救出<セラ視点>

ミチルちゃんが教室に来ていない、と担任をしている教師の侍従が研究室に来て言った。


「そんな筈はありません。私は確かにミチル様を途中までお見送り申し上げてから研究室の鍵を取りに向かいましたので。」


嫌な予感がする。

胸がザワザワする。


「今すぐに、登校した筈なのに姿の見えない生徒がいないかお調べいただけませんか?」


「あぁ、それならすぐに分かります。

帝都から留学していた生徒で、皇女がご帰国された後もこちらに残ってらした、アルマニャック家の令息ですよ。

いらしていた筈なのに、突然用事を思い出されたとおっしゃってお帰りになりました。」


「ありがとうございます!」


ワタシは礼を言うなり知らせをルシアン様に宛て、自分は研究室の鍵を閉めてから屋敷に馬車を飛ばして戻った。




屋敷に戻ると、準備が始まっていた。

ワタシは急いでルシアン様の元に向かった。

側にいながらこんな事になった責任を取らねばならない。


ワタシを見るなり、ルシアン様が言った。


「何を言いたいかは分かっている。

今はそれ所では無い。直ぐに用意を。」


「かしこまりました。」


部屋を出たワタシを、弟のフィンが待っていた。


「来ていたの?学校は?」


フィンはにっこり微笑んだ。


「突然体調不良になりまして。

それより、当初より絞り込んでいた3つの屋敷の内、アルマニャック家の馬車が出入りしたと思われるのは、王都の北東に位置する、ギレム商会が所持していた屋敷のようです。アルマニャック家長男が、酷く痩せ細った女性を抱えて馬車に乗り込んだのを確認したので間違いないかと。

噂のヴァレリー嬢でしょう。」


ひと月前に行方不明になったと言われる伯爵令嬢だ。

その令嬢が教団がアジトにしている屋敷から、衰弱した状態で出てきた。


「セラ。」


名前を呼ばれて振り向くと、ロイエだった。

いつも以上に機嫌の悪い顔をして、ワタシの前に立つ。


「私は屋敷に残り、情報収集と公爵家への連絡を担当する。」


「分かったわ。言うまでも無い事だとは思うけれど、ミチルちゃんに薬が使われた可能性が高いわ。

中和剤の用意を頼んだわね。あと、必要であれば拘束具を。」


ロイエは頷いた。更に不機嫌な顔になる。


もし強い中毒症状を起こす薬が使われた場合、身体から抜く為に、ベッドに拘束する必要がある。

ひと月でヴァレリー嬢をそこまでにするのだから、かなり強い薬をかなり高い頻度で使用したのだろう。


「アルマニャック家の事は私に任せてくれ。」


言うだけ言うとロイエはその場を去った。


「兄上、準備は?」


「そうね。一応上だけ着替えるわ。貴方も着替えるでしょう?」


えぇ、とフィンは頷いた。




教団がカーライル王国に侵入する事を防ぐより、侵入する場所を誘導し、捕獲する方が無駄がなく、証拠も取れるというルシアン様の案により、潰された商会の屋敷の行方を追わせていた。


カーライル王国に来た皇女に近付こうとしたのだろう、罠として用意していた3つの屋敷全て、教団は別の名前を使って購入した。

購入者名は、帝都の大きな商会名だった。バフェット公爵と懇意にしている商会だ。

それを報告した際、リオン様はうんうん、と頷いた。


「バフェットが教団の事を調べてるのを知って、敢えて近付き、情報収集をしようとしたのだろう。健気ではないか、主人の為にここまでするなんて。

美談として教えてあげたいね。」


歌うように言うリオン様に、鳥肌がたった。

バフェット公爵のお気に入りは、近頃別の商会だ。

公爵の気持ちを取り戻したいが為に躍起になっている商会に、公爵は最近、ウィルニア教団の情報を集めているらしい、と噂を流したのだろう。

これで商会が捕まれば、懇意にしているバフェット公爵は実は教団と懇意にしているのではないか、と疑われる。


リオン様は、こういった罠を二重三重にして張り巡らせ、それこそ蜘蛛の巣のように敵を絡め取る。

罠にかかった相手は、気が付いた時には、己の両手両足が捥がれて、逃げられないことに気付かされる。

最後に用意された逃げ道は、リオン様に抵抗する気を二度と起こさないように、あくまでリオン様の善意で自分が生かされるのだと言うことを自覚させられる。

嫌という程に。


教団からすれば、自分達がおびき寄せられたとは思っていないだろう。

上手く潜り込んだと思っていたら、全てお膳立てされていただなんて。


「屋敷の見取り図はルシアン様がお持ちです。」


当然、教団が購入した屋敷の見取り図は全て持っている。

商会を差し押さえた後、全ての屋敷の見取り図が欲しいとリオン様がおっしゃって、書き写しておいた。

何処までこの人は先を読んでいるんだろうか…。


異才と言われるレクンハイマーが何処までこちらの考えを読んで動いてくるのか、そこは気になる。

今の所レクンハイマーの策はリオン様によって潰されてはいるけど、今回ぶつかるのはルシアン様だ。


準備を終え、ワタシ達は教団のアジトに向かった。




教団アジトとなった旧ギレム商会の屋敷近くに用意した、アルト家の屋敷に入る。

既に伝令を受けて屋敷に入っていた手勢たちは食堂に集まっていた。


旧ギレム商会の見取り図を広げ、ルシアン様が指示を出して行く。


「まず、裏庭に面したバルコニーで火薬を爆発させる。

爆発音に驚いて扉や窓が開いた所にそれぞれ煙幕を放り込め。

煙に乗じてこちらの兵数2/3の人数で攻め込む。

残りの兵は正面側で通用口、玄関、通用口で2:5:2の比率でばらけて。一人はアーチを正面にしてクロスボウを構えて配置。

人は本能的に危険を感じた場所の反対側に逃げる。逃げる先は正面玄関と両翼の使用人専用通用口だ。

使用人専用口は屈みながらでなければ通れないような小さい出口だ。出てくるにしても一人ずつ。それを着実に仕留めるように。

正面玄関は出てすぐに左右に分かれるアーチタイプだ。ここも大人数は通れない構造になっている。ここは一見敵側が上から攻撃可能に見えるが、正面からクロスボウで狙うようにすれば、3方向から狙われて敵は何処に注意を向ければいいのか分からなくなる。そこを狙え。」


兵達は一斉に頷いた。


「2階に向かうのはルシアン様とワタシとフィンでいいのかしら?」


ワタシの質問にルシアン様は頷く。


「さすがに3名では危ないのではありませんか?」


兵の一人が不安を口にする。


「2階は爆発音などで警戒を上げている。そこに大人数で行くのは得策ではないし、そもそも使用目的の性質上、兵は多くいない筈だ。」


教団トップが、女性を慰みものにする為にも、兵達はそう多くは配置されていないだろう。


「大丈夫よ、ルシアン様もフィンも強いから。」


そう言うと、兵は唇を真一文字にし、不承不承頷いた。


「時間が惜しい。直ぐに行動に移せ。」


「行け!」


フィンの合図を受け、兵達は食堂を後にした。


「ワタシ達も、ミチルちゃんを助けに行きましょう。」


ルシアン様の後をワタシとフィンも続いた。




馬を走らせ、旧ギレム商会敷地内に入ったワタシたちは、馬を見張り番に預け、ルシアン様に続いて裏庭側に回る。


兵がそれぞれ役割に応じて分かれ、屋敷から見えないように隠れる。

手に投げ込み用の爆弾を手にした兵が、木に隠れるようにして立つルシアン様に視線を向ける。


ルシアン様が頷き、兵は爆弾に火をつけ、バルコニーのドアめがけて放り投げた。

ガラスの割れる音に、敵兵達が何だ何だ?!と声を上げて近付いて来た瞬間、爆弾が爆発し、窓がビリビリと揺れた。

煙幕が開いた窓に放り込まれ、怒声が響く。

爆発したバルコニーから兵が一斉に屋敷に入り込む。

少し間を置いてワタシ達も屋敷の中に入った。


床は割れたガラスが飛散していた。歩くとジャリ、という音をさせる。

美しかっただろう家具も爆発の所為で見るも無残な姿になっている。

兵が敵兵の背後を突いて攻撃しているのを横目に見ながら、階段に向かう。


「副階段へ。」


フィンを見てルシアン様が命じる。フィンは頷いて副階段を上がって行く。


階下の騒音を聞いて部屋から出て来ていた敵兵は、ワタシ達を見るなり武器を構え、走って来た。

飛び出して来た敵兵の数は、ざっと20人といった所か。

ワタシとルシアン様は攻撃を迎え撃つ。


ルシアン様は愛用の燕国の刀を鞘から抜いた。

ワタシ達が通常使う剣は、己の体重を乗せ、叩き込むようにして使うけど、ルシアン様の刀は、斬ることを目的としている。


ちら、とワタシを見る。

自分がやる、ということらしい。


「かしこまりました。」


刀の間合いに入らないように、少し後ろに下がりつつ、周囲に注意を払う。


ルシアン様は敵兵が剣を振り下ろそうとした瞬間に右側に身体の重心を動かして避け、持っていた刀で下から斬り上げた。斬り上げられた勢いで敵兵は倒れ、ぴくりと動いてから絶命した。


別方向から振り下ろされた剣を刀を下に向けた形で受け止めると、そのまま相手の力に抵抗せず、むしろ力を足して横に流して相手の体制を崩させ、よろけた敵兵を下から斬り上げた。


次々と襲って来る敵を物ともせず、ルシアン様は淡々と斬り捨てていった。

その動きはあまりに滑らかで、素早く、戦っていると言うよりは、剣舞を見ているようだった。


ルシアン様は古武術を学ばれてから、格段に強くなった。古武術は身体の当然の動きを最大限に使うもので、ワタシ達の知る剣術とは比にならないぐらいに動きが早い。

無駄な動きが無い分、体力の消費も違う。

毎日のようにルシアン様とロイエの3人で剣術の稽古をするけど、ルシアン様に勝てた事はない。


10人程の相手を斬り伏せると、ルシアン様は刀に付いた血を懐紙で拭いた。


「面白いものを見つけて兵に引き渡していたら遅くなりました。申し訳ありません。」


副階段から上がって来たフィンが合流した。


「面白いもの?」


ワタシが聞き返すと、フィンは悪戯っぽく微笑んだ。


「逃げようとしていたレクンハイマー。」


ルシアン様は「それは僥倖」と答えて微笑んだ。


敵兵がいないことを、フィンとワタシで確認していた所、主寝室からミチルちゃんの悲鳴が聞こえた。


「ルシアン…っ!」


ルシアン様は目の前の扉を蹴り開いて突入した。

慌ててワタシとフィンも中に入る。


ミチルちゃんの顎を掴んでいたベンフラッドの左脇腹にルシアン様の蹴りが炸裂し、ベンフラッドの身体が吹っ飛び、ベッドから落ちた。


「ぐふぉっ!」


ヤバイ!


「ルシアン様!いけません!」


ワタシは剣を抜き、全速力でベンフラッドの前に立った。

剣に凄まじい衝撃が走った。

ルシアン様の剣とワタシの剣がぶつかったのだ。

腕にビリビリと痺れが走る。


「お怒りは分かりますが、大事な証人です。処分はもうしばらくお待ち下さい!」


あまりの恐怖に、ベンフラッドは失禁して気絶した。


ベンフラッドを殺したそうな目で見るルシアン様に、背中がぞくりとした。

ルシアン様は目を閉じ、ため息を吐いた。

目を開けた時は、いつもの無表情に戻っており、刀を鞘に仕舞うと、ミチルちゃんに駆け寄った。


「ミチル!」


「ルシアン…っ!」


ミチルちゃんはベッドに金属製の拘束具で括り付けられていた。

ルシアン様を見て身をよじるものの、ガチャガチャと音を立てるだけでびくともしない。

これじゃせっかくの特訓も、まったく意味なかったわね。


薬を使って相手の意思を奪うベンフラッドだから、すぐにこの拘束具も不要になる筈。

そうであるなら、カギはそばにあるだろう、

サイドテーブルの引き出しを開けると、それらしいカギがあったのでルシアン様に渡す。

カチリと音をたてて解錠され、ミチルちゃんはルシアン様に抱き付いて泣いた。

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