア様は剣を両手で持ち、構える。
二人共剣先は下を向いてる。
これまで余裕を感じられたフィオニアさまの表情は、見たことないぐらいに真剣で、その精悍な顔つきにどきっとする。
これは恋に落ちちゃう乙女続出だと思います!
対するルシアンは、いつも通りの無表情で、あまりの通常運転ぶりに逆に関心する。
この人緊張とかしないのかも、本当に…。
二人共静かに近付いて間合いを詰める。
剣先は下を向いたまま。
次の瞬間、二人の剣はほぼ同時に下から切り上げられ、切り結ぶ。状況を変化させようと横に動くも、拮抗したまま。
うわぁ、こういうの、前世の時代劇映画とかで観たよ!
達人同士の果たし合いで!
フィオニア様がルシアンの剣を弾こうとするも、ルシアンもフィオニア様から間合いを取ったのもあって上手くいかずに終わる。
間合いを取ったと思ったらすぐに近付き、上から振り下ろされた剣をルシアンの剣が下から弾く。
上からが駄目ならと思ったのかは分からないけど、フィオニア様は剣を下に構える。それに対してルシアンは持ち手を肩の高さまで上げ、剣先を真下に向ける。
フィオニア様の下からの打ち込みをルシアンの剣は下向きのまま受け止め、ルシアンは身体を左にぐっと回転させる。
相手が剣に乗せている力に更に力を乗せて、相手の体勢を崩すのだと思う。
引っ張られたフィオニア様の身体と剣の間に隙間が出来る。そこを下から斬りあげようとするルシアンの攻撃をフィオニア様はギリギリで躱す。
さっきジェラルドにやったように、フィオニア様は激しい打ち込みを連打していく。
それをルシアンは一打ずつ受け、剣先を変えようとするも、フィオニア様はすぐに剣を離し次の一打を振ってくる。
大きく振ってくれば、前にやっていたように自分の剣先を変えて相手の手を叩くとかも出来るのかも知れないけど、フィオニア様は軽めの振りを乱打するだけなので、それも出来ないのだと思う。
ルシアンはフィオニア様の剣を、刃の方ではなく、剣を寝かせるというのか、横向きというのか、平面で受け止めるとフィオニア様の剣を払った。フィオニア様の身体が押されて一瞬のけぞる。
ルシアンは一歩ぐっと踏み込み、慌てて剣を振り下ろそうとしたフィオニア様の剣を、フィオニア様がやっていたようにくるりと回して弾くと喉元に剣先を突き付けた。
審判の先生は、呆然としている。
フィオニア様が降参です、と手を挙げたのを見て、先生は慌てて言った。
「勝者、ルシアン!」
激しい歓声が闘技場に響く。
私は胸がいっぱいで言葉にならなかった。
なんか知らないけど涙が溢れてくるし。
モニカに背中を押されて、観客席の最前列まで行く。
え…あの…恥ずかしいよ、モニカ…。
立ち上がったルシアンは、さすがにというか、少し呼吸が乱れていた。
うぅ、色っぽい…いやいや、何考えてるんだ自分。
とにかく、ルシアンの姿を目に焼き付けておこう。
カメラないし!
ルシアンは私の方に向かって歩いて来てくれた。
疲れてるだろうに、なんだか急に申し訳なくなってきた。
私の目の前まで来たルシアンは、優しく微笑み、手を差し出す。
どうやら私にも手を出せと言っているようだ。
差し出されたルシアンの手のひらの上に、そっと手を乗せると、ルシアンは私の手の甲にキスをした。
きゃーーーっ!という黄色い声がががが。
「ミチル、この勝利を貴女に捧げます。」
ひぇぇっ!
イケメンがイケメンなこと言ってます!!
イケメン過ぎる!!
どうしていいのか分からない!!
分からないけど、涙が止まりません!!
ルシアンはまたにっこり微笑み、また後で、と言って待っているフィオニア様の方に向かって歩いて行った。
へなへなとその場に座り込んでしまった私を、いつの間に来たのか、セラが支えてくれた。
「大丈夫?」
「ちょっと…駄目みたいですわ…。」
ルシアンのカッコよさに腰が抜けたとか、言えない!
あまりのことに心がついていかず、セラにお姫様抱っこされて研究室に来た私は、カウチに横にならせてもらった。
観てただけなのに、お恥ずかしい!!
「フィオニアってば結構やるわねぇ。あのルシアン様相手にあそこまで善戦するなんて思わなかったわぁ。」
善戦どころがかなり押してたよね?!
「拮抗していたと思いますけれど。」
カウチのクッションを抱きしめる。
ちょいちょいヤバかったと思うんだよね。
「まさか。ルシアン様の方が押しまくってたわよ。
途中剣と身体が離れたりしてたし。やろうとすればあの瞬間で終わりよ。まぁ、上手く避けていたとは思うけど。」
えぇ…?!
どっ、どういうことなの…?!
「観戦で疲れたでしょうから、チャイにしたわよ?」
「あ、ありがとう、セラ。」
観戦で疲れるっていうのも、何だか恥ずかしい…。
でも、正直くったりしてる。
ずっと緊張状態だったから疲れた…。
セラが淹れてくれたチャイを飲んでいたら、身体がぽかぽかしてきた。
はぁ、美味しい。
疲れた心身に適度なスパイスは最高ですね。
ドアが開き、ルシアンとフィオニア様が入って来た。
「あぁ、良い匂い。兄上、試合を頑張った弟に美味しいお茶を…。」
「あのね、ワタシはミチルちゃんだから仕えてるんであって、フィンの執事になった覚えはないの。
とっとと自分で淹れなさいよ。ルシアン様の分もあるんだし、丁度良いでしょ。」
フィオニア様って、セラのこと好きだよね…。
ルシアンはもう制服に戻っていた。チョハ、カッコ良かったのになー。
そういえば、二人共何でチョハ着てたんだろう?
私の横に座ったルシアンは、イキナリ私の頰にキスをした。
「!」
なして?!
「ミチルが応援して下さるとは思っていませんでしたから、本当に嬉しかったです。
ありがとう、ミチル。」
「ど…どういたしまして…。」
それにしても…二人共もっとぐったりしてるかと思ったのに、意外にピンピンしててびっくりした。
「あの…お疲れなのでは…?」
フィオニア様はふふふ、と笑う。
「疲れると言っても、大変だったのはルシアン様とジェラルド様との戦いぐらいですからね、大丈夫ですよ。」
そういうものなの…?
やっぱり男子って体力が違うのかな。
「ルシアンもあまりお疲れではないのですか?」
「そうですね…少し疲れたかな。」
にっこり微笑んで言うので、全然疲れてないことがよくワカリマシタ。
日頃から鍛えてるから、ハードな試合ちょっとやっても平気なのか。
「ミチル、膝枕をお願いしてもいいですか?」
え?!
急に膝枕と言われてびっくりして、慌ててカップをテーブルに乗せた。
初膝枕。前は何故か私がしてもらったからね…。
ルシアンは私の膝の上に頭を乗せると、手を伸ばし、私の頰に触れる。
「悪戯厳禁ですわ。」
ふふ、とルシアンは笑う。
「本当はもっと早くに終わらせるつもりだったんですが、ミチルに応援されたのが嬉しくてつい、心が浮き足立ってしまって、フィオニアを何度か仕留め損ねました。」
仕留め損ねたって…。
言葉のチョイスがおかしいよ?!
ちら、とフィオニア様を見ると苦笑してる。
「ミチル様のお陰で何度命拾いしたことか。」
え…?ちょっと待って?
何か色々おかしくない…?
何でみんな当たり前みたいに言ってるのかな?
「ミチルからいただけるご褒美が、楽しみで仕方ありません。」
ご褒美なんていくらでもあげるからどうか怪我しないで、って思った私の気持ちを返して欲しい…そんなに余裕だったなんて…。
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